第一楽章 銀河 黒野家地下一階リビングにて
二月末の頃。親父は以前の事件に突如現れたソウルイエローの新たな武器、ムジークトランペットを借りては研究室でそれを解析していた。
俺等が音楽戦隊ソウルジャーとして二足の草鞋を履き始めてから、いつもより研究室に引き込む日が多くなった。今月の半ばに起きた襲撃事件後の親父は、早速ソウルタクトと全員分のソウルベルを貸して欲しいと頼まれ、それを調べていたのだという。
この時の結果ソウルタクトは解析不能であったが、その反面ソウルベルは音楽魂と呼ばれる音楽を愛する心のエネルギーとハルモニアン星でしか入手することが出来ない音符の種、そして俺達が知ってる有名な曲から作られた物であることが判明した。
そして今回はどんな結果が待っているのだろうか。
「待たせてすまない。やっと終わったぞ」
研究室に籠ってから約三時間後のことだった。親父が着用している白衣はほぼ全身薄汚くなっており、顔にまで汚れがこびり付いていた。
「それで、これはどうだったんだ?」
ソファでメンズファッションの雑誌を読んで寛でいた彼方が、さっと親父の元へと駆け寄った。すると親父は何やら難しい顔をして答えた。
「ふ~む…。これは何と言ったらよいのか…。まあ簡単に言えば、このソウルトランペットは非常に高い音楽魂と莫大な電力が備わっているようだ」
「莫大な…電力…」
彼方が小声で呟いた。
「博士、その莫大な電力とは一体どれ程の力があるのですか?」
その話に食いついたセイちゃんも彼方の隣にやって来た。
「そうだな…。ざっと一万ワットはあるだろう」
一万ワットだと!?それってよく分かんねーけど、普通に感電して死ぬ以前の問題だろうな…。
「うへ~。一万とか簡単に人殺せちゃうじゃんかよ!」
そのことを聞いた彼方は少々青褪めてしまい、しばらく貸していたムジークストランペットを受け取った。
「そう言えば、この前の戦いでドルチャーヌはイチコロでしたね。これなら手っ取り早く敵を駆逐出来るのではないのでしょうか?」
セイちゃんが前回の出来事について振り返っていた。
「いいえ、毎回そのようなことが起きれば僕達は苦労もしないでしょう」
パソコンで何かを検索している宇宙が口を挟みだした。
「それ、どういうことだよ宇宙。もうちょっと詳しく説明してくれよ」
俺には理解出来なかった。馬鹿で理解力が足りない俺とは真逆で、宇宙は毎年全国模試のトップを誇っている程の優れた頭脳の持ち主である。そんな俺のために宇宙は簡潔に説明をし始めた。
「要するに奴らは僕等の力を見くびっていたことで、今後はより高い勢力を増すことであろうということです。今の僕らの力で戦うとなると、必ず敗北が決まってしまいます。そのためには世界、いや宇宙全体を守るために僕等は戦闘力を高めなければなりません」
「確かにそうだな」
彼方が腕を組みながら納得していた。
「話は少々逸れますが、以前の事件で江本君が奴らに洗脳されて悪事を起こした件についてですが、何かご存知でしょうか。女神様」
そう言いながら宇宙は、さっと数冊のゲーム攻略本を広げては見て楽しんでいる蛍の方へと視線を向けた。質問に反応したのか、女神様は蛍の体を借りて現れた。
「その質問のことですが、私にもよく分かりません。お力になれなくて本当に申し訳ございません」
そう言うと女神様はすぐに消え去り、元の蛍の姿に戻った。
「やはり知らないことがまだまだ沢山あるようですね」
セイちゃんはずり落ちた眼鏡を掛け直しながら呟いた。
ちょうどその時、親父特製のセキュリティシステム機能が導入されている自動ドアから輝と、食材が入った袋を手にしている月夜が入って来た。
「たっだいまー!」
今日の輝は何やらいつもよりご機嫌なようだ。その証拠に抱えている箱を手にしているのだから。
「おい輝、その箱は何だよ」
やはりそれに目を付けた彼方が、指を差して呆れるように問う。すると輝は箱を開けて見せびらかした。
「じゃーん!ケーキだよ~!」
「それな、近所に住んどる小林さんとこの娘さんが作ったものらしいで。あそこケーキ屋さんやからタダでくれたんやと」
月夜がこのケーキについて補足した。だがよく見ると可笑しいことに、ケーキは気味が悪いような色をしている上、一ホールではなく何故か一切れのみとなっていた。
「これ、絶対に食べちゃダメだからね!特にカナ兄ちゃん!」
「何で俺なんだよ!」
彼方に指した輝はすぐにその箱を冷蔵庫に閉まった。
輝は人一倍の甘党で、毎日最低でもスイーツやお菓子など一口食べないとイライラしてしまうらしい。
まあ折角の楽しみは取って置きたいものだから、誰も手出しはしないけどな。
けど、そのケーキが後々輝の過ちを犯すことになるとは誰も想像していなかった。