真相の四部公開。
──TPS. SIDE-レイド
「で、誰だよ、お前は」
レイドは、フリーズしているシルフィードを庇うように立って、新たに現れたもう一人のシルフィードへと、剣呑な目を向けたのであった。
シルフィードの皮を被っている何者かは、薄ら寒く笑うと、男の声で口にした。
「どうしてわかりました?」
呆れたと、レイドは嘆息した。
「お前、狙いは『わたしたちの船』でしょうかっつったろが」
「ええ。……それが?」
「あのな……」
がしがしと頭を掻く。
「シルフィードは電子精霊なんだよ。船ってのは、あいつの体だ」
シルフィードはただのナビゲーションプログラムではない。
船体とは彼女自身を指すのだ。
「もし船のことを指すんなら、『わたし』でしょうか、になるんだよ」
「ああ……」
何者かは、合点が言ったと、反省した。
「つまらない三流推理小説のオチのような真似を……失礼しました」
笑う、シルフィードの姿をした者に、レイドは肩をすくめて見せた。
「まったくだ。で、お前、誰だ?」
「GMです」
あらためてと、慇懃無礼に挨拶をする。
その途中で、姿がぶれて、白髪の、紳士然としたスーツ姿に変化した。
変化した後の姿は、五十代ほどの、壮年の男性のものであった。
レイドは左目だけをわずかに細めた。
「唐突だな」
「ですか?」
「その様子だと、相当前から見張ってたんだろ?」
「もちろんです。あなた方の会話については、ログから調べ直すような真似までさせてもらいました。彼らは、わたしどもが招待したゲストでありますが、あなたは違う。あなたは、招かれざる客だ。そうではありませんか?」
呼んだのはそっちだろうがと、彼は毒づいた。
「あくまでこれは、ゲームだってのか?」
「ゲームですよ。これはね」
主催者が居て、参加者が居る。
そして。
「正式な契約の元に行われている、実験なのですよ、この現状は、ね」
相手の都合を考えずに参加を強制しておいて、よく言うよ。
レイドはそう吐き捨てた。
およそ……地球歴においてわずか五十年ほど前にさかのぼるお話だった。
地球に異星人が舞い降りた。
「この星系へとたどり着いたのは偶然。ただし、わたしたちはあなたが想像していたどれでもない、難民船団の生き残りでした」
「……そういうのもあったか」
「星間戦争の被害者で集う、避難民の船団の、そのさらに一部でした。はぐれたのですよ、船団からね。そうして途方に暮れていた私たちでしたが、偶然にも彼らの星、地球という存在に出会いました。奇跡でしたよ。大気、重力と、我々肺呼吸をする有機物生命体が居住可能な条件をクリアしており、あげく、地上を支配している種族は、ふた腕ニ足と、体型までも酷似していたのですからね」
手と足の数の一致が望ましいというのは、現地生物の行動を模倣する際に、本来の自分、素のままで良いのだという、ストレスに関係する問題に起因していた。
これが四足歩行であった場合、それを真似し続けることは、苦痛にも通じる困難さがあり、長時間の活動は不可能となるのだ。
「で、降下潜入、接触か?」
正直、うかつであったと紳士は語った。
「望んではいませんでした。そしてうかつでした。正直、彼らを侮っていたのですよ。せいぜいが、自力で衛星軌道へ到達できる程度の科学力しかないとね。その程度であれば、アバターで姿さえ似せてしまえば、見破ることはできまいと、わたしたちは遊び気分で降下したのです」
「それが?」
「指紋……というものはご存じですか? あるいは顔の、目、鼻、口などのバランスでも良い。彼らはそんな、ユニークな手法によって、個人を判別していたのです」
宇宙人である彼らは、もちろん種族によって個体差も大きい。
指紋などもたない種族も存在するのだ。
また異なる種族が相対すれば、顔のバランス、配置から、個人を判別、認識することなどは不可能であった。
その上、有機生命体ではなく、鉱物に起源を持つ生命体もいるのだ。個人認証のための方策など共通させることは不可能で、煩雑でもあった。よって、専門家でもない彼ら漂流者たちは、その辺りの認識について、おおざっぱに過ぎる対応を取っただけで、すませてしまっていたのである。
「一人がうかつな行動をし、監視対象としてマークされました。その結果、別の者が別の地にて収監されました。最終的には、一つの事件について、世界中で十人以上、同一人物が拘束されるという事態に陥ったのです」
これにはレイドも、呆れるほかなかった。
「変えとけよ……アバターの外装くらいよぉ」
まったくですと、紳士は過失を認める。
「ですが、その事件における被害者であった『彼』は、幸いにも理解のある権力者でありました」
ついでに金持ちでもあったというのだ。
「こちらの正体を明かした後も、物語にあるような、力を持っての脅迫や、捕縛しての尋問行為、あるいは政治的な利用を目的とした交渉もなく、おおらかに、我々との対話をのぞんだのです」
ただ、好奇心が旺盛な人でしたと口にした。
レイドは、その言葉の中から、気になった点を追求した。
「対話? 彼ってことは、個人的がそいつらをまとめて引き上げたのか?」
その通りだと言い、同時に彼が、国家の介入を嫌ったのだと告げた。
「彼は大変な資産家でした。そしてわたしたちが移住できるだけの土地を有していました。島をいくつか。大陸にも広大な土地を。そのことを渡りに船だとばかりに、わたしたちが移住をのぞむと、彼はなんと、代わりとして、自身の転住を希望してきたのです」
なんだそりゃとレイドはあきれた。
「転住ってなんだよ」
「転生ですよ」
は? と、レイドは間抜けな声を出してしまった。
だから、問い返すことをしてしまったのだった。
「なんだって?」
「転生ですよ」
紳士は、くつくつと笑った。
「ここではない、どこかへの」
生まれ変わるばかりでなく。
世界すらも違うところへ行きたいと。
「彼は、わたしたちに願ったのです」