(12)
ビッグバン。
そこから宇宙は始まった。
……ってのは20世紀の常識で、じゃあビッグバンの元になったのは何だってのは、ずっとはっきりしなかった。
まあ、今じゃあ、はっきりしてるんだけど。
「この宇宙一つのことじゃなくて、もっと大きな枠組みについてだよ。
宇宙ってのは、どろどろのクリームの中にできた、気泡のようなものなんだ。
クリームは原始的な、ただのエネルギーに過ぎないんだけど、そこに法則という名前の化学反応が発生することがある。
これがビッグバン。
この化学反応が連鎖して、周囲のエネルギーを三次元世界という法則へと変換し続けて、空間が広がっていく。
食い散らかしてるようなものだね。
だから加速しても止まらない。
これが宇宙の誕生と膨脹だ」
それは、気泡っていうより……。
「カビだよな」
きょとんとした後で、こいつは笑い出しやがった。
「そうだね。僕たちの世界なんて、クリームを食い散らかして増え続けてる、青カビのようなものに過ぎない。だけど、この化学反応には問題があってね」
「難しくない?」
「大丈夫だよ。大した話じゃないさ。僕たちの宇宙において、化学反応として誕生したものは、物理法則というものだったってだけの話だよ。そして、物理法則には、魔法と呼ばれるものが、生まれ出てくる要素なんて、ひとっかけらもなかったんだ。ただ、それだけの話だよ」
たしかに、それだけの話だよなと、俺も納得してしまった。
「夢のない話を……」
「だよね」
同意されたことがうれしかったのか。
奴の尻尾がブンと揺れた。
「君だって、そう思うだろう?
不老不死を手に入れて、宇宙の拡大をどこまで待ったとしても、この宇宙には、魔法文明が生まれることはないんだよ。
そんなものを手に入れた文明や、文化が誕生することはないんだよ。
どこかに魔法の法則を孕んで誕生することになった世界があるのかもしれないけれど、その世界と僕たちの世界が接触したとき、どうなるのかはわからないんだ。
気泡同士が結びつく過程で、一緒に弾けてしまうのか、あるいは一つの大きな気泡になってしまうのか。
世界がカビのようなものだというのなら、互いに食い合って共に滅んでしまうのかもしれない。
結びついて新種へと変化することになるのかもしれない。
でも、そもそもそんな世界が近くにあるのか、期待していいものかどうかすら、わからないんだ」
いくら疎い俺にでもわかる話だった。
「できないだろ……。いや、そんな期待、するだけ……、無駄だろ」
宇宙は広すぎるのに、さらにその宇宙の外にある、別の世界のこととかさ。
「だからだよ。だから、こういう手段を考えて見たんだよね」
自分の望んだ世界の創世?
この人のいう手段って言うのは、本当に手段と言い切っていいんだろうか?
ゲームの世界を現実に?
それは、手段とは、言わなくないか?
「あんた、いくつ?」
「幾つだと思う?」
イラっ☆ っとくるな。
思ったよりも歳食ってないけど……、百は行ってないだろ。
「百年も待てない人間が、不老不死になってまで、とか」
「うん、だから、作れないかと考えたんだ」
宇宙人を騙してみた、と彼は言った。
「僕たちの住むこの世界を、原始のエネルギー世界。電子の世界をそこに生まれた空間と考えれば、一つ一つのゲームは、それぞれに誕生した宇宙、銀河、太陽系だと考えられるだろう? 同じように、現実の世界にも、ゲームを作るように世界を作れるのなら、宇宙の外の世界にだって……」
驚いた。
「宇宙を作ろうっての? あんた……」
星を作るつもりじゃなかったのか……。
「宇宙の外にある、原始のエネルギーには、名前も法則もないんだよ。そしてそれは、自由に形を変化させる。だったら、完璧で完全なプログラムを作成して、打ち込めば、そこに望む世界を誕生させることができるかもしれないじゃないか」
そして無限とも言える質量が外に広がっているのなら、無限回の試行錯誤や、バリエーションだって、楽しめる……って。
「どうやって打ち込むんだよ、思った通りに反応してくれる可能性があるのか?」
「たとえばブラックホールなんかは、その境界面に物質の内容を情報として取り込んでいるらしいよ? 物質を情報化させることができるなら……、情報を物質化させることは、可能なんだしね?」
「ナノマシン?」
「ピコ、かな? あるいはもっと小さな単位で」
おいおい。
「まずはモデルとなるものを構築して、それを情報化し、再構築のプロセスを大規模な形で実行するんだ。
そこに込められている法則、方程式が完璧な物なら、情報爆発を起こして、新たな宇宙の基礎、根幹となってくれるはずなんだ。
この世界で、物理法則という形の爆発が、やがて地球のような星を生み出したように、きっと地球と同じように、だけど獣耳のやつらか巣くうような星だって、誕生してくれるはずなんだ」
呆れるしかなかった。
「そこで出て来る夢が獣耳かよ」
なんか業を見た気がする。
っていうか、外人の想像するケモミンって、マジで頭が獣のままで、適度に擬人化されてないからキモいんだよな……。
ドラゴンレジェンドを見る限り、許容できそうな範囲に留まってくれてるみたいだけど。
「でもね。さっきも言ったけど、宇宙は膨張し続けているんだよ。
外側にあるエネルギーを食べて、物理法則という形に変換し続けて、加速し続けているんだよ。
外の世界に、宇宙創造用のプログラムを打ち出そうと思っても、宇宙の膨張よりもさらに速く飛べるロケットエンジンを用意する必要があったんだ」
あ!
そうか、だからか……。
だから、呼び寄せた、のか。
「だから、シルフィードさんを……」
簡単に小宇宙とか、大宇宙とか、渡り歩いてしまうようなあの規格外船。
SFとかあんまり読まない、マンガ微オタの俺にだってわかる。
小宇宙とか、大宇宙とかを、簡単に渡れるその凄さ。
「そう。一発目でアタリを引いたよ。あの船は凄いんだ。周囲に小型のマシンを配置して、自身の質量をごまかすんだ。巨大な質量と化して、時空を進行方向へひずませる。その歪みに乗って遠方へと、自分自身を投げ出すことで、跳躍するんだ」
「それって凄いのか?」
「凄いよ?
時空はわかるかい?
方眼紙さ。
そして、たとえば月だね。
浮かせた方眼紙に地球を乗っけると、地球の重みで方眼紙が沈むだろう?
月は地球が生んでる、歪みのふちを回って転がってるんだよ。
方眼紙、時空って言うのは、実はそういう風に、真っ平らになってないんだよ。
でもね、逆に言うと、月ほどの質量のものを、ずっと捉えられるだけの歪みを生み出すためには、地球ほども巨大な物体が必要になるんだよね。
なのにあの船は、あの小ささで、ブラックホールよりも大きな歪みを生み出せるんだ」
すんげぇ興奮してるな。
「だけど、それだって、物理法則だろう? 光よりも早く飛んで、例え宇宙の膨張速度を超えられたって、宇宙の外、法則が通じない世界には……」
「それでも唯一、この宇宙の端にまで届く可能性なんだよ。いや、この宇宙を飛び出せる可能性なんだ」
飛び出せる、ねぇ……。
「外の世界が、僕たちの法則に触れるだけで、境界を作って抵抗したりなんてすることなく、無抵抗に書き換わって行くような純粋さを持っているとするのなら、特性の法則を持ったものが、外の世界に跳びだしたなら……」
「そこから、その特性の法則へと、簡単に書きかわりが始まっていく?」
「ま、問題はあるんだけどね」
あー、なんか嫌な予感がするなぁ。
間近くに別の宇宙ができたとしてもだ、それがこっちの宇宙と接触して、法則が違ってて、干渉し合って両方弾け飛ぶとか……。反物質とか、そんな感じじゃなかったっけ?
「……つまりだ、あんたは、新しい宇宙を作って、そこの一員になるつもりだと?」
「だって、僕は、生まれ直したいんだもの。生き直したいんだもの。生まれ変わりたいんだもの」
ゲームのような世界でおもしろおかしく過ごしたかったわけじゃないとか、贅沢なことを言い始めたけど。
まあ……、と、その興奮を閉じて、嘆息した。
「宇宙人には、反対されたんだけどね」
そりゃそうだろうなぁというのが、感想だった。