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第27話 「お前は優し過ぎる」

(クソ! ゼウスはどこだ!?)


 プロメテウスは、独り会場を立ち去ったゼウスを追っていた。

 日が沈み、辺りが街灯に照らされている。


(何で俺が感情的になっちまったんだ!?

 一番辛いのはゼウスとヘパイストスだ!

 ……助けてやった奴らに化物なんて言われて……!

 ゼウス……!

 あいつの事だ、早まった事はしないとは思うが……!)


 思いとは裏腹に、彼の思考は的確にゼウスの痕跡を拾っていく。


(足跡が新しい。

 大きさ歩幅からして体格は俺よりやや低い男性。

 ……途中から走ったな)


 焦りとは別に冷静に分析する自分に苛立ちながら、捜索を続けるプロメテウス。

 やがて人気の無い場所でゼウスを見つけた。


(いた!

 ……だが、どう声をかけたらいい?

 クソ、こういうのは俺向きじゃない……!

 俺みたいなやつに慰められた所で、

 また無理をしちまうんだ……! あいつは……!)


 プロメテウスがあれこれ悩んでいると、ポツリと声が聞こえてきた。


「……メティス……。

 僕には……無理なのかなぁ……?

 …………………………君なら……」


 うわ言の様に呟くゼウスの声は、今にも消えてしまいそうな程に心細そうだった。

 縋るように俯くゼウスの先には、小さな花が沢山植わっていた。


(……メティス?)

「やはり、ここにいたのですね……」

「……ヘラ?」


 夜に紛れる様にヘラが静かに言った。

 どうやら彼女も夫が心配で来たらしい。


「……ヘパイストスは?」

「家に帰しました。

 ヘスティアに頼んだので、大丈夫」

「……そうか」

「……ええ」


 黙り込む二人。

 共にゼウスの身を案じて駆け付けた筈なのに、声をかけられないでいる。


「……声をかけてやったらどうだ?」

「それは……そうなのですが……」

「ヘラ?」


 煮え切らない態度のヘラだったが、何かを決心した様に口を開いた。


「あそこには、メティスがいるのです」

「……墓標か」

「ええ…………。

 ………………。

 メティスさんは、ゼウスの――何だったのでしょう……。

 恋人――ではなくて、初恋?

 ごめんなさい……。

 まぁ、そんな感じの人でした……」

(……女、か)

「……ハデス兄さんの瘴気に最初に気付いた人で……。

 …………その犠牲になって……!」

(……死んだ、か)

「それ以来です。

 夫が誰にでも優しくなったのは……。

 それまでは頼りない人だったのですが……」


 ヘラは寂しそうな、懐かしそうな、曖昧な表情で続けた。


「メティスさんがいつも言っていたんです。

 信じて欲しければ、まずは自分が信じること。

 優しくして欲しければ、まずは自分から優しくするの、って」

「……優しく、か」

「だから自分の境遇を恨んじゃ駄目。

 自分が死ぬのは誰のせいでもないって……」

(……そしてハデスは兄弟と距離を置いたのか)

「……彼女に言われたの。

 ゼウス(あのこ)をお願いね?

 あのこ、泣き虫だからって……」


 プロメテウスは「……そうか」としか言えなかった。


「……やはり声をかけたらどうだ?」


 「夫婦だろ?」とプロメテウスは訴えた。


「……そうですね。

 ありがとう、プロメテウス。

 話を聞いてもらって、楽になりました」

「そりゃ良かった。

 ほら、ダンナが待ってるぜ?」

「ええ……!

 ―――――なっ!?」

「あ…………!?」


 二人は同時に固まった。

 ゼウスの傍に駆け寄る女が一人。

 それは泣き崩れたテミスだった。


「ごめんなざ~い!

 わだじはなんてひどいことを~!!

 ぶわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


 グッチャグチャだった。

 ティタンの淑女らしからぬ、顔中の穴から全ての汁を垂れ流すが如きガン泣き状態。

 ゼウスは宥めるのに必死で悲しむ暇を失っていた。


「……あの女!」


 ビキィッ! とヘラのこめかみから音が聞こえた様な気がした。


(こえぇ……)

「なあ? 今度こそ、嫁の出番なんじゃないのか?」

「今私が出ていったら話がこじれてしまいます!

 もうこれ以上……あの人に……負担をかけたくない……!」


 シクシクと泣き出すヘラをプロメテウスは「ゼウスは果報者だな」と慰めた。


(ヘラは良い嫁さんだと思うんだがなぁ……。

 その奥ゆかしさがアダになってんじゃないのか?

 優し過ぎるのも大概だな……)


 後日、プロメテウスは朝一番でゼウスに声をかけた。


「おはよう! 昨日は急に飛び出してゴメンね~!」

(持ち直したか? 流石はゼウス!)

「気にするなよ。

 それより俺の方こそ悪かったな。

 ついカッとなって言い過ぎた」

「ヘパの為に怒ってくれたんでしょ?

 正直胸がスッとしちゃった!

 彼女達にも感謝しないと!」


 ゼウスは少しイタズラっぽく言った。

 食事中のアフロディテたちに手を振って。


「フ、そう言われると救われる」

「いつも冷静だからビックリしたけどね~」

「そうか?

 俺、割と短気だぞ?」


 「言われてみれば!」と茶化すゼウスを見て、プロメテウスは安堵の溜息をついた。


(もう、大丈夫そうだな)

「あ、あのぉ……」

「……何だ?」


 彼は素っ気なく空返事をした。

 声をかけてきた相手が、昨日口喧嘩したティタン族だったからである。


「き、昨日は大変失礼した……。

 その……もしよろしければ……食事を――」

「結構だ。ゼウス、行こう」

「お、お待ちを……!」

「まあまあ! ご飯ぐらい一緒に食べようよ~!」


 スタスタと遠ざかるプロメテウスをゼウスが引き留めた。

 ゼウスに引き留められては逃げる訳にもいかず、彼は食卓に着いた。


(……ゼウス、お人好しにも程があるぞ?)

「で? まだ何かご不満でも?」

「そ、そんな! 我らはただ……非礼を詫びに……」

「なら、ヘパイストスにも直に謝るんだな」

「こらこらプーちゃん、その辺にしときなって」


 「そういうの良くないよ?」とゼウスに肘で突かれた。


(……これじゃあ俺がガキじゃねえかよ)

「……悪い。大人気なかったよ」

「皆さんもそう気にしないで。

 僕も息子も、気にしていないので!」


 手をズイッと前に出し格好良さげに目を瞑るゼウスに、ティタン族たちは頭を下げた。


「なんと寛大なるお方であろう!

 我ら一同! このご恩に報いたく存じまする!」

「……あ~ええっと……」


 ゼウスは困り果ててプロメテウスに目で助けを求めた。


(お、困ってる困ってる。

 ゼウスのやつ、敬われるは苦手の様だな。

 一応王子様なんだがな、こいつ)

「そんなに言うなら、早速役に立ってもらおうか」


 朝食を終えて、彼らがやって来たのは観光客向けの店や宿の並ぶ区画だった。


「今日からここがお前らの職場だ。

 仕事は都のやり方とほぼ変わらん。

 わからない事は先輩方に聞けばいい。いいな?」

「ちょっとお待ちを!」


 「じゃ!」と去ろうとしたプロメテウスに、待ったをかけるティタンの面々。


「なにか?」

「我らはティタンを追われた身……。

 都からの客人と接するのはちょっと……」

「そうか……折角のチャンスをと思ったんだが、残念だったな」

「ちゃ、チャンス?」

「お察しの通り。

 ここを訪れるのは、そのほとんどが都からのティタン族だ。

 同郷の士なら、きめ細やかな接客ができるだろうと踏んだんだが。

 そうか、イヤか?」

「い……いやというか……」

「それに抵抗ある仕事を率先してやるってのは、

 ゼウスへの恩返しになるまいかと、そう思ったんだが――」

「「「「「「「「「「やらせて下さい!!」」」」」」」」」」

「俺に言ってどうする! お前らは誰の為に働く!?」


 言われて彼らは一糸乱れぬまとまりで、ゼウスに向き直った。


「「「「「「「「「「やらせて下さい!!」」」」」」」」」」

「ふぁい! お願いします!」


 熱意に気圧されるゼウスに一礼し、彼らは張り切って職場に向かって行った。


「いいのかなぁ……。

 イヤな仕事を無理矢理に……」

「別に強制した訳じゃない。

 あくまで連中がやると決めたんだ。

 お前が気に病むことじゃあないさ」

「……でも、僕への恩って……」

「あのな、ゼウス。

 お前は優し過ぎる。

 それは立派な事だがな、時には厳しさも必要だ。

 何もかも甘やかしてちゃ相手の為にもならん」

「うっ! そういうのは苦手だなぁ……」

「なぁに。

 別に気取る必要は無い。

 ただ、仕切るだけだ。

 仕切られた方が楽だったりするんだぞ?」

「……そういうものかぁ」

「そういうもんだ」


 はぐれティタン族たちの処遇も決まり、取り敢えず此度の一件は収束した。

 プロメテウスは久しぶりにハデスの住処に立ち寄った。


「一時はどうなる事かと思ったが、この分なら何とかなりそうだ。

 本当にゼウスには頭が下がる。

 最近じゃあ俺もあいつに頼りっぱなしだ」

「そうなんだ。

 弟が順調に成長している様で嬉しいよ」

「……なぁ? お前、いつまで火口付近(こんなところ)にいるんだ?」

「人が増えたからね。

 俺の体質(・・)は弱まっても、普通の人が見たら怖がるだろうし」


 「あははは」と、ゼウスと全く同じ仕草でハデスは笑った。

 同じ笑い方なのに、やはり何故だか薄気味悪く響く。


「それなんだがな、これだ!」

「ナニコレ?」


 プロメテウスが取り出したのはお面だった。

 思わず吹き出してしまいそうな、ふざけたお面である。


「どうだ?

 如何に恐怖のハデスさんといえども、これを付ければ一発で人気者だ」

「へぇ~」


 「付けてみろよ」と手渡され、ハデスはさっそくお面を被った。


「―――――ッ!!?」

「どう? 似合う?」

「似合う! 似合う!

 これなら大丈夫だ!」


 プロメテウスは尻をつねって笑いを堪えた。

 もうただの変質者にしか見えない。


「ありがとう。

 そのうち町に降りてみるよ」

「ああ、たまには顔を見せに来てくれ!」


 「その面をな!」とプロメテウスは自分で言っておかしくなった。

 ひとしきり笑った後、プロメテウスは真面目な顔で向き直った。


異形の人々(あいつら)はどうしてる?」

「ん? 元気――ではないけど、相変わらずだよ。何で?」

「いや……。

 このところ人が増えたからな。

 特に今回は元ティタン族の連中だ。

 あいつらにはまだ窮屈な思いをさせる事になる……」


 「すまんな」と言外にプロメテウスは頭を下げた。

 それもその筈、異形の人々の面倒を見ているのはハデスだったからだ。


「聞いたよ。

 ヘパイストスの件。

 大変だったねぇ?」

「……ああ、あの親子がな。

 意外にもキュプロスの連中が落とし前付けてくれてな。

 中々骨のあるやつらだよ」

「ふぅん。

 でも、よくわからないなぁ。

 顔がちょっと(・・・・)違うだけで、化物とかさ。

 ティタン族って、そんなに面倒くさい価値観なの?」

(ん? ちょっと?

 ……ああ、ゼウスと同じで気を遣ってくれてるのか?)

「ああ、ティタン族ってのはそういうもんだ。

 俺が言うのもなんだが」

「そうかぁ。

 顔なんて皆違って当然なのにねぇ」

「そう、だな」

(……なんだ? この違和感は?

 ハデスの言ってる事は正しい。

 何もおかしくはない。

 なのに……何で俺は違和感を覚えたんだ?)

「ん? どしたの?」

「いや、何でもない。

 とにかく落ち着いたら、皆で引っ越して来いよ。

 手伝うぜ?」

「ありがとうね。

 皆にも聞いておくよ」


 ハデスと別れ山を下る途中、プロメテウスは異形の人々(かれら)の家を脇見した。

 ヘパイストスが設計した、頑丈で快適な家々が見える。


(……最近あいつらが町中にいるのを見なくなった。

 新しく来た連中に気を遣ってるんじゃないか?

 気後れしてはいないか?

 町の発展に追われ、あいつらを蔑ろにしている気がする……。

 よし! 明日、ケイロンに相談するとするか!

 頼むぜ? ケイロン先生!!)


 「俺からヤツに相談事とはな!」と何処かおかしそうに、プロメテウスは家路についた。

 

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