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ハデス ~最後のティタノマキア~  作者: 底なしコップ
第一部 新たなるティタノマキア
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第4話 「独裁者じゃないからねぇ」

 私はハデスに憧れていた。

 かつて、世界を二分した大戦、後にティタノマキアと呼ばれる10年戦争。

 それを終結させた三人の王の中で、最も強く高潔だと云われたのが、他ならぬハデスである。

 戦後、誇り高きティタン族が渋々ながらも若い種族に従ったのも、彼に依るところが大きい。

 なにせ、敗国者の為にひとつの星を開拓し、最先端の技術力を誇る国家を新たに用意したのだ。

 偉大なる種族は奴隷に身を落とすこともなく、身分と住む土地を保障され現在に至る。

 勿論、それでも反発した者もいた。

 元十二神のプロメテウスである。

 彼は卓越した頭脳と先見の明のある天才だったが、ハデスが冥府設立を宣言した直後に謀反を起こした。

 そして、これも有名な話だが、ハデスとプロメテウスは無二の親友だったそうだが、ハデスは彼を捕え、極刑に処した。

 そして、ここからがハデスの凄いところだが、反逆に関わったティタン族も連帯責任ではなく、個々に適切な裁きを下した。

 種族、年齢、性別、境遇はもちろん、何より受刑者の心情をくみ、総合的に考慮した上で裁定し、その後の処遇についてまで細かく取り決めをしたのだ。

 なんと公明正大なことだろう。

 人類始まって以来、ここまで高度で理解ある裁判官は類を見ない。

 冥府のトップとして、彼以上に相応しい者はいないと思った。

 私は人生観を変える程の感銘を受けた。

 その筈だった。

 だがそれは、彼に苦悩と葛藤があればこそだ。

 そう、私は冥王ハデスに幻想を抱いていた。

 まさか身寄りのない親族を見捨てるほど冷たい人物だとは思わなかった。

 ハデスは、自分に子供たちを守る術はないと言っていたが、できない訳がない。

 なにせ、最強の冥王なのだ。

 できることをせず、見て見ぬふりをする傍観者。

 私はハデスに失望した。

 彼に慈悲という言葉は無いのだろう。


「心が無ければ、簡単だよなぁ……」

「なにそれ? ポエム?」

「わ!」


 気付いたらハデスが隣に座っていた!

 いつの間に!?


「なんでいるんですか!?」

「いや~、さっきは何となく空気を呼んで別車両に行ったけど、

 色々とスケジュールが詰まっててねぇ」

「空気読むんなら最後まで読んで下さいよ!」

「でもまぁ、勤務時間だし」

「早退します!」

「まあまあ。

 入社前と後じゃ何かとギャップがあって不満もあるだろうけど、

 初日からこれじゃあ身が持たないよ?

 ガンバレ! 公務員!」

「……はぁ」

「それと、ついでの仕事もできたから、君にも手伝ってもらいたくてね」

「どこに行くんです?」

「カロンの渡し船まで」


 通称、カロンの渡し船。


「さて、君たちにも一緒してもらいたんだけど?」


 双子はポセイドンにしがみ付き、怯えている。

 ハデスの眼は、子供たちにとってかなりのトラウマになってしまったらしい。

 当然だ。私だって思い出しただけでも身震いしてしまう。

 彼は眼鏡攻撃は反則と言ったが、反則なのはあの視線の方だ。

 あの眼を一瞬でも見てしまえば、全てを暴かれたかのような恐怖心と、命を差し出してしまいたくなる衝動に駆られてしまう。

 私がハデスに落胆した理由の、もう一つがこれだ。

 こんな眼を持っているなら、相手の心の隅々まで見透かし、支配さえもできるだろう。

 類稀な洞察力は、努力と経験の賜物だと信じていたのに。

 ともあれ、子供が怖がるのは、ごく自然な反応だ。


「まいったなぁ」

「うーし! お前ら!

 宇宙船だぞ! 宇宙船!」

「「うちゅうせん!?」」

「デッカイぞー!」

「どこでもいけるの!?」

「おうともよ!」

「「いくー!!」」

「おー!!」


 流石はポセイドン。

 子供のあしらい方は上手いとみえる。


「慣れてらっしゃいますね?」

「へへへ!

 何せ息子が百人はいるからなあ!!」


 なお、彼の言う息子とは、養子からペットまで含まれる模様。


 冥府の玄関口、ポートアケロン。

 冥府の誇る宇宙船“渡し舟2号”を擁する巨大航空だ。


「ティタン族仕様なのはわかりますが、必要以上にデカくないですか?」


 私達が歩いている回廊の道幅はざっと300メートル程はある。

 ……回廊と呼べるのか? これは。


「ここまで広いと流石のティタン族でも不便なのでは?」

「まぁ、標識見なけりゃ、どこに進んでるのか分かりづらいかもねぇ。

 でもこの広さは必要なんだよ」

「そうなんですか?」

「たぶん、すぐにわかるよ」

「ええ、たった今わかりました!」


 巨人だ! 巨大なオッサンがおった!

 ティタン族が大半を占める冥府だから巨人がいて当然ではあるのだが、目の前のオッサンはあまりにも巨大だった!

 推定10、いや20メートルはあるぞ!?


「ハァアアデェエエスゥウウ!!!」

「あ」

 巨大なオッサンはハデスを見ると、巨大な手でハデスを握り締めた!

「裁判長ぉおお!!」


 ダメだ! 喰われる!?


「給料上げてくれ!」

「ダメ」


 何だ? このやりとりは……。

 だが瞬時に理解した。

 無駄に広大な敷地が必要なのかも、逃げる必要は無いことも。

 ついでに、なぜ渡し舟2号なのかも。

 多分、1号はこの巨大なオッサンが踏み潰したのだろう。


「ちぇっ! テメエ! 冥王だろうがよぉ!?」

「そういうのは経理に任せてあるんだよ。

 俺は独裁者じゃないからねぇ。

 なに? 給料足りない?」

「足りるかボケェッ!!

 オレ様は世界最大の巨人カロン様だぜ!?

 こんな安月給で腹ァふくれる訳ねぇだろう!!

 ボーナスとかねぇんか!?」

「ウチ、ボーナス無し」

「マジですか!!?」


 私が叫んでしまった。


「あれ? 求人に載ってなかった?

 ウチ、公務員だから残業ありの賞与なし。

 社会には十分奉仕しないとね」


 まぁ、私としては勿論そういった心構えではあるのだが、こういう風に言われると少し堪える。


「ちっ! ……しけてやがる!」


 まったくだ!


「ケッ! てかテメエ!

 ライブで大活躍だったそうじゃねぇか!」

「ヤメテー!

 その話はヤメテー!!

 てか! もう知ってんの!?」

「おうよ! ザマアミロだ!!」

「流石はカロン大船長!

 なら、この子ら見たことある?」


 ハデスがそう言うと、ポセイドンがアポロンを肩車した。

 巨大な眼が迫ってくる。

 眼とアポロンの大きさがほぼ同じぐらいの体格差だ。


「ひぃい!」

「見たことねぇな!」

「ホント~に?」

「テメエよぉ!

 こんなマメガキ、小さ過ぎて見逃しても知らねえっての!」

「あ! 職務怠慢!」

「おいおい! 勘弁してくれよ!

 俺ァ、ただでさえテメエの手先扱いされてんだぜぇ!?

 これ以上イジメられたらストレスでおっちんじまうぜ!」


 とてもそう簡単には死ぬとは思えないが……。

 目の前の強大で頑強そうなオッサンの姿をしたそれは。


「あっそう、ゴメンゴメン。

 じゃあ、ちょいと検めさせてもらおうかな」

「お! ちょ! ま!」


 カロンが言う前に、ハデスは船内に入り込んだ。


「……船長。ナニコレ?」

「おお、おう?」

「俺の知らない間にいつから内装したの? これ」

「おおお! こりゃあ、アレだ!

 テメエが言うところのサービスってやつよ! サービス!!」

「船内に格差社会が広がってんですけど……」

「お! これな!

 地獄の沙汰も金次第ってな!

 客がチップを払う度にゴージャスな上の階に上がれるって寸法よ!」

「うわぁ……」


 思わず引いてしまった私。


「何でそんなにケチなの?」

「食費が無えんだよ!!

 テメエのせいだろーが!!」

「……ウチに来れば食事ぐらい出すけど?」

「お……おお、遠慮しとくわ」

「あれま」


 何となくわかってきたぞ。

 このオッサン、ハデスと食事するのが気まずいんだ。


「ともかくだ!

 用がねえんならとっとと失せな!

 仕事の邪魔だ!!」

「うん、悪かったねぇ。じゃ!」


 あれ? もう引き下がる?

 ろくな取り調べもせずに?」


「裁判長! いいんですか?」

「うん。船長はウソ付いてないよ。

 本当にあの子たち見たこと無いんだねぇ。

 宛が外れたなぁ~」

「それって魔眼で見抜いたんです?」

「はい? マガン? なにそれ」

「いえ、別に」


 トボけるんなら別にいいけど。

 ハデスがそう言うんならあのデカイオッサンは無罪だろう。


「あれ? ポセイドン様たちは?」

「あ」


 ポセイドンと子供たちが消えた。

 迷子の放送をかけ、ポートと電車を隈無く探したが、見つからなかった。


「どうしましょう!?」

「どうしましょうね」

「なに落ち着いてんですか!?」


 そう、意外にもハデスは落ち着いていた。

 先程、アポロン、アルテミスは戦火の火種になると危惧した張本人が、涼しい顔して缶コーヒーを飲んでいやがる。

 そう、冥府には缶ジュースも自動販売機なるものも普及しているのだ。


「こうなる事はわかってたしねぇ」

「え? それってどういう?」

「ポーだよ。

 君は俺みたいな冷血人間より、あれの方が理想の上司に見えるかもだけどさ。

 あいつ、メチャクチャおっちょこちょいなんだよ~。

 そりゃあ迷子になっても不思議じゃないって!

 あははははは!」

「いや、笑ってる場合ですか!? これ!!」

「まー問題ないでしょ。

 アレが本当にポセイドンならね」

「それってどういう……?」

「やれやれ、また寄り道ができた」


 寄り道と言われてどこに行くのかと思いきや、まっすぐオトリュス城に帰ってきた。


「寄り道は?」

「まあまあ、付いてきなさいな~」


 ハデスに連れられて城内に入る。

 ただし、普段は立ち入りを禁じられている区画だった。


「わ! 地震!?」

「あれ? 乗るの初めて? エレベーター」


 動く部屋ことエレベーターに酔いそうになりながら、私はうずくまり必死に耐えた。

 この感覚は下へと向かっているようだ。

 どうにか慣れてきた頃に、ようやく部屋が止まった。


「大丈夫?」

「……大丈夫です」

「休んどいてって言いたいところだけど。

 君にも来てもらわないといけないからねぇ」

「……何をしに行くんです?」

「話を聞きにね。

 俺だけが聞いても証拠能力が低いからねぇ。

 裁判官ふたり以上の証人がいるんだよ」

「……誰に、会うんです?」

「予言者プロメテウス」


 私の酔いは完全にさめた。

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