第44話 「美しい……!」
「待ってくれ!!」
デメテル捜索に戻る二人に、身の丈二十メートルの巨人カロンが一跨ぎで追い越してきた。
「なんだよ?」
「なんだよ? じゃねえよ!!
テメエらまさかこのオレを見捨てんじゃねえだろうな!?」
「見捨てるとは人聞きが悪い。
無事新たな職場に斡旋してやったじゃないか?」
「盗みに入った村に突き出しただけじゃねえか!!」
「いや、真っ当な処遇だろ?
俺たちのどこに落ち度があるかわからんのだが?」
「そりゃあ、まあ……。
でもよお!!
こんなしけた村でいつになったら借金返せるってんだよぉ!?
たった一度の過ちで一生タダ働きじゃあ、割に合わねえ!!
反省もしてる!
頼むよ!!
オレを更生させてくれ!!」
カロンの無茶苦茶な願い出に、プロメテウスは溜息をついた。
「……村長。
このバカの食い逃げの損害は?」
「牛12頭で……」
「残念だったな。
生憎と今持ち合わせが無い。
新しい牛が生まれるまで、精々牛飼いにでも転職するんだな」
言うとプロメテウスは、話は終わったと回れ右した。
「だ! 旦那ぁあああ!!!」
「村長これで足りる?」
「おい、ハデス!?」
プロメテウスの後ろで、ハデスが村長に金貨を渡していた。
「こ! こんなに沢山!?
こりゃ新しい牧場が造れますぜ!?」
「取っといてよ。
迷惑賃と、ご飯代としてね」
「ありがてえ……!!」
ハデスは話を付けるとしれっと戻って来た。
「じゃ、今から君は俺の部下だ。
よろしくね、カロン」
「お、おお!
だが奴隷になった訳じゃねえぞ!?
その辺勘違いしてもらっちゃ困るぜ!!」
(……こいつ。
どこまで厚かましいんだ?
ハデス、ガツンと言ってやれ!)
ふてぶてしいカロンへ応酬を期待するプロメテウス。
「勿論だよ。
お金で君を買えるなんて思っていない。
これは君への先行投資だよ。
今後の活躍に期待してるよ?」
ハデスの寛大な対応に、プロメテウスは納得いかず耳打ちする。
「おい、ハデス。
ちょいと甘すぎやしないか?」
「まあまあ。
あのまま放っておいたら、また再犯しかねないし。
小銭で皆が幸せになれるなら安いものでしょ?」
「あれが小銭……だとぅ!?」
「もしかして君、本当にお金なかったの?」
「……ああ、酒を買う分には困らん程度しか」
「君って賢い割に生活能力乏しいよねぇ」
「お、お前は俺のオフクロか何かかよ……」
内緒話する二人に大きな口が声を挟む。
「おいおい?
何二人でコソコソ話してんだ?」
「別に?
お前の雇い主はお優しいって話だ」
「はあ? 雇い主だあ?
あんなはした金で、このカロン様を買収できると思うなよ?
腐ってもティタン族一の巨体を持つ男!!
クロノス様に誓って!!
死んでもオリンポスのアホ共の指図は受けねえ!!」
ドヤ顔で宣うカロンに、プロメテウスは「やれやれ」と額を押さえた。
「ここにおわすハデス様は、そのクロノス様のご子息なんだがな?
ついでにクロノス様といえば、有難くもこの俺の友人だ。
さて、今度クロノスと談笑する予定がある訳だが――」
「し! 仕方ない!!
オリンポスの奴らに従う訳にはいかねえが!
御大将の身内となりゃあ仕方ねえ!!
で? 旦那がた。
いつ出発すんで?」
(こいつ、面倒くさいが扱いやすいな)
「あ、ああ、そうだな。
どうする? ハデス」
「そうだねぇ。
ねえ、カロン。
君、この辺については詳しかったりする?」
「おうよ!
あの山の向こうから海の先まで隅々まで!」
「どこでどれだけご馳走が歩いてるかって事かな?」
「そうそう!! …………あ」
(……こいつ)
図星を付かれ、バツが悪そうなカロン。
プロメテウスは呆れかえっていたが、ハデスは表情を崩さなかった。
「聞かなかった事にしてあげよ。
なんにせよ、正直なのは良いことだからね」
「そ、そりゃどうも……」
「じゃあ、素直な君に訊ねたいんだけど。
次のディナーは何処に決めていたんだい?」
「ええっと……。
山を二つ越えたとこにある村だ」
「ふうん。
何か理由でも?」
「じ、実はなぁ……。
あそこは何日か前から男が消えちまったらしいんだ」
「男? 女性は?」
「詳しくは知らねえ」
「成る程ね。
男手がいなくなった村なら仕事がし易いって訳だね!」
「正解!! …………あ」
またも本音が漏れたカロン。
悪い奴には違いないが、こうなるとどこか憎めない。
「どう思う? プーちゃん」
「行くしかないだろうな。
俺たちの案件と関係無いにしても、捨ててはおけんだろう」
「ありがとう、カロン。
君のお陰で方針が決まったよ~」
「お! おう!
感謝しろよな!!」
(……こいつ、ポセイドンとキャラ被ってないか?
いや、あいつよりは小物か?)
期せずして手がかりを掴んだ一行は例の村へと到着した。
着いて早々、カロンの口と腹を黙らせる為。
ここでもハデスは気前よくその財力を惜しみなく振るった。
牛5頭に山羊3頭、鳥を14羽である。
大きな新参に比べ小食の二人は、一通り聞き込みを終えており、夕方には最後の一人を残すのみだった。
「で、君の恋人は消えたと」
「ええ、そうです……」
「……成る程。
大体わかった。
どうやら年頃の若い男から失踪している様だな。
一定の共通点があるようだ」
「へぇ、どんな?」
「……ここでは、ちょっとな。
協力に感謝する」
若い女性と別れ、プロメテウスは先ほどの話を続けた。
「で? 一定の共通点とは?」
「……なんだ、その、まだ未経験者ってことさ」
「ああ、そういうこと。
でも何でさっきは言えなかったの?」
「女の前で下品だろうが……」
プロメテウスは顔を赤らめて目線を外した。
「君って悪ぶってる割には紳士だよねぇ?」
「う、うるせえよ。
とにかく、だ。
早い段階で若い衆、続いて若い順に村中の男共が行方知れずとなった。
中には女も数名いたらしいが、いずれも若い女の様だな。
そして気になるのがこの寒波だ。
どうやら一連の事件は急激に冷え込んでから起こっているらしい」
「ふい~! よく食ったぜぇ~!!」
話をまとめている二人の前にカロンがやって来た。
どうやら半日掛かりの昼食は終わったらしい。
「丁度いい。
おいデカ物。
早速腹ごなしの散歩といこうか」
「待てよ。
夕食の時間だぜ?」
「……まだ食うのか?」
「げふ!
食える時に食っとかねえとな!」
「いつでも逃げれる様に?」
「おうよ!! …………あ」
またしてもハデスの不意打ちに引っ掛かるカロン。
最早、愛嬌さえ感じてくる。
「よ、よし!
案内なら任せろい!!
地の果てまで連れてってやるぜぃ!!」
(そして俺たちを置き去りにするって寸法か……。
まあ、バレバレだがな)
不満だらけのカロンだったが、その仕事ぶりは意外にも丁寧だった。
大きな目を皿にして隈なく地平の果てまで失踪者を探しつつ、怪しい場所を先導した。
そして数日後、ついに手がかりを発見した。
「足跡が消えず残っている。
それも団体さんだ。
どうやらようやく見つけたらしい」
「よし! 手分けして探そうや!!」
「おっと、そうはいかん。
テメエ逃げる気だろ?」
「そ、んな訳ねえじゃん!?」
「じゃあ、カロンは俺とペアということで」
「なら安心だな」
「ちょ!」
カロンを無視し、プロメテウスは単独調査に乗り出した。
(さて、これでカロンの腹の音を聞かずに集中できる。
それにしても酷い土地だな。
草木は枯れ果て、一面の荒れ地。
連中はどうしてこんな所に?
何かあるというのか?)
数時間後、彼はあるものを見つけた。
(あれは……人か?)
人影らしきものに駆け寄るプロメテウス。
しかし、それを見て彼はギョッとした。
「な!? 老婆!?」
驚くのも無理は無い。
この時代。
人間は老いる事は極めて稀だった。
何らかの奇病でもない限り、老ける前に寿命を迎えるのが普通だった。
(……まだ息がある!?)
「おい! 大丈夫か!!?」
老婆は答えなかった。
どうやら意識を失っている様である。
(……初めて見る。
しかし……どこかで見た様な……。
とにかく、ハデスと合流するべきか……!)
老婆を背負い、ハデスとの合流を目指す。
(しかし軽いな……。
かなりやせ細っている……。
だが、なぜここで老婆?
話とは真逆だな)
程なくしてハデス達と合流できた。
カロンの巨体がいい目印になっていた。
「あれ? デメテルじゃん!」
老婆を見て、ハデスは何とも無しに言った。
その言葉にプロメテウスは混乱した。
「な!? ちょっと待て!?
このバアさんがデメテルだと!?」
「え? わからない?
まあ、確かにちょっと老けてるけど」
(……ちょっと、だと!?)
ハデスの発言に耳を疑うプロメテウス。
確かに言われてみれば面影がある様にも見えるが、逆に言われなければ全く判別できない。
それほど、彼女の顔は変わってしまっていた。
「けど、おかしいよね?
十二神である彼女にはゼウスの“加護”がある。
年は取らない筈なんだけど?」
「……つまり、ゼウスの“力”を上回る“なにか”があるって事なのか?
厄介なことになってきたな……。
ハデス、とにかくデメテルを例の村に運ぼう!」
「そうだね」
一行が引き返そうとしたその時。
大きな爆発音が鳴り響いた。
「噴火か!?」
それは火山の噴火だった。
離れたここからでも、熱気が伝わる様な大噴火だった。
「あれ! 人がいる!!」
ハデスが駆けだした。
デメテルをカロンに預け、プロメテウスも後を追う。
(俺の目では見えんが、ハデスが言うなら間違いない!
クソ! 煙で視界が悪い!
助けられるか!?)
灰と溶岩に阻まれ、思う様に進めない。
「ハデス!! 頼めるか!?」
「OK!!」
倒れていた人々をハデスに任せ、距離を置くプロメテウス。
その直後、何かが近づいてくる気配を感じた。
「ハデス!! 何かいる!!
う! っく!?」
突如、プロメテウスの思考が埋め尽くされた。
“王の威光”にも打ち克つ彼の理性が剥がされている。
それは、強烈な劣情だった。
(ああ! くそ! なんなんだ!?
クリュ! クリュに会いたい!!)
意識が混濁するプロメテウスだが、ある切欠で正気に戻った。
それは、女の悲鳴だった。
(ハッ!? 俺はいったい……!?)
「ハデス!! 無事か!?」
友の無事を確認するプロメテウス。
その視界の先で、友の声に片手で応えるハデス。
ホッとするのも束の間、プロメテウスはその先の存在に目を奪われていた。
「……美しい……!」
「駄目だ!」
ハデスに腕を掴まれ、我に返るプロメテウス。
いつの間にか、吸い寄せられていた様だった。
「お、俺は……!?」
プロメテウスの問いに応えず。
彼の腕を掴んだまま、ハデスは目の前の存在に問うた。
「君、名前は?」
「コレー」
そう名乗ったのは、目も眩む程の、絶世の美女だった。




