真相の五部公開。
彼は言ったのである。
遠くへ行きたい、と。
紳士は、その時の様子を思い出しているのか、苦笑をこらえていた。
「生き飽きるというんですかね? 彼らの周期計算方法というものは、太陽が昇って降りて一日で、それが365回で一年となります。そして彼らの人生は、その百倍、百年ほどで終わってしまうのだそうです」
「短いな……」
それがレイドの感想だった。
老いも考えれば、活発的に活動できる期間はさらに少なくなってしまうだろう。
それもまた想像に堅くない話である。
「遺伝子改良すら禁忌であるとして、嫌悪感を抱いているような未開文明ですからね」
自然のものは自然のままに。
改良はすなわち自然ではなく不自然であるという。
その考え方は、彼らにとっては、合理的では無いものだった。
「彼らはおおよそ、最初の二十年から三十年で将来が確定してしまうのだそうですよ。信じられない社会性が、さらに彼らを拘束します。以降は大きな変化、変革が、社会的に許容されない、容認されないというのです」
「なんでだ?」
「個人よりも集団で活動する社会形態を持っているからですよ。集団の中の個に、急な変化を起こされても、周囲を固めている友人知人は、それはを許容することができず、その変化を存在ごと否定に走ってしまうのだそうです」
「集団による社会を基盤とするには、共通の認識、価値観、道徳、倫理観なんかが必要になるからな……」
「そうですね。共に、互いに、役割や配役を長年培ってきた以上は、そこから外れるわけにはいかないという、強迫観念を抱かされ、また、抱きもする、そういうことのようなんです」
──人の目なんざ、知るか、ぼけ。
たった一人で宇宙を渡る彼は、究極の個人主義人でもある。
だが、電子精霊であるシルフィードとの間には、そういった共通の観念もまた存在していた。
もし自分が、今の個人主義から転向したとして、シルフィードはそれを容認し、追従し、何事もなく適応してくれるだろうかと想像すると、それは無理だなと納得できた。
シルフィードは、本来パートナーとなるべきだった男が居て、その男の遺産として、レイドが受け継いでいる船なのだ。
シルフィードにはシルフィードの価値観が合って、そこに沿うから、問題なくレイドの旅の足として働いている。
もしレイドが主義主張の転換を図れば、彼女はそれを認められないと反発するかもしれない。実際、共に旅をしていて、互いに仲違いを起こさぬように、譲り合っている部分もある。
それはまさに、紳士が口にしたような内容を、そこに含んでいるからであった。
だから、フラグたちの世界が持っている社会性を、否定しようとは思わなかった。
紳士は続けて語る。
「趣味についても、似たような傾向があるようで。一度同好の士を見つけ、コミュニティを作成してしまうと、以降は懐古や惰性が続くだけになってしまうのだそうですよ。そこから他の趣味に走ろうとしても、引き戻されてしまうと言うのですな」
「なんだそりゃ?」
社会性については、一応の理解を示せたレイドであっても、これには理解が及ばなかった。
「そんなわけでして、趣味に関わる驚きや感動はあるにしても、それは結局、バリエーションの違いに過ぎず、実に生まれてから死ぬまでの、七割に意味が無いと言うんですな」
たとえば、特定のゲームにはまると、そのゲーム仲間でまとまり、生涯をバリエーションの消化に費やすだけになるのだという。
「意味と言うより、そりゃ、変化がねぇっていうんじゃねぇのか?」
そうですねと、紳士は同意した。
「生態的に、変化を許容し、耐え、理解してやるだけの精神性、柔軟性が、老いとともに失われていくことにも、起因しているようですが」
老いについて、彼ら宇宙人は、遺伝子改良とも言えない日常レベルでの解消を行っていた。
食料やサプリメント程度で、肉体を、死ぬその時まで、最高の状態に保ち続けているのだ。
「で、惰性的な人生……か?」
そっちをなんとかしてやれよとレイドは蔑んだ。
もちろん、少しずつ、そういった食品を流通に混ぜていると、紳士は答えた。
「しかし、彼には、遅すぎた」
出会ったときには、もはや手遅れなほどに、老いてしまっていたらしい。
「彼はいつも願っていたわけですな。ここではないどこかで、誰もが体験したことのないような、刺激的な人生を送りたかったと」
しかしその妄想も、彼が彼らと接触する時までは、まだ、たとえば大戦中に生まれたかったなどと、少しは現実を知っているものであったのだ。
「それが、こんな温い世界を望むことに繋がったってのは、どうにもなぁ……」
そこはまあ、テスト段階ですからと、紳士はレイドのぼやきに対した。
「彼らの世界において、殺人は禁忌です。殺人どころか、傷害行為そのものが禁じられているのです。殺傷ではなく、傷害なのです。暴行と言っても良い。法的にも、社会倫理道徳的にもね? 国によっては、一生涯、殴り合うという経験すら無く死んでいく者がいるほどなのです」
レイドはあきれた。
「のんきすぎるだろ、それ……」
そして、くだんの彼は、そういう国に生まれたのだと言った。
だからこそ、そんな呆けたことを口に出来たのだろうとも懐古していった。
「それくらい、彼らの世界は硬化してしまっていたということですな。確立された体制と社会は、もはや覆しようがない状態にまで煮詰まってしまっていたのです。両端を持って伸ばされたゴムは、横からどう引っ張られようとも、引き手を離されればまたもとのまっすぐに戻るように、彼らの社会は、もはや完全なる破壊を経ることでしか、再構築を果たせないほどに、現状の維持という形に戻ろうと働きが、強く備わりすぎてしまっていたのです。そして大多数の人間は、破壊を望まず、ぬるま湯のような今を続けることに明け暮れていたのです」
だから、彼は、絶望したのだという。
「んで、お前らに願ったと」
「そういうことです」
この世界は、テストベッドなのだと紳士は両手を広げた。
「常識的にはあり得ないような、夢のような世界で、物語のような体験をして、一片の悔いも無く死ぬまで走り続けることの出来るような、深い世界を。ゴールするまで誰にも邪魔をされず、走り出そうとしても水をかけられることもなく、背を押されるままに全力を出し切り、ゴールを切って、そのまま前のめりに倒れ込めるような生き方をしてみたい。幸いにも、彼らの世界には、そのような世界について、参考に出来るものが数多くあったのです」
レイドはふんと鼻白んだ。
「そうして生まれたテストベッドが、この世界だっていうのかよ? んじゃ、あいつらはなんなんだ?」
紳士は楽しげに右指を突きつけた。
「試験用の……、検体です」