序章
仮想空間冒険ゲームの舞台を現実の世界にしたら面白いんじゃないかと思い作品を作り始めました。 ビルや神社がある舞台にゴブリンやドラゴンが登場したり自宅の付近で強力な武器を扱う武具店があったり、ドキドキするようなシチュエーションを用意していきたいと思います。 冒険は主人公が住む町、栃木県足利市から始まります。 『この世界は誰もが知っていて誰もが知らない世界だ』 リアルなゲームの世界へようこそ。
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携帯電話を探してみたが見つからない。
当たり前だ!頑丈な鎧の何処に携帯電話をしまったというのだろう。そもそもこの世界に携帯電話というアイテムは存在しない。
ここは栃木県足利市の一区画だ。渡良瀬川をまたぐ中橋で戦闘を終えたばかりの賢壱は荒い息をしながら落ち着こうと腰を落とす。さっきのダークコボルトは思ったより強敵だった、まさか三体同時に相手にすることになるとは思わなかった。βテストの時はもう少しゆるいモンスターの配置だったはずなんだが調整されたのだろう。
「まったく開発者もマメだよな。まさかこんな短期間に細かい調整をするんだから。」
小言を呟きながら賢壱は失った体力の回復のために小瓶に入っている緑色の液体を一気に飲み干す。
『この世界は誰もが知っていて誰もが知らない世界だ』
これが賢壱が夢中になってプレイしているMMO型バーチャルゲームのキャッチコピーだ。
西暦二千五十五年 発売してから四年が経過した仮想空間提供型ゲーム機【ソーシャルコンソール】の最新ゲーム【セカンド・リアル・オンライン(SRO)】は6ヶ月前にβテストを千人集め3ヶ月のテスト期間を終え現在正式サービスを行い始めたところだ。現時点の参加人数は約三千人。日本国内だけの提供という事と提供エリアが限定的なことが参加人数の少なさの理由だ。
「それにしても大作ソフトの【ダンジョン&ダークネス】じゃなくてマイナーな【SRO】をプレイしてる俺らも物好きだよな」
後ろから急に声をかけられて賢壱は驚いて振り返る。
「木戸か・・・・お前もダイブしてたのか?」
木戸明。
正式版リリース後に参加した同じ年の中学2年生のプレーヤーだ。この【SRO】では実名登録と全身トレースが参加条件になっているので性別や年令のごまかしは効かない。木戸がモンスターに囲まれているのを助けてから2回ほどパーティを組んで遊んだことがある。数少ないフレンドリストにも登録してある。賢壱はゲームのプレイ時間に縛られるのが嫌なのであまりフレンドを増やすのは好きじゃない。
「ダイブ・・・・?ああ、ゲームに入り込んでいたって意味か?相変わらずゲーム用語を標準語のように使う奴だな。そうだよ、お前が入る1時間くらい前から探索してたよ。まぁ旧日赤病院の中を探索してたら一人じゃ危なくなったんで逃げ出したんだけどな。」
旧日赤病院とは二千年頃まで足利市の重要な総合病院として機能していた場所なのだが移転してしまい現在は別の施設になっている。しかしゲーム内では放置された廃病院として扱われている。そのほうがゲームが盛り上がるだろうという製作者の遊び心だろう。実際に人気のゲーム内スポットで他県からダイブしてきた者達もよく訪れている。
「木戸はレベルいくつだよ?旧日赤病院はレベル20は無いとソロプレイは無理だぜ。」
木戸は大きくため息をつく。
「やっぱりそうだよな・・・・俺、今はレベル18だけど2階に上がった所でチェーンソウ持ったモンスターが出てきて全く敵わなかったからな。」
呆れた顔をしながら賢壱は木戸を見上げる。
「チェーンデーモンが旧日赤で出たのか?あのモンスターはソロプレイじゃ勝てないよ。俺はこの間レベル30の魔術師とパーティーを組んで何とか倒せたくらいだから・・・・」
「まじかよ!どうりで一撃で瀕死にされたわけだ。」
木戸は大げさによろめきながら額の汗を拭うような仕草をする。もちろん仮想空間の為、実際の汗などは出ない。この世界はリアルに作られているので感情表現は顔で表せるが汗や匂いは再現されていない。ただ空腹、睡魔などはリアルに再現されている。これらは製作者の趣味なのか現実とかわりなく再現されている。再現されなくてよかったのは排泄だ。さすがにこれはリアルに再現されても喜ぶのは一部マニアだけだろう。
「一撃でログアウトにされなかっただけマシだろ。さすがは体力だけが取り柄の重戦士だな。」
この【SRO】にはゲームプレイ開始時に自分のベースとなるクラスを選ぶシステムが有る。
最初に選べるのは
【軽戦士】片手剣と盾をベースにバランスの良いクラス。色々と応用が効く。
【重戦士】両手剣や斧を扱い攻撃特化型。うまくアイテムを使わないと詰まりやすいクラス。
【魔術士】体力はないが様々な魔法を扱えるので人気の高いクラス。
【弓使い】遠距離からモンスターを攻撃できる。アイテムの調合スキルを最初から持っているのも便利。
【回復士】ソロプレイには向かないがパーティーには必ず欲しがられるクラス。
【盗賊】 モンスターやプレーヤーからアイテムを盗める。変わったスキルが多く戦闘も苦手ではない。
【SRO】で最初に選べるクラスは以上の6つだ。賢壱はβテストの時は【重戦士】を選んでいたのだが3ヶ月のプレイを行い、どうも戦闘が単調になり面白みにかけると判断して正式版でのクラスは【軽戦士】を選んだ。
「え?何?このゲームって殺されるとログアウトになるの?」
木戸はどうやら【SRO】でまだ一度も死んだことがないようだ。
「そうだよ。【SRO】ではモンスターやトラップで体力が0になったら強制ログアウトになって24時間はダイブできなくなるんだ。説明書やチュートリアルにあっただろ?」
「・・・・まぁ、そうだったな」
木戸が説明書もチュートリアルもまともに頭に入れてないのは解りきっていたがあえて皮肉で聞いただけだ。
ため息をつきながら賢壱は立ち上がる。
「せっかく会ったんだしパーティ組むか?足利学校で儒教の書物を手に入れたいんだ。協力してくれよ。」
「儒教の書物?なんだそれ・・・武器?」
木戸の問いは無視してパーティ設定の処理を済ませて歩き出す賢壱。
最近の仮想空間ゲームでは技術の進化なのかキャラクターをリアルにするために自身の顔や体格を最初にトレースしてゲーム内に反映させるタイプが多くなってきている。もちろん【SRO】も顔や髪型や体格を正確にトレースする。ソフトと同梱で付属されている専用スキャナーで全身を撮影する。そのデータをゲームに反映する仕組みだ。トレースするときは衣服着用はエラーになるので正直恥ずかしいのだがリアルを追求するこのゲームをプレイするためには仕方ない使用だと思う。
「おい!賢壱。あそこ・・・・女の子が絡まれてるぜ。お約束的なイベントじゃねぇか?」
木戸が指さしたのは丁度交差点の手前、みずほ銀行の入口付近だ。確かに自分たちと同じ年頃の女の子が高校生くらいの2人組プレーヤーに絡まれている。
ああ。お約束のように面倒事が用意されている。