(6)
何故か、そこにいる……、か。
そんなこたぁ、しらねぇよ。
偶然、チュートリアルをかき乱して。
偶然、ことらんたちと出会って。
偶然、獣王を倒して。
偶然、レイドさんとシルフィードさんの墜落を目撃して。
偶然、姫様がさらわれるところに出くわして。
偶然、姫様からこの世界の怪しい場所を知らされて。
偶然、その先でアルフに出会って。
偶然、ことらんとの間に生まれてたチートに目覚めて。
その一つ一つに意味があって、偶然が繋がっていって、いま、ここでこうしてる?
特に大した使命感もなく、なんとなくでやってきて。
運命に流されて、たどり着いたっていうんなら格好良いけど、そんなたいそうなもんでもないしな。
俺は、生まれ変わりたかったんだ。
だから、ちょっとうれしかったんだ。
マジ、転生? そう思ったからさ。
だけど、ここでも、俺はその他大勢の内の一人っぽかった。
俺が基本ぼっちプレイなのは、そんな中でも、一人英雄を気取って、勇者を気取って、主人公っぽい自分に酔っていられたからだ。
そうさ、俺は、主人公なんかじゃない。そんなのになれない、その他大勢の一人でしかない。わかってんだよ。でも、ゲームの中でくらい、そんな気分に浸っていたって良いじゃないか。
シナリオをクリアしているだけと言われたらそれまでだけどさ。でも、俺は、必要とされる人間として、居られたんだ。
みんなが、味方になってくれてたんだ。
それがむなしいことだってわかっていても、俺にはやめることができなかったんだ。
だって、現実の俺には、気にかけてくれるような人なんて、いなかったから。
俺をわかってくれる人なんていなかったから。
無条件に、助けてくれる人はいなかったんだ。
自分たちに不都合があるからって、声をかけてくれる奴らは居ても。
それは親であることとか、兄弟であることとかの、対面からのものだったんだ。
側に居る。
なによりも、俺の側に。
どんなときでも裏切らないで、必ず味方をしてくれる。
キモイオタクの妄想だよ。そんな都合のいい人なんて居るわけがないってわかってる。
だけど、だからこそ、俺は姉さんを見捨てられなかったんだ。
なんで俺みたいなキモイやつの部屋に押しかけてくるんだ?
趣味を押しつけてくるんだ?
一緒にやろうとするんだよ?
時間を共有しようとするんだよ?
俺みたいなおっさんには、この程度のゲームだって難しいんだぜ?
カードの組み合わせって言われても、途中であくびが出てくる始末だ。
それでもやめることはできなかったんだ。
人のことを、馬鹿にしながらも、笑ってるんだよ。
笑えてるんだよ。色んなことがあった子が。
十分だろう?
親も親戚もいなくなって、なくした子が、涙がにじむくらいに笑えてるんだ。
この子か、俺か、どっちが先に、このアパートを出ることになったとしても。
この子が、社会に出て行くのか、俺が、本格的にドロップアウトしてしまうのか。
ま、十中八九、俺が置いて行かれるんだろうけどさ。
俺みたいに、なんの意味も無く生きてきて、何の意味も無く歳食って死んでくんだろうなぁって奴にとっては、『今』ってのは、思い返すだけで、泣きたくなるくらい楽しい毎日だったんだ。
このまま、幸せなままで、楽しい思い出に埋没できたらって、思ったって、仕方ないじゃないか。
俺にとってのドラゴンレジェンドってのは、そういうもんだったんだ。
幸い、おかしな奴に絡まれることも、嫌な目に遭うこともなくて、俺は俺なりに楽しんでた。
この世界に入っていけるなら、入り込んで、そこで暮らしていけるならって、思えるくらいには、はまってたんだ。
なんだよ、それが……、こんな野郎の、自慰作品だったなんて、超凹む。
「迷惑だよな」
「ん?」
「あんたなんて、引きこもって、妄想でもしてりゃ良かったんだ」
俺は、あの子の英雄になりたかったわけじゃない。
引きこもりの臆病さを振り切って行動に移した多くの理由は、放置しておいたらどうなることかって、恐怖心に突き動かされただけだ。
感謝してもらいたかったわけじゃない。
ぎゅっと下唇を噛みしめる。
苦手だった家族や、親戚や、赤の他人とも顔を合わせて、戦った。
一人の女の子の自由を勝ち取った。
それは間に合ったっていうほど、早くはなくて、遅くって。
だけど。
スーッと椅子が下がって、遠ざかっていく。
なんだよ、距離取って、なにするつもりだ?
「君は、僕の想像を刺激している」
「は?」
「プログラム上に存在しているアバターで引き起こした火事場の馬鹿力が、どの程度のものなのか? 今、君は、どの程度動くことができるのか? これはとっても興味深くて、凄く大事なことなんだ」
「どう、大事なんだよ?」
「僕が、宇宙人を攻略するためにさ。だから、付き合ってくれ」
遠慮しまーす、なんてのは。
きっと通じないんだろうな。
「あんた流に言うなら……、今、俺がこうしてここに立っているのも、なんかのフラグで、どこかに繋がってるってことになるんだろうな」
「現実に、英雄なんて居ないんだ。勇者もね」
「じゃあ、あんたは俺に、なにを期待してるんだよ?」
肩をすくめた。
「僕にだって、わからないよ」
なんだそりゃ。
やっぱり、こいつは自己中だ。
だけど。
「ま、いいか」
俺は頭をぼりぼりと掻いた。
とりあえず、腹立った。
こんな世界でやって来たくはないけど。
俺はこの世界でしか生きてけないらしい。
だから。
「どうせあんたは、発注主で、製作会社じゃないんだから、気にしたって仕方ないよな」
「なんだい、急に?」
「こっちの話さ」
この人には悪いけど……、悪くもないか?
どっちみち、適当に付き合って、終わらせてもらおう。
この世界がこの人にとっては気に入らないものだったとしても、俺にとっては上等、十分だ。
それに……。
──うーにゃ?
俺は、ことらんの頭に手を置いて、がしがしと掻いてやった。
首を短くするように顎を引いて、目をギュッと閉じて、気持ちよさそうに口を緩ませる。
そんなこいつが、誰も動かなくなったこの世界で、一匹だけで残されて、荒野に一人で、うにゃー……、なんて泣いてるのを想像したら。
もう、だめだ。
「俺、想像力ありすぎだろ」
「…………?」
「なんでもない」
「なら、イベントを始めようか」
「イベント?」
「君の勇者力を、試させてもらうよ」
なにその新感覚?
「ま、要は」
「要は?」
にやりと不吉な笑い方だった。
なんかあれだな。
やられ役っぽい感じだった。
「ボス戦だ」
そういうことね。
2012/09/22 誤字修正