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ハデス ~最後のティタノマキア~  作者: 底なしコップ
第四部 ティタノマキア
37/64

第37話 「親父だ……」

 人類史上初の人間同士の戦争は、オリンポスの勝利で開幕した。

 ティタンの侵攻に伴い、同盟都市であるオケアニデスは、オリンポスに援軍を派兵した。

 その数およそ300。

 オリンポスが総勢50名程なので、一挙に六倍もの戦力が増えた。

 更に領主ステュクスの計らいで海の一族(ポントス)からの賛同者が約100人同行してきた。

 そして極めつけは、オケアノスが連れてきた元ティタン族の兵士40名である。

 占めて総勢500人に、オリンポス陣営は拡大した。

 この大きな変化に、プロメテウスたちは慎重になっていた。


「味方が増えたのは良いが、実際に戦えるのは俺たちの中から30人程度。

 オケアニデスの援軍はそのまま300でいいとして、海の一族(ポントス)はまだ数には入れられない。

 オケアノスが寄越した40名は何れも中々の手練れの様だが、信用していいもんだろうか……?」

「ならば、私が彼らを問いただそう。

 “威光”と“言霊”で確認すれば、その真意ははっきりするだろう」


 悩むプロメテウスに、ゼウスが答えた。


「なら、オケアノスにそれとなく話を付けておく。

 顔を潰す事になるだろうが、あのオッチャンなら快く応じてくれるだろう」

「決まりだな?」


 ゼウスの声掛けに、一同は頷いた。


「よし。

 後は捕虜についてだが、プロメテウス。

 彼らの様子は?」

「指示には従順だし、飯も食ってる。

 ……取り敢えず、健康状態に支障はないが、戦力としては期待できんだろう……」

「……そうか」


 ゼウスは、鎮痛な面持ちで目を閉じた。

 その様子に、プロメテウスは若干安堵した。


(……よかった。

 一応ゼウスも、彼らを人間扱いはしてくれているんだな?)


 と、思った矢先。


「彼らを人質にするという考えは?」


 一同絶句した。

 答えたのは、賢き獣ケイロンである。


「……ケイロン! お前……」

「今は戦時中だ。

 圧倒的不利である我らに手段を選ぶゆとりは無い。

 それに、いつ寝返るかも知れぬ者を抱える余裕も無い。

 ここは彼らをティタンとの交渉材料にすべきと考えるが?」


 淡々と述べるケイロンを、プロメテウスが睨みつける。

 だがプロメテウスも、彼の提案に反論できないでいた。


「確かに、一理ある」

「ゼウス!!」


 憤るプロメテウスをゼウスが手で制した。


「だが、彼らをティタンに還すつもりは無い。

 そんな事をすれば、我らも保身に走るティタンの権力者たちと何ら変わらない。

 それに私は言った。

 ティタンを捨てよと。

 ならば我らは、決して彼らを見捨ててはならない!

 彼らが(ヒト)から(ひと)に生まれ変わるまでは!」


 ゼウスの目は、真剣そのものだった。

 使命感に燃え人々を導く、指導者としての顔だった。


「……すまなかった。

 我らはただ勝てばいい訳ではなかった。

 それに今彼らを見捨てれば、他の元ティタンの者たちから不興を買おう。

 私の失言だった……」


 ケイロンはいつになく落ち込んでいた。

 それを見て、ゼウスは彼を激励する。


「いや、良い。

 オリンポスの為を思っての意見。

 ありがたく思う!

 皆も意見があれば、遠慮無く言って欲しい!」

「じゃあメシにしようぜー!!

 ハラ減っちまってぃ! オレ!!」


 ポセイドンの一言に皆呆れ笑いで和んだ。


「じゃあ! いっちょ腕を振るうかねぇ!」

「いよ! 姐さん!!

 うまいの頼まー!」

「あん!? 全部旨いだろォ!?」


 二人の掛け合いで笑い合う中、プロメテウスはケイロンの様子が気になっていた。

 食後、しばしの休憩時間。

 プロメテウスはケイロンに声を掛けた。


「どうした? らしくないじゃねえか」

「ああ……そうかもしれない」


 ケイロンは彼方を見つめていた。


「お前の提案な、間違ってはいないと思うぞ?

 ただ、俺たちは――」

「では聞くが、敵を捕らえる度に同じ事を繰り返すのか?

 敵は我らより遥かに多い。

 戦で勝利を収めても、増え続ける捕虜全てを許容しきれなくなる。

 必ずいつかは破綻する。

 それに、君も見ただろう?

 投降した彼らの無念さを」

「…………。

 なら、敵を返してまた戦うのか?

 その度に何度も“威光”で洗脳して!?」

「……気付いているのだろう?

 ゼウスは、“王”を討とうとしている。

 それ以外の道程は、ただの布石であり意味は無い。

 いくらティタン族を言いくるめても、無駄であると思ってはいないのか?

 ただ今は、掲げた大儀の為に捕虜(かれら)を見捨てられない。

 だから、ああ言うしかなかったのでは?」

「……ゼウスはそんなヤツじゃない!」

「本当に、そう思っているのか?」

「―――――ッ!」


 プロメテウスは口籠った。

 “威光”に従うティタン族を見る時のゼウスは、まるで家畜を見るような目をしていた。

 特に、“王”に従う者に対する態度は、あからさまに高圧的だった。


「……やめよう。

 今ここで我々が衝突しても何の解決にもならない」

「ああ、そうだな……」


 「悪かった」と、二人はお互いに頭を下げた。

 後日、オケアノスの紹介で寝返った兵40名の聴取が行われた。


「―嘘偽り無く答えて欲しい―」

「はっ!」


 最初の一人が答えた。

 それぞれ個別に順次聴取する手はずである。

 プロメテウスは、最初の立ち合いに参加していた。


「―汝は、“ティタン”を捨てられるか?―」

「はっ!」

「―我らと共に、オリンポスの民として生きる覚悟はあるか?―」

「はっ!」

「―何か、隠している事は無いか?―」

「ありません!」


 期待通りの答えだった。

 ゼウスは安堵して“威光”を解いた。


「協力ありがとう!

 今日から君も、我らオリンポスの市民だ!」

「光栄であります!」


 こんな調子で全40名の判定は終わった。

 全員、やましい事は無いとのゼウスのお墨付きだった。


「彼らは潔白だ。

 かつてはピュペリオンの配下だったそうだが、オケアノスを通じ“王”に疑問を抱いていたそうだ」

「ピュペリオン。

 エリート至上主義のいけ好かない貴族さまだが、その配下は選りすぐりの精鋭であると聞く。

 そしてその優秀さゆえに、コイオスのやり方に疑問を抱き、ひいては“王”への不信に繋がったと」


 ゼウスの言葉にプロメテウスが付け加えた。


「とにかく、彼らへの疑念は晴れた。

 ならば早速彼らには働いて貰いたいのだが?」

「いや、ちょっと待った方がいいな」

「ほう? 何故だ?」

「優秀な人材を使いたいのはわかるが、物事には順序というものがある。

 後から来た者に重要な役割を与えては、以前からいる者が面白くないだろ?」

「成る程、わかった。

 ならばどうすれば良い?」

「そうだな……。

 取り敢えずは兵器製造か、捕虜の世話兼見張りという手もあるな……」

「では、その両方をさせてみては?」


 ケイロンも賛成してくれた。

 他の皆も頷いている。


「よし。じゃあ半々であたらせよう。

 ゼウス、それでいいか?」

「決まったな。

 では、今後の――」


 ゼウスが言いかけた時、強いノック音が響いた。


「入れ!」


 プロメテウスの返事で、慌てて入って来たのは伝令兵だった。


「伝令! ティタンから大軍勢がこちらに向かっている模様!

 その数およそ1000!!」

「な!? 千――!!?」


 一同ざわついたが、声を上げたのはプロメテウスである。


「本当だな!?」

「……はい!

 斥候によると歩兵600、騎兵100、後方部隊300の三編成だそうです……!」


 プロメテウスは難しい顔で唸った。


「都の兵士総出じゃないか……。

 ゼウス、“神の知恵”で探る事はできるか?」

「やってみよう」


 ゼウスに呼応し、叡智(アテナ)が映像を映し出した。

 見たことも無い規模の大軍勢に息を呑む。

 伝令の言った通りだった。


「これだけの大規模部隊……。

 大将はアトラスか?」


 プロメテウスの疑問にアテナは映像で応えた。

 しかし、映し出されたのはアトラスではなかった。


「い!? イアペトスぅ!?」


 変な声を出すプロメテウスに一同困惑した。


「誰?」

「お、俺の親父だ……」


 声色が微妙なプロメテウスに、ゼウスが尋ねた。


「……手強いのか?」

「いや……凡庸な男だ……」

「そ、そうなのか?」


 最近、すっかり威厳ある態度が板に付き始めたゼウスだったが、少し素に戻っていた。


「だが、仮にも君やあのアトラスの父君だろう?

 それが、その、凡庸とは……。

 どうあれ、これ程の大部隊の将軍に抜擢されるのだから……」


 みんな映像を見ながら「うんうん」と頷く。

 しかしプロメテウスは冷や汗をかいて唸っていた。

 どう説明すればいいのかと。


「プププ……プロメテウス……」

「「「「「「「「は?」」」」」」」」


 一同呆気にとられた。

 「壊れた?」とデメテルですら心配し始める始末である。


「息子の名を呼ぶのに、こんな風にどもるんだぞ?」

「え? 笑ったんじゃなくて?」

「……他にも。

 どどど……どうしよう……。

 とか。

 ごごご……ごめんなさい……。

 ってのもある……。

 悲しくなる程の小心者だよ……。

 本当に、アトラスの父親かと疑うレベルのな……」


 「ふふふ……」とプロメテウスは自虐的に笑った。

 今の姿は、親子らしいのかも知れない。


「で、でも。

 ただの小心者を大将に据えたりは……」

「……まあ、親父の売りは地道にコツコツとだからなぁ。

 大きな失敗も無くティタンの中でも古株だから、立場的にもそれなりだ。

 政敵もいないから、大将に担がれても誰も文句は言わんかもしれんが……」

「じゃ、じゃあ今回の進軍は脅しとか?」

「いや、親父が大将という事は、アトラスが先鋒を務める筈だ」


 プロメテウスの意図を汲んで、アテナが軍の前方を映した。

 最前線を一際大きく猛々しい武将が竜に乗って率いている。


「をををっ!? コイツがアトラスかっ!?」


 ポセイドンがはしゃいだ。

 彼は強い人物が大好きらしい。


「ああ、ティタンきっての英雄だ。

 義に厚く情に深いが、敵に対しては容赦しない。

 俺が憧れ、最も苦手とした男だ……!」

「つえーのかっ!?」

「つえーよ。

 “ハデス”にパンチブチかましたぐらいだからな……」


 プロメテウスはハデスを見た。

 ハデスは頭をかいていた。


「うん。

 あれはちょっと痛かったねぇ」


 ハデスは何とも無しに言ったが、ポセイドンが顎を外した。


「マジかっ!!?

 にーちゃんよ! 盛ってねえだろうな!!?」

「いや、敵の過大評価を盛るって……」


 「しゅっげええ!」と目を輝かせるポセイドンを生暖かい目で眺めるハデス。

 プロメテウスは、アトラスがハデスに僅かたりともダメージを与えていた事に心中複雑な思いだった。


「ともかく! アトラスは強い!

 今回最も警戒すべきはこのアトラスだ。

 アトラスは先頭切って大軍を率いる典型的な武人肌の男だ。

 だからこその、この陣形なのだろう。

 イアペトスを大将に据えたのは、保険だろうな。

 もし万一アトラスが討たれても、壊滅させない様に。

 後顧の憂いが無けりゃ、あいつは十二分に力を発揮できる……!」

「……成る程」


 プロメテウスの言に十人十色それぞれの反応があった。

 が、その目線は一点、プロメテウスに向けられていた。


「これ程の規模の行軍だ。

 まだ十日程の猶予がある。

 ヘパイストス、例のアレは動かせるか?」

「うん。

 十日以内には間に合わせるよ!」

「よし! ならば心強い!

 後は作戦通り各々が役割を果たせばいい!

 ゼウス、俺からは以上だ!」


 バトンを渡され、ゼウスが気を引き締めた。


「皆! 此度の戦が正念場だ!

 この試練を乗り越えれば!

 必ずやティタン攻略の足掛かりとなるだろう!

 我ら人類の自由の為!

 オリンポスに! 勝利を――!!」

「「「「「「「「勝利を――!!」」」」」」」」


 皆と心を合わせつつも、自分があのアトラスに勝てるのかと。

 思いを馳せるプロメテウスだった。

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