第三楽章 ??? 鈴星学園高等部生徒会室にて
「…であるからして、今年度の予算は」
今日もこの放課後の時間、平穏な場で繰り広げられる生徒会会議はいたって普通。この時期、三年生は精一杯力を尽くした大学受験の結果待ちや、校則であるアルバイト禁止令が解かれ既に始めている方、早くも運転免許を取得しようと励んでいる等と、新たな一歩を踏み出す方が続々と現れて来る頃だ。
そんな中、生徒会の副会長を務めている僕は、会長が持ち掛ける今年度の予算についての議題を一言も聞き逃さず内容を理解していた。
ただその状況とは裏腹に、十八番であるヴァイオリンの練習がしたいと薄々考えてしまうことが稀にある。今最も練習したいと思っている曲は、僕のお気に入りの中の一つであるパッヘルベルのカノン。勝手な考えではあるが、カノンはヴァイオリンで弾くクラッシックの中では定番中の定番であり、その曲を聴く度に心は癒されるような気がする。いつか全てのクラッシックを僕のヴァイオリンで奏でてみたい、その思いが今の夢だ。
「えー青原、今年度の予算について何か意見はあるか?」
「はい?」
しまった、僕としたことが。ついヴァイオリンのことを頭に入ってしまった故に、鈴星学園ここの予算についての会議を放り投げてしまいました。しかし幸いにも予算の資料が手元にある上に、会長の背後にはそれのメモが記してあるホワイトボードがあるため、十分に理解は可能です。が、会長を始めとする他のメンバーにも迷惑をかけてしまい、申し訳ないことをしてしまいました。
僕は席を立ち、考えていたことを誤魔化そうと咳払いをしてから持論を持ち掛けることにした。
「…、失敬生徒会長。今回の予算ですが、特に注目していただきたいのは高等部全体の部活及び同好会の部費について述べたいと思いますが、よろしいですか?」
「どうぞ」
会長の一声で僕は一度深呼吸をし、意見を提言した。
「前年度の予算の資料と見比べてみればご理解いただけると思うのですが、今年度の部活及び同好会の四割が部費の数が多いことが分かります。つまり僕の持論ですが、この学校のためにも少しでも節約すれば部費は納まると思います」
僕が言いたいことは全て言い出せた。少々息を切らしてまで述べたが、会長の表情を窺うと眉間にしわを寄せて首をかしげていた。
「うーん、そうだな。よし、今後は顧問の先生に話をつけてみることにしよう。座っていいぞ、青原」
「ありがとうございます」
会長に一礼をした後、気が抜けたのか安心してゆっくりと腰を下ろした。
やはり生徒会と言うものは常に試練がつきものです…。
あの高き知性と愛ある音楽の才能を持つ少年は我に力を貸してくれそうだ。
彼なら音楽の力で宇宙の危機を救ってくれるかも知れん。
…何か男性の声が聞こえたような…?これはテレパシーというものでしょうか?
…!いえいえ、そもそも僕はその能力の持ち主のはずがありませんし、きっと空耳でも聞いたのでしょう。しかし、宇宙の危機とは一体何でしょうか?とてもという程ではありませんが、気になります。
そんな些細なことを考えていた途端、睡魔が突然僕を襲った。
まだ会議は終わっていませんのに…。
このまま寝てしまう訳にはいかないと堪えるものの、どうしても打ち勝つことが出来ずその場で意識を失った。
「起きたまえ少年!何時まで昼寝をするつもりなのだ!」
低音ボイスが魅力的な男性の声に気付いた僕はすぐさまに起き上った。声がした方へ振り向くと、後ろ姿で仁王立ちをしている男性の姿が見られた。よく見ると男性は黒の燕尾服を羽織り、特徴的な髪形をしている。この男性が何者なのかは把握出来たが、数々の謎が深まるばかりであった。僕はゆっくりと立ち上がり、恐る恐る男性に歩み寄った。
「あの…失礼ですが、貴方は一体…」
「遅い!我は待ちくたびれたぞ!」
男性は咄嗟に振り向いたと思いきや、すぐに僕の顔を近付けて怒鳴りつけた。
「ち…近いです…」
男性の威圧感に押し潰されそうになり、思わず本音を吐露してしまった。
「すまない。これではまともに話が出来ぬな」
そう言って男性はゆっくりと顔を引いた。
やはりその通り、この男性こそがあの有名な…
「我はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。誰よりも音楽をこよなく愛する作曲家だ!」
僕が一番尊敬する偉人。時代は違えど夢で遇えるのはとても素晴らしいことです。
「おっ、お会い出来て光栄です。僕は」
深々と頭を下げながら名を申し上げようとした途端、ベートーヴェンは僕の顔の前で右手の平を差し出した。
「名乗る必要は無い。我はお主に頼みがあって会いに来たのだ」
「依頼…ですか…?」
例え嘘であっても偉人に出会えたことは大変嬉しく思いますが、時代を超えて僕に会いに来たという原理は理解し兼ねます。その上僕に依頼とはまさか…。
「我が晩年の頃だった。突然神のお告げで『未来では音楽が滅びる世界となる末路が待っています。そこで音楽の才能と愛ある貴方に、その力と私の力を共に合わせ2016年にいる新たな戦士を捜して、宇宙の危機と音楽の滅亡から護って欲しいのです』と言われてな」
恐らく神のお告げとやらは、ベートーヴェンがこの世を去ってから自身の意思で今の時代に来て捜せということを言いたいのでしょうか…。
「この時代に来てみたら、音楽に対する愛と高き知性の持ち主であるお主に出会えたというわけなのだ」
まだ整理が完全に理解出来ぬ所はいくつかございますが、僕は彼に一つ疑問をぶつけてみることにした。
「…状況は少しだけですが理解出来ました。しかしながら何故僕が選ばれたのでしょうか。僕以外にも沢山の能力が備わっている人々がいるはずですのに」
するとベートーヴェンはこう答えた。
「お主は誇り高き知性と音楽に対する愛が備わっておる。が、人々と違うところはただ一つ。我に対する尊敬が途轍も無く高い、ただそれだけのことなのだ」
この力説は納得すべきなのか否か…。
「結論を申すと、我と共に音楽の力で宇宙を救って欲しいということなのだ」
あの空耳はやはり唯事では無かった様ですね。嫌な予感は的中していました。
「お言葉ですが、僕には宇宙を救う等とそう簡単に受け入れることは出来ません!」
しかし残念ながらベートーヴェンは僕の主張を聞き入れずさっと背を向けた。
「お主に伝えることは全て伝えた。最大の困難に立ちはだかってしまった時は、また我を呼ぶと良い。しばしの別れだ」
そう言いながら燕尾服の裾を靡かせ僕の目の前でその場を後にした。
僕は理解が出来ぬまま意識を失った。ただ今回分かったことは、僕が思っているベートーヴェンとは少々イメージが食い違っていたことだけであった。
……………………。
「青原、どうした!?」
「どうしたの!?突然眠り込んで!」
気がつくと、生徒会全員の視線が僕に向けられていた。
一体何が起こったのでしょうか…?
先程の睡魔といい、奇妙な夢を見たせいでどうやら僕は机に顔面を打ってしまったようだ。その証拠に眼鏡の鼻パットが目頭まで届きそうな箇所に強く打ってしまい、その痛みがじわじわと広がりつつある。
しかしこの状況は当然誰も信じてはくれそうにはないので、自然に場を作ることにした。
「…大変ご無礼なことをいたしました。ただの睡眠不足ですのでご安心下さい」
何事も無かったかのように胸に手を当て、目を擦る振りをして場の空気を戻そうとした。が、皆の視線は一向に逸れることはなく、ただ不安そうな目で僕を見ては気遣う声を放つばかりである。
「青原、勉学に専念することは良いが寝落ちは勘弁してくれないか」
先程まで居るはずの無かった生徒会担当の先生まで駆け付け、呆れた表情で僕に言い放った。
「本当に申し訳ございませんでした」
深々と陳謝すると同学年の会計担当である女子生徒に声を掛けられた。
「青原君、無理しなくていいんだよ?」
「いえ、本当に大丈夫ですから…お気遣いはありがとうございます。生徒会長、本題を続けて下さい」
「お、おう…」
会長は戸惑いながらも話を戻した。とりあえず何事も無く場を切り抜けたのは不幸中の幸いだった。
僕は一先ず安心して両手を膝に乗せた。が次の瞬間、膝にあるはずのない不思議な物体がいくつか存在していることに気付いた。膝元をさっと見た時だった。長さは約五十センチ程ある剣のようなものと二つの青い鈴のような小さな物がいつの間にか存在していた。
何でしょうかこの玩具は…?まさかとは思いますが、二年生書記の三波さんの仕業では…? いや、三波さんがそんなことするはずがありません。何を疑っているのでしょうか僕は。…?ちょっと待って下さい、先程僕が眠っている間に、突然この二つが出て来たことに何故触れていないのでしょうか…?何故皆さんはただ気付かず会議に集中していたということでしょうか?
僕は気を立て直し、玩具を誰にも見つからない場所を探し始めた。幸い使用している机は正面、両脇とも壁があるため、正面に座っている会計、庶務に見つからずにやり過ごせると言うわけだ。が、この机は一台で二人分の席があるため、右隣に隠そうと思えば書記に見つかる危険性が高まり大惨事を起こしてしまう可能性がある。
そこで僕は書記と会長に見つからぬよう左の壁を利用して玩具を隠蔽した。これで無事に生徒会会議が終わりそうな気がする。
しかし先程の夢や玩具、誰も気がつかないなどと謎が深まるばかりです。けど今は生徒会に専念しましょう。
こうして生徒会を務める僕、鈴星学園高等部生徒会副会長一年生・青原宇宙は今日も学校をよりよくするため、生徒会に励む。