第六楽章 彼方 鈴星学園中等部屋上にて
昼食の時間。校内でシューベルトのセレナーデ(白鳥の歌)が流れる中、同じクラスの男子数名と混じりながら弁当箱に詰まっているおかずを突付いていた。が、俺はそんなことに耳を傾けたり、他の男子と雑談することなど全くせずに、ただ今朝の出来事について悩むばかりであった。
いつも愛嬌があって何事にも真面目に取り組んでいるあの江本邦紀が…。俺に恨みがあったからあんな半怪人体になったのか…。けどどうやってあの姿になったんだ?アルマイナの仕業に違いは無いかもしれないけど、どうしてこうなったのか…。謎はますます深まるばかりだ。
「おいカナちゃん!」
俺の隣に座っていた男子に怒鳴られたお陰で、意識は元に戻った。
「…!あぁ、悪ぃ…。何だ?」
「『何だ?』じゃねーよ。セイちゃんが来てんぞ」
振り向くと、確かにセイちゃんの姿が見られた。が、彼だけでなく蛍もここに来ていた。
「お、おぅ…」
「すまんな、カナちゃんに話しかけても無反応なんだ。何か知ってんのか?」
男子に話しかけられたセイちゃんは答えようとしても、口は堅く閉じたままであった。
「カナちゃん、ほとんどの部員に、退部を、押し付けられた」
蛍はセイちゃんが言いたかったことを代弁した。
「ん?そうなのか?」
先程の男子にまた尋ねられ、俺は仕方なくこくんと頷いた。
「江本先輩、アルマイナの、手下に、なった」
再び蛍がセイちゃんの言葉を代弁し、話を続けた。それを聞いた男子達は、言うまでも無く驚きを隠せなかった。
「おい誰だよ!?『今日江本が休みだ』って言った奴!」
「体調悪いとかってあれ嘘だったのか!?」
「信じられねぇ!まさかあいつがアルマイナの手下になるなんて!!」
男子達がざわざわと騒いでいる中、俺はセイちゃんに肩を叩かれ「あっちで話がしたい」という素振りを示した。
「悪い、俺一旦席を外すわ」
と男子達に言って、俺は残飯を運びながら急いで移動した。
屋上の一番端っこに着いた途端、しばらくの間沈黙が続いてしまった。
今朝についての話がしたいのは既に知っている。けど、あいつを助けたいのは勿論だが、どうすればいいのかはまだ答えが出ない。
「カナちゃん、どうしてまた黙り込むんですか?」
セイちゃんが誰にも聞かれないように俺の耳に手を当て、耳打ちをし始めた。
「………それは…」
返す言葉が無かった。というより江本のことが精一杯で、どうしても他のことには手をつけられない。それが大きな原因かもしれない。また黙り込もうとしたその時だった。
「言いたいことがあるのならばはっきりと言って下さい!」
セイちゃんの一喝で度肝が抜かれた。そのせいか、摘んでいた大豆の煮物をうっかり落してしまった。
「おい、今更何だよ…」
「何年一緒にいると思っているのですか?僕にとってカナちゃんは一番の相棒です!お互いに悩みを打ち明けることが真の友情と言う物ではないんですか!?違いますか?」
いつの間にか弱気になっていた俺を見て、すくっと立ち上がったセイちゃんは、かなりの苛立ちを募らせていた。
こんなに真剣なセイちゃんの表情を見るのは久々に見た。昔は人に対して弱虫だったのによ…。
「…俺より一つ年下のくせに正論を言いやがって…。全く…、俺って情けねぇな…」
不意にもフッと鼻で笑ってしまった。
「情けなくてもいいじゃないですか!どんなに失敗をしてもここで立ち止まれば、必ず敗北が決まります!悩みは一人で抱え込むのではなく、皆で解決していくものであると僕は思います!」
セイちゃんの感情はますます昂っていく。それに対し俺は逆ギレをするどころか、呆れて降参した。
セイちゃんの話を聞いて「ハイハイ分かりました、話しますよ」というような安易な気持ちで諦めたのではなく、彼なりの正論が改めて俺に気付かされたからであった。
俺は正気になり、今の悩みの種をセイちゃんや蛍に告げることにした。
大半の部員が不当な根拠でいきなり退部届を提出しに来たこと、部員の一人である江本が俺のやり方が間違っているという憎悪を持っていることが原因で、アルマイナの手下になってしまったこと、彼を元の姿に戻すためにはどうすればよいのか、などなど全て隅から隅まで語った。
「そうでしたか…。それで邦紀先輩はあのような姿になられたのですか…」
話を聞いて共感したセイちゃんは、ずり落ちた眼鏡を掛け直した。
「俺…、あいつの気持ちに気付けなかったのが後悔してると思ってるんだ」
「けど、カナちゃんはあの日何か策があると思ってスタメンから外したのでしょう?」
「そりゃそうだぞ!何しろ俺は主将だからな!」
その言葉に反応したセイちゃんは、無表情な顔を見せつけた。恐らく「自慢するな」と言いたげな表情であろうと悟った。
「…悪い、今後は慎むわ」
俺はこれ以上セイちゃんを興奮させるのは止めようと思い、一息ついた。
「とりあえず、そのことを邦紀先輩に伝えるべきだと思います。例えその思いが届かなくとも、本人の心は少しでも変わるかもしれません」
彼の結論のお陰でやっと答えが出た俺は、セイちゃんと蛍に決意を示した。
「セイちゃん…俺」
言いかけた次の瞬間、高等部の方から幾多の悲鳴が湧き上がった。俺等も気になって覗いた途端、そこの屋上に再びドルチャーヌの姿が目に映った。
「おいおい!もうすぐお昼が終わるって時に…」
次の瞬間、高等部から紫色の光線が俺らがいる屋上を目がけて放った。この場にいた数名の男子生徒がその光線を浴びた途端、薙ぎ倒されるように気絶していった。
「これは…、ドルチャーヌの仕業であるとしか考えられません!」
セイちゃんはずり落ちた眼鏡を掛け直しながら中庭をただ眺めるしかなかった。
「彼方、星、彼を倒すには先日の方法で倒してはなりません」
女神様の声がした。蛍の方に振り向くといつもの彼女の姿ではなく、まるで操り人形のように体を借りて俺らに話しかけていた。
「それってどういうことだよ!?」
「あまり急かさないで下さい。詳細は後で話しますので、今は中庭に向かってください」
女神様に促された俺とセイちゃんは、ドルチャーヌがいる高等部へと急行した。