第3話 「メガネ攻撃は反則でしょ?」
「冗談? いやいや、マジなんだって!」
「あーハイハイ。
こないだは息子を拾ったんだっけ? クジラの」
「聞けって!」
海王ポセイドン。
無敵の王ゼウスの兄にして、最強の王ハデスの弟である最高の王。
何が最高かというと、三人の中で一番人気があるらしい。
人気の秘密は色々あるが、とにかく器のデカさとノリの良さに定評がある。
有名なエピソードが、世界一凶悪な犯罪者とマブダチになったり、最も醜い化物をペットとして可愛がっている事だ。
彼はどんな人物であろうとも差別せず、家族の様に接するのだそうだ。
「ゼウスの娘アルテミス!
正真正銘! オレたちの姪だ!」
「マジで?」
「マジで!」
アルテミス? 聞いたことないな。
オリンポス最高位の王ゼウスに子が生まれたとなれば、即座に知れ渡るだろうに。
……ワケありかな?
「で、何で俺は、その姪っ子ちゃんに殺されなきゃならないの?
てか! ドア爆破した意味は!?
弁償してよ! マジで!!」
「あ? だってこのドア押しても開かねぇんだもんよ」
「引き戸なんだよ!
押してダメなら引いてみろ!」
「あん?
よくわからねぇが、細けーこたぁいいじゃねーか!
ガーハハハハハハ!!」
「……もうイヤだこの弟!
いっつもそうやって誤魔化す!
バカなフリしてるの、わかってるんだからな!」
「まぁ、バカ話はこのくらいにして本題に入ろうぜ?
事情は――話せるな?」
「うん」
「急に真顔になるな!
そして子供を使うなんて卑怯だぞ!
ちゃんと後で請求するからな! 修理代!」
ハデスが喚くのをガン無視して、少女アルテミスは語りだした。
「わたしはアルテミス。
ゼウスとレトのむすめ。
じつは――」
「あー言わなくていいよー!
もう大体わかった」
「でも!」
「不肖の愚弟ゼウスが妾と子供つくって正妻ヘラさんはカンカン。
しかもレトはティタン族で、あのコイオス将軍の娘。
大方居場所が無くなってウチに来たってことでしょ?
違う? いった!!」
あ、また頭に矢が刺さった。
アルテミスは目に涙を溜めて第二撃に備えてる。
伯父さん、大人げないなぁ。
一の情報で十を把握する察しの良さは裁判官としては満点だけど。
「……イタタタ!
ゴメンゴメン。
おいちゃんが悪かったよ。
でも何でおいちゃんを殺そうとするの?」
「さいきょうのハデスをたおせば、みんなみとめてくれる!」
「なーるほど、流石はゼウスの娘」
「あたしとたたかえ! めいおうハデス!」
「うん、いいよ」
「ちょ! 裁判長!?」
何を考えてるんだ!? この人は!
最強の王がなに子供のたわ言真に受けてんだ!?
……いや、真に受けてるのは私か?
確認しよう。
「冗談ですよね? 裁判長」
「本気だよ?
子供だからって手を抜いたとあっちゃあ冥王失格ですよ。
ポー、立ち会いヨロ」
「おう!」
この人は!
せっかく小声で言ったのに!
「日取りと決闘場所はどうする?」
「いますぐ! ここで!」
「うん、わかった。
話が早くていいや」
いいのかよ!?
……車内が壊れるんじゃないか?
「オリンポスおうゼウスがむすめ!
アルテミス!」
「そして!
そのおとうと! アポロン!」
「ちょっと待ってー!
弟!? どっから湧いて出たの!?」
ハデスがそうツッコむのも当然だ。
私もそう思った。
アルテミスの後ろから不意に美少年が現れた。
「はうぅ……!」
アポロンを名乗る少年は、ハデスのツッコミに涙目になった。
凛々しい姉とは違い、気弱そうな弟だ。
「きさま! よくもおとーとをなかせたな!」
「ゆるさない!」
「だからちょっと待っ痛ぇえええええ!!!」
ハデスは盛大に爆死した。
いや、死んではいないのだが。
アルテミスの矢の乱れ打ちを喰らい、矢が触れた瞬間爆発したのだ。
どうなってんだ?
「みたか! あたしたち、ふたごのちからを!」
「ぼくはさわったものをバクダンにかえることができるんだ!」
「アポロンがヤをバクダンにして!」
「アルテミスがそれをはなつ!」
「「どんなやつでもドッカーンだ!!」」
実に息のあったコンビネーションと解説だ。
きっと何度も練習して覚えたんだろう。
成る程、ドアを爆破したのはアポロンの能力だったのか。
え? ハデスはどうなったかって?
多分、問題無いだろう。
頑丈だし。
「参りました~!」
「「やったー!!」」
最強の冥王に双子が勝った。
……良かった。
どうやら最初から本気で戦うつもりは無かった様だ。
「君たち強いねぇ~!
流石はゼウスの子供だよ~!」
「「えっへん!」」
「これで安心して、地球に帰れるねぇ~」
「「…………」」
ご満悦だった双子の表情が険しくなった。
その理由は察しがつくが。
「……あたしたちは、おまえにかった!」
「うん。そうだね。
君たちは勝者だ」
「だから……ここにすまわせろ!」
答えたのはアルテミスだった。
確かに、いくらハデスに勝ったとはいえ所詮は茶番。
それで地球に帰ったとしても、彼らを取り巻く状況が打破されるとは思えない。
だから双子は選んだのだ。
冥府を安住の地に。
「悪いけど、ムリだねぇ」
「「な!」」
「なんでかって?
取り敢えず理由は二つある。
まず第一に、ここは罪人の流刑地だからね。
何の罪も犯していない者を移住させる事はできない」
「「ちょ――!」」
「――第二に。
問題は君達の血統にある。
君らはゼウスの子であると同時に、レトの子でもある。
レトはティタン族の権力者、コイオスの娘。
つまり、オリンポス王の子であり、ティタン軍将のお孫さんだ」
「「そ!」」
「そして、ティタンとオリンポスは、すごーく仲が悪い。
ちょっとでも何かあれば、ケンカしちゃう程にね」
「「…………でも!」」
「だから、君たちを歓迎するのは無理なんだよ。
ゴメンねぇ」
「「…………」」
それは正論による、有無も言わさぬ拒絶だった。
確かにハデスが言った事は正しい。
……正しいが。
「……でも!
なら、あたしたちはどうすればいい!?
どこにいけばゆるされる!?」
「…………」
ハデスは答えない。
彼らの求める答えを持ち合わせていないのだろう。
「あたしたちはおまえにかった!
だから! いうことをきけ!!
あたしたちに!
いばしょをくれぇええ!!」
涙ながらに訴えるアルテミスと、涙を堪えるアポロン。
私はこの二人が不憫でならなくなった。
こんな年端もいかぬ子供が、なぜ不条理に泣かなければならない?
「……裁判長!
私からもお願いします!
どうか、この子たちを引き取ってあげて下さい!」
「だから、無理なんだよ」
「そりゃあ無いぜ! 兄貴!!」
ポセイドンも加勢してくれた。
なんだかんだ言って、ハデスは話せばわかりそうな上司だ。
今まで見てきた限りでは、何とか押し切れるはずだ。
「すみません。
お引き取り下さい――」
「「「「…………!」」」」
敬語で押し切られた。
これまでの砕けた感じとは一変、畏まった所作でハデスは続けた。
「私にあなた方を救う事はできません。
明日には出立の準備を致しますのでお引き取り下さい」
そう言って、ハデスは双子の前にひざまずいた。
「せめて、あなた方が私を打ち負かした証明書をお渡ししましょう」
……なんて人だ。
そんなもの、何の気休めにもならない。
むしろ、それを見る度に、この子らは苦い今を思い出す。
「これで、どうか――」
パチン。
アルテミスがハデスの頬を叩いた。
いい気味だと思った。
子供を、正論で突き放した伯父の報いとしては生ぬるいが。
「「ひゃ……!」」
なんだ?
二人が怯えた様な声を上げている。
床に眼鏡が落ちている?
ハデスの瓶底眼鏡だ。
アルテミスが叩いた時に、外れたのだろう。
私はふとハデスの顔を見た。
……見てしまった。
「…………ッ!!?」
全身が凍りついた。
その眼を見た瞬間、心臓が止まったかと思った。
あまりにも鋭く冷たい瞳。
怖くてたまらず、逃げ出したいのに、その視線から目を逸らせられない。
いっそ我が身を差し出し、支配されたい。
そんな願望が頭をよぎった。
たった今、この男に対し失望したはずなのに。
「ヒドイなぁ――」
「……は!」
いったい何がどうなっていたんだ?
気づけばハデスは眼鏡を拾い上げ、かけ直していた。
「メガネ攻撃は反則でしょ?」
そう言ってハデスは去っていった。
呆然とする中、ただひとり平然としていたポセイドンが口を開く。
「仕方ねえ!
お前らウチに来い!」
「「でも……めいわく……」」
「関係無え!
お前ら今日からウチの子だ!!」
ポセイドン最高!
ゴチャゴチャ理屈で否定するハデスとは大違いの気持ちよさだ!
こっちが上司だったら良かったのに。
……就職先、間違えたかなぁ?




