第33話 「獣の王」
「黄金時代を終わらせる!?」
ゼウスの宣言に、プロメテウスたちは驚愕した。
「ま、待ってくれ! 話がデカ過ぎる!!」
「なら、君たちが落ち着くまで待とう。
これは、僕たち人類にとって、避けられない問題だからね」
「……人類? すまん、意味がわからんのだが……」
「……勿論、順を追って説明するよ。
ただ、少し長い話になる。
これは、人類が誕生するまでの歴史だからね」
そう言って、ゼウスは待った。
皆が落ち着くまで。
しばしの沈黙。
そして、ハデスが代表して口をついた。
皆の表情から、その心情を正確に読み取れるからだ。
「どうやら皆、覚悟はできたみたいだね。
ゼウス、聞かせてくれるかい?」
「ああ。
……始まりは、“王”だった」
ゼウスが語り出すと部屋が暗くなり、全方位に映像が浮かび上がった。
映像は、アテナの力で映し出されている様だった。
「天地開闢の後、“原初の巨人たち”はこの世界の最初の生物として誕生した。
そして彼らは、自分たちの子供として原初のヒトを産み落とした。
それが“クロノス”。
後に、“王”と呼ばれる存在。
僕たちの、父さんだよ」
映像の中には在りし日のクロノス様がいた。
今でも肉体自体は若々しいが、この頃のまだ少年の様な姿をしていた。
容姿はハデスとよく似ているが、恐ろしくは無い。
むしろ優し気で、見惚れる程の美少年だった。
「“巨人たち”が何故、“クロノス”を誕生させたのかは、摂理だからとしか言いようがない。
種の保存。
親が子を産み育む様にね。
そして生み出されたのは“クロノス”だけではない。
あらゆる生命、あらゆる動植物が誕生していった。
そして、長い長い時が過ぎ、“クロノス”はある事を願った。
“自分と同じ姿の動物が欲しい”と。
そして、自分と同じぐらいの大きさの生き物、“獣”がその姿を変えていった。
それが僕らヒトの祖先たちだよ」
「ちょ! ちょっと待て!
俺たち人間は、初めから人として創造されたんじゃないのか!?」
プロメテウスがこう反論するのも当然だった。
伝承と食い違っている。
「それに伝説では“原初の巨人”が天地を創造した事になっている!
その辺はどうなんだ!?」
「それは、“ティタン”の始祖たちが、一部誤認して伝承してしまったからさ。
あくまで“原初の巨人”は、現存する最も古い一生物に過ぎない。
それでも、この世界において絶対的力を持つ至高種であるのもまた事実。
そして、彼らによって生み出された被造物は、本能的に逆らえない様になっているんだ。
だからティタンの始祖たちは、彼らを“神々”と崇めたんだよ」
これまで信じられてきた人類史を覆され、プロメテウス達は動揺していた。
それを知ってか知らずか、ゼウスはプロメテウスに目を向けた。
「君の言った通りだよ、プロメテウス。
君は父を、“獣の王”と言った」
「あれは言葉の綾――」
「だとしても、君の見解は実に的を射ていたよ。
“王”に従うだけの“民”。
“民”という名の“獣”を従える“王”。
正に“獣の王”だよ」
ゼウスは、冷笑する様に言った。
まるで、下等生物と見下す様に。
「…………」
(……だからあの時、クロノスは笑ったのか?
偶然とはいえ、俺が言い当てたから?)
プロメテウスはクロノス様とのやり取りを思い出していた。
あの時のクロノス様の顔。
あれは、初めての理解者を得た笑顔ではなかったのかと。
しかしゼウスは、思い出に浸る時間をくれなかった。
「これが如何に人類にとって脅威かは、君にならわかるだろう?」
「……ああ。
例えば“王”が、“死ね”と命じるだけで人類は滅ぶ……」
「そう。
だからこそ僕ら人類は“王”を廃さなければならない――」
“王”を廃する。
その物言いに、プロメテウスは反感を覚えた。
クロノスを知る元ティタン族である彼だからこそ、反論せずにはいられない。
「だが、クロノスは決してそんな事しないだろう!?」
「しないだろうね。
父は聡明だ。
肉体的にも、精神的にも、全てのヒトの頂点に位置する。
そして“王”という性質が、人類を追いやる事はないだろう」
「なら――!」
「それでも! “王”は廃さなけらばならない!
でなければ、僕らはいつまでも自由になれない獣のままだ!!」
語気を荒げてゼウスは言った。
しかし、プロメテウスには他に気になる事があった。
「だったら、“原初の巨人”の方はどうなんだ?
要するに“王”より偉い“神さま”なんだろ?
俺には、そっちの方がゾッとしないがな」
「“原初の巨人”はヒトの営み自体には何の関心も無い。
ただ、種の保存の為に、より優れた種に手を貸すこともある。
今回の様にね」
「……どうだかな。
それなら何で今、このタイミングなんだ?
俺たちが生まれる遥か昔から、こういう事態には直面してきただろうに」
「いや、“王の威光”に抗し得る存在は、僕たちが初めてなんだ。
“王”の血を受け継ぐ僕たち“御子”や、君の様に理性で本能を克服する者が現れた。
そして、この流れは止められない。
歴史の転換点だ。
“王”を疑う者さえ現れなければ、“ティタン”は非常に優れた生存能力を持つ種族だった。
しかし、それももう終わった。
だから、人類は変わらなければならない!
“王”に従う家畜ではなく!
ヒトが自分の意志で生きる! 新しい種として!
“黄金時代”に終止符を――!!」
ゼウスが宣言を終えると共に、投影されていた映像が消え、部屋に灯りが戻った。
皆、すぐには喋れなかった。
あのポセイドンでさえ、難しい顔で悩んでいる風に見える。
最初に沈黙を破ったのは、やはりプロメテウスだった。
「……話はわかった。
成る程確かに、今までの疑問もいくつか解消された。
……確認したい。
ゼウス。
お前はあくまで、人類の為に“王”と戦うというんだな?」
「ああ、その通りだよ」
「……その、ティタンへの復讐の為ではないんだな?」
ゼウスは沈黙した。
しばしの沈黙に緊張が走る。
閉じた目をゆっくりと開き、静かに口を開く。
「復讐心が無いと言えば嘘になる。
でも、ティタンを根絶やしにするという考えはない。
彼らが“王”の呪縛から解き放たれるのであれば、僕もまた、彼らを赦そう――」
「……本当だな?」
「ああ、誓おう」
ゼウスは身を起こし、アテナの前に跪いた。
「我ゼウスは、ヒトとして、人類の為に叡智を振るおう――」
(良かった……。
やはりゼウスは、ちゃんと考えた上で決断した様だ。
……若干、気になる感もあるが、その時は、俺たちが支えとなればいい)
プロメテウスは時折見せるゼウスの陰りに不安を感じつつも、自身にそう言い聞かせた。
そして頭を切り替える事にした。
「……しかしまぁ、クロノスと戦う、か。
ん? 待てよ……。
ゼウス、お前の“威光”でティタンの連中を説得できないのか?
それができれば、そもそも戦う必要がなくなると思うんだが?」
「それは無理なんだよ。
僕の力はあくまで“神の知恵”で得た知識を再現しただけで、“王”そのものじゃない。
“王”がいる以上、僕の威光は無効化されてしまう」
「……そうか」
「でも、ハデス兄さんなら――」
「駄目だ!!」
プロメテウスは声を荒げて言った。
「確かに“ハデス”の畏れなら、対抗できるだろう……!
だが、あれは人々に絶望的な悪感情を抱かせる……!
仮に畏れでティタンを屈服させられたとしても……!
人類にとって、取り返しのつかないものになるだろう……!」
あの時の暗闇を思い出す。
あれは、明らかに初めて出会った時よりも、恐ろしい存在と成っていた。
“ハデス”は使えない。
例え“王”に勝てたとしても、“王”よりも更に恐ろしい存在となるだろう。
プロメテウスは、そう予見した。
「……そうだね。
僕たちはあくまで人類の自由の為に戦う。
ただ勝てばいいという訳じゃない――」
「ああ、そうだ……!」
プロメテウスはハデスに目をやった。
ハデスは、少し困った様な顔をしていた。
「なら、ゼウス。
お前は今後、どうティタンと戦う?
先の宣戦布告で、お前は誰一人傷付ける事無く退かせた。
そして大地を引き裂き、ティタンとの境界を隔てた。
つまり、お前はその“力”で決着を付けたい訳じゃないんだろ?」
「そう。あれは単なる脅しだよ。
一応、こちらにも切り札があると見せないと、交渉の余地は無いからね」
(……そう、願おう)
プロメテウスはゼウスの言葉を鵜呑みにはできなかった。
一応筋は通ってはいるが、あれ程の怒りが到底演技だけとは思えなかった。
「まずは、味方を増やさなければ」
「……味方。いるのか……?」
(……そもそも、誰も逆らえないからこその、“王”だ。
俺だって、こいつらと出会わなければ、歯向かったりしなかっただろう……)
「いる。
ヒトは“王”に従属してはいても、心のどこかで僅かに疑念を抱いているんだ。
度重なる進化と世代交代を繰り返し、その支配から解放されつつある。
考えてもみてごらん?
あのコイオスでさえ、全てを“王”の為に捧げて生きている訳じゃない。
そこには必ず二心がある筈だ。
ただ、きっかけが無ければやはり“王”は絶対だ。
僕らはその、きっかけとなればいいんだよ」
「……つまり、あの宣戦布告に食いつく連中と、うまく交渉ができればいいんだな?
ティタンの奴らは基本ことなかれ主義だ。
味方に引き入れられないにせよ、各領主と同盟を結ぶ事はできるかも知れん。
そういう事なら、俺はゼウスに賛成だ」
プロメテウスの意見に、ゼウスは満足そうに頷いた。
「他の皆は?」
「ハア? だからイチイチ聞くなっつーの!
オレたちゃいつでも一緒だろォ? 兄弟!!」
ポセイドンも賛成した。
「私は、あなたに付いて行きます。
……どこまでも!」
ヘラは、険しい表情ながらも覚悟を決めた。
「おう! 兵糧なら任せな!! な! デメテル!!」
「わたし! いっぱい生やすよ~!!」
ヘスティアとデメテルも賛同した。
「私も獣だが、人として協力しよう」
ケイロンも異論無しの様である。
「あーしらぁ。
ゼースさん以外とかあり得ないんで」
まさかのアフロディテも同意した。
「ゼウス」
「……ハデス兄さん」
あと一人、ハデスがまだ返事をしていなかった。
「もう、覚悟はできたんだね?」
「うん。
もう、兄さんには頼らない。
僕は僕自身の力で、皆を守っていく!」
「なら、俺が反対する事はないよ。
俺もお前に従おう」
「……ありがとう、兄さん!
ありがとう! みんな!!」
ゼウスは胸を張って仲間たちに感謝した。
以前の彼なら泣いていただろうが、最早それは過去の事だ。
その堂々とした態度に、皆の不安はかき消されていた。
「さあ! 皆に祝福を!!
新しき種族に――!!」
「「「「「「「「オリンポスに――!!!」」」」」」」」
この日。新たなる種族、オリンポスが誕生した。