第49話 「ぶっ飛ばしてやらア!!」
「では、満場一致ということで」
十二神は、人工太陽によるテラフォーム案を採用した。
最後まで渋っていたプロメテウスが賛成した為である。
「ゼウス、頼んだぞ?」
「ああ、任せておけ」
その代わり、プロメテウスはある条件を付けた。
新たに移住する星は既存の星ではなく、ゼウスの“力”によってより人が住みやすい星を新たに創造するというものだった。
「では、オリンポスとティタンに触れを出す。
無論、双方の合意が得られねばならぬ」
「ああ、ティタンの説得は俺に任せてくれ」
プロメテウスは真っ直ぐゼウスの目を見て言った。
「わかった。
信頼しておるぞ?」
「……ああ!」
ゼウスは、信頼の眼差しで頷いた。
プロメテウスも無言で頷く。
振り返ると、ハデスが来た。
「君が賛成してくれて良かったよ。
また別の方法を考えなくちゃならないからねぇ」
(……別の方法、か)
「色々考えた結果だ。
俺は人類にとって、自分がより良いと思った選択をしたまでだ」
「ふうん」
ハデスはじっとプロメテウスを見た。
若干肝を冷やす。
「な、なんだよ……?」
「いや、うそはついていないみたいだね」
「お前はうそ発見器かよ?」
「あはは、そうだよねぇ~」
(……うそなんかついちゃいないさ。
俺は、俺が思う人類にとって都合の良い選択をするだけだ。
お前の意見とは真っ向から対立するがな……)
本音で核心を覆い隠し、やり過ごせた。
これから彼は、ティタンに赴く。
十二神としての、最後の仕事となろう。
(……次に会うときは戦場か)
プロメテウスは空を飛ばず、神馬アレイオンを駆けた。
(……じゃあな、オリンポス……!)
旧王都に着くと、暴徒化した民から批難を受けた。
どうやら、ティタンも我慢の限界に来ていた様だ。
「裏切者め!! 何しにきやがった!?」
「帰れ!! ゼウスの犬め!!」
彼らは口々にプロメテウスを罵った。
(手荒い歓迎だな。
まあ、仕方ないか……)
「クレイオス殿はいずこか!?」
「誰が教えるか!!」
「帰れ帰れ!!」
「皆! 道を開けい!!!」
さっと、民は道を開けた。
ここまで民を統制できる人物は一人しかいない。
「来られよ、火急の要件であろう?」
「ああ、恩に着る!」
プロメテウスは城内に通された。
王座の間には、クロノス様以下全ての重鎮が待ち構えていた。
「して、何用であるか?」
ピュペリオンが訊ねてきた。
今は緊急時だからか、武官のトップがクロノス様の代わりに対応しているのだろう。
「オリンポスは、ティタンの移住計画案を可決した」
「移住計画ぅ?」
「新たな天体に移り住み、そこで別々に生きるという事だ。
これにより、食糧難と冷害を解決できる」
「痴れ者が!!
我らティタンに、母なる大地を離れろと!?
ふざけるでないわ!!」
ピュペリオンの罵倒に、喝采の声が上がった。
プロメテウスはクロノス様を覗いた。
(……成り行きを見る、か。
今回クロノスは助けてはくれないか……)
「まあ、待て。
実は俺もこの案には反対なんだ」
「はあ? 貴様、どういうことか?
貴様は十二神であろう?
オリンポスは、足並みも揃わぬまま政を行うのか?」
「いや、表上は賛成した。
だが、気に入らん。
こんな無茶な法案には付き合いきれん」
「わかるよな?」とプロメテウスは含みありげに答えた。
「……貴様、オリンポスを裏切るというのか?」
「オリンポスは人々の自由の為に奔走してきた。
だが、現状はどうだ?
最も人口が多いティタンを蔑ろにし、
あまつさえこの星から出ていけとは、あまりに横暴過ぎる!
裏切られたのは俺の方だ……!」
「は! 何を今更!!」
「身勝手は承知の上!
どうか! ティタンの民として迎え入れて欲しい!!」
「有り得ぬわ!! 馬鹿馬鹿しい!!」
その場にいた者の殆どはピュペリオンに倣っていた。
(……流石に形勢が悪い。
クレイオスに加勢してもらうか?)
プロメテウスが視線を送ると、クレイオスが「任されよ!」と胸を叩いた。
(……頼もしくはあるが、ワザとらし過ぎる!
いけるか? これ……)
「あ――」
「待たれよ!!」
皆静まり返った。
(アトラス……!?)
クロノス様の傍らから、アトラスが前に出てきた。
「プロメテウスよ!
お前は、ティタンに帰順するというのだな!?」
「如何にも!」
「それは、ティタンの為か!?」
「己の為!!
……己の信ずる信念の為に!!」
アトラスは威圧感を放って彼を見つめた。
さも、彼を試す様に。
そして向かい合ったまま、全員に相対した。
「我アトラスはプロメテウスを信じる!!
我が名と! 我が命に懸けて――!!」
「「「「「――――ッ!!?」」」」」
その場にいた数多の重鎮たちが動揺した。
「あのアトラスが?」とどよめいていた。
「異議あり!」
「コイオス殿」
「そなたはあの男と兄弟であろう?
身内ならば情も沸くというもの。
それでは納得しかねる」
「無礼な!
我が覚悟を侮辱されるおつもりか!?」
「い、いや……そうではない……!」
「アトラス殿は我らが勇士!!
如何にコイオス卿といえど今のは聞き捨てならぬ!!」
軍トップのピュペリオンもアトラスに味方した。
どうやら文官連中とはそりが合わないらしい。
「兄上! アトラス殿に詫びられよ!!」
「クレイオス貴様……!」
「アトラス殿は自らの発言に命を捧げられた!
貴公にはその覚悟はおありか!?」
「ぐ! ぐぬう……!」
クレイオスがコイオスを言い負かした。
(やるじゃん! オッサン!!)
軍配はアトラスに上がっていった。
プロメテウスは黙して審判を待つ。
「クロノス様!」
アトラスは頭を垂れて仰いだ。
「貴方様はどうされますか?」と。
「―これ―
―予は、“王”ではないのだぞ?―」
「これはアトラスの我が侭にございます!
どうかご容赦を――!」
「―ふむ―」
クロノス様はひとりひとりを見つめた。
そして、一個人としての意見を出す。
「―プロメーテウスは我が無二の友である―
―ならば、信ずる他は無い―」
それが決定打となった。
クロノス様は一言も命じてはなかったが、それで皆の心は一つとなった。
そして再び、プロメテウスはティタンの子となった。
「……有難き幸せ――!」
それは、心からの言葉だった。
久しく忘れていたオトリュスの城。
クロノス様の計らいでしばし城内を懐かしむ機会が得られた。
プロメテウスはアトラスの食客扱いという運びとなった。
屋上で夜空を眺めていると、アトラスがやって来た。
互いに手で挨拶を交わす。
しばしの後、プロメテウスが切り出した。
「ありがとな、アトラス。
アンタが言い出さなけりゃ、俺は裏切者のままだった……」
「礼など要らぬ。
俺は、俺の思うままに動いたに過ぎぬ」
「そうか……!」
アトラスの言動は少しも変ってなかった。
言葉は少ないが、その全てに責任と思いやりが感じられる。
かつて憧れたそのままだった。
「あの時は結構手酷くあしらわれたよなぁ……!
やっぱ戦いじゃ、アンタには敵わないよ……!」
「いや、あの時は危なかった」
「マジかよ?
アンタ、俺なんて眼中になかったろ?」
「フ!
敵方の軍師を追う愚なぞ犯さぬわ!
あれは、何かの策であったのだろう?」
「……あ、ああ、まあ」
「ハハ! やはりな!!
最も恐るべき敵に、油断など出来よう筈も無し!」
言われてプロメテウスは胸が熱くなった。
あのアトラスが、自分を最大の敵と認めていたのだ。
「誇りを持て! 予言者プロメテウスよ!
お前は、このアトラスをかつてない窮地に追い込んだのだぞ!?」
「……アトラス!」
嬉しかった。
今まで、どんなに知恵が回っても、こと戦いにおいて兄は自分を褒めてはくれなかった。
身内といえど、一切情けも手心も加えないこの英雄にここまで言わせた事が、たまらなく誇らしかった。
「そうか……。
……そうかぁ!
俺さ、見限られたと思っててさ……」
「弟を見限る兄が何処におる!
例え敵となろうとも!
俺はお前の兄だ――!!」
「……ああ! そうだよな!?」
「……あの時はすまなかった」
「あの時?」
「お前を狂ったと言ってしまった。
だが、戦場で見え判ったのだ。
お前は、お前の戦をしておるのだとな!!」
アトラスの言葉に、嬉しさが込み上げる。
そしてそれは、相手も同じ様である。
ここまで口数の多いアトラスは初めてだった。
しばし、余韻に浸る。
夜風に当たり、軽く頭が冷えた頃、アトラスが口を開いた。
「勝てるのか? 我らは」
「……勝たなきゃならん!
ティタンの、いや……!
人類の為に――!」
「はは! 心躍るな!!
人類の為、お前と共に戦うか!!」
アトラスは豪快に笑った。
そして、振り向かず続けた。
「友の為、なのだろう?」
「……え?」
不意に投げかけられたアトラスの言葉に、彼は戸惑った。
「フ! やはり気付いておらなんだか。
お前は昔からそうだ。
考え過ぎて、己の本当の気持ちに気付かん時がある」
「本当の、気持ち……?」
兄の言っている事がわからなかった。
どんな事でもすぐに理解できたのに、自分の心がわからなかった。
「お前が人類の為に戦うのは真であろう。
そして、それが無謀な賭けであることも承知の上なのだろう。
ならば、何故お前は戦うのだ?
勝てぬとわかっていながら、同族さえも巻き込んで、何の為に?」
「あ……そうか……!」
そこまで言われて、ようやく気付けた。
(そうだ……!
俺は理屈で考え過ぎていた!
本当に“ハデス”を止めたいなら、皆を説得すればいい!
そうすれば、ヤツは決して無視はしない! 出来ない!
にも関わらず、俺は戦う道を選んだ!
単純な事だ!
俺は、アイツにわからせてやりたかった……!
人間ってこんなに必死なんだぞって!
こんなにも愚かなんだって!
ぶん殴ってやりたくなったんだ……!
……今なら、あの娘の気持ちが少しわかる気がする……)
ようやく本当の答えを、自分の戦う理由がわかった気がした。
それに気付かせてくれた恩人に、真っ直ぐ向き合った。
「……フ! ようやく気づいた様だな!
どうだ? 図星だろう?」
「ああ、図星だった……!
何で、わかったんだ?」
プロメテウスは不思議そうに問うた。
あらゆるものを見透かしてきた予言者が、素直に答えを求めていた。
「それはな、お前が真の勇気を持つ者だからだ……!
友の為に、その友と戦う!
これ程に勇気ある行動が他にあろうか?
俺には出来ぬ!
お前こそ、俺の目指した勇士よ――!!」
兄は弟の肩に叩いた。
アトラスは誇らしそうに微笑んでいた。
対してプロメテウスは泣いていた。
「泣くな、弟よ!
泣き顔のままでは顔向けできんぞ?」
「友に――!」と激励された。
「な、泣いてない……!」
プロメテウスは慌てて涙を拭った。
それをアトラスは微笑ましそうにして目を逸らした。
「そうだな、俺の見間違いであった!」
二人は笑い合った。
こんな風に屈託無く笑い合うのは、実は初めての事だった。
「ありがとう、アトラス。
偉大なる我が勇者よ――!」
「頼りにしておるぞ?
偉大なる盟友にして、我が理想!
予言者プロメテウスよ――!」
互いに心を通じ合わせ、二人の英雄は戦に備えた。
(覚悟はできた!
待ってろよ? ハデス!
テメエのその上っ面、ぶっ飛ばしてやらア!!)




