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第21話 「さよなら……」

※鬱回注意!

 輝かしい至高の楽園“黄金郷”。

 その中心部たるオトリュス城の王座に(ましま)す“黄金王”。

 彼の王に賢き者と(はや)された稀代の天才プロメテウス。

 彼は今、畏れ多くも畏れに抗い、楽園に潜む真実を奏上した。


「―そうか―」


 “王”は、一言そう仰られた。

 それだけで、プロメテウスは酷く己を責めた。

 それだけではない。

 “王”に楽園の暗部を申し上げる度に、身を引き裂く様な苦痛に苛まれた。

 最早、コイオスの処断を仰ぐ事さえも頭から抜け落ちていた。


「……申し訳……ございません……!」


 彼は許しを乞うた。

 何故かは理屈ではわからない。

 彼は己の信じた、成すべき事をしただけだった。

 しかし、謝らずにはいられなかった。

 本能が、そう告げている。


「―其方(そち)所為(せい)では無い―

 ―全ては、()の不徳の致すところ―」

「はぁあわわわ――!? なんと勿体に無い――!!」


 プロメテウスは再度頭を垂れた。

 彼の王の御心を痛めてしまった己を悔みながら。


「―ついて参れ、プロメーテウス―

 ―彼らに、会うてやらねばな―」

「―――――――ッ!?

 は、はい……!!」


 “王”の言葉にプロメテウスは驚き、そして感極まった。

 その真意はわからない。

 だが、それだけで、犠牲になった者たちが救われた様な気がした。

 それ程までに、“王”の言葉は、何よりの言祝(ことは)ぎに思えた。

 “王”の出立にアトラスは慌てたが、“王”が宥めると畏まって護衛に付いた。

 突然の来訪にコイオスは慌てふためいたが、“王”の一言で一切の隠し立て無く自ら案内役を買って出た。

 “王”はアトラスを門の残し、この件に関わった二人だけを連れて下った。

 閉ざされていた黄金郷の闇へと。

 その象徴たる墓標の前で、彼の王は立ち尽くした。

 しばしの沈黙。

 “王”の表情は窺えない。

 あまりに畏れ多くて、窺えない。


「―すまなかった……―」


 “王”は一筋の涙を流した。

 それを見て、二人は胸が張り裂けそうになった。

 そして後悔した。

 自分たち風情が、彼の王を泣かせてしまった事を。

 涙を流して悔み嘆いた。

 コイオスが言っていた「何も知らぬ愚か者」の意味を痛感する。

 こんなにも辛いのなら、“王”を悲しませるなどあり得ない。


「―そうだったな……―

 ―其方らにも要らぬ苦痛を与えたな……―」

「めめめ、滅相もございませんっ!!」


 コイオスが泣き叫んだ。

 だが、プロメテウスも同じ気持ちだった。

 ただ、言葉に出来ずにいた。


(……言葉なんぞで……! どうして慰められる……!?)


 そんな二人を見て、“王”は自らの手首を切った。


「「おおおおおおおおおおおおおおうううううううう!!!?」」

「―案ずるな―」

「は! ははあ!!」


 突然の事に二人は驚愕し、発狂した。

 しかし“王”の一言ですぐに持ち直した。


「―ただの、手向け故―」


 そう言うと、“王”は屍の山に自分の血を撒いた。

 “王”の血は、眩いばかりに輝いていた。

 その輝きが触れる度に、死の墓標が浄化され消えていく。

 二人は呆気にとられるしかなかった。

 天才と呼ばれたプロメテウスでさえ、何が起きているのか理解できなかった。

 “王”の血が止まる頃、全ての屍はこの世から消え去った。


「……な……に……を……?」


 辛うじて、プロメテウスが問うた。

 聞かねばならないと思い詰めて。


「―我が血は拒絶される―」

「―――――ッ!」


 彼は一瞬で理解した。

 “王”の端的な言葉一つで、全てを思い知らされた。


(“王”の血は流れてはならない……!

 “王”の血に触れてはならない……!

 それは、古よりの神々との盟約……!

 ……ハッ!?

 俺は今、何故、それを知っていた(・・・・・・・・)……!?)


「―故に予は、嘆いてはならぬ―

 ―予が悼めば、民が悲しむ―」


 “王”は言い終わるとコイオスに目を向けた。

 コイオスは慌てて地に平伏した。


「おゆ……るし……! を…………!」


 彼の声はかすれ、声はほとんど出ていなかった。

 “王”が詰め寄る。

 コイオスの顔に死相が浮かんでいた。絶望の表情だ。

 プロメテウスは、ただそれを黙って見ていた。


「―謝らずとも良い―」

「「―――――ッ!?」」

「―其方は、予の為に尽くしてくれたのであろう?―

 その様な忠臣を、誰が責められよう―」

「へ……いか…………!」

「―辛い役目を負わせたな……―

 ―其方こそ、暗君たる予を赦せ―」

「おおおおおおおおおおおおおおおおおお……!

 おううううううううううう……!!!」

「な…………!?」


 プロメテウスは今起こった事が信じられなかった。

 “王”が非道の罪人を許した。

 たった今犠牲者たちに涙し、自ら弔った“王”自身が。


(何故コイオスを許す!? 何故その男を許す!?

 何故その悪党を許す!? 何故その悪党を許す!?」

「畏れながら――!!」


 ビクついた。

 大声を張り上げたプロメテウス自身が。

 コイオスも驚きの顔を隠せない。

 “王”だけが、静かに聞き返す。


「―どうした?―

 ―申してみよ―」


 彼は答えられなかった。

 是非も無い。

 先に“王”はコイオスを許した。

 そして責任は自分にあるとさえ言った。

 それを殊更蒸し返し問い詰めるなど、出来よう筈もなかった。


「―其方にも苦労をかけたな―

 ―辛かったであろう?―

 ―よくぞ知らせてくれた―」

「……そんな! 私は……!!」

「―大儀であった―」

「―――――ッ!!」


 終わった。

 “王”がそう号するのであれば、終わるしかない。

 それは仕方がない。

 しかしまだ、聞かねばならなかった。


「……“御子”には……お会いになられぬのですか……?」 

「―会わぬ―」

「―――――ッ!?

 なにゆえ……!?」


 “王”は、墓標があった場所に目をやった。


「―かつて予は、一人の若者を憐れんだ―

 ―その者が己の容姿を嘆いておった故な―

 ―それが、斯様(かよう)な結果になろうとは……―」

「………………」


 “王”の顔は平穏そのものだった。

 その内に、「心を乱してはならぬ」という決意が見える。


「―故に、二度同じく悩む者を見た時はこう声をかけた―

 ―其方は美しいとな―

 ―それが、レアーだ―

 ―するとな、まこと美しくなっていった―

 ―予は嬉しくなってな―

 ―レアーが子を宿した時、強く願った―

 ―誰よりも強く、正しい()の子として生まれて欲しいと―」

「―――――ッ!!」

(……それが……“ハデス”が……生まれた、理由……!?)

「―またも予は、誤った―」

「そ!!」

(そんな事は無い!

 たったそれだけが何故言えん!?

 “陛下”の威光か!? それとも“ハデス”への畏れなのか!?)

「―此度はもう、過てぬ―」

「過ちではありません!!」

「―プロメーテウス?―」


 言わねばならない。

 乞わねばならない。

 あの集落に住む彼らが生きる事を、許されなければならない。

 その為に彼は、ここまで来た。


「親が子に会うに! 何の間違いがございましょうか!?」

「―プロメーテウス……―」

「お会いになられて下さい!!

 そして! どうか彼らをお迎え下さい!!

 さすれば皆! ティタンの子!!

 陛下の御傍にお仕えし――!」

「―ならぬ―」


 しかし“王”は、聞き入れてはくれなかった。


「なっ――――!?」

「―それはならぬのだ。プロメーテウス―

 ―其方の申し出は嬉しい―

 ―なれど、既にその者等(・・・・)はティタンと(たもと)を別った―

 ―なれば、二度とは戻れぬ―

 ―民は既に、彼奴(・・)を畏れておる―

 ―予は“王”として、民を、“ティタン”を守らねばならぬ―」

「しかし――!!」

「―“ティタン”の為だ―

 ―わかってくれ―」

「…………はい……」


 事は決した。

 “王”は城に戻り、プロメテウスは取り残された。

 彼は、敗北した。

 コイオスに、“ティタン”に、そして“王”に。

 コイオスは勝ち誇って――はいなかった。

 その顔は、まるで憑きものが落ちた様に朗らかだった。


(……毒気が抜けて人相まで変わったってのか!?

 まるで別人じゃないか……!!)


 彼は足を引きずる様にしてボンヤリと町中を歩いた。

 見慣れた風景。

 見知った街並み。

 しかしどこか、色褪せて見える。


(……あの塔、あんなに古かったか?

 そこの壁も、所々ヒビが入っている。

 道にも幾つか亀裂が……。

 ……………………………………。

 …………まさか……!?」


 プロメテウスは駆け出した。

 都中を駆けずり回り、知る場所全てを何度も見直した。


「……そんな!

 何故……今まで……気付かなかった……!?」

「ようやく気付いたようだね」

「ケイロン!? 今まで何処に!?

 いや! そんな事はどうでもいい!!

 いったいこれはどういう事だ!?

 都が! ……都が古びている!!

 いったい何が起こったというんだ!?

 何故こんなにも変わってしまったんだ!?」

「変わったのは都ではない。

 君だ、プロメテウス」

「……お、れ?」

「言っただろう?

 “王”はこの地に、完全なる楽園を創ろうとした。

 そして、こう言った筈だ。

 “ここは素晴らしい都である”と」

「――――――ッ!?」

「“王”の言葉は万民に波及する。

 それは古き民の遺伝子に刻まれ、君たち若い世代にまで受け継がれているのだ」

「それじゃあ! 今俺が見ているものが!?」

「これがこの都本来の姿だ。

 “王”の言祝(ことは)ぎを受けずとも他に類を見ない美しい都だが、何事にも限界はある。

 特に、言祝ぎの影響を受けるティタンの民では、小さな綻びにまでは手が行き届かないだろう」

「そこまで……! そこまで……陛下の……!

 だが! 何故今になって!?」

「君が疑念を抱いてしまったからだ。

 知ること(・・・・)で、“王”の祝福から醒めつつあるのだ」

「お前は!? 何でそんな事まで知ってるんだ!?

 何故!? どうして!? どうやって!?」

「知っているだろう?

 私は、“王”の影響を受けない。

 “王”の威光と“御子”の畏れは同質のもの。

 その根源を同じくする存在(もの)だ。

 故に、生まれた時から既に見てきた。

 この光景を。

 世界の真実の姿を」


 プロメテウスは頭を抱えてうずくまった。

 しかしケイロンは、更なる追い打ちをかける。


「君もそうだ。プロメテウス。

 確かに君は賢いが、誰も彼もが君を天才と呼び讃える。

 疑問に思った事はないか?」

「……止めろ」

「君を最初にそう褒めたのは誰だ?」

「止めろ!」

「君は天才だ。

 私の言いたい事が解るだろう?」

「やめろおおおおおおおおおおおおお!!!」

「“王”が、言ったからだ。

 “お前は賢い”とね」

「……ヤメ……て……くれ…………!」


 プロメテウスは泣き叫んでいた。

 目は光を失い、瞳孔は開いていた。


「さあ、立つんだ。プロメテウス。

 君は、行かなくてはならない」

「……………………。

 ……ほっといてくれ……。

 俺は……もう…………」

「だがいつまでも、ここにはいられない」

「…………はぁ?」

「真実を知ってしまった君は、もう“王”の祝福を享けられない。

 君はもう、楽園にはいられない――」

「あああ……ああああああ……!

 あああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 彼は走った。

 訳もわからず、一心不乱に走り続けた。

 両膝が軋み、太腿が悲鳴を上げても止まれなかった。

 どれだけ走ったのかもわからない。

 わからないが、疲労が彼の思考を取り戻させた。


(助けて! 助けてくれ!!

 クリュ!! アトラス!!

 クリュ……?

 ……クリュメネ、俺の愛する妻。

 俺が初めて愛した女性……。

 なぜ……俺は彼女を愛する……?

 どうして……彼女を選んだ……?

 ……忘れもしない。

 初めて出会った時の事を。

 そして、俺たちは結ばれた。

 陛下も、祝福して下さった。

 そう、陛下も……。

 クロノス様が、“お似合い”だと、言ってくれ――!?)

「うわあああああああああああああああああああああああああ!!!」

(違う!! 嘘だ!!

 俺は! ちゃんと(・・・・)彼女を愛している!!

 陛下に言われたからじゃない!!)

「俺は! 俺は……!!」


 いつしか声に出していた。

 何度も転び、激痛が走る。


「帰るんだ! 帰って確かめるんだ!!」


 途中何度も物に、誰かにぶつかったか、もう覚えていない。

 もうそんな事は見えていなかった。

 そして彼は、家に帰った。


「クリュ!! くりゅううううううううう!!?」

「ど! どうしたの!? プーちゃん!?」

「ああああ!! クリュ!」

(……よかった!! やっぱり俺は――!!)

「クリュメネ!! 好きだ!! 愛してる!!!

 お前が好きだ!! 大好きだ―――――!!!」


 プロメテウスはクリュメネを抱き寄せた。

 結婚した時にもしなかった程、力強く。


「ちょ!? どうしちゃったの!? ねえ!?」

「……クリュ! …………クリュ!」


 クリュメネは困った顔で彼の背中を撫でた。

 そして見つめ合い、長いキスをして、服を脱――。


「なにしてるの?」

「「―――――――ッ!?」」


 妻の胸が露になった時、一人の子供が立っていた。

 ヘパイストスである。


「み!」

「見ちゃダメ!」


 プロメテウスが言うより早く、クリュメネがヘパイストスを突き飛ばしてしまった。


「わ!」

「きゃあ!? ごめんなさい!!」


 慌ててヘパイストスを抱き寄せるクリュメネ。


「ケガしてたら大変!」

「ちょ! 待て!!」


 プロメテウスが言うより先に、彼女は帽子を取ってしまった。


「ひ……!?」

「あ…………」


 クリュメネが凍り付いた。

 恐怖に引きつった表情だ。

 それは、化物を見たような顔だった。


「…………………」


 プロメテウスはそっとヘパイストスに帽子を被せ、頭を撫でた。

 「ごめんな……」と。

 そして妻を胸に引き寄せ、手を握る。


「…………かわいそう。

 どうして……そんな……」

「クリュ?」

「…………かわいそう。

 うえっ……!」

「クリュ!?」


 つわりだった。

 過度なストレスが原因だった。

 妻をベッドに寝かせ、顔を見つめている。


(……綺麗だ。

 だが、その綺麗さは、黄金種として約束されたもの……。

 さっき確信した。

 今なら顔が違ったとしても、お前を愛せる。

 ……でも、お前が綺麗じゃなかったら、俺たちは出会えなかったのか?

 俺は……お前を見つけられたのか?

 …………ヘパイストスを見た時のお前の顔。

 あんな顔を、初めて見た。

 だが、それは俺も同じだった。

 おそらくお前も、時が経てばあの子を受け入れられるだろう。

 俺が、あいつらを受け入れられたように。

 だが、それでも……今は無理だ……。

 身籠ったお前に、無理はさせられない……。

 一緒に“ティタン”からは、逃げられない……!

 …………ごめんな、クリュ。

 ……………………………。

 ………………………………………さよなら……)


 彼は泣くのを止めた。

 ある決意を、胸に秘めて。

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