切るところが見つからなかったんで、長めです。
正直、追ってる相手が乗っているものは、竜の一種とは言っても、馬同然だ。
空を飛べば……それも黒竜なら、ひとっ飛びで追いつけた。
「正直……反則では」
とはシルフィードさんだ。
まあ確かに、上位竜だもんなぁ。
その上、もし、ドラゴンレジェンドとしての制限が取られてるんなら……。
「ねえさん、こいつ、攻撃……」
「できるでしょうけどね……」
命じた後が怖いわと、ねえさんは黒竜に帰還命令を出した。
首を巡らせ、自分の巣があるらしい方角へと、回頭を始める。
……飛んで戻るのかよ!
すまん、黒竜……お前の巣って、確か隣の大陸だったよな……。
「フラグ」
「はい、たのんます!」
リアルぇ……とか思いながら、俺はことらんを頭に装着し、浮遊魔法をもらって飛び降りた。
念のためと、ねえさんが背中から抱きついて支えてくれた。
「ねえさんの胸、ねえさんのバスト、ねえさんの乳房がいま俺の背中に」
「揉んでも良いのよ?」
ふぅっと耳に息吹きかけられた。
「なっん、だとっ!?」
「この状態で、できるもんならね」
「舐めるなぁ!」
もぞもぞと動いたら……落とされました。
「魔法とかないでー!」
「自分でかけ直しなさい」
ことらんは!?
ねえさんが取ってた!?
やばい! ことらんを付けていなければ即死だった……とかできねぇ!?
ことらんはねえさんの胸に抱かれてる。
なんかさよーならーって感じで突き出した両手を振って……え? あれ? 待ってーじゃないの? さよーならーなの!?
くそっ! 地上まで十五秒くらいか!?
浮遊魔法の発動まで十秒!
地上では……追っ手が逃亡者を捕まえ、戦いになっていた。
そこにドラゴンが通りかかったため、どうしたものかとなっていたみたいだ。
そんな感じで悩んでいたら……竜が通り過ぎた辺りにぽつんと見えた、黒い粒が段々と大きくなって……。
俺が降ってきてビビッたと。
すれすれで魔法が発動、うつぶせの状態で、びたんって感じで落下停止。もう鼻が地面に触れる位置だった。四肢を突いて魔法を解除。
「しゃ、しゃれになんねー……」
そんな俺の上、背中に、ねえさんが着地。
とんっと足から。俺はその重みに地面に潰された。
ぐしゃっと。
恨めしげに首を回して見上げてみる。
「ねえさん……しどい」
「どっかで蘇生呪文を試さないとね~~~」
上……ってか、下から覗くなと、顔を踏まれた。
ちっとか舌打ちつきで。
うう、蘇生呪文の実験台がいないかなとか、この人、本気だよ。
まあ確かに、死んだらどうなるかってのは気になってるけどさ……。
特に俺には、獣王にやられた連中のことがあったから。
目の前で、無残に潰れた連中のことが。
だからこそ、どこかで……とか、試してみる気にはなれなかった。
「さて、と……」
ねえさんは、状況がわからずに固まっている連中の顔を、ひとつひとつ眺めていった。
騎士がワンダースくらいに、ギルド契約者が半ダース、そんで誘拐犯が六人か?
これだけの人数差があるってのに、なんで追跡者の方が押されてるんだと思ったら、人質か。
「どういう状況なの?」
レイドさんがいた。
一番、人質に近いところで、剣を構えていた。
「この国のお姫様らしい」
はい、もちろん知ってます。
でもここにいる理由がわかりません。
「で、誘拐したのが、あなたたち?」
「お前、プレイヤーか!?」
闇ギルド……なんだろうか?
それにしては雰囲気がおかしかった。
自分たちは正しいことをやっている。
これは越えなくちゃならない問題だ。
そんな懸命さと、必死さが窺えた。
「だったら、こっちの味方をしてくれ! クエストなんだよ!」
ねえさんは片目を細めた。
その仕草に交渉の余地があると思ったのか、誘拐犯が勢い込んだ。
「城から抜け出して、ある場所に行きたいっていう、姫様の願いを叶えるクエストなんだ!」
レイドさんは、だから……と迷っていたらしい。
「これは、邪魔をしていいものなのか?」
これもまた、レイドさんが懸念していたことの一つなんだろう。
この世界の事前情報を持たないレイドさんには、確証を持って自分の行動を正当化できるものがなにもない。
それは俺たちにも同じ部分があるんだけど。
「違うんです!」
当の姫様が叫んだ。
「確かに、行きたいって思いましたっ、けど!」
ぴこんと、注意を促す音が鳴った。
シルフィードさんからのチャットだった。
ログにないしょ話が流れだす。
『どうも、わたしたちが墜落する姿を見たらしいです……空を流れてるところをですけど』
『んで、姫様が、墜落現場を見に行きたいとか、言い出したんスか?』
『それを彼らが手助けようとしている……と言うことらしいんですが』
謎だなぁ。
『それを、姫様自身が、拒んでる?』
『はい。彼らは、くだんの貴族の手の者です。通常のプレイヤーと、闇ギルドの不正プレイヤーの混成ですね』
『それがなんで?』
「違う!」
叫びはディーナのものだった。
「そのクエストは、わたしが受けたものよ!」
どこにいるんだと思ったら、真後ろだった。
やべ……恋人からだと、別の女に踏まれて喜んでる変態に見えね? 俺って。
ごろんっと回って、ねえさんの足から抜け出し、華麗に立ち上がる。
「どういうこった?」
「姫様は、わたしに、見に行ってきて欲しいって頼まれただけなの」
むん?
プレイヤーじゃない、モブ状態のディーナが受けたクエ?
……それってどういう扱いになるんだ?
「お前ら、クエストを横取りしたのか?」
ああ? っと誘拐犯共は顔をしかめた。
「横取りとか……ないだろ?」
「クエストはクエストだろうが?」
「そのディーナって、モブディだろ? 中身無しの」
あーあーあー。
わかった、モブディ……ね。
嫌悪感がわき上がる。
こいつら、獣王の森で出会った連中の仲間だ。
でないと、その呼び方はしないだろう?
たしかにとは思う。
クエストはプレイヤーのものであって、モブキャラがこなすようなもんじゃない。
でも、イベントなら?
そこに、俺たちプレイヤーが絡むにしても、まずはディーナのターンが終わってからだろ?
あるいはこの流れ自体が、クエストの導入部なのか?
そんな疑念があるから、レイドさんは立ち往生してる。
だけど。
「状況、わかってないのかよ?」
これだけは、はっきりと聞いておきたかった。
「ここはもう、ゲームの中じゃない。現実だぜ?」
顔に動揺が見えた。
はっきりした。
こいつら、気付いていながらやったんだ。
なるほどねと、ねえさんの声。
「そっちにはそっちの目的があって、そのために、クエストだろうがイベントだろうが、割り込まざるを得なかった……って、そんなところなわけね」
そういうことですかとシルフィードさん。
『姫様は一人です。誰かがクエストを受けたなら……』
飲み込めた。
『自分たちが、受けられなくなる……?』
『次に同じクエストが受けられるのかどうか、不明ですから』
レイドさんが言ってたんだっけな?
クエストは、何時間、何日、何ヶ月、何年、何百年、何千年ってスパンで、分岐しながら実行されてるって。
だったら、この姫様を中心として発生してるクエストが、もう一度、俺たちの前で起こる確率は、ないかもしれないんだ。
連中にしてみれば、このチャンスは逃せないのかもしれなかった。
……ところでだ。
俺は、フラグじゃなくて、ディーナでだけど、王都関連のクエストについては、一応、一通り制覇していた。
だから、姫様を連れ出すクエストなんてものがないことは、わかっていた。
新しく発生したもの、あるいは、この星独自のものだって可能性はあるけども。
少なくとも、現状が現実だと理解しているのなら、やっちゃいけないことがある。
無関係なモブ衆……人間への攻撃だ。
そんでもって、騙されちゃいけないのが、きっと、クエストって言葉の響きだ。
お姫様のお願いは、頼みであって、クエストじゃない。
姫様は、誰でも良いからと、頼ったんじゃない。
ディーナだからと、持ちかけた相談事だったんだろう。
クエストとして、誰が処理してもかまわない……なんて話じゃなかったはずだ。
だから。
決まりだな、と、俺はびしりと、誘拐犯へと指を突きつけてやった。
「悪いのはお前たちで」
自分へと親指を向ける。
「俺たちが裁く!」
よって。
「クエストなんて、関係ねぇ!」
「はぁっ!?」
そりゃま、ゲームの延長と思ってる奴にとっては、なにを言ってんだって話だろうな。
だけどさ……そうじゃないんだよ。
「クエストのためなら、なにをやっても良いなんて、そんなゲーム脳は、もう通じねぇんだよ!」
やって良いのは、やられる覚悟のある奴だけだ!
うんっ、今の俺、良いこと言った!
「パクリの部分だけログで流すとか、なにこのチキン」
ねえさん、突っ込みがきついッス!
「しかも引用状況間違ってない?」
ギャフン!(>ω<)
でもそれは考えなくちゃならないことだと思うんだ。
ゲームなら、城でイベントシーンを見たあと、いきなり街の外だったりするかもしれない。
でもここはリアルだ。だから、城からの脱走劇なんてものが発生してしまったんだろう。
それが必要ならそれでも良い……けど、やって良いことだったか?
あの光景は……クエストをクリアするためだからって、許されるようなことなのか?
無関係な人たちを、邪魔だからと一掃するような行為は、かまわないことなのか?
「頼まれたからやった?」
頼まれてもいないくせに連れ出しておいて?
「魔法で蹴散らせって言われたのか?」
違うだろうが。
「他の方法だってあったはずだ」
ここまでの騒動にならない道は、きっと。
「お前らは、クエストのためだって言った。つまり、姫様のためなんかじゃねぇよな? お前らはクエストのために……自分たちのためにやったんだよなぁ!?」
クエストを自分と言い換えたのは、連中の事情がわからなかったからだ。
闇ギルドの連中にしたって、裏があるのか、単にクエストを進めてるつもりなのか、今はまだわからない。
中には、闇ギルドってもんについて、わかってない奴もいるかもしれないけど。
だけど……。
これはリアルで、ゲームじゃない。
だから、他人のことを考えない行動のまずさは、知るべきだ。
とりわけ、自分の都合のために、他人を利用するとか、ありえないだろ。
目的のために、手段を選ばないなんて。
「お前らは姫様のことを……この世界の連中のことなんて、なにも考えてねぇだろ……モブじゃねぇんだよ、人間なんだよ、生きてんだよ! 感情があれば後も先も続いてんだ! 生きてくんだ! ゲームみたいにリセットされやしねぇんだよ!? それがわかんねぇお前たちには、考えってもんが足りてねぇ! だからぶっ飛ばす! 痛みってもんを教えてやるよ! だから」
レイドさんを見る。
「やっちまえ!」
あっけにとられていたレイドさんは、ぶっと大きく吹きだした。
「自分でやらないのかよ」
「俺、チキンだから! 任せた!」
「そうかよw」
レイドさんは、振り向き様に剣を振った。
けど、それはやけにゆっくりとした振りだった。
姫様を捕まえていた男が、反射的に自分の剣を合わせてしまう。
……刃が接触した瞬間、目にも見えるほどの放電が起こった。
プレイヤーが剣を取り落とす。
「魔法剣か!?」
驚く名もなきプレイヤー。
たぶん、一生、お前の名前は名無しだ。
レイドさんは、解放された姫様の体を、腕の中に包み込んだ。
あっという間に、そのお尻の辺りに腕をやるように身をかがめ、姫様を片腕で抱き上げた。
立ち上がる勢いのままに、後方に飛ぶ。
「きゃあ!」
この姫様は……三番目のお姫様だ。設定上は十五才。
身長は150くらい? 体重で40超えてっかな?
どっちにしろ、片腕で抱き上げられる範囲は超えてると思う……。さすが特性アバターってことなのかな?
人一人抱えて、人の頭よりも高く飛んで、十メートル近く下がるとか……ばけもんだ。
姫様! っと、騎士の連中が寄ってきて、レイドさんと姫様の周囲を固めた。
「フラグ」
ディーナが隣に来る。
あー……なんか変な感じだな。
VRMMOが流行りだして、MMORPGで行われにくくなったものの一つに、別垢による、同時ログインというものがあった。
同時ログインの主な目的は、低レベルのキャラを育てるために、既に育ててある高レベルのキャラを同時にログインさせて、戦闘の補助をさせる、というものだった。
キャラの育て直しや、セカンドキャラの育成。
時間を短縮させるために持ち出すんだ。
攻撃に参加させなくても、回復系の魔法を使わせてるだけで、低レベルキャラは戦闘をいつまでも継続していられるようになる。
また、普通は無理だと判断できるようなレベル差のモンスターが相手でも、戦えるようになる。
これらの行為は、ヴァーチャルシステムが普及する以前では、パソコンが二台あれば、簡単に行えてしまえる行為だった。
二体を同時に操作すれば良いだけだからだ。
だけど、ヴァーチャルシステムが普及すると、よほど特殊な技術に精通している人間でなければ、行えないこととなってしまったのだった。
もちろん、俺にはどうやんだか、さっぱりだ。
ともあれ、そんなわけで、俺……ドラゴンレジェンドのフラグは、一度もディーナと並んで戦ったことなんてなかった。
この間の獣王の時は、ディーナって使い物にならなかったしな。
ちらりと見下ろすように、ディーナを盗み見てしまう。
肩の出る、ケープのようなものを背に回すように付けていた。
その下は、胸を強調するような衣装だった。その胸の上に乗せる……かぶせる? ような胸当てを付けている。
そしてミニスカ。
手にしているのはショートソード。盾はなし。
足も無骨なブーツじゃなくて、刺繍付きだ。
城で人に会うための、よそ行き衣装っぽかった。そこで事件が起こって、そのまま慌ててって流れなのか?
しかし……まあ、なんというか。
「三人称視点禁止」
ねえさんに、ぼそりと呟かれて、俺は下に下にとやろうとしていた謎視点を解除した。
「な、なんのことっスか、ねえさん?」
脂汗をだらだらと流して、しどろもどろに言い訳していると、、むーっと、拗ねるようにアヒル口をしたディーナに、ずんっと肘打ちを食らわされた。
「な、なにすんスか、ディーナさん?」
「…………」
こええ! こええよ!
え? なんで挟まれてんの? 俺?
とか思ってたら、ボスッと頭の上にことらん置かれた。
なんでしょうか? なんの重みなの、これ? むしろ重し?
ディーナはともかく、ねえさんは確信犯でしょ? ねえ?
なにツンデレっぽい真似やってんの!?
とかやってたら、……なんか、周りから、いい加減にしろよとか、勘弁しろよとか、やってらんねーとか、そんな空気が。
すんません、ども、すんません。
はい、空気読みます。台詞選びます。
「ここはみんなに任せてっ、ディーナは姫様を城へ!」
かっこいいことを言って、レイドさんに、姫様を渡すように頼む。
そして俺も逃亡へ。
え? だって、言ったでしょ?
みんなに任せてってw
最低とか褒め言葉ですね。それが俺クオリティ。
本気で言われると泣きそうですが。
「って、行かせるかよ!」
誘拐犯共が魔法の詠唱に入りました。
……バカだな、こいつら。
目の前にいるのが、ハヴォック神だってわからないとは……。
案の定、前に出た姉さんが指ぱっちん。
無詠唱超速発動魔法『衝撃の断罪Ⅰ』によって、連中は全身を切り刻まれて、その場に血まみれになって崩れ落ちた。
……さすがに、ねえさんも殺したくはなかったらしい。
Ⅲとか、Ⅳじゃなく、Ⅰを選択したあたり、優しいわ。
見た目は血まみれで酷いもんだけどなー。
一人頭、切り傷が二十個以上。
戦闘行為は、ワンアクションごとにスタミナを消耗する。
つまり、こいつらは、二十回以上の防御行為を強制されたったわけだ。
それだけの回数に耐えられるようなスタミナは、当たり前に育てていては手に入らない。
俺のような極振りならともかく、だ。
それに、ここまで逃走と戦闘をやっていたわけだしな。
通常のパーティ戦なら、他の人間が攻撃している間に、スタミナを回復させることができる。
だけど、一ターンに二十回分を強制だ。
血まみれだけど、HPは十分に残ってるだろう。
けど、STは0。つまり、意識を刈り取られた状態になっている。
だけど、周りの連中には、そんな理屈はわからない。
周りの、ねえさんを見る目が、恐ろしいものを見るものになっていた。
そんな中を、俺だけは当たり前に近づいて、ぽんっと、肩を叩いてねぎらった。
「お疲れッス」
わすれちゃいけないんだけど。
中身、幼女なんです。
俺はねえさんの首筋から髪に指を差し込んで、ぐしゃっと掻き上げてやった。
乱れた髪が前に流れて、ねえさんの顔は隠された。
これで、フラグ、ディーナ、ねえさん、ことらん、レイドにシルフィードで、六人パーティ結成となります。
今まで一話の量は、iPhoneでさらーっと流して見られる程度にしていたのですが、
次回以降、会話が増える分、量が増えるかもしれません。
人数多くなると誰の台詞やらわからなくなるのがしんどいのですが、がんばります。