第29話 「お前ら、遊ぶの好きだろ?」
「これよりこの地は、このコイオスの管理下に置かれる事となる。
この里が安全である事が確認されるまでの間、我々の指示に従って貰いたい。
では、諸君らの協力に期待する!」
クレイオスが王に町の独立を願い出て数日。
王は自治を認める代わりに条件を提示してきた。
それは異形化した人々が、民に害を成さないかを確認するというものだった。
勿論コイオスの差し金である。
コイオスはゼウスとプロメテウスを呼びつけてきた。
「随分と発展しましたなぁ? ここは。
我が弟クレイオスも大層気に入っておる様だ」
「クレイオスさんには大変お世話になりました。
先日も迷子を捜し―――」
「そうでしょうなぁ。
畏れ多くも陛下に直訴するなどと、随分と肝を冷やしましたぞ?
陛下は寛大なお方ゆえ事は成り申したが、今後は控えて頂きたいものですなぁ?」
「はい! 以後、気を付けます!」
尊大な態度のコイオスに、ゼウスはペコリと謝っていた。
(コイオスの野郎……!
好き放題言いやがって……!)
「それはそうと、ゼウス殿?
あの化物共はどこにおるのかね?」
「ば、ばけもの……」
「おっと、これは失敬。
そなたのご友人であったな。
で?
すぐにでも彼らの調査を始めたいのだが?」
「は、はぁ……。
それでしたら」
「な! に! ぶ! ん!
急! な事でしたのでっ! しばしお待ち頂きたいっ!!」
プロメテウスは語気を荒げて話を遮った。
「これはこれは、プロメテウス殿ではないか?
そんな所にいたのかね?」
「ええ! 最初からね!」
「丁度良い。
そなたには随分と世話になったのでな。
礼を言っておきたかったのだ」
(……礼だと?)
言うとコイオスは、プロメテウスの耳元で嫌らしく囁いた。
「大人しくしておれば見逃しておったものを……。
欲を出し過ぎたな……」
「――――ッ!」
「クレイオスを唆した様だが、この儂はアレほど間抜けではないぞ?」
「ククク!」とコイオスは勝ち誇った様に扉に向かった。
「ではこれにて。
何分忙しいのでね。
ゼウス殿、手配が整い次第呼んでくれたまえ」
「あの、よろしければこれを――」
「要らん。
そんな子供騙し、クレイオスにでもくれてやれ」
ゼウスが渡そうとした黄金の林檎を無視すると、コイオスは横柄に振舞い出ていった。
ゼウスが林檎を持ってしょげていたので、プロメテウスはコイオスの言う通りクレイオスへの手土産とした。
「すまぬ! 儂の力不足である!!」
いつもの酒場でクレイオスは頭を下げてきた。
彼は当事者という事もあり、コイオスの配下として従軍していた。
「いや、アンタはよくやってくれたよ。
聞けば異形の人々に害が無いとわかれば認めてくれるって事なんだろ?」
「うぅむ……。
そうではあるのだが……」
「まぁ、アンタの兄貴がただの調査で帰ってくれるとは思えんがな。
俺への復讐もあるだろうし」
「ただ、兄上の発言力は大きい。
何か陰謀があるにせよ、お主らの潔白は儂も知るところである。
どうでるのか、皆目見当もつかぬ!」
「まぁ、なるようにしかならんさ」
そう言ってプロメテウスは林檎を差し出した。
「おお! どうした? これ」
「コイオスが要らんからアンタにってさ」
「ふむ?」
「そんな子供騙しは通じんとさ」
「ま、兄上が言いそうな事だわい!」
「そう言えば、アンタは好きだよな? これ」
「うむ! いつかお主が言っておった品種改良というやつ。
あれは他にも不思議な物をつくれるのであろう?」
「あ――それで、他には無いのかとせがんだのか」
「儂は新しい物に目が無くてのう!
お主らの様な若者が、儂らの及びもつかぬ物を生み出していくのが面白い!」
(……子は宝、か)
クレイオスと別れた後、プロメテウスはゼウスたちと今後の打ち合わせを行った。
久しぶりに全員揃い踏みである。
ゼウスは調査が終わるまでの詳細を兄弟たちに説明した。
「という事になったんだけど……」
「っつーことは何か?
そのちょーさってのが終わるまで仕事しねーでいいんか!?
ひゃっほーうぃ!!」
「さて、バカは放っておいてだな」
小躍りするポセイドンを無視し、プロメテウスが交代した。
「まず異形の人々の調査だが、必ず俺たちの誰か二人以上が同行する事。
それと絶対にあいつらの住処をバラさない事だ」
「そこまで慎重になる必要はあるの?」
「コイオスはクレイオスと違って非道な潔癖野郎だ。
ろくな調査もせずに暗殺される危険がある」
「じゃあ、僕たちが守ってあげないとね!」
「そうだ。
あと、もう一つ問題なのは、調査が終わるまで観光事業は休業状態になる。
一時的とはいえ、この町のほとんどの人間が暇になってしまう訳だが……」
「うえーい!! ちょーよゆー!!」
「……遊び人のアーティはともかく。
生真面目な連中はそれで納得するかどうか。
取り敢えずはコイオスの配下たちの相手をさせているが……」
「新しい産業が必要かな」
ケイロンの発言に一同は「う~ん」とうなった。
そもそも、良い案があるなら既に採用していただろう。
「じゃーよー! みんなで遊べばいいじゃんよー!!」
「もう! ポーったら!
それじゃダメだって先生が言ってるじゃない!」
「……いや、いいかも知れん!」
「ええええ……!?」
プロメテウスの意外な反応にポセイドンは「わーい」と手を上げ、デメテルは「わーい……」と手を下げた。
「お前ら、遊ぶの好きだろ?」
全員仲良く首を傾げた。
ポセイドンのテキトーな思いつきは様々な物を生み出した。
簡単なものはボールや円盤から始まり、ボードゲームに屋外用の物まで開発されていった。
勿論開発には、あの一件以来塞ぎ込んでいたヘパイストスが腕を振るった。
「何にしても。
久しぶりにヘパの楽しそうな顔が見れてよかったよ。
ポーもたまには役に立つもんだね~」
「……だな」
現在プロメテウスは、ハデスとボードゲームで対戦中である。
「クソ! また負けた!
つまらん! やめだ! やめ!」
「まあまあ、怒る事ないじゃない~」
「……フン!」
(……俺が作ったゲームなのに。
双方16のクラスが異なる駒を取り合うゲームだが、開発者の俺が一度も勝てんのは納得いかん……。
そういえばハデス、頭の回転が恐ろしく速いんだったな。
それに記憶力も異常に高い。
どうせ駒の配置を逐一完全に暗記してるんだろうさ)
「機嫌直してよ~。
次は勝てるかもしれないよ?」
「で、ワザと負けるんだろ?
それも、俺に気取られんよう巧妙にな。
……ふざけやがって」
「あははは……。
でも凄いよ、君は。
俺じゃあこのゲームは思いつかないよ」
(……だろうな。
こいつには、自分が何をしたいかっていう考えが欠如している。
だから、何かを生み出すという発想自体が無い。
だがこうやって法則性のあるものを与えてみると、一瞬で攻略できちまう。
何というか、答えそのものみたいなヤツだな)
「たまにはお前も何か作ってみろよ。
誰かの改良版とかじゃなくてさ」
「そういうのは俺向きじゃないよ~」
ハデスは手をヒラヒラさせて誤魔化した。
「俺は皆が作ったものを見守る方がいいかなぁ。
その方が性に合ってるよ」
「……そうか」
(まぁ、それがこいつらしさなのかもな)
「でさ、これって売れてるの?」
「あ? ああ、コイオスの兵隊たちにな。
あの小心者、たかが調査の為に団体でお越し下さったからな。
お陰様で、結構な小遣い稼ぎになったよ」
「……ただでは起きないよね、君も」
「当然!」と、プロメテウスはニヤリと笑った。
レジャー産業は思いのほか順調だった。
屋内用の小さな物から、人が乗って楽しむ大型の物まで建造されていった。
主だった設備が出揃い、住民総出で試乗する事となった。
「じゃあ! 行こう!!」
「おおおおお!!」とゼウスの掛け声で全員が思い思いに乗り物に乗り出した。
堅苦しい挨拶は無しである。
「プ、プロメテウス殿!
我らは何処に行けば……!?」
元ティタン族の年長者たちが、オロオロと尋ねてきた。
どうすればいいのかわからないらしい。
「好きなやつに乗ればいいじゃねえか。
テミス女史もノリノリだぞ?」
ジェットコースターに目を向けると、テミスが奇声を上げてはしゃいでいた。
ケイロンも乗っていたが、相変わらず真顔である。
「あああ……あの様に高い所から……!」
「確かにおたく等には難度が高かろう。
お勧めはあれだな」
プロメテウスは観覧車を指差した。
(……何で俺がおっさん三人組とこんな事になってんだ?)
「ひゃっ!? 高い!!」
「乙女か!? お前らは!!」
「しかし! こんなに高くては……!!」
(やれやれ……)
プロメテウスは彼らが落ち着くまでボーっと外の景色を眺めていた。
「と、ところで、プロメテウス殿?」
「あ? もう落ち着いたのか?」
「う、うむ!
それより、ここだけの話なのだが……」
(ん? 何だ? 改まって)
「なぜ、その……あの者たちの事を黙っておられた……」
「異形の人々の事か?
時期を見て紹介するつもりだった。
また騒がれては敵わんからな」
「……それを言われると我らも辛い。
あの……ゼウス殿は我らを疎まれてはおられぬか?」
(……なに?)
「そんな事は無い。
あの件について、ゼウスの口から気にして無いと聞いただろう?」
「た、確かにそうではあるが……」
「流石にもうわかっているとは思うが、ゼウスは純情な男だ。
いくら息子をなじられたからといって、いつまでも根に持つ様なヤツじゃない」
「は……はぁ……」
(……こいつら、この期に及んでまだゼウスに不信を抱いてるのか?
呆れた連中だな。
……まぁ、元々差別されてきたヤツらだからな。
そういう連中の方が、かえって自分より下だと思ったヤツを差別するもんだ。
だからゼウスと仲の良い異形の人々を妬み出したのか?
……早々に手を打つ必要があるかもな)
一抹の不安を頭の片隅に置いておき、プロメテウスはゼウス親子と合流した。
「よう! ヘパ!
流石はお前の自信作!
快適な乗り心地だったぞ!!」
「えへへ、ありがと」
ヘパイストスは照れた様に喜んだが、以前の様にはしゃがなくなった。
(まあ、こいつももう年頃だからな……)
「チィース! ヘーパー行こ?」
「あ、うん!」
アーティに誘われてヘパイストスはモジモジしながら走って行った。
「へぇ~。
やるじゃねえか、お宅の坊や」
「もう! 茶化さないで下さい!」
「あはははは!」
ムスっとむくれたヘラだったが、夫の笑い声で機嫌を直した。
「……でも、彼女には本当に感謝してるんです。
あの子にガールフレンドができるなんて……!
ちょっと年上ですが……」
(……普段言わないが、親としては心配だったろうなぁ)
「しかし、あれ程アーティを毛嫌いしてたヘラが、感謝ときたか。
俺もあのねえちゃん割と好きだぜ?」
(ただ、ヘパのヤツ……あっちの方は無事なんだろうな?)
「なにか心配事でも?」
「いや、何でもない」
(息子さんの貞操が心配だとか言った日にゃ、血の雨が降る。
俺の血が……)
ヘラに悟られる前に早々と退散したプロメテウスは、売店にいるポセイドンに声をかけた。
「どうだ? 売り上げは」
「ぜんっぜん!
そりゃーそうよなぁ~!
全員身内だもんな~!」
「コリャ! サボってんじゃないよ!
手は動かしな!!」
「姉御ぉ~!!」
「精が出るな、ヘスティア」
「お! イイところに!!
ホラ!
これ、働いてる連中に持っていっとくれ!」
プロメテウスは小さなコックに大量の弁当を手渡された。
「ととっと!
こりゃ連中喜ぶな。
おい、ヘスティア。
ポセイドン、借りてくぞ?」
「あいよ! ポー、しっかり手伝ってきな!」
「あいさー!
うっしっし! これで遊べんぜよ!!」
「いいから持てよ」
ポセイドンと大量の弁当を抱え、乗り物を動かしている連中に差し入れをした。
「お疲れさん! 腹減ったろう?
小さき女神からのお恵みだ」
「「「「「フォオオオオオオオオ~!!!」」」」」
機械を動かしているのはアーティのツレ達だった。
彼らは交代しながら弁当を広げた。
ついでにポセイドンも一緒に。
「調子はどうだ?」
「ウス! バリバリよゆー的な!?」
「そりゃ頼もしい限りだ。
それにしてもよく働くな、お前ら」
「ちょー楽しーんで、これ!」
(ホント、キュプロス出身者には頭が下がる。
チャラいが勤勉なんだよなぁ)
「無理はするなよ?」
「「「「「あーざす!」」」」」
「ごっそさん! じゃーなー!!」
(……お前が持て成されてどうする?)
一通り園内を周り、男二人は展望台でだべっていた。
「いや~たのしーねぇー!
みんなで騒ぐっつーのもよー!」
「そうだな、随分と久しぶりだ」
(この所、あれこれ働き詰めだったからな。
こうして皆一緒ってのはいつ以来だろうか――)
「でもよー。
おめーが来てから色んなモンができてよー。
ぶっちゃけ! 最初はもっと根暗なヤツだと思ったけどよー。
ありがとな、タイショー」
「どうした? 変な物でも食ったのか?」
「へへ! ヘンなモンつったな?
姐さんに言いつけっぞ!?」
「このやろう。
お前こそ、随分と口が達者になったじゃねえか!」
ポセイドンとじゃれ合っていると、視線を感じた。
「ん? デメテルか?
何を隠れてるんだ?」
「え!? ぐぐぐ、偶然ね!!」
挙動不審のデメテルに苦笑いしつつ、プロメテウスが手を差し出した。
(……少しは応えてやらんとな)
「まだ、乗ってないやつがあってな。
一緒にどうだ?」
「ええええっ!!?」
デメテルは耳まで真っ赤にしてモジモジと悶えた。
まだ手を握れないでいる。
「さってっと!
空気の読めるオレ様は退散するとすんぜー!!」
「もう! ポーったらあ!!」
嵐の様に、空気の読めるポセイドンは去って行った。
「ええっと、じゃあ……」
直後、無情にも終業の鐘が鳴った。
「「あ…………」」
ガッカリと落ち込むデメテル。
見かねたプロメテウスは、彼女の手を掴んで走り出した。
「えっ!? ちょっ!?」
「行こうぜ? 皆待ってる!」
「え、ええ……!」
チラッと見たデメテルの顔は、満更でもなさそうだった。
(ごめんな、デメテル。
今の俺にはこれが精一杯だ……。
今回の件が片付いたら、そうだな……。
……デートのひとつぐらいなら、クリュも許してくれるだろう)
一同集合し、記念撮影を行う事となった。
ちょっと前に発明されたカメラのお試しである。
撮影の音頭はやはりゼウスがとった。
「はーい! いくよー!!」
「待てゼウス! お前が入らんでどうする!?」
「わわわ! ちょっと待ってー!!」
カシャリと、少し間の抜けた集合写真ができた。