そのななー
ざわざわと騒がしくなる。
皆が徐々に距離を取る。
一度に言葉が聞き取れないので、不可視ウィンドウを開き、ログウィンドウを大きくする。
スクロールする文章は、もちろん周囲の会話である。
病気、疫病、戦争、憶測が流れていく。
子供が不安げに母親を揺すっている。
親子とも、フードを深く被って身を隠しているため、顔はわからないが、体つきから性別は判断できた。子供の方も女の子だ。
やべ? フラグ?
回収しますか? しませんか?
そんな声が聞こえた気がした俺は、しばし悩んで、接触してみることにした。
「おい、大丈夫か?」
子供が不安げに母親を庇った。
俺は無視して、母親の手を取った。
細っせぇ……枯れ木の方がマシじゃないのか?
っていうかこの手、毛だらけで……この感触、肉球なんじゃ。
フードの奥から俺を見上げる子供の顔が見えた。
怯えていて、それでも唸りを上げて、母親を守ろうとしている。
目は大きく丸く、猫っぽい鼻に、鼻の下から唇までの部分が人間よりも少し大きく膨らんでいて、顔全体が毛に覆われている。
獣人系か。きっと耳とか怖くて伏せてるな、これ。
犬系か猫系か、はっきりとはしないが、俺が持っている手は猫っぽい特徴が見える手だった。
指は太め、短めで、甲の側は毛深く、鋭く伸びる爪がある。
指の腹は少し厚めで、肉球のなごりっぽい感じでぷにってる。
フラグktkr、親子丼?
いや実は、逃亡獣人で、獣人と人間の戦争に巻き込まれる流れとか……ねーな。
だったら人族が多い街なんかに来てるはずがない。
母親を抱くように支えてやる。
「おい、聞こえるか? 聞こえてたら、指で俺の手を掻け。一回だ」
俺の手のひらの内で、指がくっと曲がった。
まだ意識はあるようだ。
「助けて欲しいか? 助けて欲しかったら一回だ」
また曲がった。
「俺は街に入りたい。お前は病気が治ったら、入れてもらえるか?」
よし、曲がった。
「んじゃ、最後だ。俺も一緒に連れて入ってくれるか?」
契約成立っと。
懐から取り出すポーション(無印)、まずはこいつだ。
フードを外してやる。
周りの目は気にしないでおく。
猫っぽくもあり、人間っぽくもある顔つきだった。
目はまぶたが閉じててわからないけど、この耳……。
まさかの虎系?
「あー……」
だから顔を隠していたのかと納得した。
希少種だ。
ちなみにドラゴンレジェンドでは、獣人系のアバターは用意されていない。
男性女性以上に、骨格や体型が違いすぎて、システムの補正が追いつかないからだ。
そのくせ、NPCはリアルすぎる動きを見せるんだから、無駄に凝ってる。
ドラゴンレジェンドにおける彼らの立ち位置は、主に戦闘補助NPCだ。
契約方法は様々で、イベントで仲間になったり、奴隷として購入したり。だがその中でも、虎種との契約は、クリア条件がかなり厳しいものだった。
端的に、プレイヤーが操作するアバターより、よほど速く動き、力も強いからだ。
高レベルプレイヤーでないと、自分自身が要らない子状態になってしまうため、彼らより強くないと、契約できないように調整されている。
(ってことは、無印ポーションじゃ追いつかないな……)
とりあえず、飲ませようとするが、猫っぽい口は受け付けてくれない。
困った……と、思って身を引くと、子虎が不安げに俺を見上げていた。
……わーったよ。
俺はくっと小瓶を煽ると、思い切って口を合わせた。