(8)
仲間がどうだとか、友達がとか、帰る場所が、なんて歌詞の出てくる曲を聴くたびに、いじめか! と叫びたくなるのがぼっちというものだ。
いじめられたり、はぶられたりしてるわけじゃない。
ただ、なんとなしに、どこのグループにも所属することなく、居ても居なくても、関わることになってもならなくても、毒にも薬にもならず、適当な扱いを受けて、受け流されて、そのまま忘れ去られてしまう存在。
それがぼっちだ。
そういう意味じゃ、俺がぼっちだったのは、姉さんに絡まれるまでだった。
割と地雷なんだよな、姉さんのことは。
いろんな意味で感謝してる。
いい大人が、自分の子供ほどの子に、なに思ってんだって話だけどさ。
姉さん、と呼ぶのも、照れ隠しだ。
今更、──ちゃん、なんて呼べるわけもない。
そういえば、昔、僕、から、俺、に変えるのが恥ずかしくて、儂とか、意味不明な言葉使ってたっけな……。
関係ねーけど。
姉さんが今でも俺に構いつけてくるのは、きっと、強いからだと思ってる。
どうすればいいのか、どうしたらいいのか。
それを自分で考えられる子なんだろう。
俺にも覚えがある。
このままじゃいけないって思ったことが。
でも、俺は結局、その泥沼からは抜け出せなかった。
姉さんは違う、今より、なにかを、探してる。
自分から興奮できるなにかを求めて、動いてるんだ。
それはきっと、俺があの子のヒーローじゃないから。
あの子を連れだし、支えていくのは、俺じゃないから。
姉さんもそれをわかってるんだろう。
俺と姉さんじゃ、本質からして違うって。
姉さんはきっと、その内にゲームなんてやめるだろうな。
そして表に出て行くだろう。
お日様の下を歩き出す。
一方で俺と言えば、ずっと引きこもって、オタク臭のする部屋の中で、相も変わらずって状態だろう。
そういう卑屈な想像をして、その想像に胸をうずかせて、だけどそれがちょっと気持ちよかったりする。
そんなのが俺だ。
そんなだから俺なんだ。
俺は、俺が本物の英雄でも、勇者でもないって、わかってる。
本物ってのは、ピンチの時に現れて、颯爽と解決するもんだろう?
どんなに遅くても、結局は間に合って、ハッピーエンドにしてしまう。
そんな存在のはずなんだ。
でも、俺が関わることになった姉さんはと言えば、客観的に見れば、いまでも十分、不幸なままで。
姉さんが、それで良いって思ってたとしても。
だから俺も、だったら、良いかな? なんて思って、それ以上に踏み出せない、俺なんて人間は。
きっと、間違ってる人間だって、わかってる。
──だけど。
俺には、勇気も英気も足りないから、怖くて、その間違いを、正せないんだ。
そんな俺が、悪を前にして、立ち向かえるのは、きっとここにいるのが、作られた存在ばかりだからだ。
本物は居ない。ゲームの延長。ヒーロー的な瞬間に酔ったとしても、誰も笑う人がいないからだ。
だから、俺は、戦える。
でも、それはなんのためなんだろう?
ドラゴンが五メートルはある首を縮めるように軽く持ち上げる。
それに合わせて息を吸い込む。
頬袋と喉が膨らむ。
首が持ち上がったことで見えた胸元も、膨脹していた。
肺活量が並じゃない。
吸い込むことによって生まれた、空気の流れは、人間一人の体重なんて、簡単に無視して動かそうとする。
俺たちは対抗するために、踏ん張るしかない。
バインド効果。足止めだ。
その場に釘付けにされてしまう。踏ん張っていないんと、ドラゴンの元へと、強制移動させられる。
懐へと誘い込まれたら、その強靱な前足の一撃にさらされるだけだ。
だけど、耐えたからと言って、安全ってわけじゃない。
──ドラゴンブレス。
内臓に火袋を持っているだとか、魔力的ななんかだとか、パターンはいろいろあるだろう。
だけど、今、あいつが放とうとしているものは、そんな複雑なものじゃない。
あれだけの巨体を動かしているために発生している熱エネルギーを、一括して、吹きだそうとしている、それだけだ。
それだけだけど、その熱量は、人なんてどろどろに溶かしてしまうくらいに、ただ、熱い。
ゴウ、と、炎の固まりが、漏らされた。
口を開き、首を伸ばし、吹きかけるように、竜は泥のような火を吐いた。
トカゲ独特の口。上顎と下顎は、膜のようなもので繋がっている。
その膜が、左右に無駄に広がるのを防ぎ、ブレスに真っ直ぐな指向性を与えていた。
そのくせ、不揃いで鋭い牙の列が邪魔をして、歯の隙間から漏れるような流れをうんで、不規則性を与えている。
俺は竜の鱗──盾を前にして、それを耐えた。
やや上に傾けて、傘のように身をかばう。
竜の鱗は長盾だ。タワーシールド。身を丸くすれば、体をすっぽりを覆い隠すことも可能だった。
竜の鱗を貼り合わせて作られているこの盾は、魔力を帯びていて、竜の息吹くらいは受け流せる。
なによりも、竜を倒せるのは竜だけだという発想から来ているのが、ドラゴンシリーズと呼ばれる装備品だ。
熱の固まりは同時に質量も持っていた。
落ちてきた炎は盾に重くのしかかり、俺を押し潰そうと降り注ぐ。
しかし、装備一式が放つオーラは、俺から後ろへ炎を通すことはない。
そこにはことらんと、未だ固まったままのディーナがいる。
あいつの話が本当なら、ことらんの鯖としての処理機能は、俺に割いている分で、いっぱいいっぱいになっているのかもしれない。
ディーナに回す分は無いんだろう。
……ディーナが強力な魔法を使えたのは、ことらんのおかげなのか?
でもことらんは、そんなにディーナとくっついてたっけ?
やばい、思ったより熱くて辛い。こんな時に考えごととか、集中してない証拠じゃないか。
炎の量が臨界点を迎え、徐々にだが終息していく。
シールドの守護光の向こうにドラゴンを見る。
肺から全ての空気を吐ききったのか、首を下げていた。
顎が地に突きそうだった。
その顎を、のび上げるように、持ち上げる。そうして改めて俺を見て、ふしゅると鼻から、残り火を吹いた。
その目は俺の装備を見ていた。
口元が歪んで、苦笑を浮かべているように感じられた。