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第14話 「ハーデース」

 無敵の王ゼウス。

 オリンポス十二神の頂点。

 人の思いつく限りの全てを可能とする、全能の能力者。

 王の中の王クロノス様を倒した、現在最高位の王者。

 いよいよ、ご対面である。

 モイラの人形を見はしたが、直接ご本人を拝見するのは初めてである。

 いったいどんなお方なのか?


「よう、どうだったぃ!?」

「ああ。

 良い男だった」


 アレ? 時間が飛んだ?

 ヘカテさーん?


『どうやら、彼が意図的に記憶を遮断したのでしょう』


 彼とはプロメテウスの事だろう。

 なぜです?

 まさか!

 ゼウス様との出会いに重大な問題が!?


『違うと思います。

 これは――。

 …………なる程、優しい子ね。

 安心なさい。

 別にやましい事は無いようです』


 ヘカテさんは見たんですか?


『いいえ。

 今わたくしが判ったのは、この子の義理堅さ。

 他者がゼウスとの記憶を覗き見る事を拒んだのは、ゼウスへの心遣い。

 その思いを垣間見ました。

 この場は遠慮しておきましょう』


 でも、重要な場面なのでは?


『おそらく、これを見ずとも問題無いでしょう。

 彼の意識が、そう告げています』


 そうですか……。

 なら仕方ないですね。


『ええ――』


 若い頃のゼウスは見たかったが、そこまで言うなら諦めよう。

 幸いプロメテウスの思考は、鮮明に事の次第を伝えてくれる。


(ポセイドンの言った通り、ゼウスは優しい男だった。

 行き場の無い連中をこの集落に集めたのが彼らしい。

 ゼウスは俺とは違い、本当の意味で差別をしない男だった。

 俺は、異形の彼らを差別しないよう心掛けている。

 そう、努めて心掛けている。

 つまり、その時点で差別をしている事になる。

 俺はこれを区別と捉えてはいるが、本質的には同じ事だ。

 この両者は切り離しては考えられない。

 だが、必要な事だとも思う。

 困っている者を助けようと思う気持ちは、善い事だと。

 だが、ゼウスにはそれが無い。

 いや、その自覚が無いと言った方が正確か。

 ゼウスは彼等と寄り添う事を楽しんでいる。

 ただ楽しいからつるんでいる。

 助けてあげたいとか、支えてあげたいとか、そういうのではなく。

 ゼウスはただ、彼等が好きなだけだ。

 それがどんなに尊い事か。

 だが、だからこそ、俺には危うげに見えた)


 プロメテウスが思案していると、ポセイドンがもたれ掛かってきた。


「ゼウスはスゲーだろぉ?

 オレはどうしても、あいつらを憐れんじまう。

 ちゃんとした体なら、もっと楽しいのにってよ」

「それは悪い事か?」

「わかんね!

 でもよ~!

 ゼウスはそうは思わねえってよ!

 あいつらの、そのまんまを何の疑問も無く受け入れてんだよな~!」


 ポセイドンは誇らしげに言った。

 「お前ならわかるだろ?」と言いたげに。


(そう、そこが危ういと思った。

 ゼウスは彼らを差別しないが、それは世間を知らないからだ。

 一見無邪気なポセイドンだが、こいつはその辺をわかっている。

 あの時見た表情が、それを物語っていた。

 だが、こいつの良いところは、そこまで怒っていない事だ。

 言うなれば、子供が拗ねるような程度のもの。

 だから理解を得られなくても、それで恨むことは無い。

 しかし、ゼウスはどうだ?

 ゼウスは純真だ、眩しい程に。

 だが、無邪気さと純真さは違う。

 その純真さが傷ついた時、果たしてこいつのようにタフでいられるのか?)

「ああ、そうだな。

 誰にでもできる事じゃない」

「そーだろそーだろ! へへ!」


 ドカドカと、かなり強めに叩かれいたが、プロメテウスは居心地良さそうだった。

 かなりポセイドンと打ち解けたらしい。


「もうこんな時間かぁ~。

 疲れたろ?

 俺んちに泊まってけ!」

「ではお言葉に甘えるとしよう」


 ポセイドンの家は豪快な彼に見合わず小さな家だった。

 部屋一つに机さえ無い。


「何にもないから楽にしてくれ!

 雑魚寝でいいよな!?」

「ああ、十分だ」

「じゃあ! おやすみー!」

(……一瞬で寝たのか?

 おそろしいほど単純なやつだな)


 食事はいつ取ったのかと思ったが、どうやらゼウスと話した際に食事が出された様だった。


(今日は色々なことがあった。

 “奴”から始まり、異形の人々、ポセイドン、そしてゼウス……。

 ゼウスについて思うところはあるが、やつは良いリーダーだと思う。

 人好きで、人を惹きつける不思議な何か持っている。

 俺には無い、ワクワクするような何かだ。

 ここの連中が慕うのも頷ける。

 ……しかし、俺には使命がある。

 それを成す為には、その彼らの居場所を壊さなければならない。

 ……俺は、ゼウスにあることを申し出た。

 「この山はどこかおかしい。

  俺は地質学者で、この山の異変に気付いた。

  調査をしたいのだが、しばし滞在してもいいだろうか?」と。

 ゼウスは快諾してくれた。

 そして、思わぬ収穫もあった。

 実は、この山には目に見えない毒が漂っており、困っているという。

 彼らはこれを“瘴気”と呼んでいるそうだ。

 更に言えば以前別の土地に住んでいたが、そこでも同じような目にあっているらしい。

 そして、その瘴気こそが、彼らを異形の姿足らしめた原因かもしれないと。

 その原因究明の為なら、協力は惜しまないとの事だった。

 俺は詳しい話を聞く為、集落全員に話を聞く機会を得た。

 この上ないチャンスが舞い降りてきた。

 これで“奴”に、あの黒い男と接触できる……!

 “奴”をどうこうできるかはわからんが、とにかく取っ掛かりはできた。

 さぁ、鬼が出るか蛇がでるか……)


 黒い男との再会に緊張しつつも、プロメテウスはどこかこの状況を愉しんでいた。

 未知との遭遇に新しい価値観。

 外見や外聞を取っ払った上での、問われる人の真価。

 その可能性を模索する機会。

 それは、既に固定観念に囚われたティタンでは得られないものだった。


(まずは明日だ。

 明日、全てが始まる。

 この世界の命運を懸けた、俺の孤独な戦いが……)


 彼は眠りについた。

 久しぶりに、深い眠りに。

 これ程くたびれたのは、アトラスの看病をしていた時以外にはない。

 この日の刺激は、彼を大いに疲れさせた。


「よう! 大将!

 よく眠れたかい?」

「ああ……眠い……!」

「朝だぜぇい! シャキッとしろい!!」

「元気だな……お前は」

「ヘヘヘ!」


 ポセイドンに急かされて家を出る。

 どうやら朝食に行くらしい。


(まぁ、あの部屋では調理はおろか食事もままならん)

「いつも集まって食うのか?」

「おうよ!

 飯のうめえ姉御がいんだ!

 昨日食ったろ?」

(ゼウスとの会食時に出されたやつか)

「ああ、あれか。

 初めて見る料理だったが、予想外に上手かった」

「だろぉ?

 ほら! あそこだ!」


 ポセイドンが指さしたのは今までで一番大きな家だった。


(ここがこの集落の中心のようだな。

 畑が密集し、色々な作物が植わっている。

 ……気のせいか?

 やけにここだけ木々の育ちがいいような――)

「ほれ! 一名様ごあんな~い!」


 ポセイドンが待ちきれないと言わんばかりに背中を押し出してきた。


「おっと!」

「おや? 来たね!

 あんたの椅子はあそこさね!」

(……今、どこから聞こえた?)

「おい! いつまで入口で突っ立ってんだい!? こっちだ!」

「よう! ヘスティア姐さん!!」

「……なんだと!?」


 ポセイドンが下に向かって話しかけていた。

 プロメテウスもそれに倣って足元を見る。

 するとそこには、手の平に収まる程の小さな人が怒鳴っていた。


「すまない、気が付かなかった」

「別に謝るこたぁないさね!

 ささ! あんたが最後だ! 皆待ってる!」

(ポセイドンのやつ、いつの間に座った?

 油断ならんやつめ……!)


 プロメテウスは急いで席に着いた。

 そこには、集落の全員が集まっているようだった。


(ゼウスと“奴”はいないようだな)


「さあ! 食べとくれ!!」


 小さな人の号令で一斉に食事が開始された。

 あの小さな体から、どうやったらあんな大声が出るのか不思議である。


「ゼウスはいないのか?」


 ポセイドンに話しかけるが、現在食べるのに必死で耳に入らなかったらしい。


(それどころじゃないようだな)

「ゼウスは来ないよ!

 体調が優れないんだとさ!」


 小さな人が答えた。

 いつの間にかテーブルの上にいた。


「どうだい? 味は?」

「絶品だよ。

 初めて食べたが面白い味付けだな?

 ヘスティア姐さん」

「よしとくれよ!

 姐さんなんて言うのなんざ、あのバカひとりで十分さ!

 ヘスティアだけで結構!」

「じゃあ俺も、プロメテウスだけでいい」

「プロメテウスか。

 へぇ~結構イイ男じゃないかい?」

「悪いが既婚者でね」

「おっと、こいつは失礼!

 やっぱイイ物件には既に先約がいるもんかねぇ~!」

(小さいが、迫力のあるオバハンだな……。

 あの成で所帯を持つ気なのだろうか?

 凄いバイタリティーだ)

「聞いていいか?」

「何だい? お代わりなら自由さ!!」

「それはいい事を聞いたが、他にも教えて欲しい。

 ポセイドンのにーちゃんとやらはいないのか?」

「ああ、あの人は来ないよ……。

 ホントは一緒に食卓を囲みたいんだけどねぇ~」

「悪いな、変な事を聞いた」

「別に謝るこたぁないさね!

 あの人とアタシらの関係はちょいとデリケートでねぇ。

 誰もがあのバカみたいにって訳にはいかないんさ~」


 ヘスティアはポセイドンを見て、呆れ笑いをした。


「……そうだな」

「さ! 手が止まってるよ!?

 遠慮なく食っとくれ!!」

「いただきます」


 食事が終わり、そのまま事情を聞くことになった。

 ゼウスの妻ヘラ、料理担当のヘスティア、農作業担当のデメテル。

 ポセイドンもいるが、満腹になったのか爆睡してる。

 何れも見た目はティタン族の若者と変わらず、言葉を話せるメンバーである。

 逆に、彼ら以外は何らかの難儀を抱えているらしい。


「では改めて。

 俺の名はプロメテウス。

 流れの学者だ。

 主に地質学について研究している。

 近年、この山が大きくなったとの噂を聞きつけてやってきた。

 先日そちらのリーダーにも話を伺ったが、何でも瘴気とやらが蔓延しているとのこと。

 もしかしたら、この二つは何か関係性があるのかも知れない。

 何か心当たりがあれば伺いたい」


 しばしの沈黙の後、ひとりの女性が答えた。

 ヘラだった。

 彼女は穏やかな雰囲気の美しい女性だった。

 後に噂される様な気性の激しさなど想像だにできない具合に。


「二つの関係性はわかりませんが、山が大きくなったのは私達がここに越してきてからの様に思います」

「それはいつ頃から?」

「気付いた時にはとしか」

「そうか、ありがとう。

 では瘴気について知っていることがあれば」


 今度は長い沈黙。

 ポセイドンのイビキが響き渡る。

 それを見かねてか、プロメテウスは話題を変えた。


「ここは思った以上に快適そうだ。

 暮らしぶりはどういった趣で?」


 プロメテウスはまだ一言も話していない女性に問いかけた。

 のんびりとした雰囲気のデメテル。

 特徴的な巻き髪が、ペルセポネを思い出させる。


「どうかしら。

 ここ以外を知らないから」

「それは失礼した。

 では生まれた時からここに?」

「いいえ。

 生まれは都よ。

 ……の筈だけど」

「……の筈とは?」

「そう聞かされたの。

 あの人に。

 私たちがいた……施設?

 そこは都にあるどこかの貴族の私有地、だった……かしら?

 まだ物心つく前に連れ出されたから記憶が曖昧なの」

「連れ出された? ゼウスに?」

「まさか~!

 当時のゼウスはまだ赤ちゃんよ?

 私たちを連れ出したのは、あの人。

 私たちの中で、一番強くて賢いお兄さん。

 見た目はちょっと怖いけど、とっても頼りになるのよ。

 この村を造ったのも彼なの」


 最初はしどろもどろなデメテルだったが、徐々に口調が軽やかになっていった。


(いけるか?)

「それは凄いな。

 それで? お兄さんの名は?」

「ハーデース。

 そう兄さんは言ってたけど、私たちはハデス兄さんと呼んでるわ。

 なんというか、あの呼び方は……苦しいの」

(ハーデース……。

 古い言い回しだな。

 陛下の発音に近い。

 まぁ、“奴”が御子ならば辻褄が合う。

 ……ハーデース。

 それが“奴”の名か……。

 …………不気味な響きだ。

 まるで存在そのものを否定するかの様な名だ。

 そう思わせるのも、“奴”を見た後遺症によるものか?)

「そのハデス兄さんは何処に?」

「たぶん火口付近にいるわ。

 あそこは誰も近寄らないから」

「……事情があるようだな」

「…………」


 デメテルは困った顔をして「ゴメンね!」と舌を出した。


(ここらが潮時か……)

「ありがとう、色々参考になった。

 できればその、お兄さんとも話をしたかったが」

「おう! いいぜ!!」


 ダンッ! とポセイドンが急に起きた。


「ポーちゃん!?」

「そんな勝手に……」

「別にイイだろぉ? 会うぐらいよ~!」

「いいのか?」

「おう! まっかせときな!!」


 ヘラとデメテルがヘスティアに目で訴えている。


「……まぁ、ゼウスにはアタシから言っておくよ」

「じゃあ! 決まりだな!!」

(いよいよ、ご対面だ……!)

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