表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハデス ~最後のティタノマキア~  作者: 底なしコップ
最終部 神々の黄昏
57/64

第55話 「―冥王ハデスの名に懸けて!―」

「――止まれ――」


 最強の冥王“ハデス”の“畏れ”によってティタンは進軍を停止させた。

 居並ぶは何れ劣らぬティタンの名将たち。

 左方にピュペリオン、右方にクレイオス。

 そしてその中央。

 英雄アトラスに守られ、高貴なる双子が控えている。

 ティタンとオリンポス。

 双方との結びつきが非常に強い狭間の御子。

 アポロン、アルテミスの姉弟だった。

 ゼウスの血を引く時点で、ティタン王の血族ではある。

 しかし、その中でもこの双子はオリンポスからその存在を認められず、冥府に亡命してきた経緯を持つ。

 故に、ティタンにとって、彼らを擁護する事で大義名分が生じる。

 オリンポスの非道を、ティタンの正当性を主張する事で、ゼウスの失脚を目論んでいる。

 と、この騒動の発案者ヘカテは語っていた。


「退け!!」


 最恐の黒き王“ハデス”の“脅迫”をも突破し、勇者アトラスが言い返す。

 その覇気は、プロメテウスの過去で見た時より一層力強く響いていた。


「―そうはいかない―

 ―君たちは既に脱獄者として刑に処さなければならない―

 ―即刻、冥府に引き返してもらおう―」

「退けといっている!!」



 アトラスは尚も突っぱねた。

 その険しい表情から、“ハデス”の“畏れ”を一身に浴び辛そうである。

 しかし、彼は屈しない。

 その雄姿を過去で何度も見てきた。


「―ひとまず話そう―

 ―ティタンの要求は?―

 ―話によっては、オリンポスとの仲介を引き受けよう―」


 ハデスの申し出に、アトラスは殺気を抑えた。

 そして後ろから馬に乗ってコイオスが出てきた。


「コイオスである……!」


 コイオスは“ハデス”の“畏れ”に充てられているのか震えているが、声を張り上げた。


「よ……! 要求など無い……!

 わ、我らはただ!

 正当なる本来の“王”と!

 その血を受け継ぐ“御子”の権利を主張するに過ぎぬ!!」


 コイオスは恐怖を使命感で塗りつぶし、声を荒げて言い切った。

 ただの腹黒い政治家だけではない事を証明した。


「―権利とは?―」


 “ハデス”のただの質問にビクつく老練な為政者コイオス。

 常人ならばただ向き合うだけで卒倒しかねない恐怖を前に、理を持って立ち向かう姿は敵ながら見事と認めるべきであろう。


「オリンポスは全ての人類が自由であるべきと主張した!

 ならば! 何故我らが“王”と“御子”がその範疇におらぬ!?」

「―悪いが俺は冥王―

 ―オリンポスの一員として語る立場にない―

 ―だが、敢て言わせて貰うなら―

 ―オリンポスは、“王”も、“御子”も、認めていない事はない―

 ―法には、彼らの人権を保障するとある―

 ―実際にオリンポスが彼らを迫害した事実は認められない―

 ―何か言い分があるのなら聞こう―

 ―冥府最高裁判官として―」


 “ハデス”はあくまで冥府のトップの立場を崩さなかった。

 コイオスは渋い顔で言い淀む。

 これ以降の発言いかんで、ティタンの命運が左右される。


「……まず、“王”について!

 オリンポスは全てを支配する“王”の性質を危惧するあまり、

 “王”そのものの行動を著しく制限した!

 これは、“王”自身の自由の侵害に他ならぬ!!

 それについて冥府はどう説明するのか!?」


 意外にも、コイオスの発言は的を射ていた。

 確かにオリンポスは“王”自身の権利について考えが及んでいない様に思える。


「―それについてはクロノス自身の同意を得ている―

 ―よってオリンポスに非は無いものとする―」

「……ぐぬぅ!」


 そしてこれもまた正鵠を得ている。

 クロノス様自身の自由意志により交わされた誓約。

 本人が認めている以上、その意向に沿っているまでである。

 たとえそれが、“王”の自由を損なおうとも。


「だ、だが! それではあまりに――!」

「―人類全体を慮った結果の措置である以上―

 ―一個人(・・・)に過ぎないクロノスひとりを優先はできない―

 ―そういう取り決めの筈だが?―」

「で、では! “御子”については!?

 この子らは自身の自由と権利はどうなっておる!?

 オリンポスの盟主ゼウスの血を享けながら!

 この扱いはどう弁明される!?」

「―それについてはオリンポスにて真偽を確かめる必要がある―

 ―オリンポスはその二人を迫害したのかどうか―」

「言い逃れるに決まっておる!!

 何故かような幼子が! 冥府にまで助けを求めたのか!!

 調べずとも明白であろう!?」

「―確かに一考の余地はある―

 ―しかし、それを踏まえた上での調査が必要だ―

 ―この問題はティタンの主張だけで判断できない―

 ―オリンポスとティタン―

 ―冥府が双方を仲裁しよう―」

「信用できぬ!!

 冥府はそもそもオリンポスの一機関ではないか!!」

「そうだそうだ!!」

「何が仲裁だ!!」

「冥府そのものがオリンポスからつくられたものだろう!!」


 コイオスの訴えを皮切りに、ティタンからヤジが飛び交った。


「――静粛に!――」


 “ハデス”の“強制”により周囲は静まり返った。

 だが――。


「そ、そうやって“畏れ”で黙らせて!

 オリンポスに優位に話を進めるつもりだろう!?」

「そうだ!!

 我らが“王”の権利を剥奪しておいて!!

 横暴過ぎる!!」


 火に油だった。

 ティタンの民は“ハデス”の“言霊”さえも反発し出した。


「静まれええええい!!!」


 アトラスが吠えた。

 “威光”も“言霊”も持ちえない英雄の言葉に、同胞たちは敬意を表した。


「そちらの言い分はわかった!

 確かに、我らはオリンポスの要求を飲んだ!

 我らティタンは、それを認めるべきであろう!」

「アトラス殿!?」

「しかし……!」

「我らは負けたのだ!!

 戦争に!!

 ならば! 勝者に従うが世の倣い!!」


 アトラスは同族に対して毅然とそう断じた。

 その潔い宣言に、誰も言い返すことはできなかった。


「だがな? 冥王よ……――。

 何故、ゼウスは我が娘を、コイオス殿の孫を召し上げたのだ?

 ティタンとオリンポス、双方の絆を築こうとしたのではなかったのか?

 少なくとも俺は、そう信じたからこそ娘を託したのだ……!

 ……それを!

 こうも蔑ろにされるとは思ってもみなかった!!

 何の落ち度も無い子供を振り回すなど!!

 指導者以前に! 親の風上にも置けぬ!!

 俺が気に入らぬなら! 俺に直接当たれば良い!!

 このアトラス!! 逃げも隠れもせぬ!!

 そうは思われぬか!? コイオス殿!!」

「お……おう! そ、その通りである!!」


 アトラスに振られて若干引き気味ながらも、賛同するコイオス。

 ……どうやらあのオッチャンにはそこまでの気概はなかったのかも知れない。

 しかし、流石というか、やはりアトラスは強い。

 ティタンの非を認めた上で、それでも真っ向から立ち向かう態度を崩さない。

 如何に冥府が正論を振りかざそうと、人情的にはどうしてもティタンに味方したくなってしまう。

 ティタン側にも色々と思惑はあるのだろう。

 しかし少なくとも、アトラスからは表も裏も無いのだろう。

 彼のうそ偽りの無い真っ直ぐな心意気に、情状酌量の余地がある様に思える。

 彼はただ強いだけの勇者ではない。

 あの姿こそ、人々の為に立ち向かう英雄である。


「言っての通りだ!! 冥王ハデスよ!!

 俺はゼウスが! オリンポスが気に入らぬ!!

 しかし!!

 これはあくまで! このアトラス一個人(・・・)が勝手に起こしたもの!!

 故に! クロノス様も含め皆俺に唆されて付いて来たに過ぎぬ!!」


 そんな筈が無い。

 アトラスの性格からして、誰かを巻き込むぐらいなら単身玉砕覚悟で挑んだはず。

 ならばこれは、民を守る為の行動だ。

 一切の罪を、自分独りで被ろうとしているのだ。


「―……つまり、君一人が罪を背負うと?―」

「咎は受ける!!

 だが!!

 我らが同胞を!! 子らを泣かせた罪!!

 ゼウスに償わせるまで!!

 この俺は退かぬ!!!」


 アトラスは一歩、また一歩と前進する。

 その背にある、全ての民の意志を背負って。


「――止まれ!!――」


 “ハデス”が“畏れ”を以って制止する。


「退かぬ!!!」


 だが、止まらない。

 万民の期待を一身に背負う勇者を止める事はできなかった。

 本能縛る“言霊”如き、真の英雄たる彼を阻めない。


「――待て!!――」


 “ハデス”がアトラスの行く手を遮る。

 近づく者全てを消耗させる邪悪なる波動。

 かつて予言者プロメテウスを老人の如き姿にまで追いやった禍々しいオーラ。


「待たぬ!!!」


 だが、アトラスは力尽くで振り払った。

 “ハデス”が僅かによろけ、態勢を立て直す。


「ああ……髪が……!」


 誰かが言った通り。

 アトラスの髪が抜け落ち、鍛え上げられた筋肉が萎んでいく。

 だが、アトラスの覇気は少しも衰えない。

 どころかますます闘気を燃やしている様に見受けられた。


「我が名はアトラス!!!

 偉大なる我が王クロノスの番人!!

 敬愛する我が師イアペトスの息子!!

 認め合う盟友プロメテウスの兄!!

 そして!!

 愛すべき妻プレイオネと娘マイアを守る男だ!!!」


 アトラスの剛拳が“ハデス”を襲う。

 “ハデス”は受け止めるが、両足が地面にめり込む。

 “ハデス”はアトラスの腕を折ろうとするが、ギリギリの所でかわされる。

 そして絶え間ない鉄拳を浴びせられる。

 “ハデス”に触れる度に根こそぎ生命を擦り減らすアトラス。

 しかし、彼は止まらない。


「娘を!! 孫を返せ!!! オリンポスよ――!!!」


 “ハデス”を地面に殴り込み、地中に打ち付けていく。

 初めに拳が砕けた。

 指が飛び散った。

 手首が粉砕した。

 肘までひしゃげた。

 腕を一本を犠牲にしても、勇者(アトラス)は声一つ上げなかった。


「――グフッ!――」


 “ハデス”の口から血が滲み出た。

 最強の黒き王をここまで傷つけたのは、化物コレー以外には無い。

 人の身でここまで肉体的に“ハデス”を追い詰めたのは、彼が初めてだった。

 しかし――。


「うぐ!!」


 ハデスがアトラスの胸を突き刺し持ち上げた。


「―驚いた―

 ―まさかここまでやるとは思わなかった―

 ―ゼウスの加護を得た十二神でも―

 ―ここまでの力はないだろう―

 ―君といいプロメテウスといい―

 ―イアペトスの血族は特別なのか?―」

「……ハ!

 貴様は何もわかってはおらぬな!!」

「―ん?―」


 心臓を刺されて尚、アトラスは怯まなかった。

 残った方の手で“ハデス”の手を掴み、己に向かって手繰り寄せる。


「それは!!

 俺が!!

 アトラスだからだ!!

 血筋など関係無い!!

 人間には!!

 誰もがいかなる呪いにも打ち克つ力がある!!

 だから俺たち(・・・)は!!

 それを証明せねばならぬのだあアアアアアア!!!」


 咆哮と共に頭突きを食らわせた。

 アトラスの額から血が噴き出る。

 “ハデス”には一切――いや、一瞬ふらつき、アトラスから手刀を抜いた。


「――……痛い……!――」


 初めて聞いた。

 「痛い」という意味の発露を、“ハデス”から初めて発せられた。

 極限にまで化物と化したコレーとの戦いにおいても発しなかった「痛み」。

 アトラスの攻撃の凄まじさを物語る。


「……フ! フハハハハハハハハハ!!

 フヌワッハッハッハッハッハッハッ!!!」


 アトラスは尚も立ち塞がった。

 頭から流血し、全身傷だらけの巨体を盾に“ハデス”に抗っている。


「……いいぞ! いけ!! アトラス!!」

「アトラス!! アトラス!! アトラス!!」

「「アトラス!! アトラス!! アトラス!!」」

「「「アトラス!! アトラス!! アトラス!!」」」

「「「「アトラス!! アトラス!! アトラス!!」」」」

「「「「「アトラス!! アトラス!! アトラス!!」」」」」


 ティタンが英雄を讃え、一つとなった。

 もはやこの流れは止められない。


「―いや、もう終わった―」


 “ハデス”はアトラスを見つめたまま、臨戦態勢を解いた。


「―気絶して尚、立ち向かうとは―

 ―凄いね、人は!――」


 “ハデス”は敵を賞賛すると、アトラスの背後に目を向けた。


「―君たちの覚悟はわかった!―

 ―こんなにも必死になる程、今を変えたいその心意気!―

 ―この冥王ハデス! しかと受け取った!―

 ―全ての罪を帳消しにはできないが!―

 ―冥王ハデスの名に懸けて!―

 ―オリンポスに掛け合う事を誓う!―

 ―だからどうか!―

 ―矛を収めて貰えないだろうか!?―」


 私は正直驚いている……。

 あの“ハデス”が、ティタンの覚悟に動かされている。

 かつてプロメテウスは、彼を“理性の獣”と称した。

 だが、今の“ハデス”は彼らの「必死さ」に心を動かされているのではないだろうか?

 理屈でしか物事を理解できなかった、あの“ハデス”が、である。


「……ヘカテさん。

 プロメテウスさんも、報われたんですね……」

『…………。

 ……果たしてどうでしょうか?』

「……え?」


 私の言葉に、ヘカテは同意してくれなかった。

 同じ過去を見た彼女ならばわかってくれると思ったのだが……。


「でも、だって……」

『……待ちなさい。

 まだ事態は収束していないのですよ?』

「そ、そうですね……!

 ……すみません!」


 私を見るヘカテの顔には憂いがあった。

 何だろう?

 別に私は気にしていないのだが……。

 それとも、何かべつの?


「――わかっておらぬ!――」


 痺れる程の壮大な声――。

 荘厳でありながら全てを包み込む勇ましい響き。

 これ程安らぎをもたらす存在を、私は一人しか知らない――。


「―……親父(クロノス)!――」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ