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フラグ=タダオ ノットイコール ヒーロー

 ──王城。


 お城の中からこんにちわ。


 謁見の間とか初めて入ったわ。

 フラグとしてだけど。

 クエストを事件とか言い換えたら、まあ普通に非日常の出来事でした……ってことになるって気がついた。

 ……クエストって言葉がゲームっぽいから、ダメなのかなぁ?

 とかとか、ぼうっとしつつ、今回の顛末について説明を受けました。


 一週間ほど前の、宇宙船墜落事故。

 どうもそれが、今回の事件のきっかけになってしまったみたいです。

 その姿は、偶然にも目撃した姫様の目には、落ちる天使と追う悪魔に見えたそうです。


 パーティ内TALKで尋ねてみた。


『どういうこと?』


『大気摩擦による抵抗を軽減するために、ブラスターで穴を空けたんです』


『怪物に見えたのは、火だるまになって落っこちてた俺たちのことだろうな。そんで、ブラスターで開けた通り道が、逃げてる天使の残滓みたいに見えたんじゃないか?』


『密度の違いで光の屈折率(色合い)が違ってましたからね』


 なるへそー。


 んで、そのことが凶兆に思えた姫様は、日々不安を募らせていましたと。

 そこへ現れたのが、たまたま別のクエストで王都に来ていた、顔見知りの冒険者、つまり、ディーナでした、ってことらしい。


 その別クエストってのが、闇ギルドの撲滅か……。


 姫様は、良いところにと、ディーナへ相談を持ちかけたらしい。


 一方で、問題の貴族様は、冒険者──正規ユーザーからの懇願で、隠れ場所を提供していたということだった。

 その人にとっては、冒険者は難題を解決してきてくれた恩人たちなので、追われているのにも、なにか誤解があるんだろうと思ったんだそうな。


 だけど、冒険者側の中に、犯罪者が紛れ込んでいるとわかった……と。


 ……その貴族様がいなくなったら、クエストが途絶えるからか? 運営(システム)が都合を合わせて、貴族を庇う流れを作ったのかな?


 邪推はいくらでもできるんだけど……。


 これも俺の考え過ぎなのかな? さっきも思ったけど、クエストじゃなくて、単にリアルな事件だったってだけなのかもしれないしさ。


 ともかくだ、プレイヤーたちにとっては、頼った貴族様に売られる形になりました、と。

 だけど、全員が全員、その貴族様を信用していたわけじゃなかった。

 当然、中には貴族様を見張っていた連中も居て、そいつらは、騎士たちによる襲撃が行われる前にと、王都からの脱出を計画した。


 一部の連中だけでな……。


 残りは囮として放置された。こっちが街中で一戦やらかしてた連中だった。

 プレイヤー同士なのに、騙して捨てられるとか……まあ、元からそういう、モラルの低い集まりだったんだろうけどさ。


 都合良く、連中は、ディーナと姫様との会話を盗み聞くこともできていた。

 姫様としては、自分の目で確かめに行きたかった。けれどそれは、ディーナに止められることになっていた。

 確かに、軽率な行動だなと、姫様も自制したらしい。

 ディーナは、先行しているクエストがあるからと、その話は一時保留にし、姫様の元を去った。

 ところがだ、そいつらは、入れ違いに、自分たちはディーナが手配した手勢であると、姫様をだまくらかした。

 て、王都から脱出のために利用しようとした……というわけだ。


 半リアル、半ゲームの曖昧さに付け入ろうとしたってわけだな。


 ディーナから、自分の目で確かめたいという姫様の気持ちもわかるという相談を持ちかけられたと。


 連中としては、姫様の護衛として、堂々と正門から出て行くつもりだったんだろうけど、姫様は連中のことを怪しいと踏んで、問答となって……。


 誘拐劇となったそうな。


『なにそのザルな計画』


 俺が呆れていると。


『……低脳が知恵しぼったってところでしょ』


 辛辣だなぁ、ねえさんは。

 けど、なんからしくないな。

 それはツッコミってんじゃなくて、ただの悪口だ。


 レイドさんたちも、ねえさんが身に纏ってる空気に閉口していた。





 ──ねえさんの部屋。


 ほへーっと見回してしまった。


「王城に部屋があるって、どんだけだ」


「クエストをクリアすると、もらえるのよ」


 ただし限定らしい。条件が厳しい上に、先着順とか。


 普通に迎賓室とかじゃねーの? あっちにはダブルベッドに風呂とか、全部別室で完備されてる……って、幾つに区切られてんだこの部屋!?


 ねえさんは、ぼふんと巨大なベッドに寝っ転がった。

 足だけ端から落としてる。


「そんな格好で……見えますよ?」


「良い……しんどい」


 重傷だな、これは。

 俺が理由を尋ねようとすると、先にねえさんが切り出した。


「へこんだわ」


「はい?」


「なんか……大丈夫だと思ってた。モンスターとの戦闘はしてたんだから、も少し想像力が働いてても良かったのに」


 あーーー、なんかわかった。


「血まみれだった……ううん、血まみれにしちゃった」


 まあ、確かにあれはショックだろうなと、俺は椅子を移動させて、背もたれを前に置いた。

 両腕を背もたれの上にのっけて、行儀悪く後ろ前に座る。


「俺も、獣王の時に、身動きできなくなりましたからね……」


「よく平気よね、あんた……」


 ううん、と。


「平気なわけないか」


 まあ……と、俺はぽりぽりと頬を掻いた。


「俺の場合は、見慣れてたってのがありますからね」


 だから、ショックは受けても、すぐに立ち直れる程度の耐性はついていた。


「どこで?」


「実家で」


 それはこの世界のことじゃなくて、あっちでのことだ。


「俺んちって警察とかそっち関係でしょ?」


 だから……って言っていいのか?

 時々だけど、資料的な写真とかがあったんだ。

 持ち出し禁止とかどうなってだんだろな?


「ぐっちゃぐちゃなの、見てましたからね」


 って肩をすくめてみたけど、そういう空気は、今のねえさんには通じなかった。


「……あたしは、だめっぽいわ」


 ごろんとうつぶせになった。

 だから見えますって。

 てか見えてますって、大事なところの手前まで。


「ゲームと違って、ぼかされてないから?」


 ううん、とねえさん。


「臭いがね……」


「臭い?」


「血の臭い。感触は……魔法だったからわかんなかったけど、血の臭い、吐きそうになった」


 視覚、味覚、聴覚、嗅覚、触覚、いわゆる五感。

 ヴァーチャルシステムがリアルさを楽しめるものだって言っても、結局、視覚、聴覚、触覚までがシステムの限界になっている。

 五感が完全に再現されていくほど、嫌悪感は強くなっていくかもしれない。


 ごめんなさい……と、唐突にねえさんが謝ってきた。


「ねえさん?」


「ゲームのくせ、抜けてなくて、フラグに……普通に突っ込んでた」


 まあ、確かになと。


「一歩間違ってたら、あたし、殺してた」


「ねえさん」


「ゲームのノリのままだった……」


 震えだした。

 ベッドのシーツにしわが寄る。

 ねえさんの頭の辺りに向かって。

 ねえさんがうつぶせのまま、シーツを握りしめているから。


 あれ? おかしくなってる理由って、そっちか?

 連中をやっちゃったことじゃなくて?

 いつも俺を殺しかけてたんだって……今更!?


 嗚咽を堪えるように、ねえさん。


「おにいちゃ、あんな、あたし……」


 ああ……間違いないわ。

 こいつ、別に、連中をやっちまったことで凹んでないわ、と確信できた。

 一歩でも間違えてたら、俺を、あんな風にしてたかもしれない。

 それに気付いたんだな。


 俺は立ち上がり、ねえさんの隣に腰を落とした。

 ぎしりとベッドが歪む。


「ねえさん」


 そして、頭から、髪を撫でるように、背中をさすった。


「俺がなんで、ゲームの世界に行きたいとか言ってたか、知ってんでしょ?」


 ただの厨二病ならよかったんだけどなぁ。

 俺の場合は、現実逃避だ。

 天井を見上げる。


「正義なんてもんはない」


「…………」


「親父がいろんな資料とか持って帰ってくるんですよ。親父を頼ってくる連中とかが持ってくるんですよ。んで、いろんな話をしてるわけです」


 そのせいかな。俺は、街を歩けなくなっていった。

 見えるんだ。あれ、まずくないか? あれ、どうにかした方がいいんじゃないか、ってのがさ。


 あっちこっちにいる連中も、なにかやるんじゃないかって、犯罪者に見えてった。


 実際には、放っておいたって問題にはならないかもしれない。なにも起こらないし、なにかをするような奴もいないかもしれない。けれど、なにかあってからじゃ遅いんだ。


 そんな思いが強すぎて……けど、目に見える大半のことは、指摘しちゃいけないことばかりだった。


 なぜなら、『余計なお世話』ですまされてしまうようなことばかりだったから。


「親父が持って帰ってきてる資料にはね、いろんな悲惨な事件のことが載ってて、そうなるんじゃないか、そうなってしまうんじゃないかって、怖くなって」


 じゃあ、それを防いでくれるのは誰なんだろう、って思った。


 警察? 政治家? 国?


 俺は考えて、絶望した。


「一番身近なのは警察だけど、警察だって、民事不介入とか言って、事件にならないとなにもしてくれない。知ってる? 警察を呼んでも、大抵はその場を納めるために、警察を呼ばなきゃならなかった方が、呼ばれるような真似をした連中に、謝るなりなんなりして、帰ってもらえって説得されるだけなんだ」


 その場を納めて、解散させて、なかったことにできれば良いだけだから。

 なかったことになれば、事件じゃないから。

 そこにどんな不満が残っても。


 事件にならないように注意を促すことだってそうだ。

 注意しなければ問題になったかもしれない。

 だけど、注意をすると、なにも起こらずに終わってしまう。


 そうなると、注意した人間の立場が悪くなるんだ。


 なにも起こらないし、起こることもなかった以上は、注意を促すその行為は、注意されるような奴だと馬鹿にされた、注意されるような真似をしていると疑われたって、言いがかりを付けて中傷されたって、そんなとらえ方をされることになっちゃうんだ。


 心配で、親切のつもりのそれが、そうやって騒動を起こす原因を作った、問題を起こす真似をしたって、責められるようなことになっちゃうんだ。


 お前が余計なことをしなければ、なにも起こらずにすんでいたのにってさ。


 だから、なにかがあり得そうでも、誰にも、なにも言ってはいけない。

 だけど、俺には、それを我慢することが、できなかった。


「正義の味方なんていない世界だったよな」


 それが俺のたどり着いた真実だった。

 真理だった。


 警察は手遅れにならなければ動いてくれず。

 政治家はニュースになっても手放しのまま。

 国なんて、俺たちに関係なく、存在してた。


 身の回りの人たちも、自分を庇って、口を出さないし、手も出さない。


「誰かが助けてって言っても、駆けつけてくれる正義の味方(ヒーロー)なんていない世界だった。そんな奴にもなれない世界だった。なろうとすることが、バカ扱いされる世界だった。なろうとする奴が、世を乱す悪だった」


 だけど、現実に、手を出さなきゃならない、口に出さなきゃいけない場面もあって……。


「俺は引きこもったんだ」


 どれだけ、何様だと口にされたかと、自嘲する。


 それでもだ。

 それでも、どこかでなにかを目にしたなら、手を、口を、出してしまっていた。

 それはもう、俺の癖のようなものだったんだろう。

 だけど、それは余計なお世話で、人からは嫌われるだけの行為でしかなくて。

 悪循環しか生まなくて……。


「だけど、ねえさんを救えた……守れたのは、よかったと思ってる」


 そのために、俺は一度は切った人との繋がりを頼り直して、行く先々で色々と言われて、酷く億劫で、鬱になったけど。


 ぽんっと、ねえさんの背を叩く。


「俺は頼りなくて、人に頼り倒すだけで、ヒーローにはなりきれなかったけど、それでも……」


 ぶるぶると、ねえさんはシーツに顔を埋めたまま、頭を振った。


「ちがう、かっこよかった」


「ん?」


「おじさんたち……間に、入ってくれて」


 あれかぁと思い出す。

 隣室との壁は、多少の音量ならともかく、騒げば音が通じるくらいには薄かった。

 ねえさんの部屋から罵り合う声が聞こえて、俺はゲームを投げ出して、椅子を蹴ったんだ。

 ぶっ倒れた椅子の震動で、フィギュアやら、いろんなもんが、ワイヤーラックから落ちたっけ……。


「人とか、嫌いで、あたしのことも、ウザがってたのに、お兄ちゃん、来てくれた」


 苦笑してしまう。

 結局、俺はそういう性分なんだろう。

 どんなにふざけた態度を取ってても。

 ……どれだけ独りが気楽で好きでも。


「バランス……なんだよな」


「ん?」


「俺のバランス……、ねえさんみたいにかまってくれる人がいるから、寂しくなりきらないし、バカできるから、まだ笑ってられるんだ」


 たぶん、通じるものがあったんだと思う。


「あたしも」


 呟きだったけど、聞こえた。


「ん……。だからさ、ねえさんは今まで通りで良いよ。でないと俺たちは、本当におかしくなっちゃうからさ」


 たぶん、俺たちは、そういう関係で成り立っていかなきゃいけないんだと思う。

 一生、近くもなく、遠くもなくて、そのくせ、他に近しい相手も作らなくて、作れない。

 中身が歪んで、外からも理解されない、おかしな関係。


 ねえさんが、ようやく顔を見せてくれた。

 横向けに、半分だけだけど。


「……やっとく?」


「あんたなに言ってんだ」


「一回くらい、いいよ?」


「マジスか!」


「だって、せっかく大人になったんだもん」


「まあ、向こうじゃ犯罪ッスからね」


「でもそんなマンガ、いっぱいあったよね?」


「やめて! 他にもあったから! ロリ系ばっかりじゃなかったから!」


「でも、好きなんでしょう?」


 嫌いな奴なんているもんか!


「でも残念ですけど……」


 俺は大げさにため息を吐きつつ、足下、ベッドの下に潜り込んで丸くなっていたことらんを引っ張り出した。


「子供がいるから、諦めるッスよ」


 ねえさんが、くすりと笑う。

 まだ弱々しいけど、その内、元に戻ってくれると思う。

 今の顔は、ねえさんが親戚から離れることができるきっかけになった、あの暴力沙汰の直後の表情とよく似ていた。

 だから、また、元に戻れるだろうって、確信できたんだ、だけど……。

 でも……、って考えも浮かんでしまった。


 ……一生、このまま?


 考えてしまったんだ。俺はそれなりに大人になって、もう、やり直すとか、今更で、手遅れだけど。

 あっちに戻れたって、資格とか持ってないし、大した職にはつけないし、給料だって、アルバイト程度にもらえるかどうかが関の山で、もう、終わるだけの人生だけどさ……。


 ねえさんは、まだ子供なんだよな、って。


 それは俺が嫌われる原因になってる、いつもの余計なお世話なんだろうけどさ。

 ねえさんにとっては、裏切りに近い、悪行なのかもしれないけどさ。

 俺の正義が、ねえさんは、俺とは違って、まっすぐになって欲しいって、嘆いてるんだ、だから。


(レイドさんたちに、協力してもらうか……)


 この世界のことは、まだあの人たちの憶測でしか語られてない。

 本当に戻れないのかわからない。

 戻れるのなら、ねえさんだけでも……。


(嫌われても……か、なんか、俺、ヒーローっぽいよな)


 その時は、俺だけ、こっちに残ることになるんだろうか?

 俺は戻るよりも、ここに居たいから。

 ことらんをいじりだしたねえさんに、俺は微笑を浮かべてしまった。


(ねえさんがなにを幸せに思うかなんて、わからないけどさ)


 俺は、俺の中に、目的(クエスト)を作った。


 あの世界(地球)は、ヒーローなんて、いられないところだったけど。

 この世界(ドラゴンレジェンド)は、ヒーローになれる世界だから。


(笑顔を守るのが、ヒーローだもんな)


 笑顔を作る役目は、誰かに譲ろう。


 それが『この世界(ドラゴンレジェンド)』の『(フラグ)』の決意だとして、定めることにした。

タダオ、立つ!w

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