#3.織姫神社と黒い法衣の男
辺りは暗く月の明かりで道がほどよく照らされている中、北関東を流れる利根川水系利根川支流の一級河川である渡良瀬川を横目に若い3人組は歩いている。先頭を歩く女の子は艶のある黒髪で目が大きく可愛らしい顔立ちをしている。しかし淡いピンクのインナーの上には頑丈そうな胸当てをし短い赤いスカートの下には動きやすそうな黒のロングパンツをはいている。靴も丈夫そうな革製のブーツだが動きやすそうだ。背中に背負っている大きな剣がやけに目立つ。
「さっきのコボルト(犬の頭の人型亜人)との戦いでなに苦戦してんのよ!とんがり頭。」
とんがり頭と言われた少年はバツが悪そうに頭を掻きながら苦笑いをする。
「悪かったよ・・・・まさかコボルトが魔法使ってくるとは思わなかったから。」
こちらの少年は非常に重そうなシルバーの全身鎧で身を固めている。見るからにRPGの戦士といった風貌だ。黒髪の女の子と同じように幅広の大剣を背中に背負っている。
「あんた馬鹿?そういう舐めたプレイしているから成長が遅いのよ。」
2人のやり取りを少し間を開けて傍観している少年は幼さが残るが整った顔立ちをしている。肌の色もやけに白いので一見女の子に見えなくもない。黒髪の女の子と同じように胸当てをしているがこちらは肩当てが付いている。女の子の装備よりも守備力は高そうだ。ズボンの上にも丈夫そうなプレートの腰当てを着用している。武器はといえば先の2人に比べ控えめな細身の長剣を腰に携えている。
「木戸はまだプレイ時間が少ないんだからきつく言わないであげてよ。」
「あたしは別に1人でもいいところ付きあわせてあげてるんだから役に立たない仲間は要らないの!あたしに貶されるのが嫌ならさっさとパーティ解除すればいいんじゃない?」
舞羽を前にするとかなりの男子がその可愛い容姿に好感を持つだろう。そして実際に話をすればほとんどの男子が幻滅するだろう。
「いいんだ賢壱。俺だけレベルが低くて2人のお荷物になってるのは間違いないんだからさ。それに舞羽ちゃんにきつく言われるの嫌じゃないし。」
木戸は賢壱に気を使ってるわけでは無く本気で舞羽に罵られるのを楽しんでいるようだ。賢壱には馬鹿にされて喜んでいる木戸の気が知れないが本人がいいと言うのであればこれ以上舞羽に文句を言うわけにもいかない。
20分ほど町中を歩くと織姫神社のある織姫山の入口である階段前に到着する。
「へぇ。この階段の上に神社があるんだ。」
この街の住人でない木戸が目を輝かせながら舞羽に声をかける。
「気持ち悪い目であたしを見ないでよ。階段が珍しい訳じゃないでしょ。」
入り口の鳥居の先には石で綺麗に整った階段がありその脇に赤く綺麗な手すりが添えてある。手入れがよくされているようで赤い手すりは艶を持っていてとても鮮やかに見える。舞羽が最初に階段を登り始め手すりの手をかけると階段の脇にある灯籠の明かりが強くなり足元が見えやすくなった。
「すげぇー。手すりと連動してるんだ。」
木戸にとっては何もが新鮮なようだが足利市に住んでいる賢壱と舞羽に取っては見慣れたものなので特に気にする所ではない。むしろ現実と余りにもそっくりなのでこの仮想空間を作っている制作会社に感心する。
この【SRO】の仮想空間はゲーム制作会社ではなく日本でも最王手の電子地図制作会社エヴァーマップが協力して作り上げているそうなので町並みはもちろん細かいところまで再現されている。街の建物は完全再現されており建物の中は一部は現実のものと全く同じで個人の家などは概観や寸法で計算され自動生成されたものになっている。30年ほど前までは平面的な地図と建物の概観を3Dマップにする技術しかなかったのだがどんどん技術が進歩して現在は建物の傷まで完全にトレースされた状態で電子地図にアップされるようになった。
「結構階段登るんだなぁぁ。賢壱も舞羽ちゃんも現実ではよく来るの?」
木戸が汗が出ているわけではないのに額を腕で拭いながら話しかけてくる。
「僕は滅多に来ないよ。住んでいる場所は川南だからここまではあまり来ないよ。以前に来たのは2年前かな?あんまり覚えていないけど・・・・」
「あたしはここに近い所に住んでるからよく来るよ。ふーーーん!賢壱は川南なんだ。」
先頭を歩く舞羽が振り返り賢壱を見下ろす。
「なんか舞羽ちゃんって賢壱には関心持ってるよね。」
舞羽の歩みが止まる。
「はぁぁぁぁ?馬鹿?なんであたしがこんなガキに感心持つのよ!」
「え?い、いや。そんなに怒らなくても・・・・」
舞羽のすごい剣幕に木戸は階段を3段ほど後ずさる。
「僕がガキなら君もガキだろ?」
表情も変えずに賢壱は舞羽の横を通り過ぎ先頭になる。出会ってからずっとこんな調子で進んできたがそろそろ慣れてきた。
目の前に赤色を主とした神社がある。存在感のある立派な建築物だ。京都府宇治市にある平等院をモデルに建てられたらしい。1880年に火事で焼失して以来しばらくは仮宮だったが1937年に現在の社殿が建ってからはその姿を変えること無く現在までその美しさを維持している。この建物も現実の世界のものを忠実に再現されているようで賢壱も舞羽もしばらくじっくり眺めていた。
「ほんとに驚くことばかり。正規版は足利市だけとはいえここまで全ての物が忠実に再現できるなんて・・・・。」
黒髪の女の子、舞羽が素直な感想を漏らす。
「今回のバージョンではこのゲームの総責任者の夜来刻人が足利市の出身と言うこともあってかなりこだわって作ったらしいからね。」
「ああ、だからこの街が舞台なんだ・・・・でもβ版の時は函館と鎌倉も用意されてたんだろ。ここまでしっかり町並みは再現されてなかったらしいけど。」
β版未体験の木戸は経験者の二人の顔を交互に見ながら答えを待っている。
「そうだよ。β版の時に鎌倉にも何回かダイブしたけど建物の中には一部しか入れなかったからね。今回みたいに民家の中なんて全く入れなかったし。」
賢壱がまじめに答える。舞羽は木戸とは会話する気はないらしく勝手に辺りを見て回っている。
「すごーーーい。ここから見える風景が本物をほとんど一緒じゃない。賢壱も来なさいよ!川南の明かりもそのままじゃない?」
足利市の町並みがよく見える階段の手前から舞羽が興奮した声で賢壱を手招きしている。自分と同じ街で生活する賢壱にも感想を聞きたいのだろう。
3人が登ってきた階段の最上段の辺りから南を見ると渡良瀬川の方向になるのだが、綺麗な景色が見える。
「確かに凄い再現度だよね。中橋の明かりもそのままだしミヤコホテルや足利市駅の明かりも本物とそっくりだ。」
「よそ者の俺には解らないけど二人の興奮している姿を見ると実際すごいことなんだな。いいよなぁ二人で楽しくゲームの再現度の話ができてさ。」
木戸はこの場から見える風景で共感しあっている二人に嫉妬している。
そんな木戸を賢壱は気遣おうと声をかけようとしたが織姫神社の社殿の脇の小道から人が1人ゆっくりとこちらに向かって来るのが見えたのでそちらに意識を集中する。フードを深く被り遠目では顔は全く見えない。鎧や剣などの重装備ではなく赤いラインが入った黒い法衣をまとっているの。【魔術師】か【回復師】なのだろうか。体格から見て女性ではなく男性のようだ。
「なんか不気味ね・・・・・先に仕掛ける?」
舞羽が物騒なことを言い出す。モンスターには見えないけれど先ほどの高校生のように友好的ではないプレーヤーの可能性もある。だがそれならこんなに堂々と近づいては来ないだろう。
「様子を見よう。こちらに危害を加えるつもりなら正面からは来ないよ。」
賢壱は落ちついた声で舞羽に言葉を返す。
「こんばんはー。1人で遊んでるんすかー?」
こういう状況で何も考えずに行動できる木戸が羨ましく思える。
「こんばんは。見ての通り1人ですよ。君たちはパーティを組んでいるようだね?」
普通に話しても声がよく聞き取れる距離までフードの男は近づいてきた。しかし顔はこの距離でもフードの影に隠れよく見えず、綺麗に整った口元だけがよく見える。どうやら年齢は賢壱たちよりも一回り上のようだ。声や雰囲気がそれを感じさせる。
「一時的にパーティを組んだだけですぐに解散するけどね。」
舞羽は真面目な顔でフードの男に言葉を返す。
「見たところ戦士タイプが3人か・・・・・たしかにバランスは悪そうだね。」
法衣の男性はうっすらと見える口元をゆるめ舞羽を見ているようだ。顔が見えないので何を見ているのかははっきりと解らない。
「私は立石輔導 クラスは【回復士】。完全なソロプレーヤーだ。仕事終わりに少しダイブして遊んでいる程度のプレーヤーだよ。歩いているだけでも楽しいからね。」
顔は見せないが自ら名乗り友好的な態度を示す法衣の男。しかし、賢壱は男の言葉と姿に違和感を感じる。
確かにこの【SRO】ではアイテムやモンスターを倒す楽しみ方以外に街を見たりプレーヤー同士のコミュニケーションを楽しむだけという人も少数ではあるがいる。しかし、立石と名乗った男の装備品はどう考えても良すぎる。歩いているだけで手に入るものとは思えない。
「僕は賢壱。【軽戦士】でこっちは木戸【重戦士】です。女の子は・・・・・。」
賢一が話をしている途中で舞羽が割り込んでくる。
「勝手にあたしの紹介しないでよ。そんなに仲良くなったつもり無いけど。」
賢壱は紹介するくらいいいじゃないかと思ったが、何を言っても口論になりそうなので口を謹んだ。やはり舞羽とは今回限りのパーティとしよう。
「僕らもそろそろログアウトする時間なので今回は挨拶だけで。」
そう言って握手を求めた賢壱に自然に手を差し出し応じる立石。
「・・・・・」
握った手をすぐに離さない賢壱。
「どうかしたかな?私の手袋が珍しいかい。」
「はい。見たことのないグローブですね。守備力も高そうだし。」
立石はバツの悪そうな笑みを浮かべると静かに賢壱から手を引く。
「君は戦士だからグローブの価値はよく解らないだろう?見た目が派手なだけで大した物じゃないよ。」
賢壱はある特殊なアイテムのお陰で立石の話がほとんど嘘だというのが解っている。問題はそれを立石に指摘するかどうかだ。どう考えても賢壱と比べ、はるかに高い冒険者レベルに装備だ。戦いになれば一撃でログアウトさせられる。
それに問題なのは立石のレベルとクラスだ・・・・・あり得ないぞ・・・・
レベル72 【竜使い(ドラゴンテイマー)】