#1.赤い剣の女の子
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「いいじゃねぇーかぁ。どうせ一人で遊んでて行き詰まってるんだろぉ?俺達とパーティー組めばぁもっと楽しめるってぇ。」
ガタイのいい男(見るからに重戦士)が女の子の手を無理やり引っ張っている。女の子は明らかに嫌そうな顔をしている。
「あたしは一人でのんびりプレイするのが好きなの!それに組むならもっとカッコイイ人を自分で選ぶわ。」
女の子もかなり強気で応戦している。木戸は思い切り関わりたがっているが正直気が進まない・・・この手のトラブルは避けておくのが一番だ。匿名のゲームではないので厄介事に巻き込まれると現実の世界でも影響が出ることがあるからだ。そんなことも考えずに行動してしまう奴は馬鹿か現実とゲームの区別が出来ない奴だ。
「おい!こらぁぁ女の子が困ってるだろ!その手を離せ。」
馬鹿が側にいた。
外野から声をかけられて明らかに怒りの表情でこちらを睨む男達。木戸は一瞬怯んだがすぐに真顔に戻って高校生を睨む。
「その娘はパーティを組むのは好きじゃないと言っているんだから無理に誘うのはやめろよ。」
男の一人が近づいてくる。細身のにやけた顔をしている男のほうだ。腰に短剣と革製の動きやすそうな防具を見る限りクラスは【盗賊】のようだ。
「ねぇ?君たち中学生かな?いくら年齢制限が設けられていないからってこんな時間にこんな遊びしてちゃまずいんじゃないのかい?僕達みたいな怖いお兄さんがいっぱいいる時間だよ。」
細身の男は凄みを利かせた顔を木戸の顔の側まで近づける。あまりのリアルな迫力に混乱したのか木戸は細身の男めがけて大剣を振るう。細身の男はあっさり攻撃を屈んでかわすと木戸の足に短剣を突き刺す。
木戸の体力が少し削られた。パーティーを組んでいる間はメンバーの体力値と名前だけ確認できる仕様になっている。
「本気で戦うつもりか?俺達はレベル30でカンストしているコンビなんだぞ。お前らみたいなガキなんか簡単にログアウトさせられるんだぞ。」
このゲームの概要を良く理解している賢壱からするとレベルの上限を迎えた事を自慢している時点で大したプレーヤーではないと解るのだが・・・・木戸には効果的なセリフだったようだ。
強気なセリフを吐かれて呆けている木戸に耳打ちする
「カンストの意味がわからないんだろ。この段階では最高レベルでカウントストップしているって意味だよ。」
意味の解った木戸は青ざめる。【SRO】ではプレーヤーキル(PK)が行える。倒されたプレーヤーは強制ログアウトとアイテムをランダムで一つ相手に奪われる。
「ど、どうしよ?俺・・・・余計なことした?」
慌てている木戸の事は無視して賢壱は冷静に考えを巡らせる。相手は確かに自分と同じレベルだが全く負ける気がしない。
「かかってこなくてもこっちから行くぜ。」
細身の男が賢壱をターゲットにして短剣のスキル『マーキングレイ』を放ってくる。相手の急所を確実に狙いクリティカルヒットを確定させる特殊スキルだ。伊達にレベルが高いわけではないようだ。
「まったく。面倒事は嫌いなのに。」
何もせずにやられるわけにも行かないので応戦することに決めた。最近取得した剣スキル『リバーシブルカウンター』を発動する。このスキルは相手の攻撃は確実に受けるが代わりに 通常攻撃よりも大きなダメージを相手に確実に返すという技だ。
「がっ!」
『リバーシブルカウンター』を受けて細身の男は顔を歪める。この【SRO】には痛みの概念は無いが予想外の反撃を受けたので思わず声を出してしまったのだろう。
「てめぇ!初心者じゃねぇな。そのスキルは軽戦士のレベル30で取得できる奴だろ。β経験者か?」
「正式版リリース2ヶ月も経過してればβ経験者なんて関係ないと思うけど・・・。」
あえて余裕の態度を見せて敵の戦意を奪おうと思ったが、そううまくは事は運ばないらしい。
「いや!突然の戦闘にそれだけ冷静に適切なスキル対応が出来る奴は限られている。そもそも正式版から始めた奴が2ヶ月でカンスト迎えられるわけねぇんだよ。このゲームの経験値稼ぎは単純じゃねぇからな。」
細身の男の言うとおりで【SRO】ではモンスターを倒して得られる経験値は微々たるものでゲームマスターが用意するミッションの攻略や隠しダンジョンの攻略をする事で大きな経験値を得られてレベル上げをするのだ。
「あなたたちもβ経験者ってことですか?。」
賢壱の言葉に細身の男は苦笑いをする。
「いいや。俺らは正式版からのプレーヤーだ。」
「言ってることが矛盾してるんじゃないですか?。」
細身の男は苦笑いのまま答える。
「高校のダチにβ経験者がいる。そいつらにこのゲームのコツと基本を無理やり聴きだした。もちろんゲーム機もソフトもそのダチのやつを借りてプレイしている。」
最悪だ。こいつら現実世界でもまともな奴らじゃない。最初は乗り気じゃなかったけど拳に力が入る。この二人はこのゲームを純粋に楽しんでいるのではなく弱いものをいたぶって遊んでいるだけだ。本気で打ち負かしたいと思うけどレベル30の相手二人を木戸とのコンビで倒せるとは思えない。一人ならレベルの話ではなくプレーヤーとしての経験で何とかなりそうなんだけど・・・・・
「俺が足手まといなんだな・・・悪いな余計な事して。」
木戸が馬鹿正直に謝る。こいつは馬鹿だけど素直で真っ直ぐで好感が持てる。だから数少ないフレンドリストに名前を登録したのだ。そんなことを考えている時に細身の男の背後で爆発音がした。みずほ銀行の入り口前、女の子とガタイの良い男のいた場所だ。
「ど、どういうことだ?」
細身の男が振り返り固まっている。
「・・・エクスプロージョン?炎火の剣・・・・なんで、そんなレアアイテムを・・・」
ガタイの良い男の姿はなく炎の柱の横で赤い大剣を構えたままの女の子がこちらを見ている。
「こちらはもう済んだけど、手を貸しましょうか?」
女の子が優しく賢壱の方を見ながら声をかけてくる。
どうやら手にしている炎火の剣でガタイの良い男を瞬殺したようだ。炎火の剣から消耗アイテム『魔石』を利用して放たれるエクスプロージョンは単体にしか効果は出ないがこのバージョンでのプレーヤーではなんの対策も無しに耐えることは出来ないだろう。レベル30の【重戦士】でも一撃でログアウトさせられる。
「何なんだよ?お前のその剣・・・・そんな武器・・反則じゃねーか。」
細身の男は先程までの威勢を失い近づいてくる女の子を警戒している。
「こっちを向いてください!あなたは今は俺と戦っている最中でしょ?」
賢壱が声をかけると細身の男は怒りの形相で振り向き短剣を振りかざしてくる。賢壱はその攻撃を綺麗に捌き【軽戦士】の大技『クラックシュート』(体を大きく捻り回転して上段から剣を振り下ろす)で細身の男の体を一閃する。
「な・・・何なんだ・・・お前ら・・・ガキのくせに・・・」
細身の男はさえない捨て台詞を吐きながらゲームから退場した。
女の子が目の前まで来ていた。