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ハデス ~最後のティタノマキア~  作者: 底なしコップ
最終部 神々の黄昏
55/64

第53話 「ペルセポネ」

「ああ、コレー……!

 私のコレー……!」


 再生のデメテル。

 かつてティタンとの戦いに勝利した英雄にして十二神の一柱。

 そして、ペルセポネと名を変えたコレーの母。


「……お母さん」


 ペルセポネは消えそうな声で呟いた。

 初めて聞く、小さく弱々しい声だった。

 彼女と関わって以来、乱暴な口調しか耳にした事はなかった。

 あれは、プロメテウスの記憶の中で見た、怯えた少女のものだった。


「コレー――!!」


 誰憚ることなく、母は娘を抱きしめた。

 束の間の母娘の抱擁。

 共に暮らすことが叶わぬ彼女らを、誰が引き離せようか。


『……これは!?』


 超然たる魔女ヘカテが、驚きの声を上げた。

 ペルセポネの肉体が成長してゆく。

 それに比例するかの様に、デメテルが少しずつ年老いてゆく。


「ヘカテさん! これって……!」

『……おそらくあの子は、母に触れて安心したのでしょう。

 安堵した事により、“アースドレイン”が復活したのでしょう……!』


 “アースドレイン”。

 ヘカテが便宜上つけたペルセポネの体質(・・)

 本人の意思に関係無く、周囲に及ぶものから呼吸する様に生命力を奪い取る生理現象。


「だめ……!」

「あ……」


 ペルセポネはデメテルを突き放した。

 驚き戸惑うデメテル。

 ようやく再会した娘に拒絶され、その表情を暗く曇らせる。


「コレー……」

「ダメだよ……、お母さん……。

 わたし(・・・)はもう、お母さんから奪いたくない……!」


 ペルセポネは下を向いたまま呟いた。

 こんなポネ様は初めて見る。

 普段の彼女は傍若無人のオレっ娘だ。

 これはかつて、ハデスと戦い、心を縛られた時の彼女だった。


「いいのよ……? コレー……。

 私はどうなってもいい……。

 あなたが元気でいてくれたら、どうなってもいいの……」


 我が子を気遣いたどたどしく言うデメテルの言葉が、胸をよぎる。

 彼女の人生とはなんだったのか……?

 実験動物として生まれ、“ハデス”に外の世界へと連れ出された。

 プロメテウスと出会い恋い焦がれ、新しい時代を築こうとした。

 しかし、彼女は誰とも結ばれる事も無く、自らの特性から独りで子を成した。

 母を知らない彼女は、必死にコレーを育てたのだろう。

 過去の記憶からも、コレーの言動からも、彼女は母として立派に育てた事は想像できる。

 そんな彼女が、最愛の娘から引き離されるなど、酷過ぎる……!


「わたしはイヤなの!

 もう誰からも奪いたくない!

 これ以上! バケモノでいたくない……!」

「あなたはバケモノじゃない!!

 私の娘よ!!

 ……たったひとりの、娘なのよ……?」


 デメテルは泣いていた。

 何故この世には、こんなにも残酷な事があるのかと。

 呪う様に――。


「……何故、ここに?

 あの男(・・・)が、許す筈無いのに……」


 あの男。

 かつて兄と慕っていたハデスに敵意を込めた言い種。


『久しいですね? デメテル』

「……どちら様です?」


 あらら、覚えてなかった様だ。

 娘に気を取られていたとはいえ挨拶をすっ飛ばしたりと、ちょいちょい彼女の天然な所が垣間見える。


『ヘカテ。

 “原初の巨人”の使いですわ』

「……あ、あの時の――」

『デメテルよ。

 あなたの心中はお察しします。

 ですが、今は親子の再会に浸る時間は無いのです。

 わかるでしょう?

 十二神のあなたなら』

「……来ているのですね?

 あの男が……!!」


 デメテルは怒りと悲しみに満ちた形相で言った。


『ええ。

 間もなく、冥府から逃れたティタンがオリンポスに攻め入るでしょう。

 我らは、それを止めねばなりません!』

「……ティタン? まさかクロノスが!?」

『そのまさかです』

「……ッ!!」


 デメテルは押し黙った。

 何かを必死に堪える様に俯き、しかしついに決壊した。


「もうたくさんです!!

 なんで私たち親子が!

 あなた方(・・・・)に振り回されなければならないのです!!?」

『……デメテル』

「コレー! 帰りますよ!?

 もうティタンもオリンポスも知りません!!

 勝手に滅んでしまえばいいんだわ!!」

『なんと無責任な!!

 デメテル! あなたそれでも!?』

「十二神なんてなりたくなかった!!

 でも! 責任があるから我慢してた!!

 だけど! ……もう無理!!

 もう無理だよぉ……!」


 デメテルはへたり込んでしまった。

 ヘカテは半ば見下げ果てた様に眺めていたが、彼女の境遇を思うと同情せずにはいられない。

 この人は、こういう事に関わる人ではなかった筈なのだ。


「……どうしましょう?」

『……酷な様ですが、我々には時間がありません。

 さあ、参りましょう』

「……待って!」


 ヘカテを遮ったのはペルセポネだった。

 急激に成長した彼女。

 8才ぐらいから16歳ぐらいの少女になっていた。


『……ペルセポネ。

 あなたも、自分は関係無いというのですか?』


 ヘカテの質問にペルセポネは首を横に振った。


「……関係ある」

「……コレー……!」


 デメテルが泣きそうな顔で娘を見た。

 「私を見捨てるの?」と言いたげな顔だった。


「みんなこの世界で生きている……。

 関係無いヤツなんかいない……!」


 意外にも真っ当な事を言った。

 ヘカテも感心するように見守っている。


「でも! あなたは何にも悪くないでしょ!?

 ねえ!? ……そうでしょう……?」


 デメテルがこちらに救いを求める様に縋って来た。

 私たちは黙るしかなかった。


「……わたしは、世界にいっぱい迷惑を掛けて生きている。

 だから、わたし一人が好き勝手をしちゃダメなんだよ?

 だから、わたしはあの(ひと)と生きる……!」


 デメテルの顔が青ざめていく。

 世界で最も憎い男。

 娘はその男に寄り添うと言ったのだ。


「どうして!!?

 あんなに怖がっていたのに!?

 そんなにも苦しそうなのに!!?

 あの忌々しい太陽が!!

 今もあなたを壊し続けているのに!!?

 気が狂いそうな程傷付いて!!

 どうしてあなたがそんな風に生きなければならないの!!?

 どうして……!?」


 「どうして」と続ける母に、娘は涙声で笑った。


「お母さんの言う通りだよ。

 わたしは、“ハデス”が怖い……。

 何度も焼かれて、殺されて、否定された……。

 ……こわいよ。

 ただ見るのも怖い……。

 必死に自分を奮い立たせて、汚い言葉で罵って、

 殴って、噛みついて、そんな風にしか傍にいられない……」

「だったら……!!」

「でも、気付いたの。

 ああ、わたしは怖がりなんだなぁって。

 無力で、ただの弱い小娘だったんだぁって。

 ……バケモノなんかじゃないんだって……。

 あの(ひと)が、教えてえくれた……」


 ペルセポネは自分に言い聞かせる様に喋っていた。

 その顔は今にも泣きだしそうだったが、その目には覚悟の光が見えた。


「……コレー……」

「ちがうよ?

 もうわたしは子供(コレー)じゃない。

 オレ(・・)は、冥府の女王(ペルセポネ)だ!!」


 デメテルは涙を拭うと、毅然とした顔に変わった。


「もう、あなたは立派な女性なのですね……!

 どうか、聞き分けの無い母を赦して下さい……!」

「……お母さん」


 一時はどうなる事かと思ったが、丸く収まったらしい。


『……なに泣いているのですか?』

「え? あ、ホントだ!」


 どうやら私はまた泣いてしまったらしい……。


「……お恥ずかしい」

『いえ、それは尊きもの。

 大事になさい――』


 ヘカテさん聖母モードだ。

 どうかこのまま、変態モードは封印願いたいものである。


「また、会えますよね?」


 デメテルが握手を求めた。

 ペルセポネは手を取ろうとし――。


「きゃ!?」


 どこからともなくハデスが来た。

 ペルセポネを攫い、母娘を引き離した。


「“ハデス”――!!」


 デメテルは怒りの形相で睨みつけた。

 折角うまくいきそうだったのに、ウチの上司は……!


「危なかった。

 これ以上接触すると、また歯止めがきかなくなる所だった」


 ハデスの言葉に私は考えた。

 歯止め?

 つまり、ペルセポネはまだ“アースドレイン”を制御しきれていないということか?


「危なかったでしょ?」

「っるっせえなあっ!!!」

「ギャン!!」


 指摘が琴線に触れたのか、ポネ様はハデスを殴り飛ばした。


「あらまあ……」


 その様子に、デメテルは口を開けて驚いていた。

 そりゃそうだ。

 先程までの悲劇的なやり取りが台無しである。

 ハデスはボッロボロになって戻って来た。


「……お待たせしました」

「ふん!!」


 何故だろう?

 とても痛々しくて見てられないのに、謎の安心感がある。

 今となっては、これぞ冥府の王と女王であると、納得している自分がいる。


「……はあ! もう!!

 私は認めた訳ではありません!

 それに、ティタン脱獄については冥府の責任です!

 私は十二神としてこの事をオリンポスに報告します!」


 それは彼女の細やかな復讐だった。

 だが、何を咎める事があろうか。

 当然の権利だと納得できた。


「ただ……今は体調が優れません。

 報告は、しばらく後になるでしょう……」


 最後に、吹っ切れた様に娘を見て、彼女は立ち去る。

 やはりというか、優しい人だ。


「お母さん……!」


 デメテルは一度立ち止まったが、すぐに歩き始めた。


「いつでも帰って来なさい。

 いつまでも、母は待っています……」


 そう言葉を残し、デメテルは見えなくなった。


「……ゴメンね」

「うっさい!

 元はと言えばテメエがちゃんと見張ってないからだぞ!!」


 デメテルがいなくなったタイミングで、何故か夫婦漫才が始まっていた。


「す、すみません……」

「ち!

 ……オマエは! 一生オレの面倒を見るんだろ!?」

「はい、そうでした……」

「でしたぁア!?」

「はい! そうです!!」

「ハン!

 ……わかってんならいいんだよ!」


 ……なあに? この夫婦ゲンカ?

 未だにこの二人の関係性は、呪いなのか惚気なのかわかりずらい……。


「でもさ、君。

 お母さん以外からは吸収してないみたいだね?

 すごい進歩じゃない!」

「……いやダメだろ? それじゃあ……」

『うふ。

 まるで夫婦ですね?』

「「夫婦だよ!!」」


 二人の関係が健全かどうかはわからない。

 しかし、取り敢えず、冥府の夫婦は息ピッタリに見えた。

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