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第46話 「 “バケモノ”」

※鬱回注意!

「――やあ、コレー――」


 “闇”は少女に語り掛けた。

 その悍ましい見た目とは裏腹に、その声音は穏やかだった。

 少なくとも、少女にはそう聞こえただろう。


「それが、本当の“あなた”?」


 少女もまた優し気に問うた。

 常人ならば、一目にしただけで怯え震える程に恐ろしい存在に。


「――君は、“俺”が怖くないのかい?――」

「ええ、ちっとも」

「――そうか……――」


 “闇”は少し、間を置いた。

 あまりに恐ろしくて、その表情を確かめる事さえ出来ない。


「――君、命を吸い取るのを止められないかな?――」

「……無理よ。

 息を吸う事と同じだもの……」

「――じゃあ、仕方ない――」


 “暗闇”から凄まじい圧が放たれる。

 遠くから成り行きを見ていたプロメテウスでさえ、思わず膝をつく程の波動。

 だが、“ハデス”の度量からすれば、それは軽く力を込めたに過ぎないだろう。


「わたしを、殺すの?」

「――君一人の為に、多くの人たちを見殺しには出来ない――

 ――ただ“俺”としては、君が力を制御できるならと思う――」

「……そう」


 コレーは悲しそうに俯いた。

 そしてキッと顔を上げ、眼前の“闇”を睨みつける。


「“あなた”となら、生きられると思ったのに――!」


 言ったと同時に、“ハデス”が“彼女”の首を手刀で切り付けた。

 いかなる金属よりも鋭く万物を切断しうる闇の刃。

 だが、切れない。


「ねえ? 切れないでしょ?

 笑っちゃうよね!? 傷つく前に再生されちゃうんだから!!」


 “ハデス”は一旦距離をとった。

 最強の生物として誕生して以来、なにかを破壊できない事などなかった。

 あの“王”でさえ、その身を切り裂いた“彼”の、初めての挫折。

 だが――。


「――そうか、どうしようかな――」


 毛ほども堪えてなかった。

 “ハデス”は手を握った。

 その瞬間、今度は“彼女”が“彼”を殴った。

 真横に吹き飛ぶ“ハデス”。

 空中で体勢を立て直し、尚も襲い掛かる“彼女”の攻撃をいなす。


「ねえ!! どうしたの!?

 もっとできる(・・・)でしょ!?

 ちゃんと殺してよ!!?」


 “ハデス”とは対照的に、徐々に高揚していく“コレー”。

 鈴の様な声は鐘の様に響き渡り、遠くにまで影響を及ぼした。


(ク……!!

 なんて声だ!?

 これだけ離れて脳天が震えやがる!!

 “ハデス”の“畏れ”も!

 “コレー”の“魅力”も届かんギリギリの位置にいるというのに!!)


 プロメテウスは伏して見守るのが精一杯だった。

 近づく事さえ、命取りとなる。


(……コレー。

 その真の力は、あらゆる生命を自分のものとして吸い取る“力”……。

 いつ“力”が発現したかは不明だが、おそらくここ数年だろう……。

 それは至高の再生能力を持つ筈のデメテルさえも枯渇させ、

 無差別に、そして無尽蔵に万物からエネルギーを奪い取る……。

 そしておそらく世界そのものさえも……!

 厄介な事に、本人の意思に関係なく……!

 彼女は、生命を殺し続ける……!!)


 プロメテウスはここ数日の“彼女”を思い出していた。

 実際に会ったのはあの二回だけ。

 しかし、ハデスと母デメテル。

 そして若さを奪われた人々からの言動で、その人となりを想像できた。


(……自分という存在に罪悪感を感じている。

 だからあの娘は、日ごと老いてゆく母の為に家を出た。

 だがその“魅力”が、行く先々で彼らを惹きつけた。

 そして、惹きつけられた若者たちは、彼女に強い依存心を持ち離れられなくなった。

 だから彼女は、こんな誰もいない荒野にまで逃げてきたのだろう……)


 二人の激突が続く。

 全てが必殺である筈の“ハデス”の攻撃を、無限の再生能力で受け止める“コレー”。

 一瞬肉が裂け、骨が折れる音がしても、何事も無かったかのように殺し合いを続ける。

 一体いつまで、“闇”は“彼女”を殺し続けるのか。

 プロメテウスは目を背けていた。


(……ク! 一体いつまで続くんだ!?

 この地獄は!?

 彼女は何も悪く無い!!

 その心は人を思いやれる! 心優しい普通の少女のものだ!!

 だが! このままいけば! 世界は終わる!!

 ここ数日、“彼女”の“力”が増していった……!

 その影響で、ついに“彼女”に魅せられた老人たちが蜂起した……!

 おそらく、“力”の増大に伴った結果だろう……!

 俺自身、“十二神”の加護がなければ彼らの仲間に成り果てていただろう……!

 ……今は加護と自己暗示、それから“ハデス”の“畏れ”が合わさって

 飽和状態になっているのか、俺は自分を見失わないでいる……!

 だが、気が狂ってしまいそうだ!!

 俺には! 何もできない……!!)


 それでも、プロメテウスは二人を見続けていた。

 それが自身に出来る最善の責務だと。

 デメテルから託されたせめてもの誠意であると、己に信じ込ませた。


「はは!! ははは!!! ははははははは!!!!」


 “コレー”が(わら)う。

 獣の様に、凄惨に、残酷に、自身の喉を蹂躙する様に。

 究極の美を得た肉体を、台無しにするかの如く全身をかき毟る。


「――……何を?――」

「嗚呼アアアアアアアアア!!?」


 “彼女”が自らの右腕を引き千切る。

 そして即座に再生作用が起こる。

 しかし、腕を引き千切ったが為に、右腕が二つになった。


「て! 手! テ!」


 “彼女”は狂った様に右腕を振り回し、“ハデス”に殴りつけた。


「―――――ッ!?―――」

「“ハデス”!!?」


 “ハデス”の身体から血が噴き出した。

 “闇”から噴出される、黒い霧。

 彼の記憶ではそう見えたが、実際はどうだろうか?

 それを確認する術は無いが、おそらく誰が見ても同じであろう。


(最強の肉体を切った!?

 無限の再生能力を駆使した無限の反発か!?

 そんな事が!?

 もう俺の理解できる範疇を超えている……!!)


 プロメテウスは匙を投げたが、おおよそ彼の想像通りだったと、後の記憶が示している。

 だが、そんな事がどうでもよくなるぐらい、二人の戦いに目が離せなかった。


「あは!! 初めてでしょ!?

 そんなに傷を負ったのは!?」

「――……まあね――

 ――でも、何がそんなに楽しいの?――」

「何って!? ははっ!!

 だって同じだもの!!

 “わたし”と!!」

「―――ッ!!――」


 “ハデス”が避けた。

 いかなる攻撃をも受け付けない肉体を庇った。


「“あなた”も! “バケモノ”だから!!!」


 “彼女”は感嘆の叫びを上げた。

 自分以外の同類がいる事への喜びを。

 「許された」のだと。


「――違う――」


 それを、“彼”は否定した。


「ちがう? なにが? どうして?」


 “彼女”は口角を吊り上げたまま聞いた。


「――それはいけない――

 ――“俺達”は、“人間”で在るべきだ――」

「“人間”?」

「――そう、“人間”だ――

 ――他者を顧み尊ぶ、理性ある“人間”で在るべきだ――」

「なにそれ? わかんない」


 “コレー”は癇癪を起すように“ハデス”を切り裂いた。


「わっかんないよっ!!?

 何言ってるのか!? 全然わっかんないよっ!!?

 こんな“バケモノ”が!!

 “人間”になれるわけないじゃない!!!」


 発狂する様に叫んだ。

 それは、心の底からの叫びだったのかも知れない。


「……れないんだ……」


 “彼女”が呟く。

 何かの前触れの様に。


「一緒になってくれないんだ……!」


 右腕で出来た剣を握り潰し、割れる様に――。


「“わたし”と一緒に!!

 “バケモノ”になってくれないんだっ!!!!」


 壊れた。

 “彼女”は狂った様に身体中を壊した。

 壊れた先から、無限に生えてくる身体。

 頭、胸、胴体、腕、脚。

 それは最早再生を追い越し“進化”していった。


「――可哀想に――」


 “ハデス”が呟いた。

 そして人差し指に“なにか”を生み出した。


(“ハデス”……まさか……!?)


「――せめて、一瞬で終わらせよう――」


 そしてその“なにか”を“彼女”へとぶつけた。


「アギャアア!? ガアアアアアアアア!!?

 あああああああああああああああああああああ!!!?

 アアああ嗚あああ呼あアアアアアア嗚嗚ああああ!!!

 アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあ!!!

 ああああアアアアアアアアア嗚嗚嗚嗚呼ああああ!!!」


 “彼女”が焼け焦げる。

 美しかった肉体が醜く歪み無理矢理再生してゆく。

 だが、“なにか”の影響で再生する毎に死滅する。

 一瞬で無限にも等しい死と蘇りを繰り返す。

 一面が血の海と化していた。

 たった一人の、何百人殺せば満ちるのかもわからない程の命の泉。

 何もかもが狂っていた。

 異常進化の成れの果てと化し発狂した“彼女”も、

 その業を“人間”だと主張する“彼”も――。


「――ごめんね――

 ――思ったよりも手こずった(・・・・・)――

 ――次で、最期だ――」


「ひ……!?」


 “彼女”が悲鳴を上げた。

 初めて恐怖で上げた、声無き悲鳴。

 だが、“彼女”の恐怖などお構いなしに、“彼”は“なにか”を生み出してゆく。


(待てよ……!

 待て待て……!

 見えてないのか……!?

 今怖がって……!)

「クソオオオオオオオオオオ!!!」


 プロメテウスは走り出した。

 訳などない。

 訳もわからず、狂った様に走り出した。


「――さようなら――」

「いや……! やめ……! ひ……!」


 “彼女”の声は掠れて聞き取れない。

 そして“彼”は別れを告げ、そして――。


「だめだああああああああああああああ!!!」

「―――ッ!!?――」

「うぐわあああああああああ!!!」


 すんでの所で、“なにか”は止められた。

 プロメテウスが盾となり、“彼女”を庇ったのだ。


「――君、あぶな――」

「殺しちゃ駄目だ!!」

「――?――」


 プロメテウスの必死の言葉に、“ハデス”は難色を示した。

 何を言っているのか理解できないという顔だった。


「――ごめん、よくわから――」

「この人だけは!! 殺しちゃ駄目だ!!」

「――……君、魅了され――」

「てない!!

 そうじゃないんだ!! ハデス(・・・)!!

 この女性(ヒト)はお前にとって!!

 だから……! 殺すな……!!」

「――君、目が……――」

「俺の事はどうでもいい!!

 いいか!? ハデス!!

 お前にとって彼女だけが……!

 唯一……」

 (……おまえを……にん……げん……に……)


 そこで、彼の意識は途絶えた。

 どれ程時が経ったのか、彼の記憶だけではわからない。

 だが、意識が戻った時、彼の視界は大きく変わっていた。


(……視界がぼやけてる?

 ああ、そうか。

 “ハデス”の生み出した“なにか”を直視して、目がやられたのか……。

 まあ、命があっただけでもメッケモンか……。

 あの時、俺、必死だったなあ……。

 訳がわからなかった……。

 頭の中がグチャグチャで、何をやってるのか自分でもわからなかった……。

 ……起きよう)


 プロメテウスは体を起こした。


「あ、気が付いたかい?」

「あ、ああ……」


 ハデスは人の姿に戻っていた。

 しかし――。


(小さな女の子?

 まさか――!!)

「コレー……なのか!?」

「そう、彼女だよ」


 淡々と言うハデスにプロメテウスは身震いした。

 寒気すら感じた。

 あれだけの事があったというのに、彼にとっては何でもない事の様だった。


「“力”が機能不全を起こして幼児退行してしまったみたいだね。

 でも、お陰で誰も死なずに済んだ。

 いやあ、良かった(・・・・)よ」

「……よかった、だと?

 おまえ、ほんきで、いってんのか?」


 プロメテウスは信じられない顔でハデスに問うた。


「だって、これで世界は救われ、彼女も救われた」

「テメエ!!」


 プロメテウスが掴みかかる前に、ハデスの頬が張り飛ばされた。

 引っ叩かれた頬に血がつたう。

 しかし、それはハデスの血ではなかった。


「デメテル!?」

(いつの間に!?

 ……そうか! 娘が心配で捜しに来たのか!)


 デメテルの手は砕けてしまったが、“豊穣の力”で再生してゆく。

 だが、そんな事はどうでも良かった。

 彼女は変わり果てた娘の姿に心を痛め、涙ながらに睨みつけた。


「……戻して!」

「……デメテル?」

「元に戻して!!」

「デメテル……」

「娘を元に戻して!!」

「デメテル!」

「私の娘を!! 元に戻してよ!!」

「デメテル!!」

「……娘を! 返してよ……!」


 デメテルは何度も何度もハデスを殴りつけた。

 その度に手が砕け骨がひしゃげたが、止めなかった。

 ハデスはそれをただ黙って見ていた。

 「いつか終わるだろう」と。

 「いずれ治癒で元に戻るから大丈夫だろう」とか。

 そんな事を考えているのだと、プロメテウスにはわかっていた。

 だが、彼にはどうすることもできなかった。


「残念だけど、彼女は返せない」

「―――!?」


 デメテルの顔が凍り付く。

 まるで、死の宣告を告げられた様に。


「彼女は俺と共に暮らす。

 それなら、取り敢えず危険は無い」

「きけ……ん……?」

「もしまた“力”が暴走しても、俺が傍にいれば、すぐに処分できる」

「しょ……ぶん……?」

「だから、君の下には返せない」

「ハデス!! テメエ!!

 よりにもよってデメテルの娘を危険だ!? 処分だ!?

 テメエいい加減にしろよ!!?」

「でも、事実だ」

「「―――――ッ!!」」


 デメテルとプロメテウスは絶句した。

 受け入れられなかった。

 受け入れたくなかった。

 誰よりも正しい筈の、

 最も頼れる筈の、

 最も信頼していた兄に、友に、裏切られた気分だった。

 ハデスは正しい。

 彼の理屈は何一つ間違ってはいない。

 だが、決定的に欠けていた。

 心を持つ“人間”として、致命的に間違っていた。


「呪ってやる!!!」


 デメテルは血の涙を流してハデスを睥睨した。

 今にも殺してしまうかという剣幕だったが、それも叶わない。

 世界最強のこの男に、誰ひとり、敵う筈も無い。


「それで、君の気が済むのなら、それでいい」

「待てよハデス!!

 話は終わってねえぞ!!」


 プロメテウスもまた、ハデスに食って掛かった。

 自らの体を盾に、行く手を阻む。


「君は知っていた筈だ。

 “私”はそういう人格だと」

「な……!? に……!?」


 ハデスの口調が、いつもと違った。

 忘れもしない。

 最初に出会った時の、あの冷たい、何の感情も籠っていない口調だった。


「……おい!

 何の冗談だよ!?

 なあ、ハデス……!?」

「ああ、ごめん。

 君にはこっち(・・・)の方が良かったかな?

 わかりやすいように口調を変えてみたんだけど。

 うん。

 この方が、君も安心できる(・・・・・・・)みたいだ」

「おい……おまえ……」

「さて、そろそろ帰ろうか?

 いつまでもこんな所にいても時間の無駄だろう?」


 プロメテウスは言葉を失っていた。

 頭は真っ白で何も思い浮かばない。

 ただ、今まで自分は、何が致命的な勘違いをしてきたのではと混乱していた。


「まあ、いいか。

 先に戻るよ?

 迎えはいるかい?」

「いや、いい……」

「そう? じゃあ、また後で」


 怯えるコレーを抱え、ハデスは飛んで行った。

 そしてしばらくして、ようやくプロメテウスはデメテルが倒れている事に気付いた。

 彼女を背負い、帰路につく。


(……帰ろう。

 まずはそこから……そこからだ……)

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