(14)
「でも、それを君には教えない!」
エフェクトが発生する。
魔法か!?
「気付かせるわけにはいかない!」
「くあっ!?」
盾を構えたってのに、背中に叩きつけられた。
マジックアローか!?
マジックアローは初期に覚える魔法だけど、その効果はレベルに合わせて上げることができる。
属性というものがなく、純粋に、魔力や、魔法に関するパラメーターが、素直に反映されるものだからだ。
レベル70のPTが挑むことを想定されていたドラゴン。
そのドラゴンの上位変身体のパラメーターが、俺以下ってことはない。
魔法に対する防御能力や、耐性数値なんて、意味を成さなかった。
だけど、後ろからって!?
魔法自体が転移した?
それとも、発動地点と発動方向が、自在なのか?
まずい、まずい、まずい。
後ろから当てられ、ノックバックで奴の前へ。
そこには当然、奴の攻撃が待っている。
引き絞られた槍の先が待っている。
槍が光を放っている。
盾を前に出すように身を捻る。
そこに衝撃。
閃光は、槍の一撃と共に弾けた、なんらかの魔法のエフェクトだろう。
壁に叩きつけられた。
二度目だ、くそ。
ダメージが酷い。
ただの衝突として処理されてない。
ノックバック効果に、壁に対する激突の衝撃ダメージ。
正直、この衝撃によるダメージが、魔法によるものとして加算されているものなのか、それとも単なる激突として処理されたのか、俺にはわからなかった。
それくらい、一気に体力を削られたからだ。
「つまらないな」
壁から外れて、俺は地面にキスをするハメになった。
まずい、なんかの状態異常を食らってる。
視界がぐにゃりと曲がってる。
立てない。
四つん這いになるのが精一杯だ。
力を入れても、手足は震えるだけで、立ち上がれない。
「レベルを上げて、出直してこい……、と言いたいところだけどね」
やつが、横合いから飛んできた何かを、見もせずに横殴りの拳で弾いたのがわかった。
「二度はないのが、今だからね」
それは、ことらんだった。
ことらんのレベルは……。
「おっと」
ことらんは、壁まで飛ばなかった。
届くことなく、その途中で失速して落ちて……。
何度も、何度も、跳ねて……。
「しまった」
死……。
「あの子がいなくなると、君は」
「うわぁああああああああああ!」
マクロを起動し、妖精を呼び出す。
「ポーション補給かい?」
BOT妖精は、出現した瞬間に、狂ったようにポーションを使い始めた。
だけどこいつは、俺にしか対応してない。
周囲のキャラクターを、対象としては認識しない。
それでも、ことらんのために、盾になるためには、HPを戻さないと。
俺は、必死に立ち上がり、奴を睨んだ。
「まだ動けるのか……、不思議だな」
奴の目がことらんを見る。
「死んでない。HPは0になったのに。あるいは、僕の推論が間違っていて、既にメインサーバーからは、完全に独立してしまっている? 基本プログラムを無視しているのか? HPという、根幹に関わるシステムから、離脱している?」
「うるせぇ!」
槍を突き出す。
「無駄だよ」
奴は、盾で受け流す。
くるりと一回転して、俺を背後へと流した。
「本当に、不思議だよね。つくづく思うんだ。魂って、何だろう」
たたらを踏まされ、振り返る。
「なにが!」
そこには、余裕綽々の奴がいる。
「僕たちの感情や思考が、ただの電気信号に過ぎないって言うのなら」
「知るか!」
槍を繰る。しかし、届かない。
「宇宙人のテレポート技術は、体を量子分解して遠隔地で再構成するものだ」
片手間に、俺の攻撃は弾かれる。
「人の記憶や思考が、単なる電気信号の働きに過ぎないものなのだとしたら、テレポートマシンによって作成されたコピーには、量子的に物体が再構築されただけではなくて、全く同じ配置で、全く同じ動きで、全く同じ速度で、全く同じように流れている電気信号すらも、再現されていなければならないはずだ。彼らの言う精神体って言うのは、実は、この信号の再現具合のことなんじゃないかって、思うんだけど」
同じ技術が、この擬体にも使われているのだという。
「電子信号が一つでも間違った配列、速度で転写模倣されたなら、その存在はバグ持ちになる。壊れるか、死ぬかだ」
そして、医者のカウンセリングとは、この不一致の修正を行うことらしい。
「なにが言いたい!」
「宇宙を作るという話だよ。そこにこの宇宙とまったく同じ世界を構築したとしても、未だナノ世界に到達したばかりの僕たちじゃ、ピコ世界を覗くことすらままならない僕たちじゃ、目に見えない領域のものを想像し、創世することができない僕たちでは、スタートの火を入れることができないんだ」
互いに槍と盾をぶつけ合い、鍔ぜり合う。
いや、向こうが俺にあわせてるだけだ。
圧倒的に、向こうの方が、膂力は凄いはずだから。
「光よ。……有名な言葉だ。これが電気信号をスタートさせるって意味合いなら、合図を入れようとしている僕は、確かに神になろうとしているのかもしれないね。でも、誰かが神になってくれるのなら、それが一番でもあるんだよ。僕が作った世界で、僕が無双をしてしまうんじゃ、ただの自作自演になってしまう。それじゃあ、僕が希望していた話とは、違ってしまう」
スリルを味わいたいのだと。
死ぬかもしれない、絶望の中で、立ち上がりたいのだと。
「若者としちゃあ、あんたみたいなのを、老害って言いたいんだけどな!」
「だから、誰もいない世界で、一人寂しく、独りよがりに、やり直したいって……」
「だったら、俺たちに迷惑かけてんじゃねぇよ!」
「君はコピーだ。誰の迷惑にもなってない。モノでしかない」
「んじゃあ、レイドさんたちはどうなんだよ! 宇宙人は!?」
「彼らには彼らの思惑があるさ」
「だったら勝手にやってろよ!」
ふむ、と奴は怪訝そうに小首をかしげた。
「何故憤る? 言ったはずだよ。君はコピーで、本物じゃないと。この星がどうなろうと、地球の君たちには無縁のことだ」
ああ、こいつはと……。
俺は唐突に理解する。
「お前は、ジャパニメーションとか、オタク文化を研究してこい!」
「なに?」
「有名な台詞だよ! 生きてるように見えるものは、生きているように思ってしまうってな!」
「そんなの、あったかな?」
「NPCに感情移入できなきゃ、ゲームもシナリオも味気ないだろうが」
「そういうものだろうけど」
「そのために、作り物の俺が、作り物のために頑張っちゃいけないのかよ」
ふむ、と、奴は顎に手をやって、考える仕草をした。
「そう考えれば、これは僕が、人道に目覚めるまでの物語と考えることもできるのか」
「そしてチート転生して、今度は良い奴として生きていくってか?」
「それもありかもしれないね」
「あんたは、地球の自分に、下克上でもやってろ」
「作り物の僕が、生身の人間に生まれ変わるか。作り物の世界から、本物の世界に。うん、悪くないね」
だけど、と。
「本物の世界のつまらなさを知っているのに、そこに転生したいとは思わないな」
ですよねーっと。
ちらりと、奴に気付かれないように、ことらんを確認する。
ことらんのHPが、徐々にだけど回復している。
ことらんが無事だったことに関しては、一応、心当たりがあった。
アルフレッドとやり合った時に、姉さんにかけてもらった復活魔法だ。
それが消えてる。
俺と繋がってるらしいことらんが、俺にかけられている魔法を自分のものとして使ったのか。
それとも、俺にかけられている魔法は、ことらんにも作用するのか、それはわからなかったけれども。
使える、か?
俺は、力押しで槍を弾き合い、ことらんの元へと飛び下がった。
「うにゃ……」
ことらんは顔だけ上げると、「うにゃあ……」と、鼻を突き出すようにして小さく鳴いた。
昔、飼ってた猫が、死ぬ間際に見せた仕草によく似てた。
俺は槍と盾を捨てて、ことらんを抱き上げた。
首元に鼻をすり寄せてくる。
その体にヒールをかける。
また、間に合わなかった。
「怖い思いをさせたな」
「うにゃあ」
間に合わなかった、けど。
取り返しが付かないって、ところでもない。
「やるぞ、ことらん」
そうさ、まだ、そこまで酷いわけじゃない、だから。
「獣王に任されたんだ」
この世界は、あんたにはもったいないから。
「宇宙人にだって、話を付けて、回ってやるよ」
俺はことらんの首根っこを持って、頭に装着した。
もちろん、ヘルメットは外した。
竜の気配は、盾を捨てたところで消えている。
もういいやと、装備も変える。
いつもの、なんてことない、皮鎧と、安手の剣に。
ヒールだけじゃ足りなかったのか、まだだるんとしていたことらんも、俺にくっついたことでBOT妖精の恩恵を受けているのか、ぎゅーっと、頭を締め付ける四肢の力を増し始めた。
いや、違うな。
構築したのか、俺とのラインを。
魔法効果の共有ラインを。
あるいは、HPの共有ラインを。
俺は苦笑してしまった。
ほんと、こいつが、チートだな。
「悪い奴に剣を突き立てるのは、主人公と、お姫様だって、相場が決まってるんだよな」
「古い物語だね」
奴は悠々と槍を構えた。
「古典って言えよ! 行くぜ!」
その姿に、考え方に、言い放つ。
「今時の文学ってのはな、ライトノベルであって、ハードカバーじゃないんだよ!」
俺たちの戦いは、まだ始まったばかりってこった!
ちゃんと続きます。