(7)
「行くよ」
彼の座るシートの上部がくるりと前に伸びて覆いとなった。
卵を倒したような球体へ。
そして頭の上ほどに持ち上がり、ノイズが立体に走って巨大な生き物が投影される。
シートの部位が頭部となり、左右にごつい。肉厚のまぶたが形成される。
その下が伸びるように上あごと下あごが形作られ、まぶたと同時に開かれた。
縦長の瞳と金の水晶体。
そして口にはぞろりと牙だ。
後頭部からは、後ろに伸びる二本の角。
首は長く、背にはヒレが、尾にまで続き、尾には左右に、こぶのような突起が並んでいた。
後ろ足は太く、獣脚で、前足は皮膜の張った翼と一体化し、かぎ爪で白い床をガリリと掻いた。
全長二十メートルほどの怪物。
その大きさに合わせて、部屋が広がる。
ボォオオと、暴力でしかない咆吼が放たれた。
その風に、俺は飛ばされないように、顔を腕で庇って、踏ん張った。
そいつは、ただただ大きくて……。
ゆっくりと腕を下ろし、改めて視界に映し、引ける腰を、後ろに足を引きそうになるのを、我慢することも忘れてしまった。
ふしゅるとそいつは、口の端から炎を吐いた。
「ドラゴンかよ!?」
「ドラゴンレジェンドだからねぇ」
がくっときた。
「生声じゃねぇか!?」
『ソレッポイ濁声ガ良イノカ?』
力抜けるなぁ……。
「いや、なんかもう、良いです」
「そうだね、変換が大変だし、ありがたいよ」
「手打ちなのかよ!?」
「脳内変換だよ」
「思考変換……、の間違いじゃないの?」
「いや、誤変換の、有効活用さ」
「そういや、他国語変換ツール、挟まってるもんな」
「あれって、宇宙人の使ってる通用語まで対応してるんだ、凄いだろ?」
「宇宙事業先取りとか……」
「一応これでも、商売人だからねぇ、儲け時を逃しはしないさ」
「いつ来るんだよ?」
「意外と今かもしれないよ?」
「今頃、宇宙人が侵略戦争始めてるってか?」
「そんな真似はしやしないさ」
「なんで?」
「彼らは西暦2000年よりも前には地球に来ていたんだよ? 衛星軌道上から一方的に攻撃できる連中が、どうして擬体なんかで地表に降りるだけにとどめていたと思うんだい?」
「戦力がないから?」
「滅ぼすだけならウイルスでもばらまけば良いよ。宇宙的な行動理念が働いてるらしいよ。敵か、味方かの、二次元論だけどね」
「宇宙人、オトモダチ、ってか?」
「実際、良くしてくれてるよ?」
「だからって、神様にしてもらおうってのは、どうなんだよ?」
「違うね。僕は神様になりたいんじゃない、英雄になりたいんだ」
「勇者とか?」
「そ。僕が子供の頃には、たくさん居たものだけどね。憧れたものさ」
「今幾つなんだよ?」
「世界大戦を戦った人たちを、おじいちゃんに持ってる世代だよ」
「で、その話に触発されたってか?」
「まあね。憧れたよ。お爺さまや、お父様の話を聞いて、わくわくしたものさ」
「あんた、闇商人とか、戦争起こしたりとか、してたんじゃないだろうな?」
「手助けはしたけどね」
「最低だな」
「正しいと思う人たちを助けただけだよ。君だってそうするさ」
「かもしれないけどな」
さあ、そんなことよりも、と。
「勝負しよう! 似非勇者君に敬意を表して、ドラゴンの姿を取ったんだ。頑張ってくれ!」
「似非で悪いか」
「そこは、誰が似非だぁ! だろう?」
「あいにくと」
俺は剣を引き抜く動作をした。
それに合わせて、マクロで装備を変更する。
着替えるのは、ドラゴン装備。
竜の顎、竜の胸骨、竜の爪、竜の牙。
──そして、竜の鱗は最強の盾だ。
「自分が本物じゃないなんて、自分が一番わかってる」
思い知ってるよ。
だからこそ。
「引きこもりプレイヤーなんてやってんだ!」