(2)
本来、この奥には、なにもないはずだった。
侵攻クエストのための、モンスターのポップポイントがある。その程度の意味しか無い広場的な空間があるだけだった。
そこに魔王が居るわけじゃない。ただの行き止まりにすぎなかったんだ。
だけど、なんだか様子がおかしかった。
「どういうこった?」
そこに至るどの通路にも、モンスターが押し合いへし合い、詰まっていた。
っていうか、でかいモンスターは、奥へと進める道を探して迷っているようだったし、中型より下のモンスターも、とにかく奥へ奥へと殺到していた。
いや、侵攻している?
本来は、外、町や城へ向かって、この姿が見られるはずだった。侵攻クエストにからんだ行軍の姿、今のモンスターは、それにそっくりな動きをしていた。
そうと判断できる理由の一つが、ノンアクティブ化していることだった。
通常はアクティブ──発見即戦闘に入るはずのボスクラスモンスターが、こちらの存在を無視してる。
これは、……結局やらかしたことらんが原因で発覚したことだった。
攻撃すれば、さすがにアクティブ化するんだろうけど、ことらんが足下を走り回っても、まったく反応しなかったんだ。
だけど、なんで洞窟の奥に向かって、そんなことが起こってるんだ?
俺たちは、ボスモンスターの間に混ざり込んで歩くことにした。
ことらんは、ディーナに任せる。
最初はディーナのちっさい頭に、据わりが悪いのか暴れてたことらんだったけど、最終的には、肩から胸の方に足をぶらぶらさせる形で落ち着いていた。
てかこいつ、足でディーナの胸、踏んだり蹴ったりしてないか?
つーか揉んでる気がする。けしからん。
最初は頭にしがみつかれて、重さにふらふらしていたディーナも、今の状態の方が安定するのは確かなようで……。
「…………」
なんだか顔を赤くして我慢していた。
そうして、俺の知る最奥へとたどり着いたわけだけど……。
ちょっとした水場と、広めの空間。
ゲーム中だと、あとはボスクラスのモンスターが四匹。
だけど今、この場所は、モンスターの死骸で埋まっていた。
「なんだ、これ……」
その奥にある結界が理由なんだろう。
壁であったはずの場所は、金属でできた壁に置き換えられていた。
でかい。高さ五メートル、幅十メートルってところだろうか?
いや、壁が崩れて、あらわになった、って感じか?
その壁を守るようにして、結界……いや、電磁バリアっぽいのが展開されていた。
発生器は見当たらない。むしろ、金属の壁自体が、放出しているような感じだった。
その界に触れ、衝撃か、電撃でも受けたかのように、モンスターがけいれんし、そして倒れ伏していく。
そんなモンスターたちの死骸が折り重なっていた。
もちろん、下になっている、先に死んでいるモンスターから順番に、消えていってはいるんだろうけど、死ぬペースが速すぎて、消失が間に合っていないらしい。
余りに重なりすぎて、ずるずる、ずるずると、折り重なっているモンスターが、滑って床に広がって行ってる。
侵攻用にため込まれてたモンスターが、続々と集まってきて、そのまま死んでいるにしたって、多すぎる数だった。
死んで間もないのだとしたら、こうなり始めたのは、ごく最近だろう。
まさか、姉さんのせいじゃないだろうな?(汗
追われて、逃げ込んできてるとか……。
「しかし、これ、どうすっかな?」
あの電磁バリアっぽいのには、触れるのも怖いし。
魔法でどかん? いや、ボスモンスターが触れただけで死んでいくってのは、ゲームの設定って言うよりも、宇宙人側の仕業っぽいんだよな……。
ナノマシンに作用してるとかさ。
だとしたら、魔法も無効化されそうだし、なにより、魔法そのものや、効果の余波に、こいつらが反応しないとも限らないわけで。
俺がそんな風に悩んでいると……。
「ディーナ?」
「なんとかできると思う」
「いやいやいや、無理だろ?」
「ううん、なんかできそう」
確かに、本来のディーナなら、ボスモンスターが相手でも、十分に戦える。
けど、一対一が限度だし、最後は逃げ出すことになる。
ボスモンスターのレベルは、プレイヤーキャラのレベルキャップのさらに上に設定されてる。姉さんたちみたいなチートならともかく、ただのカンストキャラであるディーナには、ソロで倒しきるのは厳しい。なにより、この数だ。
袋だたきだ。叩きつぶされて終わっちまう。
できそう……、って、一体どういう基準でそんなことを言い出し……。
「……あ、おい!?」
「やってみる」
止める暇も無かった。
もう、魔法の詠唱に入ってる。
止める手段は……ない。魔法の詠唱を中断させる術は、横からの攻撃しかない。
けど、中断させられるレベルの攻撃をするためには、武器を抜かなきゃいけないし、第一、ディーナを攻撃できるわけ無いだろ馬鹿野郎が!
モンスターに混ざって立ったディーナは、バリアに向かって両手を向けた。
ディーナの正面、手元を合わせるように突きだした両手のひらに、小さな魔法陣が現れている。
その魔法陣が回転を始めると、二回り大きな魔法陣が、少し先へと現れた。
最初の魔法陣が回転力を上げて、次の魔法陣へと重なるように吸い付いた。
その力で二つ目の魔法陣が逆方向へと回り出すと、三つ目の魔法陣が現れて……。
ギア式魔法陣。
今回のことの前に、姉さんが教えてくれた、切り札的なチート技だった。
大きな魔法を使うためには、大きな力が必要になる。
だけど、小さな力で、大きな物を動かす方法は存在している。
その一つが、歯車だ。
小さな力で大きな魔法陣を可動させ、弾みをつけることで大きな魔法陣を発動可能な状態まで持って行く。
もちろん、発動が可能になる状態まで、回転を維持できるかどうかは別問題だ。
相当な魔力量が必要になる。
同時に、複数の、歯車として機能する魔法陣を発動させて、連動するよう、扱わなきゃいけないんだ。
これは、魔法使いとしては半端なディーナに、できることじゃないはずだった。
姉さんは、これで、倒せないはずのイベントキャラすら倒して、使役獣にしたらしい。けど、それができたのは、姉さんが、魔法特化型の専門職であったからだ。
他のステータスを捨ててまで育て上げてたキャラクターであったからできたことだった。
それなのに、ステータスの絶対値が足りてないディーナに、なんで、できるんだよ?
膨大な魔力が注ぎ込まれた魔法陣は、召喚陣とは無関係のものだ。
これは、ただの増幅魔法だ。
一時的に、これから使う魔法の効果を増すための……。
「うそだろ!?」
俺は、絶句するしかなかった。
今のディーナには、レベル制限がかけられていたはずなのに、それは……。
「上級召喚!?」
いや、これは聖獣の力を借りる精霊魔法か!?
どっちみち、これだって、レベルが下がってるはずのディーナに使える魔法じゃない。
モンスターたちが反応する、けど、それは攻撃態勢じゃない。
びびったんだ。
聖獣は、使役獣とは違う。イベントをクリアした報酬として、契約が行われるんだ。つまり、レベル的には、ボスモンスター以上の存在とだって、契約できる。
レベル差という名の圧力に負けて、ボスモンスターたちが引き下がる。
それは異様な光景だ。
──そう、異様だった。
もしもそんな力を手に入れられるのなら、ゲームバランスもクソもない。
だから、制限はちゃんと存在していた。攻撃力は、込められる魔力の量によって決まるんだ。
つまり、プレイヤーのキャラクターに合わせて、聖獣もまた弱体化する。
この場合、聖獣は、魔力に見合ったレベルでの顕現という形で現れることになる……はずだけど。
ボスモンスターたちが怯えるほどだなんて、ありえない。
これが、ギア式の力だってのか?
天井まで届くほどの、下は地面に埋まるほどの、左右は壁に届くほどの……。
直径にして、二十メートルは超える魔法陣が発生し、稼働していた。
そしてディーナが、ぽつりと呟いた。
「竜・咆・撃」
ズッ……って、音がした。
でけぇ! 魔法陣の向こう側に、鼻面が見えた。
魔法陣から抜け出すように、鼻の先が、ごつごつとした白い肌が、ゾロリと生えそろう牙が抜け出す。
グワリと音を立てて、『上あご』らしきものが、傾き、伸び上がった。
天井を透過して見えなくなる。
聖獣の口……、だろう。
それもでかすぎて、上あごの一部、裏側、内側が、天井の代わりに見えるだけだ。
全体は、何百メートルあるんだよ……。
イベントで見た姿は、精神世界とかそんな世界での邂逅だったから、わからなかったけど……、これが本来の大きさなのか?
竜咆撃は、キャラクターの実力に見合った形で現れる。
魔法陣の大きさがそれだ。
魔法円と同じ大きさの竜の頭が現れて咆吼し、その叫びでモンスターをなぎ倒すのが、竜咆撃の……。
正面にいたボスモンスターたちが、消し飛んだ。
ボスモンスターの群れだぞ? それも十匹二十匹じゃない。
確かに外にいたような大型モンスターと違って、小型……っつってもプレイヤーキャラよりは大きいけど、それでも二メートル以上、三メートル未満のモンスターたちだ。
HPも、プレイヤーの持ってる『普通』の魔法くらいじゃ、一撃で削りきることなんてできるはずがないのに。
ボッっと、音がした前後には、消え去ってしまっていた。
音の正体は、咆吼だった。ただし、近すぎたために、ちゃんとした声としては聞こえなかった。
至近距離で放たれた咆吼には、物理的な力が伴っていた。
衝撃波だ。
音速を超える衝撃波が、咆吼が音として聞こえる前に、ボスモンスターを消し飛ばしていた。
ただ、近すぎたために、俺には同時としか思えなかったけど。
余りのすさまじさに、超震動による破壊にも見えた。
だけど、それはまだ、竜咆撃じゃない。
続いて、聖獣──白竜の持つ、莫大な熱量が、熱線として、口腔、喉の奥から放たれた。
レーザーブレスだ。
レーザーが障壁に激突する。
跳ね返った熱線が、縦横に乱射して走り、洞窟壁を傷つけた。
いや、火ぶくれを作り、破裂させ、蒸発させた。
「ちくしょう!」
溶岩化したものが降ってくる。
はるいは弾けて飛んでくる。
障壁に砕かれたレーザーも、火花のように舞い踊る。
レーザーは、弾き返されていても、180度の角度で戻ってくるってわけじゃない。
ってことはだ、ディーナの真後ろは、安全地帯になっていた。
俺はそこに飛び込んで頭を抱えた。
ディーナに背を向けているのは、光が眩しすぎるからだ。
俺の前で、反射してきたレーザーによって、体を袈裟切りにされたオークロードが、溶解した。
(これ、ほんとに、ナノマシンの演出なのか!?)
明らかに、溶かされている。
ゲームの演出としての死亡には見えない。
本当に、ぶっ壊されてる、殺されてる。
光の一本が、この部屋への入り口に流れてしまった。
直撃を受けたものは大穴を開けて揮発し、そうで無いものは溶かされ、衝撃に吹っ飛ばされ、押し返されていった。
そして、爆発。
曲がり角にでもぶつかったレーザーが、壁を溶解し、爆風を発生させたんだろう。
溶けたモンスターの死骸が、暴風とともに、部屋へと押し込まれるように流れ込んできた。
宙を舞って、俺の目の前を漂い、落ちて、転がっていった。
(死体が消えない、やっぱり、これって!?)
「なんだってんだよ!」
竜咆撃が止んだとき……。
バリアはショートしたのか、消失し、そして。
鋼鉄の壁もまた、溶解し、べちゃりと溶けた鉄をしたたらせ、俺たちに道を開いていた。
ディーナは、はぁはぁと息をつき、額に張り付いた前髪を、人差し指で払っていた。