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第42話 「十二神」

 戦いは終わった。

 “王”は自らその地位を捨て、次代の覇者にその権威を譲る事とした。


「―ゼウス―

 ―予クロノスは其方を新たなる“王”として奉じよう―」

「―違う。違うぞ、クロノスよ――

 ――我は“王”には成らぬ!――

 ――最早人類は何者の支配も受けぬ!!――

 ――ヒトは!! 自由だ!!――」


 ゼウスは威光を以って宣言した。

 その言葉に、人々は拍手喝さいを上げた。

 しかし、それはオリンポスの市民だけだった。


「自由? ならば我らは今後どのように生きれば良いのだ?」

「“王”無くして誰が民を導くのか!?」

「無責任にも程がある!!」

「我らからクロノス様を奪わないでおくれ!!」


 ティタンの人々はゼウスを責め立てた。

 自由など要らない。

 “王”に仕えたいと。

 そんな彼らをゼウスは心底見下げ果てた様な目で睨みつけた。

 “王”にたかる蛆虫とでも言いたげだった。


「――皆の者、落ち着け――」

「「「「「「「「「「は!」」」」」」」」」」


 クロノス様の一言で、ティタン族は一斉に静まった。


「――ここはこのクロノスの顔を立て、ゼウスに従っては貰えぬか?――」

「「「「「「「「「「あ、貴方様が仰るのなら……!」」」」」」」」」」


 かつての主に言われ、ティタン族は渋々ながらもゼウスの宣言を受け入れた。

 ゼウスの何とも言えない表情が、その心中を如実に語っていた。

 ゼウスはクロノス様以下主だったティタンの要人を拘束した。

 その中には将軍となったコイオスもいた。


「……あんたも戦ってたんだな?」


 因縁の相手にプロメテウスは声を掛けた。


「……なんだ、貴様か……」


 コイオスは不機嫌そうに含み笑いをした。


「満足か? 予言者よ」

「……予言者?」

「貴様、我が方では有名だったぞ?

 英雄アトラスを捕えたその手腕は正に全てを予見する予言者であるとなぁ。

 まあ、皮肉であるが……」

「……そりゃどうも」

「……フン!

 全ては貴様からだ……!

 貴様に“御子”の始末を任せたのが、過ちであったわ……!」

「過ちかどうかは人々が決めることだ」

「……ほざいたな?

 その言葉、せいぜい忘れん事だ……」


 連行されるコイオスに、プロメテウスが選別にと捨て台詞を吐いた。


「ただ最後の策は正直堪えたぞ?

 “王”の“言霊”でスパイを送り込むとは恐れ入った。

 大した忠臣ぶりだったよ、お前は」

「……スパイ?

 身に覚えの無い難癖を付けられる謂れは無いぞ?」


 コイオスは忌々しそうに連れられて行った。


(……スパイはコイオスの指示じゃなかったのか?

 だとすれば……。

 ……まさか!?)


 プロメテウスは走り出した。

 思い至った事を、本人に会って確かめたかった。


(スパイが来た直後に兵を率いた大将。

 アトラスを餌に俺たちを仮初の勝利で酔わせ、交渉を長引かた。

 結果オリンポスを壊滅させ、俺たちは直接“王”と戦う羽目になった。

 更には身を挺して“王”を、ひいてはティタンを守り抜いた。

 ……誰にも悟られる事も無く。

 そしてそいつ(・・・)は、一度も“言霊”に屈していない……!)

「イアペトス!!」


 プロメテウスは父の名を叫んだ。

 その声に気付いたのか、イアペトスは繋がれたまま振り返った。


「ははは……、肩の荷が下りたよ……」


 それは初めて見る、父の安らかな顔だった。

 他のティタン族が傷心の中、いつも怯えていた彼だけが穏やかだった。


「父上!!」


 それ以上言葉も無く、プロメテウスは遠目で父を見送った。


 急ごしらえの宿舎で、ゼウスは同胞を集めた。

 今後の方針を決めなければならなかった。


「さて、勝つには勝ったが……」


 ゼウスの声は重々しかった。

 何から言うべきかと、プロメテウスをチラ見した。

 こういう所は相変わらずだった。

 プロメテウスは「やれやれ」と一笑し、助け船を出した。


「“王”が出て来た時点で、これが最善の結末だったという他無い。

 衆目で“王”を殺していたら暴動が起きかねんかったからな。

 だからこその、暗殺だったが……」

「今更言っても始まるまい。

 さて、新世界に“王”は必要無いと言ったはいいが、

 民は新たな“王”を所望している様だ」


 ゼウスの溜息に、プロメテウスは一考した。


「ならいっそ、王さまになってみるか?」

「おいおい!?」

「形だけだ。

 頭の固いティタンの連中には、その方が通じるかもしれん。

 (しるべ)を失った民衆には、わかりやすい目印が必要だろう?」

「形だけ、か……」

「王という呼び方が気に食わんなら、今まで通り盟主を名乗れば良い。

 ある程度ならクロノスに協力して貰うって手もある」

「……そうだな」


 おおよそプロメテウスの提案通り、ゼウスは民衆の前で今後について語った。


「今後ティタンはオリンポスの方針に従って貰う!

 だが、心配しないで欲しい!

 ティタンの都も文化も今まで通りだ!

 我々は決して! ティタンを蔑視しないと誓う!」


 ゼウスの宣言にティタン族はざわついていた。

 その殆どは不平不満だった。


「――皆、ゼウスを信ずるのだ――」

「「「「「「「「「「は!」」」」」」」」」」


 クロノス様の一言で、全て事は進んでいった。


「ク! これでは以前と何も変わらんではないか!!

 いったい我らは何の為に“王”を廃したのか!?」

「落ち着けよ、ゼウス」

「元はと言えば君のせいだ!

 君の言う通りにしたが為に! この始末だ!!

 この責任をどうとってくれる!?」

「俺が悪いってのか?」


 ゼウスとプロメテウスは睨み合った。


「やめなよ」


 ハデスが割って入った。

 双方、納得できる筈も無いまま踵を返す。


「……ゼウス。

 お前、変わったな……」

「…………」


 ゼウスは無言のまま、立ち去った。


 この頃、ゼウスは荒れていた。

 表上は従うフリをするティタン族だったが、その実クロノス様に従っているだけだった。

 それでも懸命に旧体制からの脱却を促すゼウスだったが、民衆は聞き入れなかった。

 王にならなかった事を度量不足だ、器が小さいなどと、非難され続けた。

 そして延いては、オリンポスの市民に対しても様々な風評が飛び交う様になっていた。

 中でも彼を怒らせたのが、ヘパイストスの噂である。

 「あの様に醜い息子が生まれたせいで不能となった」というものである。

 これにゼウスは激怒した。


「許せん!!

 私の事ならまだしも!

 我が子や同胞までも貶めるなど!!」

「……あなた」


 怒り心頭のゼウスをヘラが必死に宥める。

 しかし、ゼウスは妻の手を振り払った。


「下手に出ておれば付けあがりおって……!

 所詮ティタンなど! 道理を知らぬ愚民に過ぎぬ!!

 ……決めたぞ!

 ―――すぐに民衆を残らず招集せよ!!―――」


 ゼウスの号令で全ての民衆が集められた。

 主だったティタンの要人が前に並ばされていた。

 だが、そこにクロノス様はいなかった。


「――汝らは“王”に従いたい様だ!――

 ――ならば従わせてくれる!!――

 ――今日この日を以って、我ゼウスが“王”として君臨しよう――」


 ゼウスは威光を纏い、言霊を以って宣言した。

 本能に縛られ、民衆が頭を垂れる。


「俺は認めぬ!!」

「――……アトラス!――」


 ただ一人、アトラスだけは異を唱えた。

 畏れる事無く、ゼウスに詰め寄る。


「ゼウスよ!

 お前は“王”に成らぬと言った!

 人々は自由であるべきだと!!

 それを違えるのか!?」

「――それはお前たちティタンがあまりに愚かしいからだ――」

「無礼な!!」


 アトラスにつられ、次々にゼウスにヤジが飛んだ。


「―――下がれ!!!―――」

「ぬ……!?」


 ゼウスは巨大な闘神の姿と成り、民衆を威圧した。

 天より十四の使徒を呼び寄せ、十人の腹心に“力”を授けた。


「――慈悲によって汝らを導くつもりであったが、最早これまで――」

 ――今より我らは、神威を以って汝らを裁く!――

 ――見るが良い!――

 ――これが汝らが従うべき“十二神”である!!――」

「……十二神、だと……!?」


 アトラスの眼前には見知った者たちが、光を纏って現れた。

 ゼウス。

 アテナ。

 ヘラ。

 ポセイドン。

 ハデス。

 ヘパイストス。

 アフロディテ。

 デメテル。

 ヘスティア。

 テミス。

 ケイロン。

 そしてプロメテウス。


「――以後ティタンは、この“十二神”に従うのだ!――

 ――これは決定事項である――」

「な! なんと横暴な!!」

「――早速歯向かうか?――」


 ゼウスが手をかざすとアトラスの身体が宙に浮いた。


「――今なら聞かなかった事にしてやろう――

 ――我に従え!!――」

「……断る!!」


 アトラスはゼウスを睨みつけた。

 だが、ゼウスは怯まず笑みを浮かべた。


「――これは困った――

 ――汝が聞き分けないのでな――

 ――ひとりの為に皆が責めを負わねばならぬ――」

「や! 止めろ!! 皆は関係無い!!

 やるなら俺をやれ!!」

「――そうはいかぬ――

 ――それでは“王”としての示しが付かぬからな――

 ――許しが欲しくば、そうだな……――

 ――汝の娘を差し出せ!――」

「な……!?」

「――出来ぬと申すか?――」


 ゼウスは神槍を生み出した。

 従わねば、これを放つと。


「……好きにしろ……」

「――は! 底が知れたな! アトラス!!――」


 ゼウスはアトラスを放り投げ、民衆を見下した。


「――我に唾した罰としてコイオスの一族からも娘を貰う――」

「な! 何故私が……!?」

「――汝が我が子を侮辱しておったのはわかっておる!――

 ――己の罪を悔いるが良い!!――」

「ああ……ああああ…………!」


 ゼウスはそう吐き捨てると、使徒たちと共に光に消えた。

 再建途中の講堂で、プロメテウスがゼウスに突っかかった。


「ゼウス!! お前!! やり過ぎだ!!!」


 ゼウスは襟ぐりを掴まれながら、冷ややかにプロメテウスを睥睨した。


「やり過ぎ?

 獣を躾るに鞭が要らぬとでも?」

「あれのどこが躾だ!?」

「だが、お前とて、“十二神”と成る事を承服した筈だ」

「それは権力が一人に集中しない為の措置だと聞いたからだ!

 だが実際は! お前の独裁じゃないか!!」

「それを欲したは彼らの方だ。

 有無も言わさぬ“王”が、彼らには必要なのだ――」

「……そして今度は、お前が“獣の王”か?」


 プロメテウスはガッカリだと言わんばかりに睨みつけた。

 まだ彼に、良心の呵責があると信じて。


「人々を導くなら、それも仕方ない――」

「ゼウスっ!!!」


 彼の叫びも虚しく、ゼウスは新世界の“王”と成った。

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