前章がたらたらしていたので急展開で直下します。
はっきり言って油断してた。
王都の区分は街だ。
街や村の中は中立地帯で、一切の戦闘行為は禁止されている。
システムによって、戦闘メニューを開くことができないんだ。
だからゲームでは、絶対の安全地帯になっていた……だけど。
ここはリアルだ。
どこでだって、問題は起こるし、戦闘だって開始される。
慌てて飛び出してみると、目前の建物、屋根の向こう、青空に、白煙が立ち上っていた。
かなりの規模の爆発だったらしい。
火の粉は見えないから、火事が起こってるって感じじゃなかった。
魔法による爆発だったんだろうか。
誰もが立ち止まって、不安げに、あるいはいらだたしげに、その方角を眺めてた。
慣れている感じが存在していた。
「なにが?」
「闇ギルドの連中と、騎士団だよ」
教えてくれたのは、通行人のおっちゃんだった。
「闇ギルド?」
苦々しい、っとおっちゃん。
「ギルドに顔を出せない、あぶれもん共さ。どっから流れて来たんだかしらないが、貴族連中とも顔見知りらしくてな、街の中のあっちこっちにかくまわれてる。こっちは良い迷惑だ」
「それが、騎士団といざこざッスか?」
「ああ。兵隊じゃなくて、騎士団が狩り出しに回ってるんだ。よっぽど後ろ暗い連中なんだろうよ」
そう言って、おっちゃんは歩いてった。
ありがとう、見知らぬおっちゃん。
また会う日まで。
とか思ってたら、ねえさんが言った。
「あんたが見たって言う、不正ログイン狩りなんじゃない?」
「騎士団が?」
騎士団にも、第一世代がいるんだろうか?
「なんだそれ?」
レイドさんだ。
「不正ってのはなんだ? 狩り?」
「はい。俺たちがやってたゲームの方の話ッスよ。お金払わないで、ユーザー名とパスワードをクラックして、ゲームをやってた連中のことッス。狩りってのは、その連中が、こっちでも不正ユーザー扱いを受けてるらしくって、運営側の操作してるキャラにつかまってるんスよ」
殺されてる、とは言えなかった。
それを狩ったのが誰か……肩車をしてることらんにまで、話が行っちゃいそうだからだ。
「なんだそれ? お前たちと違いがあるのか?」
そッスねと、わかりやすいところだけ伝える。
「システムの恩恵を受けられてないみたいなんスよ」
「システムの恩恵?」
そうよと、ねえさん。
「チャットとかの会話機能とか、アイテムを収容するとか取り出すとか、そういう関係のことよ。どうしてなんだかわからないけどさ」
ログの方を見る。シルフィードさんが何か言ってた。
『あなたたちの精神体の複写時に、アバターが起動状態へ移行しなかったのかもしれませんね』
「起動すると、使えるように……っていうか、普段はオフラインモードなんスか?」
『はい。アバターを利用したゲーム自体は多いわけですけど、バカンス目的だと一ヶ月とか一年とかの長期利用が大半です。それだけの期間になりますと、遊び方を選ぶ人も様々になるんです。じっくりと一から育てる楽しみを味わいたいという人が居れば、すぐにゲームを始めて、非日常を存分に楽しみたいと思う人もいるわけです』
「そのために、初期状態のアバターが居れば、自律思考モードで、自分に入るユーザーのために、毎日レベル上げをやってるアバターがいるわけだよ。ライトなユーザーは、そういう、高レベルのキャラを借り受けて、さっくりと勇者ごっこを楽しむわけだな」
『はい。ただ、その一方で、アバターの数が膨大ですと、システムにかかる負荷が大変なことになってしまいます。アバターはただでさえ強力なので、魔法一つでも多種に渡り、計算式が増えるわけです』
「だから、それを軽減するために、オフラインモードってのが設定されているんだよ。ユーザーがインしていないアバターについては、システムの一部を封印して、低負荷な行動しか選択できないようにしてあるんだな」
だからか。
俺は、獣王との戦いで見た、ディーナのふがいない姿を思い浮かべた。
俺が操れば、上位竜とだって単独で張り合えるディーナだ……、最後は押し負けるけどさ……、それでも、あんなに簡単に敗北するほど、弱くはないはずだった。
それがカンストしてるキャラってもんだ。
「あれ? じゃあ、レイドさんたちは、どうなってるんスか?」
問題ないよとレイドさん。
「ログイン認可を受けたからな。ダウンロードパックでプログラムをインストールした」
「そういうのは許されるんだ」
ほれっと、レイドさんは可視モードでシステムメニューを見せてくれた。
「ねえさん?」
そんな横で、ねえさんが悩んでた。
「どうしたんスか?」
「おかしくない?」
「え?」
なんか怖い顔になってる……。
「だってさ、波動とか転写とか、それって、似通った状態にならないと起こらないはずでしょ? じゃあ、連中、不正ログインをしてた連中のキャラって、この世界じゃどういう状態だったの?」
「同じように、無法者とかだったんじゃ?」
「あたしたちのアバターは? 間違っても、チュートリアルを受けるような位置にはいなかったはずよ?」
……確かにそうだ。
俺は、この世界にやってきたとき、チュートリアルについて、完全に忘れ去ってしまっていた。
つまり、それくらい、ゲームの初期の段階に触れて、以降はまったく関わることがないクエストだったんだ。
どうしてそこに、フラグが居た?
確か俺は、あの時、素材採取で街の外にいたはずだ。
「それにね……」
ねえさんの声が俺を引き戻す。
「インしてるキャラも、その時に使ってたキャラじゃなくて、第一キャラになってるじゃない?」
ねえさんは、なにが言いたいんだろう?
「……なんか、複雑になってんな」
レイドさんである。
「ま、あんまり深く考えない方がいいんじゃないか? 結局、こうだとは言い切れないんだからな。なんの確証も得られない以上は、憶測に憶測を重ねてるだけのことにしかならんのだし」
「そりゃま、そうだけどね……」
「今は、あれだ。あれ、飛び火すると思うか?」
レイドさんが指し示したのは、立ち上ってる白煙だ。
もう、だいぶ拡散しているけど、代わりに、人の争う声と、剣戟や魔法の飛び交う音が聞こえてくる気がする……。
ねえさんは、渋い顔つきになった。
「わかんない……けど、ポイントは、貴族でしょうね」
レイドさんが、怪訝そうな顔をする。
「キャラクターの? なんでだ?」
うん……と考えをまとめる、ねえさんだ。
「だって……ね? ゲームの方じゃ、クエストを受けないと、貴族様には会えなかったのよね。でも、クエストを受けると、不正なことをやってるかどうかのチェックを受けるの。これを回避するためには、正規にログインしているユーザーにクエストを受けさせて、後で仲間に加わるのが一番だったんだけど」
レイドさんは驚いたようだった。
「そんな簡単な方法で、チェックをかいくぐれるのか?」
肩をすくめるねえさん。
「もちろん、限定アイテムをもらえないとか、一部のイベント映像を見ることができないだとか、不都合もあったけどね」
なるほどねとレイドさん。
「システムのことは置いておこう。で、連中は、不正なユーザーながらも、貴族に伝手を持ってた。そんな連中を騎士役の奴らが狩り出しにかかってる?」
「ってことらしいけど、あたしたちの前提じゃ、あたしたち正規ユーザー経由でないと、連中は貴族との繋がりを持てないはずなのに、連中は、かくまってくれるような貴族の知り合いを持ってる……おかしいでしょ?」
「作ったって線は?」
「こうなってまだ数日なのに?」
「速すぎる? いや、正規ユーザーの中に、不正規の連中を守ろうとしてる仲間がいるのかもしれないぞ?」
「どういうこと?」
「同情して、庇おうとしてる奴がいるかもしれないし、あるいは、不正を働いてた連中の中に、正規にクエストを受けるために、共同出資で作った正規ユニットがあったりとか」
ああっと思いついた。
「俺たちみたいに、初期キャラでのログインになるんなら、不正ユーザーの中にも、正規にキャラを作ってからって順序で、ドラゴンレジェンドに手を出した奴らがいるはずッスからね」
「そういう正規のキャラに入ってる奴らが、代表して、貴族に渡りを付けた可能性はあるわけだしな」
「でも騎士団が出張る騒ぎってことは……よっぽどの動きになってるってことッスよね?」
「そうよねぇ……」
『はい。お城で、その貴族さんたちにも、捕縛の手がかかっていますね』
断定ッスか。
「で、ポイントが貴族ってのは?」
「うん……問題があるとすれば、クエストの関係上、ほとんどのユーザーが、同じ貴族との関係を結んでいるってことなのよね。その貴族が闇ギルド? の連中と、どういう関係になっちゃったのか……なんで離れてくのよ?」
捕縛されてるらしいッスからねぇ……。
「短い間だったけど、助かったよ」
『どうかお元気で』
「いっぺん、死んでみる?」
こめかみをピクピクと。
ちなみに俺は、そこまでクエストを進めてないので安全圏です。
……とか、んなことやってたら、城の方から大通りを砂埃立ててなにかがやってきました。
どけどけと……あれ、人跳ねてないか?
人を押しのけ跳ね飛ばし、走ってくるのは走竜だった。二本足で走る巨大トカゲだ。
人が慌てて左右に割れる。
押された人が転んだり踏まれたり、露店や店に突っ込んだり、壊したり。
あちこちに怒声や罵声を発生させて、冒険者っぽい格好の連中が五、六人……四頭の走竜に、二頭立ての貨車まで……なんだ?
俺たちは唖然として見送っちゃったけど、貨車の荷台に、なんか不釣り合いな感じの衣装が見えた気がした……。
あれって、ドレスじゃなかったか?
なんかティアラっぽいの、頭に付けてて……。
金髪で、白い肌をした、小柄な女の子だったと思う。
それに……?
「レイドさん?」
俺たちの中で、レイドさんだけが、走り去った連中を追うように、道の真ん中に進み出ていた。
最初は呆然と、目を丸くしていた。
だけど、その口元が、笑いの形に歪んでいき……。
目が、獰猛に細められていくのを、俺は見た。
「シルフィードぉっ!」
「はい、マスター!」
実体化した!?
急にふわりと現れたもんだから、周りが一斉にどよめいた。
金の髪はストレートで足下まであって、裾の方だけくるりと巻いて、ふわりと広がって。
なんかこの間より胸と尻が増えてます?
衣装は白が基調で、豪奢な刺繍がたくさんあった。高位の神官衣みたいだな。
そんなのが頭の上くらいの位置に浮かんでんだから、みんな、女神様? 神様? 精霊様? って、遠巻きになっていく。
「先に行く!」
そう言って、返事も待たずに、前を向いたまま飛び上がり……。
「はい!?」
後ろからやってきた、追っ手なんだろうって感じで走って来た走竜の持ち主──騎士の肩を空中で掴んで、引っ張るように落竜させて、自分が鞍にまたがった。
鮮やかすぎんだろ!?
そんで、走竜の速度を落とすことなく、前の主と席を入れ替わり、そのままの高速で見えなくなってしまった。
乗せてた竜も、主が入れ替わったことに気付いてないスムーズさだった。
「なんだあの人!?」
「……なんて無茶な」
くすくすという笑いが耳に障った。
「勇者に必要な条件って、知ってます?」
「なんスか……」
「必ず駆けつける。特に、お姫様がピンチの時には。……これは、勇者に必要な資質なんじゃないでしょうか?」
……あれ、お姫様だったのか。
「っていうか……」
ねえさんが、代弁してくれた。
「クエストが発生してるの?」
それも地球仲間が起こしたもので、思っていたよりも、やっかいなことになっているらしい。
俺たちも追いかけるべく、シルフィードさんの誘導に従うことにした。
メールで指摘されてたりするのでちょっとだけ……。
彼らの推察は合ってるところもあれば、間違ってるところもあります。
所詮、目に見える部分から想像している憶測なので。
それを、こうじゃないか? ああじゃないかと言わせているのは、彼ら自身に、どういう基準で行動の規範を設定するのか? それを定めさせているからです。
これらは問題に衝突する度に、徐々に修正されていき、その果てでは、黒幕に出会うことがあるかも知れませんw
そういう流れでやっていこうと思ってますw