第28話 「……やり過ぎたか?」
「却下だ」
「……すまん。忘れてくれ」
ハデスと異形の人々の今後について、プロメテウスはケイロンにある提案をしたのだが、即ダメ出しを食らっていた。
「彼らを見世物にして少しずつ世間に認知させる。
あくまでこれは芝居や演出だと誤魔化し、時を見てその正体を明かす。
仮に無理そうであるならば、そのまま役として演じ続ける。
そうすれば、気兼ねなく町で暮らせるだろう、と。
確かに的を射た作戦ではあるが、どうしたね?
仮に私が同じ提案したら君、怒ったろう?」
「ああ、ぶっ飛ばしてた。
……だから、すまんと言ったじゃないか」
「ま、思いついたアイディアを言いたくなるのはわかるがね。
ハデスあたりは気兼ねなく応じると思うが?」
「あいつは合理主義者だからな。
自分がバカにされようが屁でも無いらしい。
ただ自分が町に住むリスクを危惧している。
何かの拍子で観光事業が傾いたら大変だ、だとさ」
「実に彼らしい」
「な」
「ともかく、現状では彼らが町に移住するのは難しいと言わざるを得ない。
都への対応も次の段階に進めなければ」
「ああ。
いつまでも林檎だけじゃ誤魔化しきれんだろう。
前にハデスにも言ったと思うが、人間様は強欲でいらっしゃるからな」
話し合いから数日後。
通例行事として都からクレイオスが使者として派遣されて来た。
クレイオスはいつも通りの厚遇に上機嫌であったが、やはり土産について難癖をつけてきた。
「いやあ、別に文句は無いのだが、何せ毎度同じというのも味気無い。
そうは思われぬか?」
「仰る通りにございます」
プロメテウスは舌打ちを心の中だけに留め、ニコニコと媚びへつらった。
そして、既に用意していた品々を持ってきた。
「おお! なんと華美な宝物の数々!
都の宝にも引けを取らんぞ!?」
(当然だ。
なにせ、その都から取り寄せた物なんだからな。
黄金の林檎が本物の宝になったという訳だ)
目を輝かせるクレイオスに、ニヤリとほくそ笑むプロメテウス。
傍から見ると、悪代官と悪徳商人にしか見えない。
「だが、要らぬ!」
(なんだと!?
……やり過ぎたか?)
「お気に召しませんでしたか?」
「いや、欲しい。
だが、お主の魂胆は見えておるぞ? プロメテウス。
これ程の品々を見せつけたのだ。
さぞ、儂の機嫌を取りたかったであろうなあ?」
(……こいつ、鋭いぞ?
クレイオスのクセに……!)
平静を装うプロメテウスだったが、予想外の展開に目が泳いでいた。
その様をクレイオスは満足げに眺めている。
「申してみよ?
このクレイオスに、如何な難題を吹っ掛けるつもりであった?」
(……ここは正直に言う他無いな)
「流石はクレイオス様!
その―――」
「御託は良い。
要点だけ申せ」
(く! マジかよ!? 手強い……!)
「実は、陛下にお願いしたき儀がございまして……。
その……なんと申しますか……」
「何だ? ハッキリ申せ。
それとも儂が当ててやろうか?」
「え……!?」
「そなたらの自治を認めて欲しいのであろう?
どうだ!? 図星であろう!?」
「は、はい……!」
「フッフッフッフッフッ!!」
ピタリと言い当て、クレイオスは得意げに笑った。
(……マジで図星だ。
そうか! コイオスの入れ知恵――)
「言っておくが、兄上は関係ないぞ?
お主、儂をただのボンクラ貴族と思っておろう?
フフン!」
今度は思い切り鼻を膨らませ「まいったか?」と腕を組んできた。
今日のクレイオスは一味違う。
(……チクショウ。
やるじゃねえか、オッサン!)
「あ、あのう、クレイオス様……」
「それだ。
その変にへつらった態度が気持ち悪い。
知っておるぞ?
お主、我が兄コイオスを奸臣と罵ったそうではないか。
そんなお主がこうも下手に出るなど、裏があるとしか思えぬわ!」
クレイオスに言い負かされ、タジタジのプロメテウス。
今回彼は己の敗北を認めざるを得なかった。
交渉決裂は、火を見るよりも明らかである。
「敬語は要らぬ。
お主の真を聞きたい」
そう言ったクレイオスの目は真剣そのものだった。
今の彼には王に選ばれし貴族としての貫禄が感じられる。
「フ、クレイオスのクセに生意気だ」
「ハ! 抜かしおるわ! 小僧!」
クレイオスが挑戦的に指を差し出してきた。
ティタン族流の握手である。
プロメテウスも挑発的に握り返す。
この時初めて、二人は互いに触れ合った。
「じゃあ、交渉決裂ということで」
「ハア? 何を言っておる?」
キョトンと、プロメテウスはクレイオスを見た。
その言葉は思いがけないものだった。
「お主らの申し出、このクレイオスに任されよ!」
「―――ッ!? じゃあ!?」
「無論、兄上は通さぬ!
面倒であるからな!
その方がお主らも都合良かろう?」
ニッとクレイオスは最後のとどめを刺してきた。
「ははっ!
俺の完敗だよ!
でもいいのか?
陛下への直訴となると、アンタにも相応の責任が出てくる。
これら品々は、正当な報酬として用意したつもりだったんだがな」
「だから儂を見くびるなよ、小僧。
儂とて陛下にお仕えする貴族の端くれ。
公平な判断として、お主らに助力するまでである。
それにな、儂もここが気に入ったゆえな!」
プロメテウスの思惑は大いに外れ、交渉は思いがけず大成功に終わった。
(これで今後はより一層やりやすくなった。
まだクレイオスのおっさんが信用できるかはわからんが、悪くない関係だ。
この調子で正式にクロノスに自治を認められれば、晴れて俺たちは安泰だ。
あと少し。
……あと少しだ!)
その後ふたりは場所を酒場に移し、語らった。
特にコイオスの悪口で大いに盛り上がっていた。
「でな! 兄上ときたら何時間もクドクドと宣うのよ!」
「フ! あのオッサンらしい!
弟分は辛いな」
「そういえば、お主の兄はあのアトラス殿であったな。
昔、悪竜討伐でご一緒したが、正に質実剛健そのものであられた!
普段寡黙なれど味方に危機あらば、矢の如く馳せ参じこう言うのだ!
「よくやった! 後は任せろ!」とな!
かく言う儂も何度も助けられたものよ!
あの御仁は家でもああなのか?」
「ああ。
アトラスはいつでもアトラスだ」
「痺れるのォ~!
同じ兄でもこうも違うものか!」
自慢の兄を褒められ、プロメテウスはすっかり気分を良くしていた。
そこでふと、クレイオスは何かを思いついた様に言った。
「ん? そうか。
此度の話。
首尾よくいけば、お主は都に戻れるやも知れぬという事か?」
「……まぁ、考えなくは無かったが。
あれだけ啖呵切って今更戻るのもな……」
「何を言っておる?
別に縁を切った訳でもあるまいに。
陛下がこの地をお認め下されば、ここに隠れ住む事もあるまい?」
クレイオスの指摘にプロメテウスは悩んだ。
そんな事はとっくに思い至ってはいたが、まだ踏ん切りがついてなかった。
「……俺はティタンを捨てた身だ。
守るべき妻を置き去りにし、尊敬する兄の手を振り払った……」
「それは慮ってのことであろう?
別に嫌ってもいないのであれば、よりを戻せば良い。
いっその事、この地に奥方だけでも呼び寄せれば良いではないか?」
「…………ああ」
プロメテウスは難しい表情で曖昧にぼかした。
「ふうむ。
天才プロメテウスも存外阿呆であるな!」
「……なにぃ?」
「まっこと大切な想い人なれば、是が非でも守り抜けィ!!
例え如何なる理由があろうが、一時手放そうがな!
それが、漢の甲斐性というものであろうが!?」
「―――――ッ!!」
「まったく……!
そんなこともわからんとは!
兄君が嘆かれるぞ!?」
「ふんぬ!」とクレイオスは喝を入れた。
その様は、軟弱な若者を窘める年長者のそれだった。
「ははは……!
まさかクレイオス様にお説教頂くとは、夢にも思いませんでしたよ。
不肖このプロメテウス!
卿のお言葉、肝に銘じておきましょう!」
「うむ! 苦しゅうない!」
「「ハハハハハハハ!!」」
二人がふざけ合っていると、馬が駆ける音がした。
(ん? ケイロンか?)
「ちょっと失礼」
「うむ!」
クレイオスを店に残し、プロメテウスは辺りを見渡した。
(やはり、ケイロンか。
何か慌てた様子だが……)
「おーい! ケイローン!!」
「プロメテウスか!
もう接待は終わったのかな?」
「ああ、今クレイオス閣下とお茶してるトコだ」
プロメテウスの手振りで店内を覗くと、クレイオスが笑いかけてきた。
「……君、どんな魔法を使ったのだね?」
「案外良いオッサンだったってことさ。
それより、急ぎの様だが?」
「ああ、そうだった。
この辺で小さな女の子を見なかったかね?」
「……いや、見てないな。
迷子か?」
「ああ、そうなのだ。
ゼウス達にも探してもらっているのだが……」
「俺も探そう」
「いいのか?」
「良かろう!!」
突然の大声に彼らはビックリした。
誰あろう大柄の貴族クレイオスである。
「どうやらお困りの様子!
勝手ならがこのクレイオス、助太刀致そう!
者共出会えええええええィ!!」
「「「「はっ!!」」」」
突然現れた兵士四人に、二人はまたも驚いた。
「親と逸れた女子がおるようだ!
子は国の宝である!!
急ぎ見つけ出し保護するのだ!! 行けィ!!」
「「「「はっ!!」」」」
クレイオスの部下四人は、風の如く消えて行った。
「たかだか四人で申し訳無いが、今は手勢がおらぬでな。
情けない限りよ」
「いや! 助かりますよ!」
「さあ! こうしてはおれん!
我らも行くぞ!!」
「「は!」」
クレイオスのペースに巻き込まれ、二人は当然の様に後に続いた。
(流石はティタンの将校。
統率力ならアトラスより上かもな。
今日はこのオッサンに驚かされっぱなしだ)
「プロメテウス!
お主は勘が良い!
子供の行きそうな場所に心当たりは!?」
「公園か、遊技場。
工事中の一角って場合もあるな」
「ならばその一角であるな!
他二つは危険でもあるまい!」
「「は!」」
クレイオスを先頭に工事中の区画、遊技場、公園、その他の施設を回ったが、子供はいなかった。
空を飛べるゼウス夫妻も捜索に参加したが、夕方になっても見つからなかった。
「あそこは捜したのか?」
クレイオスは彼方を指差した。
そこは、異形の人々のいる区域だった。
(……まずい。
いくらクレイオスと打ち解けたとはいえ、異形の人々を見れば破談になりかねん。
……どうする?)
「おお!! 見つかったか!!」
「あれは……!」
振り向いたプロメテウスの目に映ったのは不審な男。
ふざけた仮面を付けた男が、小さな女の子を抱えて歩いて来る。
「ハデス!!」
「やあ、皆さんお揃いで」
ハデスは気軽に声をかけてきた。
子供の両親を確認すると、少女を降ろし「バイバイ」と手を振った。
「これにて一件落着であるな!」
「お騒がせしました、クレイオス殿」
「なぁに! 中々に良き一日であった!
さて! そろそろ部下を引き上げさせるか!」
クレイオスの大きな号令で即座に部下たちが帰って来た。
「うぬ? 一人足りぬな。
どこで遊んでおるのか」
「閣下!!」
「おう!
やや!? なんじゃ!? それは!?」
「――――――ッ!!」
その場に居合わせた人々はどよめいた。
部下の一人が連れてきたのは、異形の姿をしていた。
「は! 少女捜索中に発見致しました!」
(クッ! クレイオスの反応は!?)
プロメテウスはクレイオスの様子を窺った。
その目はやはり、化物を見るような感じだった。
「ふうむ。
これが例の……」
(……そうか、仮にもコイオスの弟。
異形化した人間について、事情は知っているのか?)
「プロメテウス。
そやつはお主の知り合いか?」
「……ああ」
「で、あろうな……」
クレイオスは黙り込んだ。
何かを決めかねている様だった。
しばしの時、沈黙が続く。
そして、「やむを得まい」と決心した。
「その者らの件、陛下にご報告する!」
「な! ちょっと待ってくれ!!」
「心配めさるな!
このクレイオスの名に懸け、決して悪い様にはせん!
無論、彼らも含めたこの地の独立を、陛下に願い出る!」
「……ああ、頼む」
肩を落とすプロメテウスに、クレイオスは肩を叩いて励ました。
「そう気を落とすな!
お主も知っておろう?
我らが“王”は慈悲深いお方である!」
「ああ、わかっているさ」
「では! これにて御免!!」
クレイオスは部下を引き連れ都に帰って行った。
幸いな事に、異形の彼を捕える事はしなかった。
プロメテウスらを信じての事だろう。
(……そう、わかっているとも。
クロノスは慈悲深く、聡明なお方だ。
だがそれは、“ティタンの民”に対してだ。
民が異形を恐れるなら、クロノスは容赦をしないだろう……)
全く予期せぬ憂き目に、プロメテウスは思い悩んだ。