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第23話 「少しおさらいしよう」

「よし! やれ!!」

「……すいません……勘弁して下さい……!」

「いつものバカ・パウワーは何処に消えて失せた!?

 さあやれ!!

 お前のバカ・パウワーに!!

 俺たちの未来が懸かっている!!」


 名も無き山のとある明朝。

 プロメテウスに叩き起こされたポセイドンは無理矢理巨大化させられた上、彼の発明品の生贄にされていた。

 巨大な車輪にペダルが付いた装置を、足漕ぎで素早く回転させている。


「……もうゆるしてつかあさい!!」

「情けないぞ! ケイロンを見習え!!」

「ヒヒーン!」


 プロメテウスの指差す先、回し車の中を無表情で疾走していた。

 

「こええええええええええ!!!」

「その調子だ!! もっと大きな声で!!

 バカ・パウワーを上昇させるんだああああ!!」


 プロメテウスが喚き散らしている所から少し離れてヒソヒソ声が聞こえてくる。


「テンション高過ぎじゃね?

 なんか言葉使いがインチキくさいし。

 あのポーが敬語になってるよ……」

「あはは~こりゃ重症だねぇ~」

「でも、彼の発明は大したものですわ。

 えっと何でしたっけ? 発電、機?

 これを利用すれば色々なアレコレができると言っていましたが……」

「何かに集中してる時の彼って、言葉足りないよねー。

 まさに天才肌って感じ~?」


 忘れてはならない。

 これはプロメテウス本人の記憶である。

 つまりこの内緒話は、最初から筒抜けだった。


「お! ま! え! ら! も! は! た! ら! け!」

「「「ヒギャアアアアアアアア!!?」」」


 因みに怒られたメンバーは、上からハデス、ゼウス、ヘラの三人であった。

 矛先が代わって開放されたポセイドンは「ざまー!!」とゲラゲラ笑っていた。


「ところでよータイショー」

「何だ?」

「結局あのポンコツは何でぇ?

 あれがありゃあ色々なアレコレができるっつーがよ。

 その色々なアレコレって何なん?」

「フ! フ! フ!

 よくぞ聞いてくれた!!」

「あ……やっべ……」


 不気味な笑いに地雷を踏んだのを察するが、時すでに遅し。

 逃げようとするポセイドンだが、ガシッ! と捕まえられてしまった。

 正座する四人と一匹はプロメテウスの講義を聞く羽目になった。

 涼しい顔で聞いているのは、ハデスとケイロンぐらいである。


「――――で扱いは難しいが、この様に高い汎用性があり―――」

「だああああ!! わかんねー!!」

「つまり、色々できるという訳だ」

「ありゃりゃ、最初に戻ってきちゃったねぇ……」

「俺はこれを電気と呼んでいる。

 電気を発するから発電機、という訳だ」

「難しいな~」

「そう言うがな、ゼウス。

 これはお前の能力を見て着想を得た発明だぞ?」


 ポリポリと頭をかくゼウスに、プロメテウスは目を輝かせて言った。


「お前の能力は、お前ら兄弟の中で一番汎用性が高い!」

「はん……よう……せい?」

「その気になれば、何でも出来るんだ!

 何でもお前の思いのまま! お前次第だ!!」

「は、はぁ……」


 熱心なプロメテウスにゼウスは若干ひいていたが、何かを思いついた様に言った。


「じゃあ僕の力で、みんなを幸せにできるかなぁ?」

「出来るさ! 俺に任せろ! サポートするぜ!」


 ビシッ! と胸を叩いく彼にヘパイストスが寄って来た。


「あれぇ? プーちゃんってそんなキャラだっけ?」

「――!? …………あぁ」


 その無邪気なセリフに、彼は都に置いてきた妻を思い出した。

 妻が自分を呼ぶ時の愛称を。


「ダメでしょ!? それ言っちゃ!」

「……だって」


 どこからともなく現れたデメテルが「め!」と注意するが、肩にポンと手を置かれた。


「気を、遣わんでくれ……」

「ごごご、ごめんなさあああああああああい!!!」


 デメテルは泣きべそがきで逃げ出した。

 夕食後、プロメテウスは独り夜の丘でたそがれていた。

 ……あのぉ、ヘカテさん。

 ちょっとよろしいですか?


『急にどうしまして?

 この所ちっとも声をかけられなかったので、ビックリしましたわ』


 いやぁ、私も彼の壮絶な人生に遠慮して茶々を入れづらかったので……。

 まぁ、それは置いといて。

 ここらでこの時点でのおさらいをお願いしたいのですが……。


『おさらいですか……。

 ならば、彼の意識に呼びかけるのです。

 さすれば知りたい知識を覗けましょう』


 ご助言感謝!

 では、さっそく――――。


(……あの日。

 黄金郷を経って、もう数日か……。

 少しおさらいしよう。

 俺がヘパイストスを追ってティタンに帰った後。

 ゼウスたちは身の危険を感じ、集落を別の場所に移した。

 そして改めて、自分たちの能力について確認したそうだ。

 まず一番わかりやすいのがポセイドンの巨大化能力。

 これは別に再確認しなくていいな。

 実にあいつらしくシンプルだ。

 デメテルとヘスティアについても、あの時見た通りだ。

 ……理屈については今もってわからんが。

 ヘラは念動力。

 物を動かしたり自身を浮かせたりする能力だな。

 使いようによってはかなり強力な力だ。

 だが、それ以上に俺が気になるのはゼウスの能力だ。

 ゼウスの能力は一言でいうと光。

 その光を利用して幻影を生み出したり、物体に影響を与えたりできる能力だ。

 いつかの宴の時に俺たちを浮かせたのは、その変質作用を利用したと言う。

 本人曰く理屈はわからないが、とにかく「テキトー」にやったらできたらしい。

 また、力の出力自体は兄弟の中で一番弱いとも。

 俺はその力に結構期待を寄せている。

 何故なら一番ワクワクする能力だからだ。

 最後にハデスだが、それについては触れられなかった。

 それもそうだ。

 あいつが強いのは、当たり前の事だからな。

 そして俺だが、別段優れた能力は無い。

 だから何か役に立てないかと、あれこれ小賢しく知恵を絞っている最中だ。

 あ、そうそう。

 ケイロンが話せる事を皆にバラした。

 あいつ、滅茶苦茶イジられていたな。

 いい気味だ)

「その分だと機嫌は直ったのかな?」

(おっと、ご本人様の登場か……)

「なんだ? またいつもみたく嫌味でも言いに来たのか?」

「私がいつ嫌味を言ったのだね?」

「これはこれは、自覚無しでいらっしゃる」

「私は真実を告げているまでだ。

 なにも君を悪く言いたい訳ではない」

「ああ……そいつは良かった……」


 これまでのやりとりで相当ケイロンに苦手意識を持ってしまった様だった。

 それを察したのか、ケイロンが歩み寄る。


「……どうやら私は、君を見くびっていたようだ。

 まさか、“王”と友になるとは思いもよらなかった」

「は! ったりめえだ!!

 ……俺もだよ。

 俺だって……思いもしなかったよ……」

「わた―――」

「私を恨んでくれていいってか?

 余計なお世話だ」

「だ――――」

「だが、まだ“ティタン”への未練はあるのだろう?

 フン、いちいち癇に障る野郎だ。

 テメエに心配される筋合いはねえよ。

 これは俺が、自分で選んだ道なんだ。

 それにな、俺は今、ワクワクしてて仕方ないんだよ」

「……何に?」

「クロノスに、あいつらに会わないって言ったことを後悔させてやるんだ。

 お前は間違っていたってな。

 どうだ? 面白いだろ?」

「それは確かに面白いな」

「……だろ?」


 今のやりとりで、初めてケイロンが笑った様な気がした。

 相変わらず世を憂いる賢人然とした態度ではあったが。


(……同じ顔でも、クロノスとは全然違うな)

「ん? プロメテウス、ちょっと……」


 ケイロンの小声に合わせて、プロメテウスは頷いた。


「ねぇ? あの二人怪しくないかい?」

「ちょっとやめようよぉ! 姉さん!!」

「いいじゃないのよさ~。

 それよりアンタ、あの色男に告ったら?」

「ちょ! そんな事できる訳ないじゃない!!」

「じれったいねぇ! もう~!

 彼フリーになったんだからいいじゃないか~!」

「できないよぉ……!

 彼を……困らせたくないの……!」

「アンタ、彼のこと好き過ぎでしょ?

 何がそんなにいいんかねぇ~?」

「そ! だって! 彼、頭いいし! 大人だし! 優しいし! カッコ―――」

「そこで何をしてるんだ? お嬢さん方?」

「「きゃああああああああああ!!?」」


 そう、これは彼の記憶である。

 つまり、彼女らの会話は丸聞こえなのであった。

 ヘスティアとデメテルは顔を真っ赤にして手で覆った。


「ああああ、アタイは用があるんで、これで!」

「あ! ずるい!!」


 ヘスティアは小さな体を木の枝に引っ掛け、その反動で彼方へと飛び立っていった。


「……あのアマ逃げやがったな」

「あの……! その……!」


 アワアワと泣き出しそうなデメテルにプロメテウスは優しく手を頬に添えた。


「落ち着け、別に怒ってない。

 俺を心配しに来てくれたんだろ?」

「は……はい……」


 デメテルはウットリして答えた。


「それより彼と私が怪しいとはどういう事かね?」


 空気を読めずか敢て読まなかったのか、ケイロンが横やりを入れてきた。


「お前な……そういう事言うのに真顔はヤメロ! 真顔は!」

「ヒヒーン!!」


 嘶くと、ケイロンは走り去って行った。


(あいつ、都合が悪くなるといつも嘶くな……。

 まったく、ヒヒーン万能だな)

「あのぉ……」

「おお、すまん」


 いつまでもデメテルに触れていた事に気付き、慌てて離れた。

 少し気まずくなるも、プロメテウスは無言で座り、「お前もどうだ?」と促した。

 デメテルも「うん」と少しホッとして隣に座る。


「……ふぅ。

 綺麗だな……」

「え!? ええ、星、キレーよね!」

「……心配かけたな」

「ううん。

 ……ムリ、してない?」

「……ちょっとだけな」


 言外に、都に置いてきた妻の事を指しているはお互いわかっていた。

 だが、デメテルは気を遣って言えないでいる様だった。


「……後悔してる?」

「……正直言うと、してる。

 でもな。もし、俺がティタンに残っても後悔してたよ。

 だから自分で決めた。

 後悔してもいい様にな……」


 デメテルは悲しそうな目で見つめてきた。

 それは、謝るような瞳だった。


「そんな顔をしないでくれ……。

 悪いのは俺だ……。

 俺は最低の男だ……。

 守るって、愛するって誓ったのに……!

 俺は……!!」


 耐えられず、プロメテウスは泣き出してしまった。

 彼自身、この感情を抑えられない。


「……大切だから、置いてったのでしょ?」


 デメテルの言葉に、我に返った。


「もし私が同じ立場だとしたら、同じ事をしたと思う。

 ……だって、つらい思いをさせたくないもの。

 私、自分に自信が無いから、自分なんていなくたってって考えちゃうの……。

 でもダメだよね? そんなこと言っちゃ……!

 だってあなたを愛してるのだもの……!」


 「奥さんは」と彼女はそっと添えた。

 彼は彼女の好意に応えられない。

 しかし、デメテルの言葉に救われた気がした。


「……ありがとう、デメテル。

 なんか、少し楽になった」

「ほんとぉ!?」

「ああ……! ありがとう……!」

「うふふ! どういたしまして!

 先生には、もっといっぱい活躍してもらわなくちゃだからね!」

「フ! これはこれは。

 期待に応えんと罰が当たるな!」

「そーだよ~!」


 デメテルの「め!」に、自然と気合が入った。

 明くる朝、プロメテウスは皆を集めた。

 一同は、またも新発明の生贄にされると身構えたが。


「皆、聞いてくれ。

 そろそろティタンの連中が動き出す頃だ」

「どーいうこった?」

「俺の読みが正しければ、奴らは嫌がらせをしてくる筈だ」

「いやがらせ? 何でまた」

「この山だ」

「やまぁ~?」

「大地の活性化に伴い、ここは世界最高峰の山と化した。

 つまり、ここは世界一高い場所という事になる。

 そうなると、絶対に連中は見逃さない。

 仰ぐべき王を見下ろす存在を、断じて許しはしない」

「では、どうすれば……」

「俺に、策がある――!」


 彼は不敵に笑ってそう言った。

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