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足はわずかにつま先が地に突く程度。
体はオーラジェットで地を滑るように加速する。
俺は奴の眼前へ迫った。
奴は首を下ろし、大きな顎を開いて、奥に炎をちらつかせた。
──左にステップ。
ステップは、選択した方向へと、向きを維持したままで、跳ねるように移動できる初期スキルだ。
同方向なら速度が上がり、左右になら直角機動が行え、後方へ使うと、速度が減じるか、飛び退くような動きができる。
奴のブレスをわずかに避ける。
噴き出された炎が、隣を通過する。
しかし次に待っていたのは、前足だ。
コウモリと同じ、腕と翼が一体化した手だ。
掴もうとする腕を、今度はジャンプで回避する。
ジャンプもまた初期スキルだ。
熟練度次第で身長以上に飛ぶこともできるが、それ以上に大事なのは、加速をジャンプ力に追加できる点だ。
さらに俺は、奴の前足の後ろ、皮膜部分を踏んで、高く飛び越えることに成功した。
「甘い」
ブオンと、尻尾が振り回される。
着地を狙った横なぎの一撃。
空中にいる俺に、これをかわす術はない。
……とういうこともない。
足の裏で、風が爆発する。
ノックバック。
さらに高く飛んで、尻尾を避ける。
「……ドラゴンレジェンドは、そういうアクロバティックな動きを楽しむアクションゲームじゃないんだけどね」
ぐるんと身を回して、振り向いてくる。
俺は着地すると、距離を保ちつつ、時計回りに奴を狙う。
その動きを追って、奴は、頭をめぐらし、その長大な胴と尻尾が、頭を追うようにして、曲がっていく。
「そうそう、加速を付けて、ドン、だ。そうでないと、その武器は威力を出さない」
作った側の人間だからわかってる……、ってわけでもないか。
初期段階じゃ、こいつは有名な武器だからな。
その速度が一定を超えて、追い切れなくなったんだろう、右に右にと回っていた奴が、追って回らず、左へと動きを変えた。
その先には、ちょうど回り込んでいた俺がいた。
「そして最大の弱点は、足を引っかけられただけで終わることだね」
ドラゴンシャウト。
ブレスとは違う。純粋な音だ。
衝撃波とも言い換えられる音の暴力。
圧縮された大気は、数ミリ秒で五十メートルを超えて動く。
叩きつけられれば、低レベルなら一瞬で圧死する。
カンストしたキャラクターでも、スタン効果で、硬直をしてしまう一撃だ。
今の俺じゃ、耐えられて、壁に叩きつけられて、瀕死が良いところだろう。
なんてな。
有名な攻撃なんてのは、対策が既に練られてる。
それこそ、wikiでも読めばすぐわかる。
なぜ一定の速度で回ってたか? 足をまともに使ってないからだ。
ドラゴンはブレスを使う際に、のど元を膨らませる。
その瞬間、足を使って、速度を変える。
風魔法を使った、ノックバック加速。
別段、遅くしても良いんだけども、ここはやっぱり、加速だろ。
さらに移動系スキルも組み合わせる。
ブレスが壁をたたいたときには、俺はもうそこには居なかった。
ゲームでは、処理速度の都合から、そこに実映が残される。
残影、残像だ。
ブレスもまた、直進性を持った攻撃だ。
さらに、肺に空気を吸い込んで、喉から吐く以上は、大きなフェイントを使えない。
かいくぐることは容易なんだ。
俺は、ブレスを噴き続け、無防備になっている、奴ののど元に潜り込んでいた。
「貫けぇーーーーー!」
はぁあああああ! なんてな。
加速に加速を重ねて作り上げた運動エネルギーが、穂先の一点に集中する。
ドンッと、手に重い震動が返ってきた。
竜の障壁にぶつかったためだ。
鱗のない、柔らかそうなのど元でも、障壁のために、十分以上の堅さを持っている。
俺の装備が生み出す力と、奴の障壁。
双方の竜としてのオーラの質は、若干奴のものの方が上だったようだ。
しかし、十分に蓄えられた勢いが、その差を埋めて、突破する。
ドラゴンランスは使い捨ての武器だ。
耐久度というものがないこの世界では、使える回数、という形でしか、武器の力を制限できない。
この世界で最上の生物であるドラゴン。そのドラゴンの素材を必要とするランス。
生産職に、大して力の入ってないこのドラゴンレジェンドでは、クエストアイテムとして入手できる代物だった。
わかるだろうか?
入手方法はクエストのみ。つまり、入手できるのは1キャラに付き一回限りだ。
その上、使用回数の回復もはかれない武器であり、あげく、使用もまた一回限り。
さらに、|エクレア《Excellent Rare Item》品でもある。
エクレア品は、レアなだけじゃなく、他人への譲渡受け渡しも不可という仕様だ。
つまり、一回手に入れたら、その攻撃力はどうであれ、普通はコレクターアイテムとして、死蔵するのが当たり前のものだった。
獣王の時に、全部の武具を持ち歩いていないと言ったのは、このためだ。
使わないものを持ち歩いて、収納数に限界のあるインベントリの、貴重な一枠を、無駄にしている意味は無い。
空き場所確保のために、ホームに保管しておくのが普通だろう?
だけど、もう、出し惜しみは無しだ。
アイテムなんだ。
使うべき時に出し惜しみしてどうするんだよ?
残してても、仕方ない。
「使わなきゃ、意味がないよなぁ!?」
抵抗は一瞬だった。
さすが、ボスキャラを倒して手に入れるような代物だ。
そのボスより弱いだなんて、意味が無いよな?
竜に対しては強力な効力を発揮する。
紛れもなく、最強武器の一角だ。
武器を取り落とすという最悪な結果になることもなく、俺の筋力は槍を保持し続け、むしろ押し込むことに成功した。
槍は障壁を貫いて、奴の喉を左下から貫通した。
次の瞬間、なにが起こったかわからなかった。
視界がぶれた。
次に、白黒になって、景色が流れた。
人間、事故に遭うと、生き残るために処理能力を必要最低限のものに絞るらしい。
そのため、景色は色を失い、白黒になるんだそうだ。
今の俺が、まさにそうだった。
気がつけば、俺は、壁に叩きつけられていた。