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ハデス ~最後のティタノマキア~  作者: 底なしコップ
第四部 ティタノマキア
41/64

第40話 「―“ハデス”です―」

「行くぞ!! みんな!!!」

「「「「「「「「「「おう――!!!」」」」」」」」」」


 先端の火蓋は切って落とされた。

 猛将アトラス、豪将クレイオスに加え、大将軍ピュペリオンも認める精兵を取り戻し、勢いづくティタンの大軍勢。

 弱腰の総大将イアペトスが後退を渋った為、オリンポスの目と鼻の先で最後の総攻撃の準備をしていた。

 対するオリンポスは切り札の空中要塞を大破され、更にはゼウスの“全知の力”をも封じられた。

 状況は最悪である。

 しかし、だからこそ今しか無い。

 軍師プロメテウスは、この窮地こそ戦況をひっくり返す最大の好機と見た。

 なんと彼は、無謀にも数少ない手勢での総力戦を決行する事にしたのである。

 先の損害により、動けるのは僅か百人あまり。

 対する敵は一千を超え、とても勝ち目は無かった。

 それでも彼は、勝つ為の策を用意した。


「命を捨てたか!? オリンポス!!!」


 アトラスが雄叫びを上げる。

 敵の決死の奇襲に怯む様な男ではない。

 むしろ見下げ果てたと、せめて我が手で葬らんと迎え撃つ。


「――――――!」

「ぬをっ!!? お主!!」


 その行く手を、アテナが阻んだ。

 (ゼウス)を守護すべき彼女(えいち)が、最前線にてその槍を振るう。

 敵の覚悟に、勇者アトラスは敬意を表した。


「フヌワッハッハッハッ!!!

 うぬらの覚悟!! このアトラス、しかと見た!!

 ここで雌雄を決しようぞ!! アテナ――!!!」

「―――――――ッ!!」


 怒涛の乱戦の中、両雄の覇気が聖域を生み出した。

 何人も立ち入れぬ武技の結界。

 例え狂喜乱舞する(つわもの)であろうとも、少しでも触れようものならその圧に充てられ気絶するだろう。


(まずはアテナがアトラスを抑える。クリア!)


 馬を走らせ、遠目よりプロメテウスは確認した。


「ティタンに勝利を齎すはアトラスのみに非ず!!」


 耳が痺れる程の大声で威嚇するのは、圧倒的統率力を誇るクレイオス。

 アトラス配下の強者たちを、自分の手足の如く率いている。


「をりゃあああああああああ!!!」

「や! や! や! 貴様は!!」

「ポセイドン様だぜィ!!!

 テメーらにゃあ! オレ様の新技を拝ませちゃるぜィよ!!!」


 巨大化したポセイドンは大地に矛を突き刺すと、矛を際限なく巨大化させ続けた。

 その勢いで大地が割れ、揺さぶられ、ついに岩盤をも貫き、地下水脈を掘り起こした。


「み! 水ぅうううう!!?」

「へへへ!! それだけじゃあないぜい!!」


 ポセイドンが矛のサイズを戻すと、ブンブンと振り回した。

 すると湧き出た水が巨大な津波となって竜騎隊を飲み込んだ。


「よっしゃあああ!!!

 次はマグマ掘り起こすぜええええ!!!」

「ま! 待てい!!!」

「やーだお!!」


 何とかポセイドンに食らいつくクレイオス達だったが、小さくなったポセイドンを見失っていた。


(ポセイドンによる攪乱作戦。クリア!

 あのバカ、幻術で波を馬に見せるとか、余裕かよ!)


 プロメテウスは敵陣を駆け抜けた。

 誰にも気づかれる事無く。

 勿論、これにはからくりがあった。


(隠れ兜のレプリカ。

 “神の知恵”を元にゼウスが製法を得てヘパイストスが造った親子二代による渾身の合作。

 これを三つ用意し、一つは俺、二つめは馬用、三つめはハデス用に。

 これで俺たちは敵に気付かれず王都を目指す!)


 ティタン陣営を遠くから素通りするプロメテウス。

 遠目で見ても、合戦の壮絶さが伝わってくる。


(……できるだけ時間を稼いでくれ!

 俺たちも、出来る限り早く終わらせる……!

 “王”の……クロノスの暗殺を――!!)


 プロメテウスは神馬アレイオンを全速力で走らせた。

 その甲斐あって通常早馬で五日の距離を僅か半日で辿り着いた。

 王都が見えた。

 かつて捨てた、彼にとっての懐かしい故郷。

 オトリュスの城が見えた頃、彼の姿が露となった。


「あ! いた!」


 ハデスも姿を現し、呼びかけてきた。


「……隠れ兜の効力が切れたか。

 どうやらここからは、ゼウスの“力”は及ばんらしい」


 ゼウスが事前に言っていた。

 この隠れ兜はあくまでレプリカで、絶えずゼウスが“力”を供給しないと効力を発揮しないと。

 よって、ゼウスの“力”が届く範囲でないと使えない。


「それにしても、流石だなハデス。

 生身で神馬とタメを張る速度で走れるんだな……」

「あはは、できちゃいました!」

「知らんかったんかい!」

(まあ、だろうと思ったが……)


 プロメテウスは呆れつつ、気を引き締め直した。


「さて、こっからが本番だ。

 皆が軍を相手してくれている間に終わらせよう!

 今なら城の中はがら空きだろう!

 慌てず急げ、だ!」


 ハデスは頷いてプロメテウスに続いた。

 既に二人とも、ティタン兵の格好に身をやつしている。

 プロメテウスの案内で、時に隠れ、時に堂々とオトリュス城を目指した。

 彼の読み通り、城には殆ど兵が残っていなかった。

 何度か呼び止められたが、その度に気絶させ他の兵に任せ、見張りを減らしていった。

 そしてついに、玉座の間寸前にまで辿り着いた。


(やはり門番はピュペリオンか……。

 ……あの嬉しそうな顔!

 アトラスがいないから、元の職務にご満悦か?

 どんだけクロノスが好きなんだよ!?)


 プロメテウスはハデスに手招きした。

 ハデスは無言で「いいの?」と合図し、「頼む」とプロメテウスが返した。


「ピュペリオン閣下に伝令です!」

「うむ! 何であるか!?」


 伝令を装うハデスにピュペリオンが身を乗り出した。

 身長差である。


「―バア!!―」

「ギョ………………!」


 そのままピュペリオンは気絶して倒れた。

 “ハデス”の真の姿を見た結果である。


「……効果てき面だな。

 ハデス、後は任せる」

「ああ、君もね」

「おう!」


 ハデスがピュペリオンを運ぶのを見届け、プロメテウスは深呼吸した。

 そして、懐の小刀に手を添えた。

 神刀ケラウノス。

 ゼウスが“力”によって生み出した“王”を貫ける神器。

 その威力はハデスの肉体を傷つけた事で実証済みだが、一度切り付けると刃こぼれして使い物にならない。


(……チャンスは一度きり!

 その一度に、俺たちの命運を懸ける……!

 おそらく、“王”を倒せば“ティタン”は終わる。

 黄金種たちは“王”に依存し過ぎてきた。

 その代償に、“王”を失えば、戦意喪失するだろう……!)


 プロメテウスは胸を強く叩き、己を鼓舞した。


(さあ、行くぞ? プロメテウス!

 俺はまだ獣のままか?

 それとも自由な人間と成れたのか?

 その答えを今! 確かめる!!)


 プロメテウスは扉を開けた。

 重い重い扉。

 しかしその先は、更に重い空気が立ち込めていた。

 進む度にその重圧に身が軋む思いだった。

 “王”を殺す。

 その大罪を、彼の中に残る“ティタンの血”が畏れていた。


「―友よ―」

「……クロノス」


 “王”は座したまま口を開いた。

 その声を、プロメテウスは懐かしんだ。

 感嘆した、感激した、感謝した。

 その声音が聴ける事に、至福の喜びを嚙みしめて。

 だが、振り払った。

 彼はこの至福を、消し去る為にここまで来た。


「―予を、殺すか―」

「…………!」


 “王”の言葉が彼の胸を突き刺す。

 その罪深さに、思考が蹂躙されてゆく。

 しかし彼は踏み止まった。


(屈するな! 流されるな!

 何の為に! ここまで来た!?)


 “王”は全てを見透かしていた。

 彼がここに来た理由も、その志も。

 その上で、彼に問うた。


「―何故、ティタンを脅かす?―

 ―予を殺せば、ヒトは自由に成れると信ずるか?―

 ―だとすれば、あまりに浅慮であるぞ?―

 ―お前は申したな―

 ―獣のままは御免であると―

 ―確かに、お前はそうやも知れぬ―

 ―だが、多くの者はそうであろうか?―

 ―至福(せつり)を捨ててまで、“王”を拒むであろうか?―

 ―予は、そうは思えぬ―

 ―プロメーテウスよ―

 ―ヒトとは知恵を得た獣に過ぎぬ―

 ―だが、獣のままで何が悪い?―

 ―お前の答えを聞こう―」


 問われて彼は固まった。

 “王”の言葉に、否定する要素が無かったからだ。

 だが、言うべき事は決まっていた。

 それを必死に絞り出す。


「確かに、その通りかもしれない……!

 だが、それなら何故! お前はここにいる!?」

「―なに?―」

「そもそも疑問だった!

 お前程の人格者が! 何故自ら戦いに来なかった!?

 ただ一言! お前が命ずれば! 全てが決するというのに!!

 ゼウスたちはともかく!

 おそらく俺でさえ! お前が強く命ずれば!

 全ての人間は戦いを放棄するだろう!!

 なのに! お前は兵を動かした!!

 それは! ティタンの命運を!

 人の手に委ねたからじゃないのか!?

 人類の独立を! 願ったからじゃないのか!?

 お前の方こそ答えろ!!

 黄金王クロノス――!!!」


 息を切らしてプロメテウスは叫んでいた。

 全身から汗が吹き出し、鼓動で胸が押しつぶされそうになる。

 これ程に消耗するのは戦場でもなかった。

 両の脚がガクガクと震える。

 だが、気力だけで奮い立つ。

 まだ、答えを聞いていない。


「―……やはり、お前は、賢い―」


 何度も聞いた賞賛。

 だが、それはいつもと違う響きがあった。


「―予は、この世界が好きだ―

 ―生けとし生けるもの、その全てが愛おしい―

 ―故に、邪魔しとうなかった―

 ―予が関われば、子供ら(ティタン)は生を謳歌できぬ―」

「……それがお前の本音か。

 人を“威光”や“言霊”で縛り付けたくなかったと?

 成る程、確かに慈悲深い。

 だが、クロノス……。

 ……お前、“神”にでもなったつもりかよ?」


 プロメテウスは悲しそうに聞いた。

 「お前は人では無いのか?」と。


「―予は、“王”に過ぎぬ―

 ―だが“王”とは、“民”を支配する―

 ―そして“民”もまた、“王”の支配を求めるものだ―

 ―それは如何に名が、時が、世界が変わろうが、不変の理である―

 ―ヒトとは、その様にできておる(・・・・・)

 ―そして、予もまた然り……―――」


 そう言ってクロノスは立ち上がった。


「―お前の言う通りだ―

 ―プロメーテウス―

 ―予は、ヒトの可能性を見てみたい―

 ―予とお前、どちらが正しいのかは、時が判断してくれよう!―

 ―さあ! 来い! プロメーテウス!!―

 ―お前の信ずる答えを示せ!!――」


 “王”は逃げも隠れもせず、跪いた。

 彼の短剣が心臓に届く様に。

 プロメテウスは神器を手に取った。

 そしてゆっくりと、一歩を踏み出した。


(……クロノス!)


 目の前にはかつての彼が崇拝した“王”が、心臓を捧げて待っている。

 その姿を、無様だとは思わない。

 むしろより一層、その気高さに打ちひしがれる思いである。


「クロノス……!」


 まるで至高の芸術品の様に美しい“王”。

 今から傷つける事を思うと、底知れぬ背徳感が全身を襲う。


「クロノス!!」


 必殺の暗器を握りしめ、“王”の胸に突き付けた。


「クロノス!!!」


 一思いに力を込める。

 しかし、もう片方の手がそれを阻む。

 何度も頭を振って構え直すが、どうしても手が止まってしまう。


「わあああああああああああ!!!!」


 狂ったように胸を刺した。

 しかし、出来なかった。

 無理矢理思考さえも放棄したが駄目だった。

 “王”に逆らう事はできても、殺す事はできない。

 ヒトとは、そういう風にできている。


「―それが答えだ、友よ――」


 “王”は友を抱きしめた。

 その勇気を褒め称える様に。


「―お前は十分よくやった―」

「……ああ、そうだな……」

「――うぐ……!?―――――」


 “王”の身体が仰け反った。

 その気高い血が、輝きながら宙を舞う。


「――其……方……は!?―――――」


 苦痛に顔を歪め、“王”は振り向いた。

 そこには、闇が佇んでいた。

 彼の意識が、記憶する事さえも拒んだ悍ましき存在(もの)――。


「――“ハデス”です――」

 

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