ファーストコンタクトは誤解ではじまり対話に続くという感じ。
「だってしかたないじゃない。このローブ、生身との接触部分が多ければ多いほど、増幅効果が上がるんだもん」
なん……だと?
驚愕するしかない事実だった。
「なにそのエロ装備」
かーんっと、持ってたカップ投げつけられて頭に当たった。
「エロ言うな! 付加装備なんて、干渉を起こして、もっと下がるし……」
脱ぐしかないのよ!
言い切った。
言い切ったよこの人。
「漢だ、漢がいる……」
「どうよ!(涙」
「俺、一生着いて来ます! ねえさん!」
感動にむせび泣いていると、レイドさんとシルフィードさんに呆れられてしまった。
「なんてーか、お前ら、緊張感って知ってるか?」
「自分たちが、いま、どうなってるのか……全然興味がないんですね」
うん、いま、そういう話をしてました。
ちなみに、俺たちがくつろいでいるのは、野営キットの拡張品であるテーブルセットです。
まあキャンプ仕様の組み立て椅子に丸机だけど。
順番は、俺、シルフィードさん、レイドさん、ねえさんの順。ことらんは俺の膝の上。
最初は、船の中へと案内されたんだけど、めまいと吐き気に耐えられなくなったんだ。
どうやら、この人たちの言ってたナノマシンが、艦の中にはないから、ということらしい。
一応ウイルス扱いなんで、船が自動的に除去しちゃってるんだってさ。
それは、俺たちが入り込んでしまっているゲームキャラ、アバターっていう擬体が活動するために必要なものなんで、栄養失調、貧血のような状態に陥ってしまったんだそうだ。
んで、しかたなく、船の外でくつろぐこととなりました。
……船のうえに乗っかってる隕石とか見えないんだからね!
「接触型の伝達フィルタとかスキンとか、そういったものか?」
「なんスか、それ?」
「戦闘服の裏生地に使われてるやつだよ。レバーやスイッチを動かすより、直接的に神経系を走る電気信号を伝達した方が速いからな」
「……そこまで速度が必要になっても、動かしてるのは人間なんスか?」
「速度が上がっても、相手との距離が広くなるだけなんだよな。ドッグファイトと言ったって、低速なものでも太陽系の内輪と外輪くらいの距離で追いかけっこをするんだ。後は、機械だとどうしてもアルゴリズムを解析されちまうからな。失敗する人間、あるいは思いがけない選択を取る生き物の方が良いってこともあるのさ」
想像してみよう。
零距離からの居合いで勝負!
そりゃ思考する暇もない……けど。
十分な距離からの果たし合い。
確かに、ちゃんと抜いて斬りつけるだけの余裕が生まれてる。
もっと広くなると、戦術とか戦略とかを練るだけの時間が持てる。
距離が生んでくれる時間は確かにある……けど、それを行動速度が殺してしまうと……。
比率が一緒じゃね?
「あれ? んじゃ、レイドさんが宇宙戦士だから、俺たちより神経伝達速度が速かったりとか、そういうチートは?」
「ねえよ」
ぱたぱたと手を振られた。
シルフィードさんが補足してくれる。
「有機物で構成されている人体には、越えられない壁があるんですよ」
この人、コンピューターだって話だけど。
「しつもーん」
「はいフラグさん」
「外なのに、どうやって映像出してるんですか?」
ナノマシンって言われた。
便利だな! ナノマシン!
なんでもありか!? ナノマシン!
「量子通信機を使ったコントロール波が、この世界全体を統括維持しているようです。発信源はわかりませんが……わたしは、限定的にクラッキングして、ナノマシンをコントロールし、この幻影を作っているんです」
映像じゃなく、ナノマシンが薄い密度で連結しているらしい。
……ん? てことはだ。
「もしかして、完全に実体化することもできます?」
「可能ですが……いまは無理ですね。システムの許容範囲を超える可能性がありますから」
許容と聞いて、俺は獣王のことを思い出した。
「システムに排除されるかもしれない?」
「よくわかりますね。そういうことです」
レイドさんが、そういう意味ではと、ねえさんのローブの裾をぺろっとめくった。
「これ、この世界的には、ロストテクノロジーの一種とか、そういう扱いになるのかな?」
どごっと、その両頬に左右からパンチがめり込んだ。
シルフィードさん! 実体化してんじゃねぇか!?
ぐらりと傾いで、ゆっくりとレイドさんが倒れていった。
後頭部から。
ごちんと痛い音がして、ことらんがびくんっと毛を逆立たせた。
いかん、この人も突っ込みが攻撃系の人か!?
あちち……っと、レイドさんが復活する。
「はは……でもま、よかったよ」
「なんスか?」
「正直、石器文明どころか、知的生命体すらいないような星かもしれないって覚悟が、あったからな」
俺は、最初に聞いた話を思い出した。
「……宇宙漂流ですか……大変でしたね」
女神さんが、自業自得ですっ、とプンスカとした。
「たかがドッグファイトに熱くなって、無限加速なんて行うからです」
「いいじゃないか。おかげでこういう面白い出会いがあったんだし」
「飛ぶことができないわたしの立場は?」
「飽きたら宇宙に出るさ。生身の方は凍結したんだし。遊んでからでも良いだろ」
凍結?
生身?
俺が引っかかってると、ねえさんが先に尋ねてくれた。
「それ、どういうこと?」
「ん?」
「レイド、アバターに関するシステムのことですよ」
ああと、ようやくで理解してくれた。
「擬体っていうのは、人格憑依型として用意された擬体のことなんだけどな、自分の意識を写し込んで使うんだ」
「凍結っていうことは、その間、生身の体は、ちゃんと保管してないといけないってこと?」
「いや、そうでもない」
「え?」
「システムによってまちまちなんだ。人間ってのは、いろんな記憶領域があるんだけど、その内の自伝的記憶って言われる部分をメインにコピーが取られて、擬体に写し込まれる。つまり、移動じゃないんだよ」
「擬体は、持ち主の意識体のコピーによって支配され、行動します。その行動結果から作られた記憶を、元の人間に戻す形で、記憶の統合が行われるのが、一般的ですが……」
「つまり、コピーをバカンスに出して、本体は仕事をして、バカンスの記憶だけ受け取ったり、自分の体はドックに入れて、擬体でバカンスに出かけたりな。あるいは、今の俺みたいに、どれだけ、どんだけのことになるかわからないから、オリジナルは安全な場所に確保して置いて、アバターで外に出たりとか……そういうわけだ」
「すげー……」
なんじゃそりゃ。
「魂がどうとか、そういうのはないんスね」
レイドさんが答えてくれようとしたけど、ねえさんの声がかぶっちゃった。
「じゃあ、あたしたちって……」
どうだろうなと、レイドさん。
「正直なところ、わからないな。君たちは記憶や意識だけが、そのアバターにコピーされてしまった存在なのか、あるいはまるごと写し込まれてしまっているのか……」
「まるごとってのはなんスか?」
「記憶ってのは電気信号だろう? 信号なんだから丸ごと根こそぎってこともあるってこと」
うわお。
「んじゃ、あっちの俺、真っ白ってこと?」
「案外、普通に生きてるかもしれないぜ? もしかすると、そのアバターを維持してた仮想人格が行っちゃってたりしてな」
「……それはそれでどうなんだろう?」
話していると、ふぅっと、ねえさんの息が聞こえた。
「……まあ、いっか」
ねえさんなら、そう言うだろうなぁって思ってた。
「別に、あっちに未練があるわけじゃないしね」
「そッスね」
あっさりしてるなぁと、レイドさんとシルフィードさんは顔を見合わせた。
「そうなのか?」
「うん、まあ、ね」
それじゃわからんだろうけど……。
「俺もねえさんも、ドロップアウト組なんスよ」
俺たちは、これ以上を語るつもりはなかった。
それくらいには複雑な事情を抱えていたから。