第六楽章 銀河 鈴星学園第二グラウンドにて
『全校生徒は先生方の指示に従い、初等部高学年館の小アリーナ及び初等部低学年館の階段教室に避難せよ!』という教師方の指示には無視して、何かが落ちたという現場に急行した。屋上から駆け下り、亜利亜川の河川敷を越え、第二グラウンドに着いた時は、聞いただけでは想像出来ぬくらい衝撃的なものだった。
一歩足を踏み入れた途端、グラウンドがほぼ埋まるくらいの巨大な大穴が俺の目に映った。深さは十メートルあるのかそれ以上あるのかは定かではないが、とにかく深いものであった。
「…何だよこれ…」
この現状には当然驚きを隠せることは出来ず、無意識に数歩で後ずさりをしてしまった。
「兄貴ー!!」
「ギン兄ちゃーん!!」
すると背後から黄色のチャック付きパーカーとネクタイを着用した金髪の少年と、ピンクのカーディガンとリボンを着ているセミロングの少女が俺の元に駆けつけた。
「彼方!輝!お前ら無事だったのか!?」
「一体何が起こって…何だこのでっかい穴は!?」
金髪少年こと俺の弟である彼方が、俺とは比べ物にはならない驚きを見せた。
「さっき来て見たらこの有様だ。つーかお前ら、何で避難しねーでここに来たんだよ!?ここは危険だってことくらい分かるだろ!?」
「ギン兄ちゃん、信じられない話だと思うけど、この剣みたいなものと、二つの鈴が急に光り出して『落ちた場所に行きなさい』って、おもちゃの強い力のせいで急にここへと連れて来られたの」
もう一人ここに来た少女・俺の妹である輝が、肩に掛けていたかばんからゴソゴソと何かを取り出そうとした。驚愕的なことに、輝は俺と同じソウルタクトと色違いのソウルベルを所持していた。
「お前…!?何でそれを…!?」
「輝!?お前も持ってたのか!?実は俺も…同じ奴を…」
そう言って彼方も背負っていたバッグから、やはり俺や輝も同じようにソウルタクトとソウルベルを見せた。
「てか、兄貴も同じ奴どうしてあるんだよ!?」
「ホントだ!?どうしたのそれ!?」
二人は俺と同じ物を所持していることに気付き、ついには持っている物を見比べてしまった。
「…おい、お前らどうして持ってんだ…?」
偶然にしては何とも都合が良すぎる。その恐怖に思わず緊張感が走った。
「ギン、ここにいましたか…。…彼方と輝もご無事でしたか」
「…あれ、銀河さん…?それに皆さんもここに…?」
両側の廊下から青のブレザーとネクタイを着こなした俺と同じくらいの少年と、その少年と顔が似ている緑のベストとネクタイを着た癖っ毛が特徴の少年が、俺の両脇に飛び込んで来た。
「宇宙!セイちゃん!お前らもか!?どうして!?」
「ええ、信じ難い話だと思いますが、実はこの二つの青い鈴とこの剣のような形をした玩具が突然光り出しまして…。どこからともなく男性の声で『落ちた場所に行きなさい』と言われたのです。すると強制的にこの玩具に引き寄せられてしまった結果が…」
俺等黒野兄妹の親戚である宇宙が、二つの青いソウルベルと俺らと同じソウルタクトをバッグから出しては俺らに見せた。
「お前もか!?」
「『お前も』って…もしや銀河さん達もですか!?」
俺が驚愕した途端、宇宙の弟である星(通称セイちゃん)も同じようにソウルタクトと二つの緑色をしたソウルベルをバッグから出した。
「何てこった…!お前らどうして俺と同じモン持ってんだよ!?」
「それよりギン兄ちゃん見て、あんなに明るかった夕焼けが黒い雲で覆われてるよ」
輝が空を指差して不思議そうに眺めていた。確かにさっきまでは黄金色に輝いていた空が、今では黒い雲を被っていて光何ぞ一つも見当たらなかった。
今ここで何が起きようとしてるんだ…!?
その時だ。俺達の目の前で空からとてつもなく大きな稲妻がグラウンドの中央に落ちた。その馬鹿デカさの大きな音と近距離に腰を抜かした俺達の前に、赤いスーツにシルクハット、マントを纏い、俺と宇宙と同じくらいの身長の少年のような謎の訪問者が現れた。恐らくさっきの稲妻が落ちたと同時に現れたのだろう。だが、その訪問者は突然宙を浮いており、その腕で誰かを強く拘束していた。よく見ると、捕らえている人は俺達の知っている人だ。
「月夜!!おい月夜!!」
俺は何歩か前へ出て、強い力に耐え切れないのか試行錯誤ともがいている月夜を呼んだ。が、月夜は首を絞められているため応答出来ない状態であった。
「よく聞け、地球に住む愚民共」
謎の訪問者が突然の演説をし始めた。その声に反応した俺は、そいつに注目した。訪問者は一瞬の間を空けて話を続けた。
「我が名は宇宙侵略組織・アルマイナの最高幹部、フィーネント。この地球の平和と音楽、そしてここに隠れていると疑われるハルモニアン星の女神・レイクルス=ミューズ=ハルモニアンの暗殺も兼ねて地球侵略を実行するためにここに来た。愚民共よ、我らはこの惑星の侵略のためにお前らを無差別に殺害するであろう。それを拒む者がいれば、我らの下僕になることを歓迎しよう」
地球侵略と音楽・平和の消滅だと…!?あの女が言ってたことは本当のことだと言うのか!?
「おいてめぇ!勝手なこと言ってんじゃねーよ!」
俺はこんなくだらない演説を聞くよりも、長年一緒にいる月夜のことが心配で耐えられなかった。
「そうだ!姉さんを放せ!」
彼方も同じように叫んだが、フィーネントは全く動じない。が、俺等の存在に気付いたのかゆっくりと地上に降り立った。
「ほう…、面白い人間共がいるのだな。だが、その生身のままどうやってこの小娘を助けることが出来ると言うのだ?」
そう言いながらフィーネントは、月夜を引きずったままじわじわとこちらに近付いてきた。
「当たり前だろ!?力づくで助けんだよ!!」
「お待ち下さい!!」
俺がフィーネントに近付こうとした途端、宇宙の強い力で俺の左肩を乗せた。
「何だよ!?お前は月夜が心配じゃねーのか!?」
すると宇宙はいかにも怒りそうな顔をして首を横に振った。
「確かに月夜を救出したいと思っているのは、皆さんも同じです。ですが、力づくで挑んだとしても一瞬であいつに殺られるだけです」
「んじゃどうすればいいんだよ!?」
「貴方達が戦うのです」
またあの女の声がした。俺等が振り向くと、下駄箱の陰に隠れている蛍が姿を現した。
「蛍…なのか…?」
突然姿を現した蛍に対し、彼方の表情は滞ってしまった。
「いいえ、蛍は先程のような正論は一切いたしません。失礼ですがどなたですか?」
宇宙が怪しげに蛍を見ると、再び蛍の力を借りて女の声で話し始めた。
「今は事実を話すことは出来ません。ですが、貴方達はこの地球の平和と音楽、そして私の暗殺から護るために選ばれた伝説の戦士。これだけは今言えることが出来ます」
それを聞いたセイちゃんは彼方に耳打ちをし始めた。すると彼方はセイちゃんの持論を俺等に打ち明けた。
「『私の暗殺から護るってことは、蛍さんの体を借りて話している女性はハルモニアン星の女神様ではないか』ってセイちゃんが言ってるけど?」
「確かに…星の言う通り、彼女の声は女神様と推測する方が妥当かと思います」
宇宙も腕を組んでセイちゃんと同じ意見を述べた。
「えっ!?そうなの!?」
偶然にも俺と輝が同時に同じ言葉を叫んだ。するとセイちゃんに「声が大きい」と言うような素振りで人差し指に自分の口を当てた。そうと分かれば、女神様にどう戦うのかを聞けばこっちのもんだ。
「おい、どうやったら月夜を助け出せるんだ?」
「ギン兄ちゃん、もうちょっと女神様に敬えば?」
輝の突っ込みを無視して、俺は女神様に聞いた。
「二つのそれぞれの番号にⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ、Ⅴと記されているソウルベルを使ってソウルタクトにセットして下さい。そして四拍子で振って『ムジーク・チェンジ』と叫ぶのです」
「何だか知らねーが、とりあえずやってみるか!」
「ギン、結構当てずっぽうですが大丈夫ですか?」
宇宙がまた心配そうに俺を見た。
「んなもんやってみなきゃ分かんねーって!」
とにかく月夜をフィーネントから助けることしか考えていなかった。俺はポケットからⅠと記されている赤のソウルベルを取り出し、ソウルタクトの持ち手の底に小さな穴があったのでそこにソウルベルをセットした。すると赤い光が徐々に先端へと上って行き、謎の声が聞こえた。
『バッハ・オンステージ!』
その効果音(?)に少々驚いたが、構わず行為を続けた。次の瞬間、
「セット!」
無意識にそんな言葉を発してしまった。何が始まるのか。と思った矢先、持っているソウルタクトを勝手に振り始めた。
『1(ワン)、2(ツ-)、3(スリー)!』
「ムジーク・チェンジ!」
その時、俺の体は赤い光の旋律で包まれた。気がつくと視覚の範囲は少々狭くなっており、きっちりとしたスタイルなのか体と顔の違和感を感じた。
「あ…兄貴が変身した!?」
俺を見ていた彼方の言葉に疑問を感じた俺は、身体を確認し始めた。
「何だこれ!?俺どうなってんだ!?」
見ると体全体は赤いスーツで纏っており、顔も赤のヘルメットで覆われている。
「何だか知らねーが、この感じ、燃えるぜ!おい!お前らも変身しろよ!」
変身した俺を見て、彼方達も躊躇しながら同じようにソウルタクトを構え始めた。
彼方はⅡと記されている黄色のソウルベルを、輝はⅢと記されているピンクのソウルベルを、宇宙はⅣと記されている青のソウルベルを、そしてセイちゃんはⅤと記されている緑のソウルベルをソウルタクトにセットした。
『モーツァルト・オンステージ!』
『ショパン・オンステージ!』
『ベートーヴェン・オンステージ!』
『シューベルト・オンステージ!』
「セット!」
ソウルベルをセットした後、彼らはソウルタクトを四拍子で振り始める。
『1、2、3!』
「「「「ムジーク・チェンジ!」」」」
叫んだ途端、彼方は黄色の光の旋律に、輝はピンクの光の旋律に、宇宙は青の光の旋律に、セイちゃんは緑の光の旋律に包まれ、やがて俺と同じスーツを纏った戦士へと変身した。
だが、これで終わりではなかった。
「情熱のハーモニー!ソウルレッド!!」
「シビれるメロディー!ソウルイエロー!!」
「華やかなリズム!ソウルピンク!!」
「麗しのアンサンブル!ソウルブルー!!」
「豊かなセッション!ソウルグリーン!!」
「「「「「奏でよ!!我らの音楽魂!!音楽戦隊ソウルジャー!!」」」」」
「…って何言ってんだ俺らは!?」
もう何が何だか理解が出来ず混乱状態であった。
「何故か無意識に…」
ソウルグリーンに変身したセイちゃんも少々驚愕しているようだ。
「貴様!!何の真似だ!?」
俺等の変身した姿を見たフィーネントは戸惑いながらも歯向かい続けた。
「『何の真似』?その台詞はそっくり返してやるぜ!」
数歩前へ出たソウルイエロー(彼方)が挑発するように言葉を返した。
「そうよ!ここの平和を守るためでなく、ムーン姉さんを助け出すんだから!」
同じくソウルピンク(輝)も数歩前へ出た。
「ええい!黙れサル共め!!マイナスリー!こやつらを蹴散らすのだ!」
するとフィーネントは右手を前に伸ばすと、数え切れない程の黒い身を纏った下衆が現れた。
「おやおや、これは厄介なことになりましたか」
やれやれ、とソウルブルー(宇宙)は呆れながらも冷静に言い放った。
「宇宙兄さん、落ち着いて言っている場合ではありません」
ソウルグリーンが冷静に突っ込んだ。
「とにかく、こいつらを何とかして月夜を助けようぜ!」
ソウルレッドに変身した俺が言うと、皆はソウルタクトを片手にマイナリーの集団に突撃する体制を構えた。
「行くぜ!ステージ・オン!!」
俺の掛け声と同時に皆は一斉にマイナリー集団へと駆けて行った。
俺等はソウルタクトを振りかぶっては、沢山のマイナリーを倒し始めた。
しかし何なんだこの力は?敵を倒す度にパワーが漲ってくる気がする。
「銀河さん、そちらの集団をお願いします!」
傍にいたソウルグリーンが懸命に戦いながら左にいるマイナリー集団を指した。俺は承知しようとしたその時だった。ソウルグリーンが持っているソウルタクトは、今持っている形とは多少違う物だったのに気付いた。
「おい!それ何で俺らと違う形してんだ!?」
「実は驚きなことに、このソウルタクトはもう一つのソウルベルを変えると閃光を放つことが出来る物だったのです」
華麗な剣裁きで駆逐するソウルブルーが説明した。
「何だと!?」
そのことが気になって仕方がなかった俺は、一旦戦いを放棄しソウルタクトを適当にいじってみた。
もう一つ所持していたソウルベルに変えてはめると、剣の形をしていたソウルタクトは竹刀の様な形へと変えていった。
「うおおお!すっげー!」
その興奮と共に何も考えず、持ち手にある小さな二つのボタンのうち上のボタンを押しながら二拍子でタクトを振った。すると先端が赤く光り、わずか数秒で赤の閃光が敵に放った。どうやらこれは変身アイテムも兼ねて、剣として使用したりとビームが出せる武器のようだ。
俺はこのソウルタクトを使いこなしながらマイナリーを駆逐した。
「皆さん、気をとられてはいけません」
耳の辺りから女神様の声が聞こえる。
「おい、どうなってんだこれ!?何でお前の声が聞こえるんだ!?」
「このスーツは私だけでなく他のメンバーとの通信が可能な状態になっています。それより上を見てください」
女神様の指示に促され見上げてみた。すると地上にいたはずのフィーネントが、未だに月夜の首を絞め宙に浮いている。が、月夜は首を拘束されいるだけでなく、今にも落ちそうな位置で縛られていた。
「おいてめぇ!月夜に何するつもりだ!?」
するとフィーネントは嘲笑いながら語り始めた。
「見ての通りだ。この小娘をここから落とすのだ。それとも首を絞めて死なせる方がいいかい?」
「ふざけんな!!姉さんは返してもらうぞ!!」
彼方はフィーネントに向かって有り得ない程のジャンプ力で勢いよく飛び掛った。が、フィーネントはあっさりと身をかわしてしまったと同時に、今まで掴んでいた月夜の首を離してしまった。
「月夜!」
俺は咄嗟に月夜が落ちる場所に急行した。が、間に合いそうもなかった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
何も考えず飛び込んだこの体は、今地上から高く離れた所にいた。フィーネントの手から解放され、落ちていく月夜はがっちりと俺の腕に乗り重みがかかっていた。
「うえっ、お前の体異常に軽いな。おい、大丈夫か?」
俺の声に気付いた月夜はむっと睨みつけた。
「女子に向かって体重軽いとか言うなボケ!!デリカシーなさすぎやろ!!」
「んだよ!せっかく助けてやったのにそんな態度はねーだろ!!」
「黙っとれ!!…けど、お礼言わんことも…あらへんけど?」
月夜が少々頬を染めて動揺している顔を見せた。
「ちっ、可愛くねーやつ」
「何やと!?もっかい言うてみろやコラ!!」
月夜との些細な喧嘩をしながらも俺らは地上に降り立った。見渡すと残りのマイナリー集団はどこにも無かった。恐らく四人が一掃したに違いない。
「ムーン姉さん!!よかった!生きてた!」
ソウルピンクを始め、他の皆が俺らの周りに集まって来た。
「ひかりん、ウチが死んだみたいなこと言うな」
月夜が輝の頭に軽くチョップをしながら突っ込んだ。
「ご無事で何よりです。しかし何故またそのようなことになってしまったのですか?」
ソウルブルーが尋ねた途端、フィーネントがクククと笑い再び語りかけた。
「素晴らしいものを見せてもらった。だが次はそうはいかんぞ、覚えておくがいい。」
「おい待て!」
俺が止めようとした時には既に遅かった。
「さらばだ、音楽戦隊ソウルジャー」
フィーネントは高鳴る笑い声を上げながら姿を消した。