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第16話 「―ありがとう―」

 この世で最も邪悪な黒い男、“ハデス”を暗殺する為にやってきたプロメテウス。

 しかし彼は今、その“ハデス”が抱える問題を解決する為に奮闘していた。


(……別に“奴”の為じゃない。

 気に食わんのだ、この現状が。

 “奴”の性質とティタンの都合に、何故あいつらが巻き込まれなければならん?

 ……まぁ、話を聞くに、“奴”自身には何ら落ち度は無いようだが。

 それに“奴”を研究する事で、倒す方法が見つかるかも知れん。

 目的から外れてはいない)

「できたぞ」

「わぁあ! おじさんスゴイね!」

「フ、朝飯前だ」


 プロメテウスはヘパイストスの服を複製していた。

 もちろん自分サイズに仕立ててある。


「そういえば、おなかすいたね?」

「もうそんな時間か?」

(まずいな……。

 そろそろヘパイストスを連れて帰らんと、またヘラに泣かれる。

 俺はどうも夢中になると周りが見えなくなるらしい……)

「よう! ご両人!!

 メシィ持ってきたぜぇ!!」


 ポセイドンだ。

 山ほどの弁当を担いでいる


「ポーおじちゃん!」

「ヘー坊もよ。

 毎日毎日よく通うねぇ~!

 そんなに楽しんか? ここ」

「うん!」

「そーかそーか!」

(ポセイドンのやつ、流石に子供を先に食わせるのか。

 まぁ……こいつも大人だからな、一応)

「ん? どーした?」

「いや?」

「あんだよ~? 気になるじゃんよ~!」

「……そういえば、テメエ。

 あの火口の中、地獄だったぞ?

 死にかけたんだが? 俺」

「あるぇ~言ってなかったっけ? オレ。

 あん中入っちゃダメだってよ~」

「聞いてない」

「わりぃ! 忘れてた!!

 まあ無事だったからいーじゃねえか!!」


 ガハガハと、いつもの様にドカドカ背中を叩かれる。

 やれやれと、諦めた様に「フ」と笑う。

 そろそろ定番になりつつあるやり取りである。


「お陰様でホレ、これだ」

「を!?」


 プロメテウスが手を出した。

 義手だ。

 失くした手を補う為に、義手が付けられている。


「シュッゲエエエエ!!

 かっくいいじゃねえか!!

 どーしたんだ!? コレ!!」

「僕が作ったんだよ!」


 エッヘンと、ヘパイストスが胸を張る。


「マジで!? 天才ちゃうん? オレの甥!!」

「ああ。本当にな」


 ヘパイストスはゼウスとヘラのひとり息子だった。

 今年で5歳になるそうだが、色々な物を自分で考え作ってしまう天才児である。

 生まれつき片足が不自由だそうだが、これもまた自分で補助器具を作り何不自由無く走り回っている。


(足が痛くなっても、ケイロンがいつも一緒だから安心だしな。

 俺が同じ年の頃よりしっかりしている。

 何だかんだ言って、俺には兄上が、アトラスが世話を焼いてくれたからな……)

「構造を聞けば意外と単純だが、これだけの物を作るのは骨だ。

 ハッキリ言って俺には作れん。

 掛け値なしに天才だよ」

「えへへ~!」


 褒められ喜ぶヘパイストスを眺めながら、カタカタと義手を動かす。


「腕の筋肉の収縮を利用して動かす機構だが、上手くすればかなり複雑な動作もできる。

 これを応用すれば、異形の人たちの助けになるかも知れんな」

「お! それ、いけんじゃねーの!?」

「ほ、ホントぉ~!?」

「色々と試す必要はあるがな」

「なるほどな~! オメーも天才なんじゃねえの!?」

「フ! まあな!」

「言ってらあ~!」

(以前の俺ならこんな軽口は叩かんかっただろうな。

 ずっと天才と、はやされるのが嫌だった。

 なんだかバカにされてる気分になっていたからな。

 だが、こいつらになら、バカにされても笑っていられそうだ。

 ……変わったのかな? 俺も)

「さて、忙しくなるぞ。

 ともかく、まずは“ハデス”だ。

 “あいつ”の瘴気問題を解消せんと俺の身が持たん」

(初めの頃より慣れはしたが、未だ“あいつ”への恐怖は健在だ。

 それに、耐性の無い俺には瘴気の影響が出てくるだろう)

「手伝ってくれるか?」

「うん!」

「おうよ! よくわかんねーけど!」

「フ! 頼もしい限りだ!」


 プロメテウスはヘパイストスと共に黒い男の肉体の研究を開始した。

 具体的には、男に直接触れられるヘパイストスに指示を出して検証し、成果をまとめて繰り返すといった方法である。

 幸いな事に“ハデス”は非常に協力的である上、彼自身知能が高く、解明される事も多かった。


「……つまり、“お前”の体内にはエネルギー炉のような器官があり、その副産物として瘴気が発生する訳だな?」

「―私もその様に理解している―」

「……まったく。規格外にも程がある。

 “お前”にとっては単なる栄養生成なのだろうが、俺たちからすれば災害レベルの爆弾製造と変わらんのだからな。

 はてさて、どうしたものか……」

「―解決策ならばある―

 ―私の――」

「生体活動の停止と言うんだろ?

 ふざけるな、二度と言うな」

「―だが、私ひとりの犠牲で多くの――」

「二度と言うなと言った筈だが?」

「―失礼―

 ―どうやら君の機嫌を損ねてしまった様だ―

 ―どうか、気を悪くしないで欲しい―」

「……俺がどうとかいう事じゃ無いだろう」

(……付き合い始めてわかってきた。

 “こいつ”には自分の感情というやつが無い。

 ……いや、違うな。

 感情自体はある。

 だがそれは、俺たち人間のものとはかなり異なるようだ。

 ヘパイストスは“こいつ”を優しいと言う。

 確かに一見するとそういう印象を受ける。

 “こいつ”は子供に対して配慮の行き届いた、実に模範的な接し方をする。

 だがそれは、最も円滑かつ効率的な動作をした結果に過ぎない。

 つまり、自分自身がどうしたいか(・・・・・・)なんて全く考えていない。

 俺に対する態度も同じだ。

 俺の機嫌が悪くなる事が非効率(・・・)だから謝った。

 全く以って敬服するよ。

 素晴らしいまでのロジックの権化だ。

 だが、残念だったなバケモノよ)

「ハッキリ言おう。

 “お前”のコミュニケーション能力は非常に非効率的でお粗末だ。

 俺のご機嫌取りをしたいのなら、もっと人間らしく振舞うんだな」

「―人間らしく?―

 ―どうすればいい?―」

「んなもんはテメエで考えろ。

 その優秀な脳みそでな。

 ……だがまあ取り敢えず、まずは人間観察でもしてみたらどうだ?」

「おう?」


 彼は当てつけと言わんばかりに、ポセイドンを指差した。


「さっぱりわからん。お手上げだ」


 瘴気の発生原因を突き止めて数日。

 プロメテウスは行き詰っていた。

 実験しようにも方針が定まらなければ何もできない。

 彼は気分転換の為にデメテルの畑で農作業を手伝っていた。


「あら? 先生でもわからない事があるの?」

「フ。俺なんて、知らない事の方が多いさ」

「あらまあ」

「例えばこの畑もそうだ。

 他の畑に比べて極端に育ちが良い。

 同じ土に同じ育て方で、何故こうも違いが出るのか」

「そうそう、不思議よね~。

 でもなぜか私の育ててる畑だけ育ちが良いのよ?

 おかげで村一番の畑持ちになっちゃったわ~」

「フ、まるで豊穣の女神だな」

「もう、大げさなんだから~」


 デメテルにポカポカ叩かれつつ、軽くあしらうプロメテウス。

 だが、彼女に叩かれていると何だか血行が良くなってくる気がしてきた。


(俺も年か?

 いや、一般的にティタン族の肩こり発症は身長三メートルを超えたあたりからだ。

 肩たたきぐらいでこんなに気持ち良くなってたまるか)

「デメテル」

「え? なに? 痛かった?」

「いや、ちょっとすまん!」

「きゃ!」


 突然、デメテルを抱きかかえた。

 そしておもむろに、顔を近づける。

 デメテルの顔が真っ赤に染まる。


「ちょ! やだ! ……待って!」


 言いつつもされるがまま、目をつむるデメテル。

 それをジッと見つめるプロメテウス。


「…………すまん、勘違いのようだ」

「……え?」

「ヘスティアの所に野菜を届けてくる」


 プロメテウスは逃げ出した。


「ええええええええええええええええ!!?」


 ひとり取り残され、デメテルは半べそかきで泣き叫んだ。


(……どうやら俺も相当疲れが溜まっているらしい。

 ……すまん……クリュ……!)

「ん? 何かあったんかい?」


 ヘスティアの厨房で野菜を運んでいると小さな声に心配された。


「いや、ここの所疲れていてな……」

「そりゃあイケナイねぇ!

 よし! アタシに任せときな!」


 言うとヘスティアは自分より大きな包丁を器用に使い、調理を始めた。


「相変わらず器用なものだな。

 その包丁は自分より重いんじゃないのか?」

「こんなもん、コツを掴めば軽いもんさね!

 後は蒸し焼きにして十五分!」

「ほう、蒸し焼きか」

「熱を閉じ込めた方が早いからねぇ!」

(熱を閉じ込める……早い……効率的……。

 ……クソ、“あいつ”の口癖がうつったか?

 ……効率的。

 確かに良い言葉だが……。

 効率的……効率的……閉じ込める……効率的……。

 …………―――――!?)

「さあて! もうちょいでできるよ!

 ヘスティア特性! 元気の出る――」

「すまん! ヘスティア!!

 “ハデス”の所に行ってくる!!」


 プロメテウスは駆け出して行った。


「えええええ…………?」


 ヘスティアは悲しそうに火を止めた。


「―非効率?―

 ―私が?―」

「そう。今の“お前”の体内は、不完全燃焼を引き起こしている。

 その不完全燃焼の燃えカスが瘴気となって体外に排出されている訳だ」

「―つまり、燃えカスが出ないよう完全燃焼させろと?―」

「ご名答。

 “お前”は周囲への気遣いから“力”を極端に抑えている。

 瘴気で困り始めたのは最近だと言っていたな?」

「―その通りだ―」

「おそらく以前から瘴気は出ていたのだろうが、“力”に蓋をした為にその量が増大した。

 つまり、疲れが溜まっていたという事だな」

「―疲れ?―」

「疲れとは即ち余分な燃えカス。

 本来燃焼されるべき不完全燃焼が生んだ産物だ。

 ならば“お前”は、もっと自分のエネルギーを効率化すれば良い」

「―成る程、理解した―」

「とまあ、理屈の上では解き明かせたが、これからどう実践していくか――」


 突如、“ハデス”から凄まじい圧力が発せられた。


(……何をしている!? 何をしている!?)

「何をしている!!?」

「―ありがとう―」

「―――――ッ!!?」


 ザザッと全身の毛が逆立った。

 久しく忘れていた、“ハデス”に対する恐怖。

 その不信感が、一瞬にして蘇った。


「おい!!?」


 “ハデス”が何をしているのか解らない。

 解らないが、何か途方もなく恐ろしい事をしているとしか思えない。

 しかし、これまでの“彼”とのやりとりが、それを必死に否定していた。


(信じろプロメテウス!

 “こいつ”は邪悪な存在じゃあ無かっただろ!?

 兄弟の! 俺たち人類に寄り添う為! 適応しようとしてくれてるのだろう!?

 なら信じるんだ!!

 感情だけでなく! ロジックで――!!)


 必死に自身に言い聞かせ、“ハデス”を信じるプロメテウス。

 恐怖に打ち勝ち、“彼”が成そうとしている事を見届ける為に。


「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!?」


 “ハデス”の全身が変化していく、黒い肌は徐々に人の肌に近い色に変わり、恐ろしい圧迫感も消えてゆく。


「おおおおおおおおお……!!?」


 プロメテウスは何故か泣いていた。

 彼自身、その理由がわからない。

 だが、自然と言葉が付いた。


「……ようやく……!

 ……ようやく、人間に成れたんだな……!

 ハデス(・・・)……!」

「君のお陰だ、プロメテウス。

 ようやく私は、人としての生を享けた」

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