第五楽章 ??? 鈴星学園高等部屋上にて
今日も当たり前のように訪れる放課後。夕日の光が屋上に通じる階段にまで差し込んでくる。ただ今日は真っ白な壁を残酷な程にオレンジの輝く色一面にに染まっている。
そんな中、屋上の階段をゆっくりと一段一段と上って行く人影の姿が現れた。交互に歩み寄る上履きの音が廊下中に響かせ、屋上という名の戦場へとたどり着こうとしている。そう、今日は決着の日だ。屋上で待ちわびている女子生徒に思いを告げるため、俺はここへ降り立つ。扉を抜ければ、もうじき俺の愛人になるターゲットが待つ戦場が目の前に現れる。
俺は扉を潜り抜けた。やはり時間通りにあの子が待っている。トレードマークである赤いネクタイを風に靡かせながら俺は一息をつく。手すりの前で一人佇むあの子にゆっくりと駆け寄り、声を掛ける。
「待たせたな」
彼女は俺の声に気付き、漆黒の長い髪を掻き分けながらぱっと振り向いた。やはり清楚かつ可憐で大和撫子のようだ。
「あの…何ですか?」
彼女は少々戸惑いながら答える。
「実は君に来てもらったのは他でもねえ」
俺の目に狂いはねえ。今日こそは伝えるんだ!!
「なぁ、俺の彼女にならねーか?」
彼女の左肩に右手を乗せ、ぐいっと俺の隣へ寄せる。
「俺さあ、お前のこと前から気になって仕方ねーんだよ。好きな事だって何でもするしさ」
俺の思いは止まらない。むしろ暴走に近い勢いで彼女を追い詰める。
「な?いいだろ?」
その言葉に反応したせいか彼女は俺を突き飛ばし、強い力で腹にグーパンチを与えた。あまりの痛さに腹を抱え、うずくまるように倒れた。同時に掛けていた眼鏡も吹っ飛んだ。
「このキモ眼鏡が!噂には聞いてたけど、本当に気持ち悪いのね。もう二度とあたしに近付かないで!」
彼女は捨て台詞を残し、屋上から走り去って行った。残ったのは腹に激痛が走る俺と、掛けていた愛用の黒い眼鏡が転がっているだけだった。
「…ハハっ、全くシャイな奴だな」
その痛みを抱え笑みを浮かべながら、わずか三十センチ程の距離がある眼鏡を這い蹲つくばった状態で左手を伸ばした。
……………………何だこの嫌な足音は。だんだんと近付いていやがる…。
あいつが来たら厄介なことになる。早めにかわさなければ…。
「どアっホおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
俺はあいつが来て身をかわしたものの、既に遅かった。愛用の眼鏡はあいつが常備している特殊の竹刀によって粉々にされた。そのあいつはグレーのチョッキを着こなし、常備している竹刀を片手に持って俺の前で仁王立ちしている。
「黒野銀河あああっ!なんべん言うたらわかんねん!これで九十七戦中0勝九十七敗やで!」
「またお前か!大体何で失恋したら説教されなきゃなんねーんだよ!俺のやり方が悪いってんのかよ!てか、俺の眼鏡ぶっ壊すなよ!弁償しろよ弁償!」
重い体をむくりと上げ、あいつに歯向かった。
「どーせ百均で買った伊達やろ?同じやつまた買えばええやん。それと、桐田さんの表情かお見たか!?めっちゃ嫌がってたやん!!」
告白が失敗する度にやって来るのは俺の幼馴染み。服装も含めて一見男に見えるが、実は(前まで)れっきとした女。こいつの名は影入月夜。十二年前にいろいろと事情があってここに来た生粋の大阪人だ。
「はぁ!?俺の口説き方で落ちる女子はいなかったぞ!!」
「何を言うとんねん。そのナンパっぽい口説き方で告られた女子は全員あんたのこと避けとるやん。そんなん誰も通用せんて」
月夜は呆れて手を仰ぐように縦に振った。その態度に腹が立ってしまった俺はついに反論した。
「…!そう言うお前だって、そんな態度じゃ一生彼氏出来ねーぞ!昔は好きな人いて告白に失敗したみたいだけどな!ハハハッ!!」
その瞬間、俺は月夜の竹刀でこてんぱんに殺やれてしまった。この体はもうほとんど動かないくらいに。
「…!ウチはあんたとはちゃうで!それに恋人探しなんてもうせえへんからな!あと百円は後で渡したるわ!」
月夜は顔を赤らめながら屋上を立ち去った。口ではこう言ってるけど、実は気になってる奴がいることは俺には分かる。まあ要するに月夜は、自分の恋愛に関して特にツンデレというわけである。話が長くなりそうだから、それについては後で語ろう。
とりあえず竹刀でシバかれたせいで痛みが倍増したこの重い体を引きずって、粉々に砕け散った伊達眼鏡を回収し始めた。欠片を全て集めた後、教室に放置してあるリュックからたまに常備している袋を取りに行くために立ち上がった。
すると、一人の女子生徒が俺の前で立ちはだかっていた。が、ここの生徒であるのは確かだが、高等部の生徒ではなく中等部の生徒だ。高等部の女子生徒は一般的に青と黒のストライプ型のリボンをしているのだが、中等部はオレンジ一色のリボンを身につけている。
彼女の名は影入蛍。顔はそれほど似てはないが月夜の実の妹だ。普段蛍は言われたことしか動けない、個人のスケジュールに関しての拘りが強いなどと言った他の人とは違う不思議な者だ。そんな蛍が何故俺の所にいるんだ?
「おっ、脅かすなよ蛍。珍しいな、俺のとこに来るなんて。どうした?部活はもう終わったのか?」
すると蛍は何かを差し出して口を開いた。
「赤の戦士が貴方を選んだようです。どうかこれを受け取ってください。」
…何言ってんだこいつ?いつもはこんな変な発言はしねーのに。つーか、何か声違うような…。
ふと蛍の手の方へ見下ろすと、大体長さは五十センチ程の剣のような物と赤い小さな鈴を二つ手にしていた。
「おいおい、これ何のつもりだよ。こんなガラクタどっから見つけて来た?そもそも持ち込み禁止だってーのはお前だってわかるだろ?」
「これはガラクタではありません。ソウルタクトという物です。こちらの二つはソウルベル。どちらもソウルジャーに変身したり攻撃を出すことに必要な物です」
この優しくフワッとした女の声…。こいつは蛍じゃねえ!!
俺はそれに気付いた途端、がしっと蛍の両肩を掴み強く身体を前後に揺すった。
「おい!お前蛍じゃねーな!?蛍はどうした!?お前は何者だ!?」
俺がどう責めても何も答えない。だが、不思議なことに蛍こいつの表情かおは来た時から何一つ顔色を変えてはいなかった。
「おい!おい!何か言えよ!」
「これ以上問い詰めるのはお止めなさい。黒野銀河」
その瞬間、暴走していた俺の腕はぴたっと止まった。こいつの力で強制的に止めたわけではない。俺の名を知ってることに驚きを隠せず、その手をつい止めてしまったのだ。
「…何で俺の名を…?」
するとまた優しい女の声が話をし始めた。もちろん蛍の顔は最初から無表情のままで。
「今はそのことについては言えません。ですが、私は影入蛍の身体を借りて身を隠さなければならない状態であることは言えます。銀河、貴方に一つ警告せねばなりません」
警告…?何のことだ?それに蛍の身体を借りてるってどういう意味だ?
俺は息を呑み、この話が冗談だとしても聞くことにした。女は話を続けた。
「現在この地球とやらの惑星が危険にさらされようとしています。宇宙侵略組織アルマイナがこの惑星を制圧し、私の存在だけでなく音楽そのものを滅ぼそうと目論んでいます。そこで貴方にお願いがあります。ソウルジャーとして貴方と四人の力でこの惑星と音楽、そして私をアルマイナから護って下さい」
嘘のようでリアルな話に聞こえたのは気のせいだろうか…。思わず聞き入ってしまった。…!?ちょっと待った。
「おい、何だよそのソウルジャーって!?意味分かんねーよ!地球と音楽とお前を護る!?何だよそれ!?もうちょっと簡潔に説明してくれよ!!」
次の瞬間だった。唐突に意識を失いその場に倒れた。
気が付くと真っ白な空間にいた。さっきまでいた屋上も、蛍も、夕焼け空も何もなかった。
「次から次へと一体何なんだ…?」
辺りを見回すと、一人の人物が俺の前で立っていた。その人は白い髪をしていて、その髪型も今では真似出来ない特徴的な物であった。そして黒の燕尾服を羽織っている。何処かで見覚えあるような男性だった。
「やっとこの日にして君に出会えるとは…」
男性が喋り出した。この人とは明らかに初対面だが誰なのかはすぐに分かった。
「この人は…」
「初めまして。我輩の名は」
「ヨハン・セバスティアン・バッハ!!」
名乗る前に俺が言い当てた。すると彼は苦笑いをしながら続けた。
「…いかにも。しかし何故我輩の名を…?」
「へへっ、俺は黒野銀河だ。今の時代でのお前は音楽界の中ですっげー有名になってんだぜ!誰もお前を知らない人なんていねーよ!」
バッハは啞然とした表情で俺を見ていた。が、少しの間感無量になっていた。
「…そうなのか。そこまで我輩の名が知られているとは…光栄だな」
「ところで、何で俺はお前と会うことが出来たんだ?」
疑問を投げかけるとバッハは語り始めた。
「…我輩は生前、『赤の戦士』とやらのお告げを聞いたのだ」
「お告げ?」
バッハは話を続けた。
「『未来では幾多の惑星や音楽が危険にさらされようとしています。そこで情熱的な音楽の才能を持つ貴方にお願いがあります。貴方の死後、自らの意思で2016年に実在する音楽に愛と情熱の持ち主の新たな戦士を捜し、他の四人の仲間と共に宇宙を救って下さい』と言われたのだよ」
その言葉はあの女の警告と似ていた。だが納得いかない点がまた増えた。
「ちょっと待ってくれよ!何で俺が地球を護ることになってんだよ!?そもそも戦士に選ばれたって」
すると足元が揺れ始めたと同時にだんだんと真っ白な空間が崩れていく。
「何だこれ!?」
「時間が無い。話はまた後ほどだ!後のことは頼んだぞ!」
「おい!まだ話が終わってねーぞ!」
バッハはさっさと空間から抜け出し姿を晦ました。そして俺もまたそこで意識が途切れた。
……………………。
意識が戻った時には元の場所で寝ころんでいた。次の瞬間、初等部低学年校舎の裏側にある第二グラウンドから地響きがなるような大きな音がした。一瞬地震かと思ったが全く違う。その大きな揺れが一向に治まらないのだ。俺は立ち上がろうとしたが思わずこの揺れのせいで尻餅をついてしまった。
「一体何が起こったんだ!?」
「もう来てしまったのですね」
「来たって何が来たんだよ!?」
終始その場にいた蛍と謎の女の声が無理矢理俺にソウルベルとソウルタクトを託された。すると手にしているソウルタクトと二つのソウルベルが赤く輝き出し、俺はその光に飲み込まれた。
行きなさい。何かが落ちた場所へ。
どこからともなく男の声がした。空耳か?バッハの声に似ているがまさかそいつが言ったのか?
「おい、さっき落ちた場所に行けって言わなかったか!?」
「さぁ、行きなさい」
蛍(女の声)に促された俺は、一瞬何が起こったか理解出来ないまま屋上を後にした。赤い光から解放されたが、ソウルベルだけがまだ光っていた。
何だこれ!?体が勝手に動いていやがる!!何が起こったか知らねーけど、落ちた場所に行って見る価値はありそうだ!仲間も無事でいるかどうかも気がかりだしな!!
俺は階段を下り、落ちた場所を窓越しで見ながらざわめく生徒がいる廊下をすり抜け、第二グラウンドへと駆けて行った。