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ハデス ~最後のティタノマキア~  作者: 底なしコップ
第四部 ティタノマキア
42/64

第41話 「“王の力”」

「――“ハーデース”!?――」


 クロノスは初めて我が子の名を呼んだ。

 その背から、眩く煌めく神血(イコール)を流して。

 自らを刺した曲者の名を。


「――これが……! 痛み!!――

 ―――おおおおおお!!!――――」


 “王”の悲痛な叫びが、王都全土に響き渡った。


「アアアアアアアアアアアア!!?」

「プーちゃん!?」


 “王”の悲鳴に、プロメテウスは半狂乱でハデスに掴みかかった。

 既に人の姿に戻っていたハデス。

 その首に、思い切り力を込める。


「ゴメン!」

「うぐ!!?」


 そして、プロメテウスの意識は途絶えた。


「はっ!? ここは!!?」


 プロメテウスが目覚めると、景色が一変していた。


「気が付いた?」

「あ……ああ……?」


 ハデスが覗き込んできた。

 何が何だかわからない。


「……クロノスは?」

「心臓を貫いた筈だったけど、すぐに再生していたよ。

 首を刎ねないとダメみたいだね」

「……つまり、俺たちはしくじったって事か……」


 嘆くべきか、安堵すべきか、プロメテウスの心中は複雑だった。


「ハデス、俺はどうしたんだ?」

「怒って俺の首を絞めたんだよ」

「お、俺がか……!?」

「親父を傷つけた俺が許せなかったんじゃない?

 本能的に――」

「そ、そういう事か……」

「そしてそれは、君だけじゃない」


 言うとハデスは立ち上がって指差した。

 そこは、戦場だった。


「オリンポス!?

 戻って来たのか!?」

「ああ。

 いつか俺たちを“原初の巨人”の下に招いた魔女。

 ヘカテーの力でね」

(……何故、そこで魔女?)

「クロノスの指示か!」

「ご明察。

 どうやら彼女も“巨人”の使いである以前に、

 ティタン族でもあるらしい。

 親父とは古い付き合いだった様に見えたよ」

「成る程な……。

 で、怒ったのが俺だけじゃないって事は、

 ティタン族は既に?」

「“王”を脅かされて怒っている。

 城に残っていた衛兵も、残らず“王”の後に続いたよ」

(……全面戦争、か)


 ハデスの話に焦ったが、状況だけは速やかに理解できた。

 彼の肝っ玉もかなり鍛えられた様である。


親父(クロノス)からの伝言だよ。

 予は“王”として戦う。

 それで人類が屈するなら全てを許し。

 抗うなら“王の力”を振るおう、と」

「……どうして、今になって……?」

「予は、痛みというものを知らなかった。

 これ程の苦しみを背負い戦う“民”に報い、

 その痛みを分かち合いたい。

 だってさ」

「……クロノス!!」


 ハデスは事も無げに言った。

 ただの伝言であると。

 しかし、プロメテウスは感じ入っていた。


「……そうか」

(……クロノス。

 お前は、自分も人として戦いたくなったんだよな?

 だから敵である俺たちをここに……!)

「ハデス、頼みがある……!」

「俺に出来る事なら」


 プロメテウスはハデスにある事を託し、戦地へと赴いた。

 そこには今尚必死に戦うオリンポス勢の姿があった。

 一目見て、彼は戦況を把握した。

 数で圧倒的に劣るオリンポスだが、それぞれが力を出し合ってこの苦境を凌いでいた。

 アテナがアトラスを惹きつけ、ポセイドンが虚実入り乱れた攻防で敵を攪乱する。

 デメテルが味方全員を常に回復し続け、それをヘスティアがフォローする。

 ヘパイストスが武器を即興で作り続け、アフロディテたちがそれで応戦する。

 そして彼らの能力をゼウスの“力”で極限にまで引き上げている。


(驚くべき事に戦いは拮抗している……!

 だが、クロノスの姿はまだ無い……!

 もしもここに“王”が加われば、オリンポスは瓦解する……!)


 プロメテウスの予想通り、“王”が悠然とその姿を現した。

 堂々たるその威風に、味方はおろか敵でさえも足を止める。

 “王”は兵たちを見下ろすと、遠くまで及ぶように宣言した。


「―――降伏せよ!!!―――」


 “王”の命に、敵も味方も従った。

 いや、従わない者たちもいた。

 “王”の血を受け継ぐゼウス兄弟。

 そして、理性で踏み止まる“友”プロメテウス。

 しかし、その他のオリンポス勢は、初めて見る“王”の虜となっていた。

 このままでは、戦いにならない。

 いくら数人が抗った所で、これではオリンポスに大儀は無い。

 ゼウスたちが諦めかけた、その時――。


「―――立ち向かえ!!―――」


 丘の上から恐ろしい暗闇が叫んだ。

 邪悪なる声に、全員が震え上がった。

 その言葉は味方にとって励ましの意味が込められている筈だった。

 しかし、誰もが恐れ震え上がった。

 「立ち向かわなければ、殺される」と。

 恐怖は威光さえも吹き飛ばし、ヒトを支配した。

 そして敵も味方も、死の脅迫に突き動かされた。


(……“ハデス”の畏れ……!

 俺でさえ、震えが止まらない……!

 だが、これで“王の威光”は中和された!

 ……これなら! 俺たちは“王”とだって戦える!!)


 プロメテウスは“王”の下まで走り出した。


「―なんという事を!―」


 “王”はこれをプロメテウスの策である事を瞬時に見抜いた。

 そして彼を一瞥し、次に“ハデス”を覗き見た。

 その表情はティタンを案ずると同時に、敵を責めている様に見えた。

 そんな“王”にプロメテウスは、悪態をついて挑発した。


「クロノス!!

 これが愚かな人間の戦い方だ!!

 お前の様に! お上品にとはいかないぜ!!

 なあ! そうだろ!? ダチ公!!」



 プロメテウスの啖呵に、“王”は呆気にとられていた。

 そして彼の呼びかけた方に目を向ける。


「おうよ!! ダチ公!!」


 現れたのはポセイドン。

 無敵の矛を振り回し、“王”を見るや否や嬉しそうに笑い出した。


「ハーッハッハッハッハッ!!!

 テメーがオレ様のとーちゃんだって!?

 カッチョイーおーさまじゃねえか!!」

「―ぬ!? 其方は?―」

「このポセイドン様を知らねーったァふてえヤローだ!!

 よく見てやがれ!! とーちゃん!!

 これがっ!! オレ様のっ!!

 フルパウワーだぜええええええええ!!!」

「―おおおお!!―」


 身の丈八メートルの“王”をも遥かに超え巨大化したポセイドン。

 その巨大さに、“王”は感嘆の声を上げた。


「―面白い!―

 ―ならば、我が“力”を見るが良い―

 ―カローン!―」


 “王”に名を呼ばれ、感激するひとりの兵士。

 彼は“王”が名を覚えてくれた事に感動してる様だった。


「―“凌駕せよ”―」

「おおおおおおおおおお!!?」


 “王”の“命”でカロンは見る見る内に大きくなっていった。

 そして遂にはポセイドンをも上回る巨人へと進化を果たした。

 その光景を目の当たりにし、全員が恐れ慄いた。


(こ、これが……“王の力”……!?

 命令一つで、ヒトを一瞬で進化させたというのか……!?)

「おっほー! これで殴りやすくなってィ!!」


 巨大化した者同士の殴り合いに発展した。

 プロメテウスはすぐさま退避した。


(ここはポセイドンに任せよう!

 俺は――)

「先生! 危ない!!」

「うお!?」


 行く手に矢の雨が降って来た。

 それを突然出現した木々が防いでくれた。

 考えるまでも無い。

 デメテルの援護である。


「助かった! デメテル!!」

「えっへん! わたしだってやるんだから!」

「よし! 俺の言う通りに木を生やしてくれ!」

「オッケー!!」


 デメテルが一面に大樹の防波堤を生み出し、敵の侵攻を阻む。

 これで敵の矢は怖くない。


「おのれ!! 賢しき真似を!!」


 そう癇癪するのはピュペリオンである。

 槍ほどの巨大な矢を放つが、そのどれもが役に立っていなかった。

 それを見かねてか、“王”が腹心に“命令”する。


「―“焼き尽くせ!”―」

「おお!? おおおおおおおおおっ!!?」


 “王”の言葉でピュペリオンは炎の化身となって、木々の壁を焼き尽くした。


「ちょ! そんなのありぃ!!?

 先生ぇ!!

 何か作戦とか無いの!?」

「無い!! とにかく走れ!!」

「もー! 先生のあほー!!」


 プロメテウスはとにかく逃げた。

 もう既に万策尽きていた。

 途中、はぐれ馬を拾い、デメテルを後ろに後退した。

 するとアトラスと戦うアテナを発見した。


「アテナ!! ゼウスを呼べ!!

 最早“王”を討つ以外に勝てん!!」

「―――!」


 アテナはプロメテウスの呼びかけに応え、空高く舞い上がった。


「――――――――――――!!!!」


 叡智(アテナ)の鬨の声。

 その呼びかけに雲が裂け、天空より十三の天使が舞い降りた。

 そしてその中心から、神々しい武具を纏った闘神が降臨した。


「――我こそはゼウス!!――

 ――新世界を導く者成り!!――

 ――古き“王”よ!!――

 ――勇有らば!――

 ――我と世界を懸け!!――

 ――雌雄を決しようぞ!!――」


 “王”はゼウスの申し出に頷いた。

 皆、足を止め、息を呑む。

 先ほどまでの乱戦が嘘の様に、敵も味方も静かに見守っている。

 この世界の行く末を。


「――“クロノス”である――」

「――我が名はゼウス――

 ――新世界の創造主成り――」


 それだけいうと、ゼウスは躊躇なく神槍を投げた。

 あの、大地をも穿った破壊の神器である。


「――フ!――」


 それを“王”は片手で難無く掴み、投げ返した。

 神槍を返され、ゼウスは「フン」と握り槍を消した。


「――新世界の創造主とは、鍛冶屋でも始めるのか?――」


 “王”の挑発に、全員が耳を疑った。

 史上初、あの聡明な“王”がこの様な戯言を言った事はなかった。

 その言葉に、ゼウスの表情は更に険しくなった。


「――良かろう! ならば見るが良い!!――

 ――これが! 人類の! 叡智だ!!――」


 ゼウスは雷光を纏って“王”に特攻した。

 その全てをかわす“王”。

 そのやり取りは次第に加速し、遂に音速をも超えていた。


(く! あいつら……!

 これじゃどっちが勝ってるのかもわからん!!)


 不気味な衝突音の響く中、遂に両者の姿が見えた。


「な!? ゼウス!!!」


 倒れたのはゼウスだった。

 胸に大穴が開き、大地に激突した。


「――我が血は拒絶される――」


 一方クロノスの手は血に塗れていた。

 森羅万象あらゆるもの全てを拒絶し消し去る神血(イコール)

 その特性を利用し、無限にも等しいゼウスの防御を打ち破ったのだ。


「――終わりだ、息子たち――

 ――黄金時代は終わらぬ!――

 ――永久(とこしえ)に!!――」


 “王”の宣言に、全ての人類が傾聴した。

 そう、全て終わったのだ。

 これまで通り、“王”がそう号するのなら、もう終わったのである。

 今までならば――。


「――な! に!――」


 “王”が倒れた。

 その口から、輝く神血(イコール)を大量に吐きながら。

 そしてその上から、巨大な戦神が神刀ケラノウスを突き付ける。


「――馬鹿な!? 其方は死んだ筈!!――」

「――我は滅びぬ!!――

 ――ヒトが自由と成るその時までな!!――」


 誰もが驚愕した。

 ついさっき死んだと思われたゼウスが、今度は“王”を手にかけようとしているのだ。

 プロメテウスでさえ、事態が呑み込めていない。


「――滅びよ!!――

 ――悪しき“獣の王”よ!!――」


 ゼウスが神刀を振り下ろそうとした時――。


「ままま! 待って下さいっ!!!」

「――なっ!!?――」


 誰もが目を疑った。

 “王”の顔を跨ぎ、すんでの所でゼウスの神刀を止めた人物がいた。


「い!? イアペトス!!?」


 あまりに予想外の事に、ゼウスさえも躊躇ったのだろう。

 あの“王”ですら、信じられないものを見る目をしていた。


「――どけ!!!――」


 ゼウスは霹靂を飛ばして怒鳴った。

 しかし――。


「どどど! どきましぇん!!

 へへへ! 陛下を殺すなら!!

 わわわ! 私を!!

 こここ! ころしてくだひゃい!!」

「――なん……だと……!?――」


 ゼウスは驚愕した。

 あの怖がりで小心者のイアペトスの言葉に、頭が混乱していた。

 イアペトスの顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだったが、その目は死を受け入れる者の眼だった。


「へへへ……! 陛下がいない世界で……!

 いいい……! 生きていく自信が無い……!」

「――ば……か……な……――」


 正にゼウスの言う通り、馬鹿な妄言だった。

 しかし、それは全ティタン族の代弁に他ならなかった。

 周囲のティタン族が口々に「そうだそうだ!」と騒ぎ始めた。


「やるんなら俺を殺せ!」

「陛下の前に俺を殺せ!」

「私を殺してからにしろ!」


 際限なく、ティタン勢はゼウスに訴え続けた。

 皆、喉に得物を突き立て、決死の覚悟で立ち塞がった。

 ゼウスは神刀を握ったまま、何も出来ないでいた。


(クッ! これでは手が出せない!

 ここでティタン族が“王”と心中すれば、新世界どころじゃない!

 人類そのものが滅ぶ事になる!

 どうすればいい!?

 どうすればいい!?

 どうすれば――!?)


「――降伏する――」


 “王”は、静かにそう宣告した。


「――予は、誰も死なせとう無い……――

 ――ならばこれよりはゼウスに従おう――

 ――戦いは、終わったのだ――」

「お……おおお……おおおおおおおおおおおおお……!!!!」


 “王”の言葉に、全てのティタン族が無力化した。

 そして“王”は、“王”では無くなった。

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