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第13話 「驚いた」

(この辺りだったか?)


 暗殺の命を受け、独りで例の山まで登ってきたプロメテウス。

 彼は今、かつてあの黒い男と対峙した場所にいる。


(アトラスの覇気で削られた大地。

 あの男が立っていた場所だけ無傷だったのか。

 この土地の地盤の固さから推察しても、あの攻防の凄まじさが伝わってくる。

 ……あの時、“奴”は去れと言った。

 つまり、交渉の余地があるという事だ。

 自分たちの領域に踏み込まなければ、手出しはしないと。

 おそらく、ここが境界線。

 この先に進めば、命の保障は無いということか……。

 …………)

「はは……! 震えてるのか? この俺が?」

(……情けなさ過ぎて声に出た。

 そういうやつを見て、腹の中で馬鹿にしていた俺が?

 笑い種だな……!)


 自分への嫌悪感をバネに、無理矢理一歩を踏み出した。

 周囲を見渡しても、特に変わった所は無い。

 油断なく警戒しつつ山頂を目指した。


(……空気が薄いのか身体が重い。

 俺とてティタン族の端くれ。

 小動物ならいざ知らず、山の高低差程度でここまで体力を取られるとは思えない。

 ……やはり何かあるのか? ここには――)


 思考にふけっていると、突然意識が途絶えた。

 どれ程眠っていたのだろう。

 気が付くと何かに背負われていた。

 ゴツゴツした人間の背中だ。


「お? 起きたかい?」

「!?

 ……ああ。

 すまんが降ろしてくれ。

 自分で歩ける」

「お? そうか!」

「いて……!」


 言われて男はいきなりプロメテウスを降ろした。

 ……落としたといった方がいいかもしれない。

 かなりぞんざいな扱いだった。


「……助けられた様だな? 礼を言う」

「ぬぁあに! イイッてことよ!」


 男はガハガハと呵々大笑。

 かなり豪快な人物のようだった。

 が、それに見合わず、見た目は線の細い、かなりの美形だった。

 ……声と姿が全くかみ合っていない。


「プロメテウスだ。

 恩人の名を知りたい」

「ポセイドンってんだ! ヨロシク!!」


 ちょっと待て!!

 ねえ!? ヘカテさん!

 どういう事ですか!? コレ!


『何か不都合でもあって?』


 いや不都合っていうか……。

 明らかに別人ですよ? これ……。


『まぁ、言いたい事はわかりますが。

 時とは残酷という事では?』


 ……そういう問題ですか?

 …………。

 別に今のポセイドン様が駄目という訳ではないんですが……。

 そう、けして駄目という事は無い。

 むしろあれはあれで、見てくれはワイルド系のイケメンである。

 ああいうのが好きな女性ならイチコロなぐらいの……。

 ……もうやめよう。

 先が進まない。


「しかし運が良かったぜ、アンタ。

 ちょっと前に変な連中がこのヘンをうろついてたっぽいからなあ。

 にーちゃんが追っ払ったつってたけどよー」

(にーちゃん!?

 こいつ……“奴”の弟か?

 ……別段恐怖は感じないが。

 もし、こいつが本当に“奴”の弟だとすると、陛下の御子という事になる……。

 流石にコイオスも伝えてただろうから、血縁関係には無いということか?

 義兄弟とか。

 ……まぁあいい。

 こいつから色々聞き出すか)

「その、にーちゃんってのは強いのか?」

「おう! あたぼーよ!!

 強えー! 強えー! 世界一強ええ!

 よくは知らねーけどな!!」

「おいおい……。

 知らないってのはどういう事だよ?」

「だって、にーちゃんが戦ってるトコ、見たことねーんだもんよ!」

「それでよく強いと言えるな?」

「それがわかっちまうんだよなー! へへへ!」

(……おそらく、こいつの言っていることは本当だろう。

 これでその、にーちゃんとやらが“奴”である信憑性が出てきた。

 “奴”ならば、見ただけで(・・・・・)強いとわかる。

 ……嫌という程にな)


 ポセイドンはこの頃から人懐っこい人物だった様だ。

 よそ者に対し何ら警戒心を出さず、気さくに接して世話を焼いた。

 そのフレンドリーさは、色々と気を張っていたプロメテウスも呆れる程だった。

 ポセイドンに半ば強引に肩を組まされ歩かされること数時間。

 ついに、目的地らしき場所へと辿り着いた。


「ようこそ! オレたちの楽園へ!!」

「おおー……」

「どうでぇ? 驚いたろ?」

「ああ……大したもんだ」


 そこは、山を削り取って拓かれた集落だった。

 石で組んだ家に、簡素な農場がまばらに点在する。

 お世辞にも美しいとは言えない、原始的なものだった。

 しかし、プロメテウスの感想は違ったようだ。


(遠目からはわからないよう隠れ家として造ったのか。

 山そのものを利用したカモフラージュに、それを実現する技術力。

 基の地形を活かした家造りに、意図的に引いたであろう水源。

 その全てが巧妙に計算し尽くされている。

 ティタンの建築家でも舌を巻くこと請け合いだな)

「ちょいとここで待っててくんな!

 オォーイ! 帰ったぜぇえ!!」


 ポセイドンが大声で呼びかけると、家の中から何人か出てきた。

 それは、あの時見た異形の化物だった。


(……やはりそうか)

「んお? あんま驚かねーのな?」

「いや、驚いた」

「そうかぁ? ま、いっか!

 紹介すんぜ! こいつらぁオレの家族!

 ちょいとブサイクだが気のイイやつらさ!

 よう! みんな!!

 こいつぁオレのマブダチ!

 プロテウスってんだ! ヨロシクしてやってくれよな!」

「プロメテウスだ。

 ひとつ足りない。

 俺を爺さんにするつもりか?」

「おーわりぃわりぃ~!

 じーさん?

 アンタ、じじいなのか?」

(海の長老プロテウスはご存知無いと。

 ここの連中の情報網はこの集落止まりらしい)

「年の割によく老けてるとは言われるな。

 見た目は年相応だが、若者らしく無いとさ」

「へぇーそーなのか。

 ま! 気にすんなって!」


 ガッハッハ! と背中をバシバシ叩く。

 特に気にしてはいなかったが、背中がヒリヒリしている方が余程気になっていた。


(……まぁ、悪い奴ではないが。

 それより、こいつらはジッと俺を見てるな。

 警戒しているのだろうか?

 それが普通の反応か。

 ポセイドン(こいつ)が無邪気過ぎるんだ)

「よう、マブダチ?

 こいつらは話せるのか?」

「おう?」

(どう聞けば正解だ?

 返答によっては警戒されかねん)

「アンタの家族なんだろ?

 その割には恥ずかしがり屋のようだからな」

「おう、そういうことか!

 わりぃなぁ。

 こいつら、声が出ねえんだわ」

「声が出ない?」

「おう。

 でも言葉は理解できるぜぇ?

 よぉ! あれ、やってくれよ!」


 ポセイドンが化物に指示を出すと、その中の一人が地面に何かを書き始めた。


(……規則性のある図。

 独自に作った文字か?)

「な? すげーだろ!?

 よくわかんねーけど、こいつらこれ使って色々できんだぜぇ?

 忘れがちな約束覚えてたり、ムズイ計算しちまったりな!」

「凄いな」

「な! だろ!? だろ!?」


 化物を褒められ、ポセイドンは子供の様にはしゃいだ。

 あの淡泊な称賛からは想像つかない程、我がことの様に喜んだ。


(本当に驚いた。

 おそらく何の教育も受けてないだろうに。

 これは自力で文字を発明したに等しいぞ?

 ……彼らは化物なんかじゃない。

 優れた知性ある、人間だ……!)


 どうやら淡泊に見えただけで、彼の胸の内は違ったらしい。


「ん? そうだな!」


 彼らのひとりがポセイドンに耳打ちした。


(声は聞こえんが、何かを伝えているのか?)

「あいつは話せるのか?」

「いんや。

 でも何となく伝わんだよ。

 長げー付き合いだからなぁ~」

(なるほど、こいつらしい)


 プロメテウスはおかしそうに微笑んだ。


「スッカリ忘れてたわ!

 オレらのリーダーをよう!

 会ってみるかい?」

「会おう。

 世話になった礼を言いたい。

 もしかして、アンタのにーちゃんか?」

「チッチッチッ! 違うんだなぁコレが!

 確かに、にーちゃんがリーダーっぽいんだがよぉ。

 やってるのはオレの弟だ!」

「弟もいるのか?」

「ウッシッシッ!

 一番若いんだぜぇ?

 新しいだろぉ~?」

「それは楽しみだ」

(本当に、ここの連中には驚かされる。

 年功序列を尊ぶティタンとは真逆だな)

「ヘッヘッヘッ!

 普段はリーダーには会わせねぇんだがよぉ~。

 アンタはイイやつだから特別でぃ!」

「そいつはご光栄の至りだ。

 今後の参考までに、俺のどの辺が気に入ったんだ?」

「あいつらを見てもヘンな目で見なかったからな~!

 ここに迷い込むやつは何人かいたがよ。

 どいつもこいつもシケた面しやがる。

 まるで汚ねぇもん見るようななあ」


 ポセイドンの横顔に陰りが滲んだ。

 それは、大切な仲間を侮辱された憤りなのか。

 だが、それも一瞬。


「でも! あんたは違う!

 あいつらをスゲーって褒めてくれた!

 オレはそいつがうれしくてよー!!」


 ガシガシ! と、楽しそうに背中を叩く。

 プロメテウスも慣れたのか、フッと笑う。

 心なしか楽しげに。


「あんたも気に入ると思うぜ!

 オレらの兄弟!

 世界一優しいゼウスをよお!!」

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