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ハデス ~最後のティタノマキア~  作者: 底なしコップ
最終部 神々の黄昏
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第52話 「現十二神」

「仕方ないから給油しよう。

 ポー、どれくらい時間かかる?」

「半日ぐらいじゃね?」

「……長い!」


 冥府の玄関口ポートアケロン。

 クロノス様率いる脱獄ティタン族を追う為、海王ポセイドンから巨大戦艦を借りたものの燃料切れにより、私たち冥府職員は立ち往生していた。


「ちょっといいかい?」

「何だい? ヘルメス」

「実は緊急時の為にアタシ専用の脱出艇があるんだけど?」

「何で黙ってた!?」

「いやあ、密航がバレるんで、つい!」

「ちょっと待て!!」


 テヘペロじゃねえんだよ!!

 この(アマ)!!

 ……いや、男だっけ?

 この人、正体不明年齢性別不詳だった。

 よくオリンポスはこんな得体の知れない人物を最高位の十二神に加えているものである。


「まあまあ。

 後で罰するとして、今はありがたく使わせて貰おう。

 いいよね?」

「ああ、勿論さ!」


 ……いい返事だこと。

 最高裁判官が明確に「罰する」と言ったにもかかわらず、この落ち着きよう。

 絶対逃げられるぞ? これ。


「何人乗り?」

「四人乗り。

 アタシが運転するから、あと三人まで」

「じゃあ、取り敢えず俺とペルセポネでしょ。

 後は……君かな?」


 指名された!

 私なんかでいいのだろうか?

 役に立てる自信はないぞ?


「あの、私よりもヘカテさんとかは……」

『わたくしは霊体なので問題ありません』


 あ、成る程。

 だが、他にも適任者がいると思うのだが……。


「ポーは自分の船の給油をしといてよ。

 モイラは人形たちを使って補佐をよろしく」

「はぁ~い~!」

「ヘヘ! 任せとけって!!」


 ポセイドンに任せといて大丈夫なのか?

 そもそもこのお調子者がいい加減なせいで無駄に手間がかかった訳だが……。

 でも憎めないんだよなぁ……!

 悪気も無いし。


「では改めまして。

 行こう! 地球(ガイア)に――!」


 ヘルメスの専用シャトルは無事冥府を発った。

 広大な宇宙空間を飛翔する。


「うまくいけば“渡し舟2号”より早く到着できる!

 なんたって、このヘルメス自慢の愛機だからねぇ!!」

「それは良かった。

 ティタンがオリンポスに着いたらアウトだからねぇ」


 そう。

 我々冥府の目的は、ティタンとオリンポスの武力衝突を回避する事。

 そうしなければ、またあの悲劇を繰り返す事になるし、冥府側の責任問題にも発展する。

 もしかしたら、今度こそゼウスがティタンを根絶やしにしかねない……!

 そして……“ハデス”もまた、人類を存続させる為に“なにか”をするだろう……!

 予言者プロメテウスが危惧した、“なにか”を――。


地球(ガイア)に着くまで(いとま)があります。

 よろしければ、現十二神の戦力を確認したいのですが?』

「そうだねぇ。

 もしかしたら、彼らと一戦交えるかも知れないしねぇ」


 ……マジか!?

 確かに、最悪の場合それもあり得る……!


「じゃあ現役のヘルメス君。

 現十二神について教えてよ」

「では、不肖ならがこの(わたくし)ヘルメスが、十二神について説明致しましょう!」

「うわっ! まぶし!!」


 言うとヘルメスが光った。

 そして視界が戻るとそこにはゼウスが操縦桿を握っていた。


「我はゼウス!!

 オリンポス最高位の王にして十二神の長なり!!」

「おー! 似てる似てる!」


 ハデスが拍手しながら賞賛した。

 これがゼウス。

 威厳ある中年男性。

 ハデスとはまた違った意味で威圧感がある。


「巷では我を雷オヤジと呼ぶ不届き者がおる!

 その様な愚昧は雷霆でおしりペンペンの刑である!!」

「ブー! 言いそう言いそう!」

「いや、言わんでしょ? ゼウスは」


 つい笑ってしまった。


「君って結構怖いもの知らずだよね?

 今のゼウスは頭固いから怒ると思うよ?」

「……マジっすか……?」

「コルゥアアア!!!」

「ひゃい!! ごめんなさああああいい!!!」

「ハッハッハッハッハッ!!

 うむ! 苦しゅうない!!」


 ビックリした!

 そうだ! ヘルメスだった!

 おのれヘルメス!

 確実に寿命が減ったよ! もう!


『ゼウスの今の実力は?』

「我は全知全能なり!

 如何なるものをも創造でき!

 如何なるものをも見通せる!」


 やはり、凄い。

 プロメテウスの記憶で知ってはいたが、改めて聞くと凄いとしか言いようがない。


『成る程。

 “雷霆(らいてい)”は完成したという訳ですね?』

「無論!! 我こそは雷霆の体現者! ゼウス成り!!」


 ……なんだろう。

 ヘルメスの悪ふざけなんだろうけど、物凄くバカっぽく見えてきた……。

 過去のゼウスが善良で心優しかっただけに、なんだかショックである……。


『では、次を――』

「アテナ――!!」

「ファッ!?」

「アテナ――! アテナ――! アテナ――!」

「え? え? え?

 意味がわからんのですが……?」


 アテナの姿になった途端。

 ヘルメスは「アテナ」を連呼しまくるだけだった。


「いやね。

 次席アテナは一切喋らないんで、どうふざけたらいいのかと思ってねぇ」

「ふざけてたんかい!?」


 ヘルメスはアテナの姿のまま、すごい変顔で下種な笑みを浮かべていた。

 ……叡智(アテナ)の神聖なイメージが崩れてしまう。

 なんで彼? 彼女? はここまで同僚をこき下ろすのだろうか……?


『アテナについては予言者から得た知識で大体わかります。

 人類の得た叡智の全てを体現できるのですね?』

「ちーっす! そーでぇ~す!」


 おいおい、そこまでにしておけよ?

 そうやって腐すのが楽しいのはわかるが、やって良い事と悪い事がある。


「プ!」

「あ……!」


 ペルセポネが笑った!!

 今までずっとふくれっ面で無愛想だった幼女が!!


「ポネ様今……」

「ア?」


 私に指摘され、ポネ様は露骨に舌打ちをした。


「今、笑っ……」

「アアッ!!?」


 こっわ!

 めっちゃくちゃ怒っていらっしゃる!!


「……いいえ、何でもありません……」


 プイッとそっぽを向かれてしまった。

 失敗失敗。


『うふふ。

 気を取り直して続きを――』

「ガーッハッハッハッハ!!

 オレ様はポセイドンさまだぜええええええ!!!

 ……はい、終わり」

「はや! もうちょっと何かないんですか!?」

「いや、みんなもうわかってるっしょ?」

「そりゃまあ、そうですが……」


 ヘカテに視線を送った。

 どうやら彼女も異論はないようだ。


『まあ、彼が優れた魔術師である事は知ってますし。

 巨大化の他、地形を利用した魔術をも行使できる逸材。

 是非とも我が弟子に加えたい所です」


 それがわからない!

 あんなテキトーでいい加減なおバカさんが最高位の魔女ヘカテも認める魔術師だなんて……!

 まったく! 世の中間違っている!

 

「では、続きまして――我はゼウスの妻である」


 今度は高圧的な女王の姿に変じた。

 え? ヘラなの? これ……。


「今のヘラ様ってこんな感じなのですか……?」

「うん。大体あってるね」


 プロメテウスの記憶と全然違う……!

 ヘラといえば奥ゆかしい良妻賢母だったはず……!

 こんな、いかにも女王様然とした烈女になるなんて……。


「我はゼウスの伴侶として相応しく在るよう、潜在能力を極限にまで高めた!

 我が念力は山々をも穿ち! 千の敵を意のままに操るであろう!!」

「あーこれまた言いそうだねぇ」

「……なんだかゼウス様に似てる気が……」

彼女(ヘラ)は夫に合わせるタイプだからねぇ。

 いるでしょ?

 パートナーによって趣味趣向を変える人」

「確かにいますよねー」


 成る程。

 となると、高慢に見えるのはゼウスに合わせた結果という事か。

 ……なんだか大変だなぁ、ヘラさん。


「次! 私だ!!」

「だ、だれ!!?」


 私のこの反応にはご理解頂きたい。

 だって、いきなりフルフェイスの甲冑男が出てきたのだ。

 もうどこの誰だかわかりゃしない……!


「ヘパイストスだね」

「え!? あの!?」

「皆、私を見ると気を悪くする!

 ならば! みんな大好き甲冑姿で身を固めるのだ!」


 うわぁ……変な方向に患っておられる……。

 なんというか、可哀想に……。


(ゼウス)の力で瞬時に鎧を武器に変換する錬金術を使えるぞ!!

 質量を増やして合体変形ロボにもなれる!!」

「う! くやしい! ちょっとだけ見てみたい……!」

『では次、お願いします』


 あ、ヘカテさん興味なさそー。


「あーしぃ? ゲ・キ・ヤ・バ!」

「アフロディテだ!

 この人本当に十二神なんですか!?」

「彼女は主に福祉関係の責任者を務めてるんだよ。

 こう見えて、かなりの敏腕だよ?」

「へぇ……たまげたなぁ……!」

『戦力としてどうです?』

「無いっす!」

「マジっすか!?」

「まあ、十二神は元々議員だったからねぇ。

 全員が強いって訳じゃないよ」

「そ、そうですか……」


 まあ、文明国家としては健全だと思う。


「今度はアタシの出番さね!」

「わ! 危ない!!」


 小さなヘスティアに変身したヘルメスが、舵を両足で踏みながらとっている。


「大丈夫さ! うまいもんだろ!?」

「た、確かに! すごい器用ですね!」


 手の平サイズならがも何でもこなすフットワーク。

 小さくてもパワフルなオバチャンだ。


『確か物質変換の能力でしたよね?

 食べ物以外にもできまして?』

「できるけど、しない!

 アタシャねえ!

 腹ァ空かしてるガキどもに食わせてやる以外に!

 この力は使わないって決めてンだよ!!

 戦いなんざ興味はねえ!!」

「か! カッコイイ!!」

「ヘスティア自体は戦力にならないけど。

 彼女に育てられた子供たちが世界中にいっぱいいてねぇ。

 中には歴戦の戦士たちもいたりするんだよ。

 彼らは彼女を「オフクロ」と呼んで慕い、

 その窮地にはたとえ地の果てまでも駆け付けるという」

「お、恐るべし! カーチャン!!」


 ヘスティアも中々……。

 で、彼女がきたとくれば――。


「デメテルです。

 回復なら任せて下さい」


 あれ? 何だか凄く落ち着いた女性に……。


『成る程。

 立派なレディーとなったのですね』

「お恥ずかしいですわ……」


 そうか……。

 もう、プロメテウスに恋い焦がれた少女はいないんだな……。


「戦力になるかわかりませんが、皆さんをサポート致します」

「究極の回復役だね」


 ……別に私が言う事ではないのだが、デメテルはハデスの事を恨んでいると思うのだが……。


「そして(わたくし)ヘルメス!

 何にでも成れる変身能力!!

 腕前は見ての通りってね!」

『まあ見た所。

 ただ見た目だけのようですがね』

「いや~手厳しい!!」

「後はテミスにケイロン!

 このテミスは司書で、ケイロンは教育者のトップ!

 まあ、いちいち変身しなくてもいいかな」

「な、なんとぞんざいな……」


『ええと。

 全知全能のゼウス。

 叡智を司るアテナ。

 海王にして魔術師ポセイドン。

 超能力者ヘラ。

 錬金術師ヘパイストス。

 福祉の人アフロディテ。

 孤児たちの母ヘスティア。

 再生のデメテル。

 百面相ヘルメス。

 司書テミス。

 教育者ケイロン。

 ……ん? あとひとり足りないようですが?』

「あーアレ(・・)ねぇー」


 アレ?

 なんか知らんがヘルメスが非常に面倒くさそうにしている。

 誰だっけ? 残りあと一人。


「あ! もうそろそろ見えてくるよ!」



 地球(ガイア)だ!

 どうやらこのシャトル、想像以上に速い様だ。


「すごい!

 楽勝じゃないですか!」

「そうだね。

 これなら先回りしてティタンを止められるかも――」

「うわっ!!?」


 ハデスが言い終わる前に、機体が衝撃に揺れた。

 何かが激突したようだ。


「見つかった!!」

「見つかった!? 一体何に!?」


 私の質問にヘルメスは実に嫌そうな顔をした。


「……あれだよ!」

「な! ドラゴン!!?」


 目の前に広がる宇宙空間。

 そのただ中を、巨大な赤い体躯の物体が飛んでいた。

 大きさはこのシャトルと同じぐらいだろうか?


「竜王アレス……!

 十二神のお邪魔虫だよ……!!」


 ヘルメスは心底ウンザリした面持ちで吐き捨てた。

 ……アレス。

 ゼウスとヘラの第二子。

 美しい姿に激しい気性を併せ持つ、凶悪王子。

 竜に変身できるとは聞いてはいたが、まさか宇宙空間でも生きられるとは知らなかった。


「ご察しの通り、ゼウスの加護だよ。

 こりゃあ厄介な事になったねぇ」


 全然厄介そうな素振りを見せず、ハデスが答えた。

 こういう所は頼り甲斐がある。


「ヘルメス。振り切れる?」

「やってみるさ!!」


 赤い竜を突き放し、地球(ガイア)へと接近する。

 段々と青い地表が大きくなる。


「まだ海か!

 どこでもいい! とにかく陸地へ!!」

「うわっ!!?」


 機体に何かが着弾した。

 おそらく巨竜(アレス)の攻撃だろう。

 警告音が鳴り響く。


「駄目だ! 機体が持たない!!

 脱出するよ!!」


 自動操縦に切り替えたヘルメスは、全員にパラシュートを手渡した。


「いいかい!?

 合図したら一斉に飛ぶよ!!

 スリー!

 トゥー!

 ワン!!」


 「ワン!!」と同時に飛び降り、巨竜(アレス)がシャトルに激突した。

 その瞬間機体が爆発し、赤き竜を巻き込んだ。

 きっとヘルメスが起爆スイッチを押したのであろう。

 とにかく全員無事のよ――。


「あ~れ~!!」

「裁判長!!!」


 パラシュートを付けた甲斐も無く、ハデスは凄まじい速度で落下した。


『あ、重いんでしたわね、あの人』

「と、とにかく我々も!」

『まあ、彼なら放っておいても平気でしょう。

 それより、わたくしたちはオリンポスに向かわねば』

「待ち伏せですね?」

『その通り。

 ティタンが到着する前に、穏便に説得せねばなりません』


 霊体であるヘカテの誘導により、何とか私たちはハデスを除き全員無事に着陸できた。


「ポネ様は大丈夫でしたか?」

「あん? なにがだよ?」

「いや、重いらしいので……」

「アアン!!?」

「ひー!」


 その振り上げた拳で私を殴るのか!?

 あのハデスを張り飛ばす怪力で殴られたら私なんて木っ端微塵に!!


『何を勘違いしてるのか知りませんが、

 わたくしが言ったのは存在の重さです。

 別に体重が重い訳ではありませんよ?』

「そ、そういう事は早く言って下さいよぉ……!」

『うふふ』


 いや、うふふって……。


「アチャー! 結構深いねぇ……」


 ヘルメスが穴を覗き込んだ。

 ハデスが墜落した際にできた大穴である。


『心配せずとも彼なら勝手に合流するでしょう。

 そんな事より、オリンポスに急ぎましょう』


 そんな事よりって……。

 ハデスがいなきゃ駄目なのではと思うのだが?

 まあいい。

 信じてますよ? ヘカテさん!!

 ヘルメスを先頭に、私たちはオリンポスを目指した。


「この森を抜ければオリンポスさ!」


 どうやら割と近くに不時着したらしい。

 流石はヘルメス、俊足を謳う十二神である。


「あ……!」


 そう思っていたら、ヘルメスが不安になる声を上げた。

 大体わかってきた。

 こういう時は、何か厄介ごとが行く手を阻むのである。


「コレー!!」


 その声には聞き覚えがあった。

 先程のヘルメスの変装会。

 その中でも控えめに披露された優しき女神。

 ペルセポネの母、デメテルだった。

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