第47話 「友を頼ろう」
“闇”と“彼女”との、地獄の様な戦い以降、世界は大きく変貌を遂げていた。
“コレー”の“力”の影響により大地から生命力が失われ、人類は史上初となる“冬”を経験する事となった。
穏やかな黄金時代は終わりを告げ、過酷な環境変化に人々は晒されていた。
資源の枯渇。
深刻な食糧難。
寒さによる多数の凍死者。
そして、これらの問題に最も影響を受けたのがティタン族である。
彼らはその巨体が仇となり、多くの餓死者を出していった。
この世界規模の危機的状況に対し、ゼウスはティタンと交渉した。
日々進歩する科学技術を駆使し、“冬”を克服したオリンポスに迎え入れるという。
ただし、今後一切“クロノス”に依存せず生きる事を誓う事を条件として提示した。
事ここに至り、ついにゼウスに賛同するティタン族が現れ始めた。
しかし、はやり多くのティタン族はそれでも“クロノス”との縁を切れないでいた。
「――よかろう――
――我が意に背いてでも、過酷な暮らしを選ぶというのであれば――
――それもまた自由意志――
――汝らの意志を尊重し、敢て助けはせぬ――」
ゼウスのこの宣言は、ティタンとの関係を更に悪化させた。
過酷な環境が、更に彼らの心を頑なに閉ざさせていた。
「――断る!――
――我が庇護するはオリンポスの民のみ!――
――それ以外の愚衆を助ける余裕なぞ無い!――」
「余裕ならある筈だ!!
生産技術の向上で食料は全人類を賄う程のゆとりがある!
街全体をカバーできる空調システムの向上で誰ひとり凍死者を出さずに済む!
お前は人の為にその叡智を振るうと誓った!
例えティタンであろうと、彼らも受け入れるべきだ!!」
「――だが、彼らは我が慈悲を拒んだ――
――このゼウスの恩情に唾を吐いたのだ――
――ティタンが許しを乞わぬ限り、助ける義理は無い――」
「ゼウス!!」
プロメテウスは何度もティタンの救済を願い出たが、ゼウスは一切聞き入れなかった。
「ヘラ!! 頼む!!
お前からもゼウスを説得してくれ!!」
「言葉を慎みなさい、プロメテウス。
我は偉大なるゼウスの妻。
ならば我は伴侶として、夫に賛同するのみ――」
「お前は、今のゼウスが正しいと思っているのか?」
「無論。
貴方こそ、十二神の長を何故信じられぬ?」
「互いに間違いを糺してこその、十二神じゃなかったのか?」
「これ以上は、謀反を疑う事になる――」
「ヘラ!!」
女王ヘラにもゼウスの説得を願い出たが、そこに心優しい賢婦の面影は無かった。
プロメテウスは他の十二神を頼ったが、解決策は出なかった。
途方に暮れた彼は、かつての“王”に縋る事を決意した。
(……ここに来るのもいつ以来か)
オトリュス城。
かつては政治の中枢だったが、今ではクロノス様とその腹心の牢獄である。
「よう来たのう」
「……クレイオス」
プロメテウスを迎え入れたのはクレイオスだった。
オリンポスとの付き合いが最も長い事もあり、十二神を接待するのは専ら彼の役目だ。
玉座への道すがら、彼に近況を聞く事となった。
「最近はどうだ?」
「皆腹を空かせておる。
だが、我らは良い。
困っておるのは、意地になって食おうとせん輩がおる事だ。
その度にクロノス様に説得して頂き、どうにか事を収めておる次第である……」
「そうか……。
クロノスは元気か?」
「我らを気遣い、気丈に振舞われておる。
退位されたからか、我らを我が子の様に接してくれておるが……。
儂には、どうにも……辛い……!
もう、本当に……あの方は“王”ではおわさぬと思うとなぁ……!」
「…………」
クレイオスの言葉に、プロメテウスは胸を痛めた。
今までどれ程、彼の弱音に共感したかわからない。
やはり自分はまだティタンを捨て切れていないと実感する。
もう戻れない子供時代に、別れを告げなくてはならない様な切なさがあった。
「はぁ……。
いつまでオリンポスとのいざこざが続くのか……。
いっそ、違う世界にでも行ってしまいたいものよ……」
「……そうだな」
クレイオスは諦めた様に冗談めかして苦笑した。
(……違う世界か。
確かに、ここまで溝が深まってしまったからな。
互いに干渉せず、別の世界でそれぞれ
よろしくすればいいのかも知れないな……)
「さて、クロノス様にお主の顔を見せてやってくれい!」
気を持ち直し、クレイオスは扉を開いた。
「―おお、よく来たな! 友よ!―」
「久しぶりだな、クロノス!」
(良かった……!
思ったより元気そうだな。
心なしか表情も穏やかそうだし、皆を心配させない為かも知れんが……)
久々の再開に、二人は握手を交わした。
大きな人差し指を利き手で握り返す。
たったそれだけで、彼の不安はどこかに吹っ飛ぶ思いだった。
「―ささ、まずは席へ―
―外の話を聞かせておくれ―」
クレイオスの言った通り、クロノス様の口調はとても穏やかだった。
ただ優しい気なだけでなく、聞く者を安心させる父性の様なものを感じさせる威厳はそのままだった。
その懐かしい声に、プロメテウスの緊張が解きほぐされていった。
彼は今日までの事を偉大なる友と語り合った。
それは、久しぶりに心安らぐ時間だった。
尊敬する父の様な存在に、自身の積み重ねてきた事を報告している様な心境だった。
クロノス様は楽しそうに聞いていた。
ひとしきり話し終えた所で、クロノス様は切り出した。
「―頑張ったな、プロメーテウス―」
「―――ッ!!」
そう労われ、一瞬涙が出そうになった。
「わかってくれた」のだと、感極まった。
「―予に頼みがあるのだろう?―
―言ってみろ、力になれるやもしれん―」
「クロノス!!」
涙がこぼれた。
慌てて拭う。
そして、気を引き締め直した。
「ゼウスに反感を持つティタン族を説得して欲しい……!
このままでは、遠からず破綻する……!」
「―うぅむ……―」
クロノス様は難しい顔をした。
それだけで一気に不安になる。
そして少し後悔した。
困らせてしまった事を。
「―少し、待ってはみぬか?―」
「待つ?」
「―うむ―
―子らが苦しむのは辛い―
―が、それも我らヒトが、より強かな種として確立する為の試練であろう―」
「……でも! このままじゃ……!!」
「―気持ちはわかる―
―だが、変化には時間が掛かるものだ―
―それに予やお前たちが守らねばならぬ程、ヒトは弱くは無い―
―そう教えてくれたのは、お前だぞ?―」
「……クロノス」
優しく断られた。
だが、見捨てられた訳ではない。
クロノス様が「待つ」というのだから、いざとなれば必ず動いてくれる。
プロメテウスは、そう確信して頷いた。
「―あとな、もうひとつ、気になる事がある―
―ゼウスの事だ―」
「ああ、アイツは変わってしまった……。
もう理想に燃えていた頃のヤツはいない……」
「―それだ―
―予が案じておるのは、お前がそう思っておることだ―」
「お、れ?」
「―予はあれに父として接してやれなんだが、その苦悩はわかる気がするのだ―
―あれは、かつての予に似ておる―
―“王”として“民”にどう向き合うのかを模索しておるのではあるまいか?―」
「……“王”として……」
プロメテウスは戸惑いながらその言葉を嚙みしめた。
確かに彼は、ゼウスの表面上の振る舞いばかりに気を取られていたのかも知れない。
そんな風に反省した。
「―友を信じよ!―
―其方の友は、未だ諦むる事無く理想を目指しておるやも知れぬぞ?―」
(……クロノス!!)
「……そうだな!
アイツも必死なんだよな……!?
俺が信じてやらなくちゃだよな!?」
クロノス様は優しく彼の頭を撫でた。
若干恥ずかしくなったが、今はこのままでいいかと。
プロメテウスは甘える事にした。
「ありがとう! ……友よ!」
「―こちらこそ、お前に会えて嬉しかったぞ!-
―また会おう! ……友よ!――」
友から勇気を貰い、プロメテウスは城を後にした。
(よし!
心機一転!
クロノスに心配されん為にもやるぞ! 俺は!!
……そうだ!
一人で考えるより、それこそ友を頼ろうじゃないか!
クロノスの言う通り!
もっとダチと腹割って話そう!!)
プロメテウスは友を頼る事にした。
最初に思いついたのは、やはりというかポセイドンだった。
(あの野郎どこをほっつき歩いてるんだ?
最近不景気な話ばかりのせいか、会議にも参加せずフラフラしてやがる……。
さあて、どこにいるのやら……)
プロメテウスはポセイドンを探すことにした。
「よー! 大将!! 遊ぼーぜ~!?」
「いた! すぐ見つかった!!
ホント突然だな? お前!!」
「あ? 何のコトでぇ~?」
「いや、いい!
すごくいい!!
俺もお前と遊びたかったんだ!!」
「お! めっずらすぃ~!!
っしゃあ!! 飲もうぜ!! 兄弟!!!」
偶然にもタイミング良くポセイドンと再会したプロメテウス。
久方ぶりに、馴染みの店で乾杯した。
「ウェーイ!!」
「う、えーい!」
「へへ! 大将!!
目の調子はどうでぇ?」
「あ、ああ。
ゼウスの加護のお陰で問題無く見えてる。
意識を集中せんとぼやけるから、視力は回復してないだろうがな。
そんな事よりお前、あの時どこ行ってたんだよ?」
「お、おう? おお!
忘れちった!!
なあ! オレ様、何してたんだっけか!?」
「知・ら・ね・え・よ!!」
「カッカッカッカッカッ!!」
「……変わらねえな、お前は」
「へへ! そうかい?
でもよー変わらねえつーたら、ゼウスも変わらねえよなー?」
「……はぁ?」
「世間じゃあいつ、変わった変わった言われちゃいるがよー。
あいつは昔のまんまよ」
「……そうか?」
「おうよ!
昔っから、あいつは真面目過ぎんのよー!
全部自分でしょい込んで、テメエから進んで貧乏くじ引いちまう!
ならよ、応援しちゃらなならんわなぁ~!」
「兄貴だかんな、オレ!」とポセイドンは豪快に笑った。
(……こいつ、時々核心ついた事を言うんだよなぁ。
だがそうか……)
「フ! つくづく、親子だな」
「あ?」
「クロノスも似たようなこと言ってた」
「へぇ? そうかい」
プロメテウスは久しく忘れていた友との楽しい語らいを思い出した。
こんな時間を守る為に、彼は頑張って来たのだ。
「そういやー大将。
にーちゃんとは話したかい?」
「……いや。
あれから会っていない……」
「悩みがあんなら相談したらどーでぇ?
前はよく愚痴、聞いて貰ってたんだろ?」
「まあ、な……」
(……正直、会うのが怖い。
俺の信じていたハデス像は、偽りだったのではと思うと……)
「……そうだな。
あいつとも、一度話そうと思う」
「へへ! にーちゃんは頼りになるかんなー!!」
(……今日はこいつにフォローされてるな、俺。
まさかポセイドンに助けられるとは思わなかった)
「ありがとな、ダチ公」
「お!? お!? お!?
なるぅー!?
オレ様頼りになるぅー!?」
「あーなるなる!」
「へへへ!!
よーし!
なら頼れるこのオレ様に何でも言ってみろィ!!
どんなコトでも解決してやんぜ!!!」
「お! いいやがったな!?」
「おうよ!! ドンときやがれィ!!」
「じゃあポセイドン様よ!
オリンポスとティタンの軋轢を解消してくれよ!」
「は! お安い御用でぇー!」
「なに!? 本当か!?」
「おうよ! このオレ様にかかりゃー屁でもねー!」
「ほぉう!? 具体的には!?」
「具体的にゃー!!」
「具体的にはっ!!?」
「どうすんだ?」
どてー! とプロメテウスはカウンターに顔をぶつけた。
「おまえなー!!」
「カッカッカッ!
そーゆーのを考えるのはオメーの仕事だろぉ?」
「結局俺かい!?
……まったく!
お前は本当にポセイドンだな!!」
「おう! あたぼーよ!!」
「……はあぁ!
具体的な案……。
……そういえば、クレイオスのおっさんが面白い事言ってたな」
「なに? 面白いコトだとぉ?」
「ああ、いっそそれぞれ、別々の世界があればいいのになってさ」
「おお! おもれーなぁ!!
よっしゃ!
オレつくる!!
ポセイドンワールドつくるぜよー!!」
「あはは、がんばれ、がんばれ」
「っしゃあ!!
張り切って! いくぜィ!!!」
ポセイドンは本当に駆け出して行った。
(……あのバカ。
本当に行きやがった……。
まあ、アイツなら本気で造りかねんな。
……ポセイドンワール)
グラスを転がし、プロメテウスは溜息をついて微笑した。
そして、ある事に気付いた。
(……あの野郎。
今日の勘定は俺持ちかよ……!)




