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Ⅱ.Pinocchio of dust tower Curse

 オアシスの魔女もかなりの厄介者だったが、コイツに負けないくらいの厄介者がもうひとりいる。オアシスの魔女はストカーじみた厄介者だが、ピノキオはいるだけで厄介ごとを持ってくる旅人だ。持ってくる?ちがう、奴は引き連れてくるのだ。

 何が厄介って、とにかくその異常なまでのゴミの量である。

 祖父曰く、ニンゲンの見つけたものにジシャクというものがあるらしい。ジシャクというのはテツをその力でひきつけるものらしいが、ピノキオはまさにそれだ。

 ピノキオをジシャクにしてゴミがひきつけられてくる。塵から巨大なテツ片まで、それこそゴミであればなんでもだ。


 *


 祖父の書いた書物はなんだって書いてある。もちろん、ピノキオについてもだ。

 ピノキオは一つの丸太から父さんと呼ぶニンゲンの男によって作られたという。呑んだくれの煙草と女好きの、どうしようもない男に。

 ある日、ピノキオはそのカネに交換されるためにサーカスへ売られた。仏頂面ばかりしてる彼はすぐにいらないと棄てられたという。ゴミの山――否、ダストタワーに。そこでゴミ処理機械人形に会うが遠くの爆発事故に巻き込まれて皆が壊れてしまったという。

 そんな妙に暗い生い立ちのせいでこのゴミ引き連れ体質なってしまったのだろう。

 世界とは、誰にも優しくなく、執拗なまでに傷付いた者を殺すかの様に傷付け続けるのだ。そのしつこさはニンゲンやオアシスの魔女といい勝負である。


 かたかたかた、


 と食器や机が鳴り、ポテトフィッシュのいる巨大水槽のほとんど汚れていない井戸水が少し床にこぼれる。やかましいのが来た。それにこぼれた水を拭くのは私なのだが。

「フィッシャーさまあああ!!」

「うるさい、誰が床を拭くと思っているんだ!」

 また脱走してきたオアシスの魔女はなんと空飛ぶ布を敷いて、その上にいる。

 しかし、揺れは収まらない。それどころかどんどんゆれは大きくなっていく。これはどう考えてもピノキオが近くにいるとしか思えない。


 *


 ピノキオをつり上げた日もいつもと同じ日だった。空は相変わらず汚い色をしていたし、砂漠の海は底が見えない。

ただ違ったのはしつこいオアシスのストーカー魔女が居たことだ。

 その日も明日を生きるべく夕食の釣りをしていた。オアシスの市場で買っておいた日の持つ食材もあったが、本当に釣れなかった時の最後の砦としてあって欲しいものである。そんな理由で手は付けず、夕飯調達に精を出していた。

 これが砂漠の海ではなく水の海だったらきっと潜って魚を捕まえることもできたのだろうが、残念ながら砂の中を泳げるような器用さは持ち合わせていない。元々砂漠は泳ぐための場所ではなく、歩くための場所だったらしい。それがどうして歩けばみるみる体が沈むような場所になったのか。ニンゲンがおそらく知っているのだろう。彼らはたいそう愚かな生き物だというから、自らのみが滅ぶことでも、きっとやってのけるだろう。

 そんな砂漠への疑問を抱いていると、不意を付いたかのように思い切り竿が引かれた。

「おう」

「引いてるのじゃ!」

「わかってる!」

 このオアシスの魔女を釣り上げた時よりも手応えがある。これで夕食と数日後の食料が確保できた――。と、全力で竿を引いた。

「なんだ……、これ……」

 釣れたのが、つまりはピノキオであった。


 *


 キノピオは前に言ったとおり、丸太からできた木製の操り人形だ。人形とは人間に最も近い姿をしている。この時思ったことは『また厄介事が舞い込んできた』という呆れと『人間とはこんな出で立ちをしているのか』という発見であった。

 彼は一人旅に必要な物を詰め込んだ(といっても人形だからポテトフィッシュと同じように食料はいらないのだが)大きなリュックを背負って、それにボロボロのカサと呼ばれるものを持ち歩いている。これは砂漠での移動手段らしく、キノコを逆さまにしてそれを船にして流されたり、薄くて透明なものを貼ったビニールガサたる物で自らを焦がすという役目がある。


 *


「おーい、生きてるかー?」

 私が声をかけるとパチリと目を覚ました。どうやら溺死体を釣り上げてしまったわけではないらしい。少年は重そうに上半身を起こすと(実際重いのだろうが)、辺りをキョロキョロして意味のわからない回答をよこした。

「天国?地獄?」

「どっちでもない、死んでない」

「残念」

 仏頂面を変えず、しかし心底残念そうに言う。

「生きてるのは残念なことなのか?」

「残念だ」

 声だけは残念そうだが、表情に変化が全くない。


 *


 人形とは、ニンゲンの形を模して作られた玩具だという。ニンゲンの姿を真似て、ニンゲンの手によって生み出されて、ニンゲンに弄ばれ、ニンゲンに捨てられる。それらの本質がニンゲンの玩具だとしたら。人形の一生とは、実に儚く切ないものに思える。道徳的ではない。ニンゲンの人生を弄ぶ事は許さないくせに、ニンゲンの姿をした玩具はいいのか。いまいちよくわからない生き物だ。


 *


「死ぬことのほうが、よっぽど残念じゃがのう。生き物は二度死ぬ。一つは肉体の消滅で、もう一つは生き残った者たちの記憶から消えていくことじゃ。二度目の死は本人の意思など関係なくそれを知る由無く消えていくことじゃ。それでもお前は死にたいのか?」

「死にこだわる必要はない、消えたい」

 完全に人生相談と化しているオアシスの魔女となもしれない少年を横目に、少し違和感を感じた。もちろんはるか遠くのオアシス在住のはずである魔女がここに脱走してきてることもおかしいが――、視界に背びれが映った。もちろん普通に砂漠の魚は背びれを出すような浅さで泳ぐことはしないし、そうなると思い当たるのは巨大水槽からいつの間にか井戸桶を使って脱走していたことになる。今日は脱走三昧だろうか。

「……?」

 どどどどど、と地響きがする。地震とは違う揺れだ。例えるならば地面から巨大なものが這い上がってくるような、そんな揺れである。


「な―――― !」

 砂から身長の倍ほどのゴミの塔が生えてきた。一体どこからどういった原理でどうして生えてきたのかは不明だが、巨塔が我が家の目の前にそびえ立つ。そしてよく見ると下のほうでポテトフィッシュがゴミを千切っては捨てていた。なるほど、だから出ていたのか。せめて言ってくれればいいものを。

「僕はピノキオだ。ちょうじん鳥人を探している」

 そう言い少年は知らないか、という目線を送ってくるが、鳥なんて富んでいたら砂漠の海に落ちる影で簡単に解るし、そもそも何故流されてきた死にたがりが鳥人なんかを探しているのだろう。もちろん私は見たことがないが、オアシスの魔女は何か心当たりがあるらしく、日の沈む方角を指差して何か言っていた。

「鳥人はお前を殺せやしないよ」

「ちがう、このゴミをお天道様に運んでもらう。そういう約束。約束守らないやつが、本当のゴミくずだ。ゴミの塔と一緒に燃やされればいい」

 約束を破ることになにか嫌な思い出でもあるのか、それだけは「残念」と言った時よりも遥かに感情がこもっていた。

「こんな量が運べるとは流石に思えないがのう……。どれくらい集まったんじゃ?」

「たくさん。ゴミくずニンゲンたちのゴミくずたくさん」

 そのゴミくずをゴミくずの遺産がなんとか解体しようとしているのか。

 奴は住処になりつつある我が家を持っていきかねないこのゴミの塔を壊されないように解体しているのだろうか。

 ――それともニンゲンから生まれたのだからせめて父の遺産を残しておきたいからなのか。それともこの事を言う事を解っていてただ単に嫌がらせをしているのか、はたまた解体して遊んでいるだけなのか。

「カサ、あるか?なくした、壊れた」

 仏頂面で手を出してくる。カサをくれといわれてもカサなんてものを私は知らない。知らない人によこせも何も、無茶な奴だ。

「カサぁ?なんだ、それは」

「じゃあ大きなキノコ」

「それはある」

 キノコそのものが高級なものではあるが、このまま家の周りにポテトフィッシュが投げ捨てたゴミが浮かんでいるのも困るし、だからといって家ごとゴミに仲間入りさせられても困る。

「毒だから食うなよ」

「ばいばい」

 意味の解らない少年は意味のわからない返事をしてキノコを逆さまにし、それに乗りこんで砂漠の海へ乗り出した。

「なんだったんだ?」

「さぁ?」

 さて私は家に戻って夕食を釣り上げる作業に戻るかと砂漠の海へ背を向けたとき、何かに躓いて盛大に転んだ。

 後ろを見ると、ポテトフィッシュが放り出したゴミだろうか、ジャンクの塊が転がっていた。

「?」

 砂を被っているが、上の部分はふかふかである。これはなんだったのかと後ろを振り向いた瞬間、


 顔から砂を浴びた。


 どうやらポテトフィッシュが砂をこちらに向けて吹き出したらしい。普段なら感じられないものも放たれているから、どうやら怒っていらっしゃるようだ。

「あー、すまなかっ――ごふっ!」

 どこにそんな力があるのか、飛んだかと思うと、すさまじい勢いで腹に胸びれを当てられた。

「大丈夫か?」

「ニンゲンの片鱗を見た気がする……」

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