第三楽章 フィーネント 地下深くの基地にて
ハルモニアン星の女神暗殺計画は失敗に終わってしまった。何の力を持たないただの小僧と小娘が変身して我輩に歯向かったとは…。
我輩は玉座に座り、側にあったテーブルの上にあるおよそ四十を超える漆黒の音符の形をした石ころを眺めながら、あの日のことについて振り返ってばかりいた。
これまでに様々な惑星をすんなりと制圧出来たが、今回の地球侵略はそう簡単にはいかないようだ。おのれ音楽戦隊ソウルジャーとやら…!まあ、今回はご挨拶という程度で済んだものだ。次は絶望する所を見てみたいものだ。
「こんな所で何僻んでるのよ、フィーネント」
我輩の側から桃色一色のドレスを纏い、奇抜な化粧をした貴婦人が現れた。フリフリが目立つ桃色の日傘を差し、左手にはその姿と全く似合わないにも関わらず、何の問題も無くキムチが盛っている皿を手にしていた。
「お主か、セニョール婦人。何故キムチなんぞ貪っているのだ」
特に興味はなかったが、容姿と食とのマッチが全く合わないのが余計気になってしまい思わず尋ねた。
「何故ですかって?そんなの決まってるじゃないのよ!わたーくしは根からの辛党なんですの!けど、チョコレートのような甘~い物はだぁ~い嫌いですの!」
セニョール婦人はキムチを摘んで自信満々に答えた。
こいつに関しては突っ込み所が満載だ。だが何故か突っ込んだら負けると思ってしまうので我輩はあえて触れないようにした。
「おいフィーネント!んなとこでぼやけねーでとっとと侵略始めようぜ」
もう一人邪魔者が増えた。振り向くと背後から緑のメッシュを沢山入れたビジュアル系の青年が現れた。彼は常に田舎臭い喋り方をするのが特徴的で、肩にはこれまた派手なエレキギターが掛かっていた。そして何よりも気になるのは目はマスクで覆っているのに対し、口元は特殊メイクでかなり目立っていたところだ。
「あんまり急かすのではないぞトゥーリット。もうじき例の物が完成する。それまでもう少し待て」
トゥーリットと呼ばれた青年はこの中で一番の行動派であり、大抵は(現時点で)侵略のことしか考えていない。我慢という言葉を知らないのか胸ポケットからピックを取り出し、大音量でエレキギターを唸らせ始めた。我輩とセニョール婦人はその音には当然耐えられず耳を塞いだ。が、それでもまだ騒がしい。
「あ~も~うるっさいわね!!もうちょっと低くならないの!?」
セニョール婦人の肩に掛かっていた日傘がエレキギターの振動で吹き飛び、背後にあるドアに直撃した。ちょうどその時にバーンと勢いよくドアが開く音がした。
「おい何の騒ぎだ!?またトゥーリットの奴がグレてるのか!?」
そこに現れたのは黄色いリーゼントの髪形、どこからどう見ても暴走族の恰好をした中年男性だった。
「ちょうどいい所に来たわねコーダス!トゥーリットの暴走を止めてちょうだい!」
セニョール婦人がトゥーリットを指して大声で訴えた。
「あ~?んだよ面倒臭ぇな~」
既に呆れかけているコーダスはのっしのっしとトゥーリットに歩み寄り、唸らせているエレキギターの弦を鋏で切った。弦を全て切り落とした所でアジトはしーんと静まり返った。
「おいコーダス!!せっかくの気晴らしを台無しにすんじゃねーよ!!」
「何馬鹿デケぇ音でストレス発散してんだよトゥーリット。俺の部屋まで余計に聞こえるから静かにしてくんねーかな」
ここからはトゥーリットとコーダスによる喧嘩へと発展した。この二人は戦闘中息がピッタリと合ったコンビネーションを仕掛けて来るが、普段はこのように争いが絶えない最高なのか最低なのかどちらにも染まらない双子である。念のため忠告しておくが、トゥーリットの素顔はとても若く、化粧を落とせばイケメン(我輩の独断)であるのに対し、コーダスはこちらもイケメンではあるが、中年のおじさんである。素顔は全く違えども一応双子である。顔が全く似つかなくてもこれでも一応双子である。(大事なことなのでもう一度言いました。)
「全く…、こいつらも呆れたものだな」
我輩が溜息をついた途端、再びドアが開く音がした。今度は紺色の髪と左目にアイパッチを付けているのが何ともシュールである若い男性科学者だ。
「ようやく出来たぞフィーネント。これがお前の言っていた例のヤツだ」
そう言って彼は謎の物体と紫色の液体の入った小さなビーカーを我輩に差し出した。
「ご苦労ダルジーニ博士。これで次の計画に移せる。お前はもう下がっておれ」
我輩がテーブルの上にある漆黒の音符を一つ引き出しながら、ダルジーニ博士が手にしているビーカーを受け取った。我輩の指示に従ったダルジーニ博士はすぐに後ずさりをした。
「フィーネントよ、貴様はこれで何をしようというのだ?」
首をかしげたコーダスは何の躊躇いもなく我輩に聞いた。
「まあそれは後のお楽しみだ」
そう言いながら漆黒の音符をビーカーに落とし入れた。すると液体は無臭の煙を立て、ますます周囲にまで広がった。数分後。もくもくと立った煙は収まり、跡形もなく消滅していった。
「よし、これで完成だ。トゥーリット、これを使って人を支配するのだ」
ビーカーの中に唯一残っている物体をトゥーリットに渡した。
「何で俺なんだよ!!そういうのはてめぇがやるべきじゃねーのか!?」
またしてもトゥーリットは我輩に指を差して激怒した。
「貴様は他人に迷惑をかけたことにより計画を実行してもらうことにした。あとついでに言えば我輩に文句を言い放った。よってもし計画に失敗したら、貴様を粛清するぞ」
何も言えなくなったトゥーリットは、先程の楽しみを邪魔された影響で煮えくり返っていたが、これ以上我輩に抗議すると厄介なことになると想定したのかその場をすぐ立ち去った。
さあ愚かな人間共よ、我々による絶望の時間の始まりだ…。