第48話 「“理性の獣”」
「ポセイドンワールド!?」
(本当につくっちまうとはな……)
ある日の会議。
ポセイドンは十二神として宣言した。
「おうよ!」
「しかし兄者。
国を興すのは良いが、急に出来るものなのか?」
ゼウスは珍しく慌てた様子で質問した。
(へえ? ゼウスのやつ。
意外と反対せんのか)
「そんな御大層なモンじゃねーよー!
ただオレに付き合わね? って声掛けて回っただけよー!」
「そ、それでこれ程の賛同者が集まるものなのか……?」
ポセイドンが持ってきた地図を、ゼウスは目を白黒させていた。
マーカーを引いた部分が、ポセイドンワールドらしい。
その規模なんと、地球の半分以上である。
「オレ様はただ、みんなに遊ぼうぜって誘っただけだぜぇ~?
気付いたらこんなんなっちまったがよ!
カッカッカッカッカッ!!」
「し、しかし、食料や寒さ対策はどうなっておる?」
「よく見ろよ!
ほとんどが海や海辺だろぉ?
オレたちゃよくこの辺でバーベキューすんだがよ!
食いモンはわんさかあるし、意外とあったけえし!
快適だぜぇ? 海!!」
「も……盲点であった……」
(ゼウスのやつ、相当ショックみたいだな。
無理も無い……。
あれだけ指導者として悪戦苦闘してるのだからな……)
「ま、まあ。
何も制約も強制もしてないから人も集まるんだろ?
プロメテウスはゼウスを宥める様に捕捉した。
「う、ううむ……。
しかし、ポセイドンワールドとは……」
「あ? ダメ?」
「そうだなぁ……。
なんかバカっぽいよなぁ……。
ま、実にお前らしいんだが……」
「へへへ!!」
「いや、照れるなよ」
「まあ、それは追々でよかろう。
その、ポセイドンワールドを自治国として認めよう!
皆、異論はないか?」
十二神に反対意見は無かった。
「やったぜ!!」
(よかったな、ポセイドン。
まったく、大した野郎だぜ!)
「では、本日の会議はここまでで良いか?」
「ちょっといいかな?」
ゼウスが閉めようした時、ハデスが手を挙げた。
「では、兄者」
「ポセイドンの案でひとつ思いついたよ。
少し長くなるけどいいかな?」
反対の声は無かった。
ゼウスに促され、ハデスは続けた。
「今、優先すべき課題はティタンとの円滑な関係を築く事だよね?」
「……無論だ」
「さっきのポセイドンのアイディアは、その解決に一石を投じる良い案だと思う」
「いやあ! そんなに褒めるなよ~!」
「ただ、それだけでは全員を救う事は出来ない。
特に、オリンポスを敵視しているティタン族は食いつきもしないだろうね」
「……で、あろうな」
「そこで、本題だ。
ポセイドンワールドの様な自治国をつくるのはどうだろう?
ティタンにはそこに移住してもらうというのは?」
「移住?
それで現状と何が変わるのだ?
「勿論、ただ移住させるだけじゃない。
どこか適当な星を開拓して、そこでティタン族だけの国を提供するんだよ」
「……ほう? 星とな?
そんな事が可能なのか?」
ゼウスはヘパイストスに目を向けた。
この頃、宇宙にまでその見分を広めた最高の技師に。
「理論上は可能だと思います。
ただ、それには地球と同じ条件の星を見つける必要が……」
「と、申しておるが?」
「そこで、俺の“力”を使おうと思う」
(……“力”?)
「知っての通り、俺の“力”は強大な熱量を生み出す。
今まで使わないよう封じていたけれど。
平和目的なら使ってもいいと判断した」
「……具体的には?」
「この“力”を最大限にまで高めれば、おそらく“太陽”を生み出せる」
ハデスの発言に皆はどよめいた。
「た、太陽……だと……!?」
「そ、そんな事が!?」
「おー! すっげー!」
「静粛に! 兄者、続きを――」
「この“人工太陽”を利用すれば、
後はこれまで開発してきた技術力でテラフォームを実現できると思う。
そうすれば、後はティタンに自由に住んで貰うだけだよ」
「「「「「おおおおお!!」」」」」
十二神たちは感嘆の声を上げた。
「素晴らしい!
それなら今ある問題は解消される!」
「太陽を自在に調整できるとすれば、気候問題もクリアできるのでは!?」
「できるよ。
ただ、流石に地球規模は難しいと思うから、
少し小規模な星が望ましい」
「「「「おおおお!!」」」」
「ちょっと待った!!」
沸き立つ意見に、ケイロンが待ったをかけた。
「その“人工太陽”の安全性はどうなっているのか?」
「安全性は俺に依存するね。
例えば俺が気を失ったら、“太陽”は消滅する」
「いや、大丈夫だろ?
“にーちゃん”だぜぇ?
んな失敗する訳ねーじゃねえか!」
ポセイドンの言葉に、皆「うんうん」と頷いた。
プロメテウスも頷きはしなかったが同じ考えだった。
しかし、何かが引っ掛かるようでもあった。
(確かに、ハデスは失敗しない。
あいつは、決して間違わない。
何故なら、その様にできているから……。
だが、何故だ?
俺は、何が不安がっている?
ケイロンは、何を警告しているんだ?)
「問題は他にもある!
瘴気の方はどうなっているのだ!?」
「ああ、その事なら大丈夫だよ。
“力”の効率化によって、瘴気が発生しなくなったからね。
安心して欲しい」
「なあんだ! 問題ないじゃないか!」
「さっすが! にーちゃんだぜぇ!!」
「他に、何かあるかな?」
「い、いいや……」
「ふむ。
何も急に決める事でもあるまい?
だが、私もハデスの案は良いと思う。
どうだろう? 諸君。
この件について、前向きに検討するというのは?」
殆どの十二神が賛成の挙手をした。
ただ、プロメテウスは決めあぐねていた。
「プロメテウスは反対か?」
「いや……、ちょっと考える時間が欲しい」
「わかった。
だが、これ程の大事業だ。
なるべく早い決断を望む。
では、これにて閉会する!」
会議が終わり、プロメテウスはハデスを呼び止めた。
「ちょっといいか?」
「ああ、いいよ」
プロメテウスはオリンポスの火口へとハデスを連れてきた。
当然の様に、コレーも一緒だった。
あれから会議の時も、すぐ近くの別室に待機させるなど、この二人は常に一緒だった。
(……まあいい。
彼女も聞くべき話か……)
「ここに来るのは久しぶりだねぇ~」
「ああ、そうだな」
(思えば、こいつと初めて意思疎通をしたのはここだった。
ここが、俺たちのはじまりの地なのかもしれないな……)
プロメテウスは覚悟を決めた。
おそらく、今ここで話すことが、彼との今後を決定付けるだろうと思っていた。
「ハデス。
さっきの話だが、お前の“力”ってのは何なんだ?」
「俺の“力”?」
「そうだ。
……思えば、ずっと触れない様にしていた。
だが、その“力”を、世界の為に行使するというなら、知っておくべきだ。
お前の“力”とは、いったいどんなものなんだ?」
「……そうだねぇ。
何と言えば理解しやすいか……。
俺の体内にあるエネルギーを融合させて更なるエネルギーを生み出す。
まあ、効率化だよ。
俺はこれを、核融合と名付けた」
「……かく、ゆうごう……?」
「そこから得たエネルギーにより、“人工太陽”を生み出す事を思いついた」
「そ、そんな事が出来るとは……」
「君のお陰だよ?」
「俺?」
「そう。
君の着想を元に、この“力”の使い方を習得できたんだよ」
「待て待て待て!
口でいう程簡単じゃないだろ!?
その“力”とやらを扱うのに!
いったいどれ程の魔術的処理を行っている!?」
「ああ、その事か。
別に大した事は無いよ。
俺の中の、全エネルギーの原子核を操作する事ぐらいね」
「……有り得ない。
そんなこと……できる訳が無い……」
「う~ん。
確かに君たちには難しいかもね。
おそらくゼウスにも、やり方はわかっても出来ないかもしれない。
目算だけど、ゼウス数万人分の脳が必要になるとは思う。
使徒込みでね」
淡々と話すハデスに、プロメテウスは驚愕した。
わかっていた筈だった。
“ハデス”は最強だ。
その肉体も、その精神も、その頭脳さえも。
しかし、想像を遥かに超えていた。
これはもう、生物の範疇を超えている。
「まあまあ、そんな目で見ないでよ。
良いこともあるんだ」
「……いいこと?」
「この“人工太陽”を生み出している間、
俺の生体活動は著しく制限され、君らと大差無いぐらいにまで弱体化する。
つまり、俺は“人間”に成れる」
「――――ッ!!?」
ゾッとした。
寒気がした。
今までの何よりも恐ろしかった。
ハデスの言葉にプロメテウスは震え上がった。
「そんなもの人間じゃない!!」
プロメテウスの叫びに、ハデスは頬をかいた。
「あはは……、そうだね。
そんな事できるのは、やっぱり“バケモノ”かな?」
「ちがう!!」
彼の否定に、ハデスは得心がいかない様子だった。
(……何故わからない!?
生体活動の制限……!
それは生物とって、命の危険すらある……!
それを理性によって喜々として受け入れるなんて狂気の沙汰だ……!!)
恐れと悲しみを込め、プロメテウスは友に告げる。
心持つ人間として。
「そんなものは人間じゃない……!
まして、化物ですらない……!!」
お前はヒトとして間違っていると。
「……装置だ、ただの……!」
無意味な説得だとわかっていて。
「まあ、そうかもね。
でも、もう決めた事なんだ」
やはり、思った通りだった。
「俺一人の犠牲で、万人が救われるなら、喜んで装置に成るよ」
当然の様に、躊躇無く宣言した。
終わった。
何が終わったのかは混乱していてよくわからなかったが、何かが終わった気がした。
その瞬間、彼は“ハデス”の齎すであろう未来を予見した。
(……ゼウスはヒトを本能に縛られた獣と言った。
なら、“ハデス”は、“理性の獣”なんじゃないか?
ヒトが三大欲求を満たす為に生を謳歌するとしたら、
“ハデス”は理性を以って何をする?
より良く生きる? ヒトの為に? 自身を犠牲にしてでも?
だとするなら――)
ハデスが去る。
彼に背を向け、コレーと共に。
(行き着く先は地獄だぞ?)
プロメテウスは、呆然と立ち尽くした。
だが、頭の中は何故か冴えていた。
蹄の音がした。
「ケイロンか?」
「ああ……」
「聞いてたのか?」
「……ああ」
「これが、お前が言ってた俺の取るべき責任か?」
「…………いや。
今となっては我ら人類の問題だ。
君ひとりが負うべき事ではない」
「…………」
「“ハデス”は、生物の範疇を超える“力”を得た。
ひとつの生命体が、全世界の生命を脅かす程の“力”だ。
それが、どれ程恐ろしい事か……」
「……そうだな。
その通りだ。
たった一つの意志が、世界の命運を左右するなんて間違ってる。
いや、正しい正しくないの問題じゃない。
何故なら、“ハデス”は正しいのだから、その真偽に意味は無い……」
「プロメテウス?」
ケイロンは疑問を投げかけた。
今言った事以上に懸念すべきものがあるのかと。
「だがな、ケイロン。
俺が怖いのは、そんな事じゃないんだ。
“ハデス”は正しい。
だが、俺たちヒトは正しくない。
間違いだらけの人類を、“ハデス”は糺すだろう。
“人工太陽”はそのはじまりに過ぎない……!」
プロメテウスの動悸が激しくなる。
胸を握りしめ、絞り出すように言葉を紡ぐ。
「“ハデス”に人類は適応できない……!
その正しさに、過ちばかりの人類はついていけない……!
結果、“ハデス”は更なる制約を人類に課す……!
人類が生き残る為に……!
ヒトがより良く生きる為に……!
生かさず殺さず……!
人類を追い詰めていく……!
そして“ハデス”は、誰ひとり死なす事無く、ヒトを絶滅させる……!
間違いを犯さない人類は、最早ヒトとは言えない……!
人類は、生きたまま別の“なにか”へと変貌を遂げる……!」
「プロメテウス……!」
咳き込むプロメテウスの背を、ケイロンが擦った。
だが、彼は「いい」と振り切った。
「“ハデス”の齎す未来に、現人類はいない……!
俺たち人類は、“奴”の正しさによって破滅する……!!」
「だが、そんな……しかし!」
「ああ、今すぐって訳じゃない。
徐々に、少しずつ、ゆっくりと、世界を糺す。
それが、“ハデス”の辿る末路だ……」
言い終わり、プロメテウスは空を見上げた。
満点の星空に、かつての故郷を思い出す。
(……陛下。
……アトラス。
……クリュ。
……俺は……どうすればいい……?
どうすればいいんだ……?)
その想いとは裏腹に、彼の答えは決まっていた。
(……“ハデス”を倒そう!
それしか、人類に未来は無い――!!)




