(11)
「なに、が……」
アニメやマンガのように、壁に亀裂を走らせてめり込むとかって、こんな気分なのかと。
この体は生身じゃなく、アバターなんだけど、突撃したときの加速でも、ちゃんと相手も景色も、見えていたのに。
処理能力が追いつかないほどの勢いで吹っ飛ばされたって、どういうことよ?
見れば、竜の姿が崩れていくところだった。
ブロック状に崩れていく。崩れたパーツは、昇華するように、わずかに浮いて、消えていく。
パラパラと、バラバラと。
その向こう、中心部に、人影が見えた。
身長は二メートルほど。
珊瑚のような二本の角が生えている。
背には翼。
手足の表面は鱗に覆われていた。
──竜神。
二本の腕を持ち、二本の足で立つ、太い尾を持つ神様だ。
翼が開かれ、ばさりとふるわれる。
薄く葉脈のような血管が透けて見える、飛膜の張った翼は、巨大なドラゴンだった時と、全く同じものに見えた。
手にしているものは、ランスに、タワーシールド。
俺が持つものに、そっくりだった。
「第二形態だよ」
こっちと同じ得物に防具。
俺は壁を支えに、立ち上がる。
そんな俺のことを、奴はあざ笑って、こういった。
「さあ、第二ラウンドだ」
好きだろう? こういうの。
目が笑っていやがった。
俺は吐き捨てるように言った。
「ありがちな真似をしやがって」
「安心して欲しい、僕はまだ、あと一回、変身を残してる」
「一回だけかよ」
「二回だと、冗長的に過ぎるのではないかと思ってね」
奴は槍を構え、翼を広げた。
槍を引くように、盾を前に。
「ここからは、レベルキャップを解放した、カウンターストップ・プレイヤーキャラクターを相手にすることを想定した、ボスクラスキャラクターだ。君に、どうにかできるかな?」
レベル差、80以上か。
当たり前の攻撃じゃ、ダメは通らないからって、舐めてやがるな。
いや……、今までの言動からして、それでもどうにかしてくれるんだろう? って、期待していやがるのか?
「そういうのが、レベルのインフレを起こすんだよ!」
風魔法を足の裏で発動する。
ノックバックで初速を音速の域に高めて、槍を前に突きだした。
穂先が音速突破の音を奏でる。
「同感だ」
俺の一撃は、奴の槍にいなされた。
その右側を抜けることになる。
ギャリギャリと槍同士がこすれあいながら交差し、俺は奴の背後へ流された。
「アペンドディスクで追加される新規領域のみで、新モンスターは発生すべきだよ」
「だったら! こんなとこで出てくんじゃねぇよ!!」
奴が俺の背中を狙って体をひねる。
「だから、ここが解放された、新規領域だよ」
俺もまた体をひねり、盾を構えた。
その盾に、奴の槍が衝突する。
盾を跳ね上げられ、無防備になった体に、魔法がぶち当たった。
ファイアボール。
初期の魔法だ。
熱さに顔をしかめて、ノックバックをかかとで堪える。
舐められてる。
素の魔法だ。
レベルや、ステータス依存も加えられてない、レベル1が使える状態のファイアボールだった。
「この部屋も、きっと、ドラゴンレジェンドに追加される。だから、データ収集に付き合ってよ」
「俺はテスターじゃねぇよ」
「その代わり、地球の君のキャラクターには、なにかのプレゼントを贈っておくさ」
「うれしくないね!」
「まあ、その時に、僕がまだ地球にいるのかどうかは、わからないけどね」
「は?」
目処が立ったから、と奴は言った。
「シルフィード」
「あ?」
「彼女は、僕が呼び寄せたんだ」
呼び寄せた?
どういうことだ?
苦労したよ、と。
奴は余裕があるからか、語り出した。
「この世界の中核にある異星人のシステムを理解して、気付かれないような仕組みを作り出して、救難信号を発信させるのはね」
ただ、そのせいで、喧嘩して、こうして外部に干渉できないように隔離されてしまっているそうだ。
……隔離部屋かよ、ここ。
「ログインしても、ここに出るだけで、他には出られないんだ」
「ご愁傷さま」
「まあ、もっとも、干渉できないのは向こうも同じでね。この中は、完全に僕の領域だ」
外のモンスター。
あれ、宇宙人側の仕業か?
この部屋を攻略するために送り込んでたんだろうか?
「君は、宇宙の成り立ちを知っているかい?」
飛ばすなぁ。
この人、話に勢いが付くと、聴衆の様子とか気にならなくなるタイプだな。
それでも応じてやる俺って、ほんと良い奴だよな……。
「ビッグバンとかそういうののことか?」
まあ、正直なところ、煮詰まって、手がないが探してるところなんだけど。
俺は、盾を構えつつ、その影でステータス向上のアイテムがないかと、インベントリを漁った。
奴の話は、長そうで、少しばかりの猶予はありそうだった。