(1)
──TPS.
向かい合うレイドと男の正面には、複数のウィンドウが開かれていた。
音声付きである。
そこから流されているのは、フラグたちの戦いの様子だった。
場所は草原から移動している。
どこの施設なのか、ごくありふれた会議室のような作りだった。
大きな机が長方形を描く形で並べられ、椅子もまた二十人分が並べられている。
さすがにホワイトボードはないが、代わりに、投影式のスクリーンが展開されていた。
「盛り上がってきていますね」
「そうかぁ?」
「彼は気付くでしょうか?」
なにを、とは聞かない。
ことらんのことだろうと、察しが付くからだ。
レイドの感覚では、ことらんはウイルスに近い存在だった。
他者に接触し、情報を取得するどころか、その情報を改変し、自己改良に自己進化までも行っている。
言い換えれば、最後の切り札だった。
ことらんが自我というものを持つようになれば、思い通りに、この世界を改変することができるようになってしまう。
それこそ、今、最後の敵のように振る舞っている彼のことを、最弱の存在へとおとしめるなど、容易なこととなるだろう。
逆に、フラグを、最強の存在へと進化させることも可能だろう。
「ことらん、あいつを配置したのは、あんたか?」
「いいえ。フラグ君は本当に、ただの偶然であの子と友達になったようですが」
「なにがおかしいんだよ」
「『彼』ですよ。あまりにも穿ったものの見方をしすぎていて。滑稽な妄想だ」
「妄想?」
「そうですよ。ことらんの母親は、別に、フラグ君にことらんちゃんのことを託そうとか、そんな発想は持っていませんでしたし、裏もなかった」
「…………」
「その点だけ見ても、考え過ぎなんですよ。誰も彼もが彼のように、裏を持っていたり計算尽くだったりしているわけじゃない」
「お前もそうだってのか?」
「というよりも、『わたしたち』は、そういうものでしょう?」
愉快であればそれで良い、という点については、レイドもまた確かに同類であった。
宇宙を股にかけ、飛び回る。
敵をなぎ倒し、振り払う。
仲間を助け、友を導く。
何においても、冒険だ。
そこに善悪があるとするなら、その対象については、気に入るか、気に入らないかでしかない。
どちらでもない場合は、気にも止めない、である。
「で、お前は?」
「わたしたちは、一度しかない人生、それを全うできないかもしれないという、恐怖にさらされましたからね。だから、彼に協力しようかとも考えた」
「こんな方法で?」
「これはあくまでテストケースですよ。どう言った点に、彼が……、いえ、彼らの種族が不満を持つのか。それを知るためのね」
「なんか、不満だらけっぽいぞ?」
「せっかちなんですよ。肉体が滅んだところで、意識体は保存できるのですから、じっくり止まってくれれば良いのに」
「死の観念が違うんだろ」
「宗教ですか? 不合理な」
「だから、転生とか、生まれ変わりに囚われてんだろ」
まあそうでしょうねと、彼はテーブルの上に手を置いた。
投写型のタッチパネルが開かれ、操作を受け付ける。
するとテーブルの表面が割れて、コーヒーカップが持ち上がって現れた。
その様子に、レイドは目を丸くした。
「なんだそれ」
「面白いでしょう? 彼らの古典です」
「意味わかんねぇなぁ……」
テーブルにこの様な機能を追加しようとするならば、その内部や床の下にまで、輸送用の通り道を作らなければならなくなる。
余りにも無意味な手間だった。
「どうぞ」
「……俺にもそれ使えよ」
レイドの元には、転送装置で送られてきた。
男は、机の上に両肘を付き、顔の前に手を組み合わせて橋を作った。
その影から、口を開く。
「交渉をしたいのです」
「交渉? 俺とか?」
「この先に待っている、惑星の改造について、一つ二つ問題がありましてね」
「問題?」
「対象の惑星は、どれも地軸が安定していないために、大気温度を一定に保つことができないのです。わたしはこの人工惑星を、安定させるために用いようかと考えているのですが、牽引できる船がない」
通常、惑星の地軸というものは、一回自転するだけも、何十度も変化してしまうほど、不安定なものである。
このため、安定して太陽光を受けることができず、昼夜どころか、日により寒暖差は百度以上にも達する。
生物がこのような環境下で生き残ることは不可能で、居住可能とされる惑星は、地軸の安定こそが、第一の条件となっていた。
その一番簡単な方法は、衛星の存在であった。
惑星の地軸が安定しない理由の一つには、別の惑星の存在がある。
その質量から発生する巨大な重力が干渉を引き起こすのだ。
この干渉を相殺し、地軸の変動を最小限に抑えるために、小惑星を利用するのである。
大質量でなくとも、近い場所に設置することで、より強く影響力を発揮させることができるようになる。
「それを俺たちに頼もうってのか?」
「はい。報酬は、我々がここに至るまでの航海日誌と、航宙図ではどうでしょうか?」
レイドは、「は?」と、唖然とした。
「ちょっと待て? なんだ? お前たち、航宙図があるのか?」
「はい」
「なら、なんで? 迷ったんだよな? 航宙図があるなら、なんで帰らないんだよ」
「損傷の度合いが激しくて、それは無理なのですよ。ですがあなたの船なら、白地部分を埋めながら飛べるでしょう……。ただし、その先に、あなたの通ったことのある宇宙があるかどうかは、別問題ですがね」
まあ、違う宇宙であったとしても、問題ではないがとレイドは考える。
それこそ、どこに行こうとも、冒険はできるのだから。
それにしてもと、彼は気になったことを尋ねた。
「なぁ、聞きたいんだが……。お前らが巻き込まれた戦争って、なにが原因のものなんだ?」
つまらないものですよと、男は言った。
「終末論争ですよ」
「なに?」
「宇宙の中心から、世界を破壊し、食い尽くす化け物がやってくる。そういう宗教はどこにでもあるものですが……」
「ああ、あれだろ? 俺たちの宇宙を生んでくれた世界を、食いつぶすように変換しながら広がり続けてる俺たちの宇宙こそが、中心からやってくるその悪魔とか魔物とか魔王とかで、だからこそ、知的生命体である誇りがあるなら、自分たちの手で、自分たちの宇宙を滅ぼして、世界の崩壊を食い止めなくちゃならないんだって、そんなやつ」
「まあ、ついて行けない妄想ではありましたが、これが科学者には相当にウケたようで」
「エネルギーに転換してるってことは、いつかは食いつぶして無くなるってことだもんな」
「いつになるんでしょうねぇ。この複数の宇宙で成り立っている三次元的空間ですら、世界というものに対しては、数値にもできないような、塵にも等しいわずかな領域に過ぎないのでしょうに」
「まあ、科学者の発想が飛躍して、馬鹿がそれを下地に作り出した妄想が、宗教に発展するってのはよくある話だ」
「まあ、その辺りの発想と、技術的な考察、実験の記録が、私たちの船には残されていましてね……。うかつでした。それを盗み見た彼が、あのような妄想に走るとは」
「止めねぇのか?」
「必要はないでしょう。我々の技術を盗み、ものにしたと思い込み、不干渉領域を作りだし、好きにハッキングやクラッキングを行えている……、と、本気で信じているような人ですよ。それも、あれは本人ではなく、精神体のコピーです。本物には、またちゃんと、お仕置きをしますよ。そういうことなら、つきあえないとね」
「あわれなもんだ」
それはともかくと、男は身を乗り出した。
「実際のところ、どうなんでしょう。シルフィードさんは、宇宙の外まで飛べるのでしょうか?」
「いけるぜ」
レイドはあっさりと認めた。
「大体、あいつは、外の世界から来た『精霊』だからな」