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第50話 「ダチ、だからだよ……!」

「作戦はこうだ。

 まず、ティタンは移民を受け入れるフリをする。

 次に、ゼウスに新たな星を創らせる。

 ゼウスが星を創造している間、オリンポスはガラ空きだ。

 ゼウス本人は勿論、ヤツの“力”の要である叡智(アテナ)に、

 絶賛建国中のポセイドンもいない。

 つまり、オリンポスを攻め落とすのに、またと無い好機という訳だ」

「「「「「おおおおおお!!!」」」」」


 プロメテウスの言葉に、ティタン勢は感嘆の声を上げた。


「だが、敵にはあのハデスがおる!

 ティタン全軍で攻めたとて、彼奴に勝てるかどうか……!」


 コイオスが苦言を呈した。


「勝てんだろうな」


 全員がどよめく。

 それでは何の意味も無いではないかと。

 しかし、プロメテウスはほくそ笑んだ。


「だがそれは、単純な戦力として見ればという話だ。

 ティタンにとっての勝利とは何か?

 それは、王権の奪還である!!」

「「「「「おお!! おおおおおおおおおおう!!!」」」」」


 ティタン族たちは歓喜の叫びを上げた。

 それこそが、我らの悲願であったと。


「ハデスは、無暗にその真の“力”を使う事を避けている。

 そこに付け込む!

 ヤツが真の姿を発揮する前に!

 オリンポスを制圧する!!

 そうすれば、後でいくらゼウスやハデスが出張ろうが手出し出来ない!

 オリンポス市民を人質に、クロノスの復権を認めさせる!!

 黄金時代の再興!!

 それこそが、我らティタンの勝利だ!!!」

「「「「「うをおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


 歓声が沸いた。

 プロメテウスに不信を抱いていた諸侯まで、諸手を上げて賞賛を贈る。

 既に勝利したかの様な雰囲気に包まれていた。


「だが! 事は国の一大事!!

 万が一に備え!

 クロノスはオトリュス城にて待機!

 仮に俺たちが負けても!

 知らぬ存ぜぬを通してくれ!

 そうすればゼウスとて、最終的にティタンを恩赦せざるを得なくなる!

 その際の交渉はイアペトスに一任したい!」

「おおお……お任せを……!

 いいい……言い逃れには慣れてるので……!」

「よし!

 これで俺たちは! 何の憂いも無く立ち向かえる!!

 ティタンの世をこの手に!!

 取り戻そう――!!!」

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」


 そしてついに、作戦は実行に移された。

 ティタンは移民計画に同意し、ゼウスが宇宙空間にて新たな大地の創造を開始した。

 各ティタンの重鎮たちは、移民後の打ち合わせを理由にオリンポスの議事堂にて待機。

 そしてプロメテウスは十二神として暗躍し、アトラス率いる陽動(・・)の侵入を手引きした。

 突然の謀反にオリンポスは大混乱した。

 既にアトラスはオリンポス市民を人質に取り、市街の殆どを手中に収めた。

 プロメテウスは何食わぬ顔でオリンポスの中枢に向かっていた。


「待て!! プロメテウス!!」

(……ケイロンか!)

「急ぎゼウスに連絡しなきゃならん!」

「それなら既にやった!

 君は鎮圧に向かってくれ!!」

「いや!

 この騒ぎ、ゼウスが戻る前に伝えるべき事がある!」

「ならば私が伝えよう! 要件は!?」

「本人に直接話す!!」

「……まさか! 君……!?」

(……気付かれたか)


 ケイロンは弓を構え、プロメテウスを頭を狙った。


「……何が目的だ?」

「目的、か……。

 ……フフ! フハハ……!

 ハハハハハハハハハハハハハッ!!」

「何がおかしい!!?」


 ケイロンは激怒した。

 初めて見る怒りの形相に、プロメテウスの哄笑が止まる。


「お前が怒った顔、初めて見た」

「ふざけるな!!

 何が目的かと聞いている!!」


 ケイロンが矢を少しずらした。

 「その減らず口を閉じるぞ!」と言いたげに。


「なあ、ケイロン?

 そもそも、俺たちの目的って何だったんだ?

 人々の自由を勝ち取るってのじゃあなかったか?」

「何を今更!」

「なら聞くが、今のオリンポスに、果たしてそれが叶えられるのか?

 その人々に、なんでティタンが入っていない?」

「そ、それは今はまだ無理だと……!」

「じゃあ、いったいいつになったらいいんだ?

 俺たちティタンは、いつまで待てばいい?

 清く正くお利口になるまでか?」

「…………」

「“ハデス”に、去勢されるまでか?」

「きょ……きょせい……?」


 プロメテウスは不敵に含み笑いして続ける。


「前に言ったろ?

 “ハデス”は人類が間違いを犯す度に罰していく。

 その手始めに“人工太陽”による一蓮托生。

 その次は――そうだなぁ。

 差し詰め、“畏れ”による洗脳か、肉体に制限を課すといった所か?

 まあ、ただの憶測だが、知ってるだろ?

 俺の()は良く当たる――」

「そ、そんなこと……!」

「な? 正しく去勢だろう?」


 悪態混じりの圧力に、ケイロンは呑まれていた。

 指先の矢じりが震える。

 プロメテウスは、嘲笑う様に近づいてくる。


「止まれ!!」


 矢を外さぬ距離で、ケイロンが叫んだ。

 プロメテウスの足が止まる。

 だが、彼の口は止まらなかった。


「お前が正しかったよ、ケイロン……。

 こんな事なら、俺は“獣”のままで良かった……!」


 突然、プロメテウスは消え入りそうな表情でこぼした。


「プロメテウス……」


 ケイロンは思わず矢を下に向けた。


「しま――!」

「遅い!!」


 油断した。

 ケイロンは足を切られ横転した。


「プロメテウス!!」


 もう矢で射貫ける距離ではない。

 ケイロンは、真上に矢を放った。


「誰か!! プロメテウスを止めてくれ!!」


 ケイロンの声を背に、プロメテウスは駆け抜けた。

 目指すはオリンポスの最深部。

 何者も立ち入りを許されない、禁断の聖域。

 そこに、世界を変えるモノがある――。


「はあ……! はあ……!」

(……すまん、ゼウス……!

 恨むなら俺一人を恨んでくれ……!)


 意を決し、聖域に押し入ろうとしたその時。

 天井から何かが落ちてきた。

 ガラガラと落ちる瓦礫を避け、視界が開くのを待つ。

 砂埃の向こうにはふたつの影。

 「やはり……」とプロメテウスは舌打ちした。


「やはりお前か、ハデス……!」


 そこには、コレーを抱えたハデスの姿があった。

 おそらくケイロンの矢に気付き、追ってきたのだろう。

 ハデスは視線を向けたまま、コレーを床に降ろす。


「やあ、プロメテウス。

 君が首謀者だったとはね」

(……お見通しか。

 まあ、だろうな)


 事ここに至って尚、ハデスは抑揚無く喋る。

 その態度が、プロメテウスには気に入らなかった。


「敵に気を遣う事もないだろう?

 その、ゼウスの猿真似を止めたらどうだ?」


 プロメテウスの挑発に、ハデスは表情を変えた。

 何の感情も籠っていない顔。

 だが、それは単に必要が無くなった為であろう。

 そもそも、挑発に乗る様な感情を持ち合わせてはいない。


「君が嘘を付くとは思わなかった」


 以前の口調。

 何の感慨も見出せない声音。

 単に疑問を口にしただけの言葉。

 初めて会った時と同じだった。


「ハッ! 嘘も付けねえで何が人間だ!」


 その態度に、プロメテウスは苛立った。

 忘れていた。

 あの頃はまだ、ハデスを嫌悪していた。


「だが、それでは人はわかり合えない」


 対してハデスは淡々と続ける。

 今の彼に、嫌味も皮肉も通じない。


「みんな素直に仲良しこよしってか?

 フン! 薄気味悪い!!

 俺はそんなオママゴトに付き合うなんざ願い下げだ!」


 プロメテウスは、思い切り見下して吐き捨てた。

 今まで気付かないフリをしていた鬱積を吐き出す様に。


「残念だ。

 まさか君が、ここまで愚かだったとは」


 ハデスは無機質に答えた。

 常人が聞けば、怖くて背筋が震えただろう。

 しかし、プロメテウスは怯まなかった。


「何だ? 今頃気付いたのか?

 そんなだから、お前はガキなんだよ!」


 プロメテウスの罵倒に、ハデスは疑問を抱いた。

 言葉の意図が、理解しかねている様だった。


「ガキ? 私が?」

「ガキだろうがよ!!

 世の不条理を受け入れられず!

 小奇麗な正論ばっか並べて!

 テメエの意見も言えねえヤツが!

 ガキ以外の何だってんだ!?」


 理解できず、反論もしないハデス。

 プロメテウスの苛立ちは尚も続く。


「どうした!?

 悔しかったら何か言い返してみろよ!?

 お前は誰よりも正しい“御子”なんだろ!?

 この俺を問い潰してみろよ!!」


 ハデスは挑発には乗らなかった。

 だが、促されれば答えざるを得ない。

 何故なら、それが効率的だったからだ。


「確かに私は、感情が乏しいのかも知れない。

 だとすれば、確かにまだ子供と同じと言えよう。

 しかし、感情が無いという訳ではない。

 私には、少なくともヒトの役に立ちたいという願望がある。

 だが私自身、ヒトとは感情を共有できない。

 ならば代替行為として、ヒトとして生きるべきだろう。

 その様に結論した」


 それは“ハデス”から初めて聞く本音だった。

 その本音に、プロメテウスは様々な感情を巡らせていた。


(やっぱり良い子ちゃんかよ……。

 少しホッとした……。

 邪悪な思想は無かった……。

 気持ち悪い……。

 悲しいヤツだ……。

 理屈で自分を定義したのか?

 感情が全く無い訳じゃない。

 でなけりゃそんな発想自体存在しない。

 だとするなら、お前は――)


 時間にして、一瞬だった。

 その中で、プロメテウスはある答えに辿り着いた。


(ああ、そうか。

 だからあの時、俺はあんな事を口走ったのか……)


 プロメテウスは、ハデスの後ろで怯えるコレーを見た。

 ハデスを恐れるあまり、幼児退行してしまった哀れな少女。


(……彼女は、“ハデス”を必要とした。

 そして“ハデス”もまた、彼女の為に信条を曲げた。

 今、彼女を生かす事自体、リスク以外のなにものでもない。

 だとするなら、それこそが、ハデス自身の望みなんじゃないのか?

 誰かを求める心。

 それが人を人足らしめるものだとするなら――。

 彼女(コレー)だけが、“ハデス”を人間にできる――!)


 プロメテウスは少し、顔を綻ばせた。

 その心中は嬉しさで満たされていたが、「やってやった」という思いが強かった。

 そして、わかったからこそ、それを口にする訳にはいかなかった。

 それは、ハデス自身が気付くべきだと。

 だからこそ、敢てハデスを突き放す。

 気付かせる為に。


「あのな、ハデス。

 人間なんてものは、なろうと思ってなるもんじゃない。

 俺たちはなあ、たまたま人間だっただけ(・・・・・・・)なんだよ。

 そしてお前も、バケモノなだけ(・・・・・・・)だった。

 それだけじゃねえか」


 自然と口調が落ち着いていた。

 もう、苛立ちは消えていた。


「だが、バケモノのままでは人間に迷惑がかかる」

「別にいいじゃねえか。

 バケモノのまま、迷惑がられて生きればいい。

 ……彼女(コレー)がそうした様にな」


 宥める様に諭す。

 だが、ハデスにはいまいちピンとこなかった。


「やはりわからない。

 君の言っている事は非論理的で支離滅裂だ」

「それが、人間ってやつだ」


 「いい加減わかれよ?」とプロメテウスは呆れて付け加えた。

 はやりハデスはわかっていない。

 これ以上話した所で平行線だと。

 ならば、目の前の問題を片づけるべきである。


「なんにせよ。

 私の問題と君の謀反は別問題だ」

「ああ、全くもってその通りだ」

「ならば――」

「「決着を付けよう」」


 ハデスは“暗闇”へと変じた。

 悍ましい忌避感。

 喉が詰まり、胸が苦しくなる。


(ク……!

 何度向き合っても慣れねえな……!

 肝っ玉が縮こまっちまう……!

 はは……!

 足が……! 動かねえ……!)


 これまで敵として対峙はしても、敵意は向けられていなかった。

 その敵意が、想像以上に恐ろしい。

 覚悟は出来ていた。

 命をなげうつ覚悟で来た。

 だが、動けない。

 本能が恐怖で支配される。

 ただ向き合うだけで、生命が削られていく。

 実際、極度の緊張の為か髪は抜け落ち、色素が剥がされていく。

 全身の毛穴が開き、大量の汗が吹き出した。

 その度に、若さが奪われ衰えていく。

 こんな存在(もの)に、アトラスは立ち向かったのかと、彼は必死にしがみ付く。


(……アトラス! 俺に力を!!

 “奴”に立ち向かう勇気をくれ!!!)


 一歩、前進する。

 だが、もう一歩が出ない。

 たった一歩近づいただけで、無数の棘で刺された様に、全身が腫れてゆく。


(クロノス!! 友よ!!

 俺はあなたに! 息子(ハデス)を託された!!

 今こそ!! その約束を果たす!!!)


 クロノスの“言霊”を思い出す。

 確かに刻まれた魂の誓い。

 それは無理矢理、呪いの様に彼を突き動かした。

 だがそれは、間違いなく友情の絆だった。


(クリュ!! クリュメネ!!

 俺はお前を愛してる!!

 だからお前が生きるこの世界を守りたい!!

 ティタンが滅べばお前が泣く!!

 お前を泣かせてなるものか!!!)

「うをおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 全身から血が噴き出し咆哮する。

 その気迫に“ハデス”が止まる。

 いや、最初から止まってはいた。

 だが、あれは戸惑いではなかったか?

 “闇”に見えるその表情は認識できない。

 だが、彼の記憶は、“ハデス”を圧したと覚えている。


「ひ……!」


 コレーが哭いた。

 “ハデス”と、或いはプロメテウスに気圧されたのか。

 だが、それが彼の背を後押しした。


「“ハデス”!!!

 それ以上!! その娘を!! 泣かせるな!!!」


 ガンッ!! と思い切りぶん殴った。

 “ハデス”の顔に激突し、プロメテウスの利き腕が砕け散った。


「があああああああああああああ!!!!」


 “ハデス”に傷一つ与えられなかった。

 解り切っていた事だ。

 最強である“ハデス”に誰も敵わない。

 “ハデス”は作業的にプロメテウスの手足を切断した。


「ぐわああああああああああああ!!!!」


 激痛で反射的に叫ぶプロメテウス。

 だがまだ、意識は失っていない。

 地獄は続く。


「―理解に苦しむ―

 ―君にはこうなる事は容易に予測できただろうに―

 ―いったい何がしたかったというのだ?―」

「……わかんねえか……?

 ……ザマアミロ……!!」


 彼は最後まで悪態を付いた。

 だが――。


(ダチ、だからだよ……!

 答えは自分で見つけるんだ……!

 彼女(コレー)と共にな――……)


 僅かな望みを未来に託し、彼の反逆劇は幕を閉じた。

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